出来るだけ早く、しかし出来るだけゆっくりと走った。
こと運動神経に関してはアイルーである彼は背後から付いて来る人間の王族より数段に良く。
まして、齢十歳にも満たぬ少女等全力で駆ければ数秒で彼は目に映る範囲から離れられる。
そうしないのは背後の二人が大切な依頼主だからで。そうしたいのはもっと背後にもっと大切な———相棒が待っていたからだろう。
「……っ、着いたにぁ」
気を配りながら走ったからか、その表情には疲れが見える。
背負うライフルが重い。呼吸が乱れる。
それでも彼は倒れ込む事もなく、来た道へと振り返った。
「ふむふむ。よーし、妾のまりも戻ったし! 帰るとするかの!」
「アホですか」
王女の頭を軽く叩きながら、その兄はアイルーに向き直った。
「この度の依頼、確かに完了致しました。……しかし、礼や報酬は後ほど……ですな?」
「……にぁ、ボクは早くオトモさんの元へ行かなくちゃ、だから。ありがとうにぁ」
依頼主をここまで連れて来るために、彼女を置き去りにしてしまった。
それが最善の策だと、それで良いのだと、大丈夫だと分かっていても。彼は焦りを消す事が無かった。
モンスターは怖い。強くて恐ろしい。それを彼は良く分かっていたから。
「それじゃ、行くにぁ。報酬とかはギルドに渡して置いて欲しいにぁ。後で、取りに行くから、にぁ」
取りに行けたら、だけど。と、付け足して彼は駆け出そうとする。
「お待ちを!」
しかし、そんな彼を止める第一王子。
彼はここまで足を運んで来た気球船から一本の剣を持ってきて、こう続けるのであった。
「私も連れて行って下さい」
「……にぁ?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「ここまで来れば———」
なんて台詞は、もうどう考えてもフラグだったのでしょう。
荒くなった息を整える間も無く。地面が揺れ、背もたれにしていた木が音を立てて倒れます。
「グルォォッ!」
「オゥノゥ……っ!」
何とか横に飛んでテツカブラの攻撃を避けました。
せっかく貰ったメイド服ももうこの十数分でボロボロです。結構綺麗で気に入っていたんですよ?
これ着てご主人にお茶を出そうとか、そんな事を考えても居たのですが。———命あっての物種です。
全力で逃げました。ぬかるんで足場の悪い地面を蹴って、木々を盾にして出来るだけ木が密集している所へ。
「グルォォッ!!」
しかし、テツカブラはその巨大な牙を持って木々をなぎ倒しながら執拗に私を追って来ます。
「えぇぃ! あのモンスターは化け物ですか!」
いや化け物なんですけどね。そう叫ばずには要られませんでした。
しかし、流石に木々が邪魔をして速度を落としたテツカブラ。一方こちらは速度を落とさず木々の間を通ってその距離を開けます。
必死で逃げてここまで来てしまいました。随分と元いた場所から離れてしまった気がする。
そんな事を考えていると、いきなり木々が消えて視界が広がります。
毒沼に入ったという訳ではなく。ただそこには木々が生えていない場所がありました。
いえ、生えていないと言ってしまうと語弊があるでしょうか。
「……火事でもあったんですかね?」
開けた視界の答え。それは生えていた筈の木々が燃えて朽ちた空間でした。
かなり高温の炎に晒されたのか。灰になった木だった物が地面にはいくつも転がっています。
それもまだ灰はチラチラと赤く光り、この木々が燃えたのがごく最近の物だと分かりました。
「これは……?」
モンスターに追われているというのに。その不思議な光景が気になって、私は足を止めます。
燃えて灰になった木も多いのですが、何かに溶かされたかのような不自然な物も混じっていました。
私は、同じような光景を知っています。
「黒炎と紫毒———」
その言葉を、背後にあった木々が薙ぎ倒される音が搔き消しました。こんな所まで執拗に追って来るとわ。
「グルォォッ!」
「……チィッ」
警戒心を解いていた身体に鞭を打って、体を捻ってぬかるんだ地面に身を投じる。
背中の上を通り過ぎる重量物にゾッとしながらも、直ぐに体勢を整えます。
「グルォォォォ……ッ」
向き直り、私を睨み付けるテツカブラ。
その表情を良く観察すると、まるで何かに怒りを感じているような。それでいてその何かに怯えているような。
色々な感情が混ざったような、そんな表情が読み取れました。
そして、その身体は所々焼かれていて図らずも彼がどんな状況なのか分かってしまいます。
「あなたは此処に元々住んでいた……」
「グルォォォォッ」
彼は敵を見定めると跳躍の準備をする。その牙を私に向け、何か他の物への怒りを私に向けるように。———なんて迷惑な。
「ここは貴方の縄張りで、この沼地に『奴等』がやって来た……」
沼地の向こうにはオトモ学校だった場所があります。あの場所から近いなら、奴等が此処に来てもおかしくない。
いや、縄張りを移動しているのかもしれない。砦にドスイーオスが居たのは奴等から逃げていたから……?
「グルォォォォッ!」
人の言葉など通じない獣は、口を動かす謎の生き物を突き飛ばそうと突進を仕掛けてきます。
私はそれを横にズレて回避。すれ違い際に火傷した後ろ足にさびた片手剣を叩き付ける。
「グルォァ?!」
「たぁっ!」
執拗に追って来たのは縄張り意識が高まっていたから。ならば、彼は集中力を欠いているハズ。
冷静に対処すればなんとかなるのでは?
それに、ここから動くのは得策ではありまけん。
むしろ私はここに留まるべきでしょう。
「グルォォォォッ!」
振り向き様に向けられた牙をしゃがんで避け、正面に来た顎を片手剣で切り上げる。
「……っ」
つまりは今私の目の前にはその否応も無い威圧感を放つ鬼の形相がいる訳でして。
しかし、強張る私の身体を狩人としての本能が動かしました。
テツカブラは正面の私を、人の体ほどもある腕で凪倒そうとその豪腕を振り上げます。
私は振り上げたその腕の真下を転がって、テツカブラの正面から脱出。
次の瞬間私の後方で空気が削り取られる、そんなような音がしたのです。その場に居たなら私はどうなっていた事か。
「……てぃっ!」
テツカブラから距離を取るついでにその後ろ足に片手剣を叩き付けます。
相変わらず切れ味の『き』の字も見当たらない武器ですが、火傷を追って傷付いた身体にはそんな武器でもダメージを与えられているようにも思えます。
このテツカブラ、下半身側に多く火傷を負っているように思えます。背を向けて逃げている所に攻撃を貰ったのでしょうか。
ならそこを集中的に叩けば勝機はある。そう思って私は振り返り、未だに私に背を向けているテツカブラの後ろ足に片手剣を叩き付ける。
切り上げ、切り下げ、もう一度切って、踏み込んだ足を軸にして回転切り。片手剣の身軽さ故の連続攻撃。
しかし、チャンスだと思ったその事自体が間違いでした。私は攻撃に集中するあまりテツカブラの行動に気が付いて無かったのです。
「グルォォォォッ!」
攻撃が来てもそれは単調な物だ。だから避ければ良い。そんな甘い考えで挑んでいては、狩場では簡単に死に繋がります。
「———なぁっ?!」
さっきと同じ、牙を振り回して私を振りほどこうとする攻撃が来たと。私は鳴き声を聞いてそれを避けられるだけの距離を取ったつもりでした。
しかし、私の身体はその目論見とは大きく外れて地面を転がります。何が起こったか分かりませんでした。
感じたのは何が固い物を叩き付けられた感覚。しかし私は、牙が来るだろう位置から人間二人分くらいは距離を取ったはずなのです。
「……っぅ」
疑問に思っていても始まりません。痛みを何とか我慢しながら、私は頭を上げて何が起こったのかを確認します。
「ぇ」
見えたのはテツカブラではありませんでした。
彼の姿は消え、代わりに目の前にあるのは巨大な牙の生えた大きな岩———岩盤。
それが何なのか、理解するのに取り返しの付かない時間を有しました。
巨大な牙に持ち上げられる、『掘り起こした岩盤』を私に叩き付けようとするのは間違いもなくテツカブラその本人。
ようするに、つまり、テツカブラがその立派な牙で地面から岩盤を掘り起こして。その岩盤で私に攻撃をした、という事なのでした。
身体ごと持ち上げられた岩盤で私を叩き潰そうと目論むテツカブラ。その攻撃を避ける術が、その時点で私にはありませんでした。
「アーメン」
ただ、神に祈るばかりです。
———誰かが助けてくれるのを。
「グルォッ?!」
次の瞬間、テツカブラは小さな悲鳴を上げながらその身体を捻って倒れ込みました。同時に聞こえた銃弾は、とても暖かい音にも聞こえます。
奇跡? いえいえ。
偶然? いえいえ。
ご都合主義? いえいえいえ。
この銃弾は必然です。強いて言うのなら時間が間に合うかどうか、そこだけの賭け。
私は出来るだけ、出来るだけ木々の多く生えている方へと逃げました。
確かにテツカブラの速度を落とすための目的もありましたが、本来の目的はご主人に私を見つけやすくして貰うための物です。
不自然に木々が薙ぎ倒された現場を見れば、ご主人ならテツカブラの仕業だと分かってくださるハズ。
そして、私は奴等のおかげで開けたこの場所に留まりました。
眼の良いご主人ですから、倒れされて視界の開けたその一本道の奥からでもこうして狙撃で助けてくれる。
「グルォォォォッ!」
体勢を立て直そうとするテツカブラの後ろ足を銃弾が襲い、その身体はまた地面に平伏します。
ご主人なら助けてくれると信じていました。
だって、ご主人は凄いんです。きっと、将来有望なニャンターさんになります。
「……っ」
だから、後はご主人がテツカブラを怯ませていてくれる間に私がこの場から逃げれば良い。
だと言うのに。さっきの攻撃の打ち所が悪かったのか、私の身体は言う事を聞いてくれませんでした。
ここに来て私の甘い考えが自分を陥れる現実として突き刺さります。
でも、動かなければ。立ち上がらなければ、死ぬ。
ご主人と私との距離は近いようで実はかなり遠い物でしょう。銃弾と銃声の僅かなズレがそれを物語っています。
ここまで距離が離れるとテツカブラを倒すのに必要な威力が出ないのは明白です。遠距離攻撃というのは適正距離という物があるから。
だとすると、弾切れかリロードの合間か又はテツカブラが怯まなくなればその時点で私の命は今度こそ終わり。
「……っぅ」
それでも身体は動かない。分かっているのに、身体が言う事を聞かない。
むしろ目眩までしてくる始末。頭を強く打ったのか、動かそうとするほどに頭痛を強く感じました。
「……ダメ、か」
ここまでして、ご主人は期待に応えてくれたのに。
私はこんな所で終わる。
それこそ、必然だったのかもしれません。
でも、これこそは奇跡だったのかもしれません。
偶然だったのかも。ご都合主義だったのかも。
「大丈夫ですか!」
私に声を掛けてくれる、そんな声。
ふと意識を集中させて声のする方に視線を落とす。
「ニャンターさんが時間を稼いでくれています! 今の内に!」
その声は、男性の物でした。どこかで聞いた事のある、暖かい声でした。
「……K……?」
そこで、私の意識は途絶えました。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
確か昔、同じ様な体験をした覚えがあります。
それはこの世界最後のオトモ学校が無くなる前。私がオトモ学校に通っていた時の話。
実習でドスイーオスの撃退を成功させた後の話。私と先輩に後輩、後友人の四人での帰り道。
私達は巨大な飛竜に襲われて、散り散りに逃げなければならなくなりました。その過程で先輩は飛竜のブレスを喰らって灰になったのを良く覚えています。
一人でした。
木々に紛れ込む様にして、どうにかモンスターに見つからない様に。友人や後輩ちゃんの安否など私は考える暇さえ無かった。
日が沈んでまた上って、それでも私は学校に帰る事が出来ませんでした。はい、迷子です。
泣き叫びました。死ぬのが怖かった。
その声が呼んだのは、親愛なるお爺さんでも学校の先生でも無く。私達を襲った飛竜でした。
むしろ、お父さんを呼んでいたようです。このまま天国のお父さんに会えるのかな、なんて事まで考えていました。
飛竜が火球を放つ瞬間。死を覚悟した私を抱き抱えて飛んで、閃光玉で飛竜の眼を潰したのは離れ離れになったハズの友人だったのです。
その後直ぐに、学校は飛竜の仲間に襲われて無くなりました。
そんな事を思い出しながら、私は真っ暗でなにも無い空間でひたすら彼の名前を呼びます。
結局最後まで聞けなかった彼の名を。
もうこの世には居ないだろう、彼の名を。
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「……っぅ…………あれ、ここは?」
フカフカのお布団を感じながら起き上がると多少の身体の痛みを感じました。
所で、ここ前後の記憶が少しあやふやです。
お爺さんの浮気が発覚した覚えがあります。いや、それは今朝の話か。
確か、ご主人の緊急クエストで沼地に来て。王女様のまりを探していたのでした。
まりを見つける事は出来たのですが、テツカブラというモンスターに見付かってしまいまして。———と、いうかテツカブラがまり持ってたんですけどね。
そしてそんなテツカブラから王女様達を逃がすために私は囮になって、倒れて立てなくて———
「K……っぅぉあ?!」
意識がはっきりとすると同時に、背中にモフモフな感触が勢い良くぶつかりました。攻撃?!
「オトモさん……っ!」
しかし、そのタックルの主からは殺意など微塵も感じませんでした。
振り向けば、普段はあまり表情を見せない彼なのに。その瞳は潤んでいて、私を心配している事が伺えます。
「ご、ご主人?!」
「……にぁ、お、オトモさん」
そうか、そうです、そうでした。ご主人のライフルでの援護が間に合って———いや、でも私は立てなかった。
あの時、私を助けたのは———
「助けてくれたんですね、ご主人」
「んにぁ……ボクじゃ、ない、にぁ」
はい?
いや、確かに。立ち上がれずに倒れてしまった私をあの場から連れ去る事はご主人には難しいかもしれません。
なら、私をあの場所から助けてくれたのは誰だったのでしょうか?
周りを見渡せば、ここは沼地のベースキャンプ。上っていたハズの太陽は沈み、辺りは真っ暗でした。
「K……」
「それは、貴方の想い人の名前なのですか?」
私が無意識に発した言葉に反応してそう返したのはご主人では無く、男の人間の声でした。
振り返れば、そこには真っ黒な執事服に身を包んだ金髪の男性がこれまた人を心配するような表情で立っていたのです。
もしかして私、とてつもないご迷惑をこの方に掛けたのでは無いでしょうか。
「お、王子?!」
彼は滅び行く人類最後の王族。その第一王子。
私達は彼等のクエストで沼地に来ました。そしてクエストはクリアしたハズ。それなのに、日が沈むこの時間までこの場に残っていた。
それは、あの状況から私を助ける事が出来た人物が唯一ここに存在する事を意味していました。
「わ、私を……助けて?」
「とんでもない。私達を助けてくれたのはオトモハンターである貴女です。そして、貴女を助けたのは貴女のご主人であるニャンターさん。私は、ただ貴女を抱えてモンスターに背を向けて逃げただけに過ぎません」
やはり、私をあの場所から助けてくれたのは彼でした。勿論、ご主人の功績が殆どなのでしょう。
しかし私はきっと、彼が居なかったら今ここには居ないでしょう。
「あ、ありがとうございます……。というか……すみません」
依頼主に助けられるなんて。私はご主人の評価を下げてしまうのでは無いでしょうか。
「な、なぜ謝るのです。我々は貴女に助けられた身です」
「お! やっと起きおったか!」
その後ろから聞こえる少女の声は、紛れも無く第三王女の声でした。少女は兄を押し抜けると私の顔へ近付いてきます。
近い。
「この度はご苦労であった。じゃが、少々頼りないのぅ」
一言余分です。
「は、はい。ありがとうございます」
流石の私も苦笑いです。コイツ……。
「おい糞ガキ。せっかく道案内をして下さり、あまつさえモンスターへの囮役までなさってくれた彼女になんという無頼を……」
この人妹さんに対してになると口調変わりますよねぇ。
「態々この妾が、この輩が起きるまで待っておってやったんじゃぞ。これ以上の褒美はあるまい」
「お前なぁ……」
気苦労の絶えないお兄さんだ事です。
「む、そうじゃな。しかし報酬の話をしておらぬ」
王女はそう言うと戻し掛けた足取りを翻し、また私の顔に近付きました。
王族の報酬です、これは期待出来そう。
「まぁ報酬はギルドに渡して置くから気にする事じゃ無いのか……? しかし、あれじゃ。その薄汚れた服を着て帰るのも難儀じゃろうて。船にある妾の使用人の服から好きな物を持って行けい!」
なんて素敵な提案でしょう。しかし、サイズ的な問題もあって渡されるのは使用人さんの私服だそうです。可哀想に———ならば。
「なら、メイド服。下さい!」
「……おろ? そんな服で良いのか? アレは下の身分の者が着る服装じゃぞ。こいつのように」
王子を指差しながら彼女は驚いたような表情でそう聞いてきました。
「良いのですよ。だって、私は下の身分の者ですから」
私はご主人に仕えるオトモですから。
「そうか、なら。誰か適当に脱がして渡してやろう!」
この王女には仕えたく無い物です。
「あの……そのー……じゃな?」
「はい?」
メイド服を頂いて(装備を剥ぎ取られたメイドさんは泣いていました)、帰宅の準備の時間。
なぜか顔を赤らめて、モジモジしながら話しかけてくる王女様。どうしたのでしょうか?
「……ありがとう、じゃ」
この人二重人格?
「あ、改まってどうしたのですか?!」
「わ、妾が礼を言ったら悪いか!!」
顔を真っ赤にして、王女様はそう言いました。か、可愛い所もあるじゃ無いですか。
「どんな功績であれ、自分がありがたいと思ったらその人には礼を言う物。そう……お母様が言っておった」
彼女が無くしたまりは、そのお母様に頂いた物だと聞きました。とても大事な物だったのでしょう。
「だから、ありがとう……じゃ」
「いえいえ。私はご主人のお仕事をお手伝いしただけですので」
「ふ、ふむ。当たり前じゃな! あのニャンターへの評価は最大にしてギルドに叩き付けてやるから嬉しく思うのじゃぞ!」
それはそれは、ありがたい。
「また、何かあったら頼むかも知れぬ!」
「了解です、王女様」
「こんな所に居られましたか。王女様、船がそろそろ出ます」
「む、分かったぞ。お主、達者でな」
そう言うと王女様は歩いて行ってしまいました。彼女にはまた会える気がします。
「時に貴女に聞きたい事が」
「ど、どうしたのですか?」
王女様を呼びに来た王子様は、真剣な表情で私にそう言ってきました。
意を決したかのように口を開く王子様。
「K……というのは。貴女の想い人の名前ですか?」
なんて、とんでもない質問。
「と、とんでもないとんでもない! それは友人の名前ですよ。ただの友人。それに、名前でなくニックネームみたいな物でして!」
私は彼の本当の名前なんて、知りません。
もう二度と、聞く事もありません。
「そ、そうでしたか。とんだ勘違いをしてしまいました。申し訳ありません。貴女が眠っている間、時折その名を口にしていたのでつい」
「い、いえいえ。お気になさらずに」
寝言で名前を呼んでいたんですか……。
そういえば……私が倒れる時に———
「私を運んでくれたのは王子様なんですよね」
「はい。それくらいの事しか出来ませんでしたが」
いや、命の恩人なんですか。
きっと、私はこの方を彼と重ねてしまっていたのでしょう。
「助けてくれて、ありがとうございます」
「いえ、こちらこそ。あのワガママ王女様に付き合ってくれて、ありがとうございます」
「王子様も大変ですね」
「全くです」
そんな会話をして、私達は笑い合ってから別れました。
王族とこうも簡単に語る事があるとは。———人類も狭くなった物です。
「ご主人ご主人」
「……にぁ?」
帰り道。気球で私はご主人に話し掛けます。
「ご主人の評価が上がったりすると、飛竜なんかの対峙命令も受注出来たりするんですかね?」
「んーにぁ。多分、出来るにぁ。…………どうかしたの、にぁ?」
「いいえ、何でもです」
広がる沼地から少しずつ離れて行きます。
今、この風景の中に奴等が居る。
「…………何でもです」
「……にぁ?」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「どうぞ、ご主人!」
白と黒のコントラスト。主張し過ぎないフリルの付いたメイド服は見知らぬメイドから剥ぎ取ったアイテムです。
あれから数日。私もメイドとしての魂を開花させたように思えます!
「……んにぁ」
「おーい、お茶でございます」
ただのお茶を出しながら。私は格好だけメイドの格好をして、雰囲気で遊んでいました。
「おーい、お茶はマズいだろ」
「美味しいですよ!」
文句を流すお爺さんにはあげませんよ?!
「いや、味の話じゃ無くてだな」
「なら伊右衛———」
「分かった、ワシが悪かったから。分かったから、これ以上は辞めろ」
ナンノハナシデスカ。
「しかし最近はずっとその服装だな。洗っとるのか」
「失礼ですね。毎日きちんと洗ってますよ」
もはや私服になりそうです。
「にぁ…………に、似合ってる、にぁ」
「ありがとうございますご主人!」
そう言われるために着ています!
「ふむ、まぁこれでニャンターさんのランクも上がって、受けるクエストも難しくなってくるだろう。気を引き締めないといかんな」
「はいはい、分かってまーす」
「分かっとるのか……」
そんな会話の最中。我が家のドアを叩く声が。お客さんですかね?
「あ、はいはい———」
「ぼ、ボクが出るにぁ!」
ならばお任せしましょう。
「どちらさんでした?」
数日前と同じような表情で戻って来たご主人に、私はそう聞きました。
既に、嫌な予感。
「王女様から……クエストにぁ」
「…………内容は」
その内容は、まりに傷が付いていたからテツカブラをぶっ殺せという話でした。とても酷い。
しかし、あのテツカブラは住処を襲われて凶暴化してますから。いずれギルドも対峙命令を出していたでしょう。
今度は準備もあるし、大丈夫。
「行きます、か」
「う、にぁ」
「追伸。妾も観戦するぞ、だそうだ」
「はぁぁ?!」
全くとんでもない人に目を付けられた物です。
私達が王女様の目下でテツカブラと決着を付けるのはまた別のお話。
語る程の物でもない、他愛もないお話です。まぁ、かなり四苦八苦しましたよ。色々ありました。
衰退した人類でもまだこんな傍若無人な人間もいたりするのですね。そんな事を思い知らされるのでした。
そして、そんな世界で私達は今日も生きていく。
「今日は何のクエストです?」
今を生きて行く。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
燃え上がる炎による熱した空気が船を持ち上げる。
王族を乗せたその船はゆっくりと高度を上げて行った。
「どうかしたのか?」
その船に乗る王族は、使用人であり王族でもあり兄でもある彼にそう問いかける。
わがままで人の事など知った事では無い彼女から見ても、彼の態度は普段と掛け離れていた。
「分かりますか……私のこの想いが」
「いや、分からん」
しかし、幼子の彼女には彼がどのような想いを抱いているかまでは分からないようだ。
「あの巨大なモンスターに勇敢に立ち向かう可憐な女性。ユーモアもあれば、上品さも兼ね備えている。彼女を見ると高鳴るこの気持ち……正しく———」
ベースキャンプでアイルーと立っている女性を遥か上空から眺めながら、彼がそう語るその言葉。
その言葉は突如襲い掛かった風圧で遮られる。
船が揺れ、乗員の悲鳴が聞こえた。この時点で王子は突風に船が煽られたのだと思ったが実際は違ったようだ。
「ヴォォオオオウ!!」
その鳴き声は空気を振動させ、船の乗員達を恐怖に陥れた。
「あれ……は」
王子はその姿を目に捉える。
それは、この世界で一番知られているモンスターだった。
赤と黒の甲殻、一対の翼は空の王の名に恥じない程に発達している。
この世界の生態系の頂点に君臨する飛竜。その中でも火竜と呼ばれるそのモンスターはその名の通り火を攻撃に運用する事でも有名だ。
「おー、格好良いのう」
「そーんな悠長なこと言ってる場合じゃ無いですからね?」
この船は王族専用で、着飾っているので対飛竜撃退用の設備を整えていないのだ。
対空に耐性が無い船など飛竜にとってはただの餌同然である。
「王子様ぁ! 何とかしてくださいぃ!」
使用人の一人が声を荒げてそう叫ぶのも無理は無い。この船はもう既にいつ飛竜に襲われ落ちてもおかしく無いのだ。
「ヴォォオオオッ!」
飛竜は縦横無尽に船の周りを飛び回り、自らがこの空間を支配してるいるのだとでも言いたげである。
「大丈夫です、落ち着いて下さい。大声を上げれるのはむしろ相手の機嫌を損ねる事になるやもしれない」
「し、しかし……」
「大丈夫です。いざとなれば王女様が居ます」
「お、王女様が……?」
勤めて短い使用人の彼は、もしや王女様に何やら飛竜を撃退する秘策が隠されているのか。等と思えた。
「ふむ、妾に任せるが良いぞ!」
「おぉ……王女様!」
「いざとなればこの王女を食わせてその間に逃げます」
「おい!!」
「黒炎王……か」
「ヴォォオオオ!!」
空を見上げる彼の目の前を飛竜が通り過ぎる。飛竜と目が会った彼は目を細め、腰にかけた刀に手を伸ばした。
「……ここで私と戦っても貴様に何の得も無いだろう。負けなくとも、な」
「ヴォォオオオ……ッ!!」
飛竜は彼を睨み付けながら咆哮を上げ、その後船を離れて飛び去って行った。
「ふっふふ、妾の威圧にビビりおったか!」
「そーですねー……」
遥か、上空へと。
読んで下さりありがとうございす。作者の皇我リキです。
この度この小説のお気に入りが20人になって、さらに評価も五人の方に着けてもらい。私の創作で初めて色が着く事になりました。
読んで頂いている方には感謝しかありません。こんな駄作ですが、飽きるまで付き合って頂けると幸いです。
サブタイの元ネタは童話カエルの王子様です。全く童話と関係無い話になったのは私の構成力不足でして。
本当はもっと童話ちっくな緩いお話にする予定だったのですよ……トホホ。
主人公のメイド姿を描こう描こう思ってたのですが、ポケモンを捕まえるのに忙しくて時間が足りませんでした。え、聞いてないし期待してない。ですよね!
そんな訳で七話でした。すこし、物語を動かそうかなとか思ったり?
厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。