ハンターは衰退しました   作:皇我リキ

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わがまま王女とカエルと王子様(前編)『第五話』

 前略、ハンターは衰退しました。

 

 

 そんな世界を大きな気球が空から地を覗いていた。

 人の減ったこの世界では珍しく、その船は多くの人で賑わっている。

 

 

 そんな賑わいの中に、とりわけ綺麗な顔をしてとりわけ綺麗な格好をしたとりわけ幼い少女が居た。

 少女は困った様子で気球から下界を見下ろして居る。気球から落ちそうな程身を乗り上げる少女を心配してか、周りの大人達はこぞって少女の元へ駆け出してきた。

 

 

「王女様、どうしたのですか? そんなに乗り上げては危険です」

「お気に入りのまりを落とした……金のやつ」

 声を掛けてきた真っ黒な格好をした男に少女はそう答える。

 不満げな表情で少女は、下にある霧が掛った未開拓の地を指差した。

 

 環境の影響で体に害のある液体が溢れる沼が見える。

 気球船は旧沼地とも呼ばれているジォ・チラード湿地帯の上空を飛行していた。

 

 飛竜を警戒してか高度は低めだが。それでも、もし下に人が居たとして豆にしか見えない程の高度だ。

 少女が落とした物を見付けるのは容易では無いだろう。

 

 

「それは残念ですね。しかし王女様、その程度の物なら直ぐにご用意しますゆえ。どうかお気を落とさずに」

「馬鹿者! あれはお母様に貰った物じゃぞ。早く船を下せ、探しに行く」

 男は同じ物なら直ぐに用意が出来ると語ったが、少女にとってはそういう問題では無かったようだ。

 

 少女は男に命令し、逆らう事の許されない船の船員達は急いで命令を実行しようとする。

 

 

「マジかよ……」

 ボソッと、男は仕事抜きの独り言を呟いた。

 この人は本当にアレだ。彼はため息を吐きながらそう思う。

 

 

「おいコラ、何か言ったかお前!」

「いやいや何でも無いですよ、わがままな第3王女様」

 捨て台詞的に彼はそう言って、船員達に仕事の割り振りを伝えに行く。

 こうなれば彼女はまりを見付けるまで帰らないと、彼は知っていたから説得など諦めたのだ。

 

 

「ふん! それで良い!」

 何故なら彼女はこの世界で一番わがままな人間。

 

 人類の衰退したこの世界で旧人類の主として、シュレイド地方に古くから君臨する王族の末裔。旧人類国王陛下の三番目の娘、その人である。

 

「沼地とやらに妾のまりを取りに行くのじゃ!」

「こーりゃニャンターさんにお世話になるしか無いなぁ……」

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

「緊急クエスト?」

 不安げな表情で語るご主人に、私はそう聞き返しました。

 

 

 自宅での優雅なティータイムの時間。旧人類の文明が滅びかけようと、この時間だけは常に人は優雅になれるのです。

 そんな中、お客さんのお話を聞いて帰って来た私がオトモとして仕えるご主人はいつもに増して不安げな表情で帰って来たのでした。

 

「ぼ、ボク当てに指名で緊急クエストだそうだにぁ……」

 そう話すご主人のヒゲは垂れ下がり、不安で押し潰された心が現れるかのように四つん這いに倒れます。

 

 緊急クエストとはギルドが早急を要すると判断した内容のクエストの事。勿論難易度も上がってくるので、無事クリアすれば見返りは大きい。

 ニャンターであるご主人にとって、緊急クエストは自分の技量をギルドに知らしめるチャンスです。なのにご主人、とても不安げな様子。

 

 

「ご主人なら出来ますよ! 頑張って来てください!」

「お前も行くんだ」

「デスヨネー」

 背後からツッコミを入れて来たのは私のおじいさん。義手の左腕で、私の作ったハーブティーを持ち上げながら厳しい表情でそう言います。

 

「しかしご主人、なぜそんなに憂鬱な感じなのですか?」

「……このクエストをボクに指名して来たの……師匠なんだにぁ」

 遠い目で、彼は言いました。———それはもう嫌な予感しかしない。

 

 

「それはまぁ……ご愁傷様です」

「お前もな」

 ヒェェ。

 

「って、ご主人のお師匠さんはギルドに口が聞ける程の人なのですか?!」

「五代目ギルドニャイトマスター候補に選ばれてるくらい強い人にぁ」

 ギルドニャイトマスター……?

 

 

「ナンデスカソレ?」

 あまりニャンターズギルドについて詳しく無い私はご主人とお爺さんを交互に見ながらそう聞きました。

 その名から感じるだけでもかなり威圧感———いや、可愛い名前。

 

 

「そんな事も知らんのか。お前はオトモ学校で何を習って来たんだ」

「うぐ……」

 勉強は嫌いでした。

 

 

「ギルドニャイトマスターはニャンターズギルドの纏め役、つまり全てのニャンターの上司に当たる者だな。簡単に言うと、ボスだ」

 偉い人でした、とても。

 

 

「詳しいんですねぇ」

「お前がアホなだけだ。まぁ、ワシのご主人だったニャンターさんが三代目で現ギルドニャイトマスターだという事もあるな」

 なん……ですと。

 

 

 お爺さんはあの時左腕を無くした後もその頃からオトモをしていたニャンターさんに着いて、つい数年前までオトモをしていたようで。

 しかし、そのニャンターさんがまさかそんなに偉い人だとは思っていませんでした。

 

 もしや、私のお爺さんは物凄く凄い人なのでは……?

 

 

「つまり、今のニャンターさん達のボスはお爺さんがオトモしていたアイルーさん……という事ですか?」

「そうなるな」

 私のお爺さんは偉人でした。

 

 

 しかし今のマスターは三代目であるお爺さんのオトモさん。なら、なぜ四代目でなく五代目候補がお師匠さんなのでしょうか?

 まぁ……ニャンターズギルドの事は詳しく無いので、色々とご事情があるのでしょう。

 

 

「ご主人も将来ギルドニャイトマスター目指しちゃいます?」

 お爺さんには負けて入られません!

 

「……ギルドニャイトマスターなんて危ないだけの仕事、にぁ」

 しかしそっぽを向いて、ご主人はそう言いました。

 

 

 後に聞いた話ですが。お爺さん曰く、ギルドニャイトマスターは全てのニャンターの長である。

 その手にこの世界の理との調和を握っているといっても過言では無く、自らの判断が全ての人々の命を左右する。

 

 だから、時には自ら一番危険なクエストへ向かったり。強力なモンスターが出れば自らが大事に赴く。

 お爺さんのご主人であった三代目の次の四代目さんは、詳しくは教えてもらえませんでしたがそんな危険なクエストの最中命を落としたのだとか。

 

 だから、今は四代目でなく三代目がギルドニャイトを仕切っていて。次の五代目を選抜しているところなんだそうです。

 

 

「まぁ、私はご主人に着いて行くだけです!」

「……ありがとにぁ、オトモさん」

 そんな微笑ましい会話の中、なぜかお爺さんは眉を細めて私のご主人を見ていました。何か、思う事があったのでしょうか……?

 

 

「ところで、どんなクエストなんです?」

「……にぁ」

 と、だけ鳴いてご主人は手に持った荷物を渡しに渡してきました。

 

「ナンデスカコレ?」

 それは白と黒の布。広げてみるとお洋服のようで、エプロン付きのワンピースでした。

 

 

 白と黒で綺麗に整えられたそのお洋服はまるで誰かに仕える方が着る物みたく、主張し過ぎないされども自らを誇示するには丁度良いデザイン。

 

「……メイド服だな」

 お爺さんがボソッと、そう言いました。

 

 

 

 

「……似合いますかね?」

 鏡に映る自分を見ながらその場で一回転。私はお爺さんにそう聞きます。

 

 腰まであるストレートの金髪はこのお洋服にはかなりミスマッチな気がします。

 

 

「似合っとるぞ。半世紀前の愛人に良く似とる」

「孫に発情しないで———って、愛人?!」

 いつもの返しをしようと思ったのですが、お爺さんがまさかの爆弾発言を投下していました。愛人とは。

 

「…………今のは忘れろ」

「忘れられる訳ないでしょう?!」

「…………しまったな、墓まで持ってくつもりが」

「ちょっとぉ?!」

 

「……準備出来たかにぁ?」

 お爺さんを問い詰めていると、真っ黒なスーツ姿のご主人がトコトコと歩いてきてそう聞いてきました。

 ご主人、幼げな出で立ちなので物凄く違和感があるのですが。それはまたそれで可愛い。

 

 

「あ、はい。準備完了です!」

 

「……オトモさん、に、似合ってる……にぁ」

 恥らいながらも褒めてくれるご主人マジ天使。

 

「そ、そ、そ、そうですか?! ご主人も可愛いです!」

「……にぁ」

 その困り顔もおいしく頂きます。

 

 

「しかし、なんでこんな格好でいつもの沼地に行かねばならないのですかね? こんなんで狩りなんかしたら汚してしまいます……よね?」

「……分からないにぁ。ギルドニャイトの人が言うには、現地に着けば分かる……らしい、にぁ」

 アーモウイヤナヨカンシカシナーイ。

 

 

「準備が出来たならとっとと行かんか。緊急クエストなのだろう?」

 お爺さんは苦笑いしながらそう言って私達を急かしました。いや、あなた愛人の事に触れられたくないだけですよね?!

 

「お爺さん……」

「人間若いと色々とやらかすんだ。お前も気を付けろよ」

「お墓で口が滑らないように気をつけますね」

「…………」

 笑顔で答えてから、私とご主人は外で待っていたギルドニャイトの馬車で集会所へ向かいます。

 ちなみにギルドニャイトとはマスターの下で直属に働くお人達の事です。この方々も中々の手練れ———ならこのクエスト貴方達でやって下さっても……。

 

 

「大急ぎで行くニー!」

 集会所へ着くといつもの気球の運転手さんが自らを迎えに来て声を掛けてくれました。

 それ程緊急を要するクエストなのでしょう。今更ながら不安が募ります。

 

 

「おろ? オトモさんがあの緊急クエスト受けたんだミャー?」

 気球に乗ろうと歩いていると、横から聞き覚えのある声がして振り向きます。

 そこには私が初めてオトモをしたピンクの毛並みのニャンターさんが何やら複雑そうな表情で立っておりした。

 

「あ、ピンクちゃん。お久しぶりです。……そーですね、何かありました?」

「いミャー……何でも無いミャ」

 その不安になる言い方辞めて下さいお願いします。

 

「黄色にこの前の話聞いたミャ、頑張ってるミャー」

「いえいえ」

 モヒカンさんの件ですか……? 未だにお嬢って呼ばれるんですよねぇ。

 

「ピンクちゃんはオトモ探せたんですか?」

「うミャ! 可愛いオトモさんと契約させてもらったミャー。今度一緒に狩りに行こうミャ!」

 おー、ついにピンクちゃんもオトモゲットですか。ピンクちゃんとは立場は違えど同期みたいな物ですから、仲良くしたいです。

 

「それじゃ……今日は頑張るミャ」

 だからその不安になる言い方は何なんです?!

 

 

 そんなこんなな会話をしていたら気球の準備が完了したらしく。私とご主人はいつもより多くの人達に見送られて旧沼地に向かうのでした。

 

 

 

 

「オゥ……ファンタスティック」

 旧沼地に着いた私は最初に驚きの声を発します。

 

 そこには溢れんばかりの人、人、人。しかもアイルーさんではなく人間さん。

 

 

 旧沼地のベースキャンプには衰退したとは思えない程の人数の人間が立っていたのでした。

 しかも皆白と黒の———つまり私と同じような格好をしている。ナンデスカコレ。

 

 

「お着きになられましたかニャンター殿」

 そして、そう言って出迎えてくれたのは金髪の青年。皆と同じ格好をしてはいるのですが、彼だけは少し雰囲気が違いました。

 なんというか、かしこまって無いというか。人に仕える格好をしているのにその器に入りきらない物を持っている感じ。

 

 

「……に、にぁ」

 コミュ障———人と話すのがそこまで得意では無いご主人は声を掛けられると固まってしまいます。

 

「依頼を受けました。急な用との事なのでクエストの事を聞いていないのですが、どのような内容なのです?」

 そこで、私がご主人に変わって彼に返事を返します。

 お師匠さんは集会所に居なかったし、気球の運転手さんもクエスト内容は知らなかったんですよね。

 

 

「私と王女と一緒にまりを探して欲しいのです」

「は?」

 ごめんなさい、言っている事がよく分かりません。

 

 ついに私もボケが回ってきたのでしょうか。まだ二十歳なのに、トホホ。

 

 

「王女?」

「あそこで踏ん反り返ってる———あそこに居られるお方です」

 今口が滑った気がしますよこの人。

 

 して、彼が指差す方に視線をやる。そこには一人の幼い少女が何処から持って来たか分からない大きな椅子に座っていました。

 

 

 小柄な体型に合わせて作られた綺麗なドレスを着て、髪の毛は特徴的な横縦ロールツインとセットがとんでもなく大変そう。

 気品のある顔立ちは幼くてもその方が高位の存在だと頷ける物でした。

 

 情弱な私でも、彼女の事は知っています。

 

 

「第三王女……ッ!?」

 人類は衰退しました。それはもう何年も何年も昔に。

 

 しかし、人々が荒々しくも眩しく生活していた時代。その頃からこの地方の国のトップにいた王様が居たそうな。

 そして彼女は、その王様の子孫である現国王の三番目の子供なのです。

 

 情弱な私でも、人の天辺くらいは知っているのです。———人自体少ないですからね。

 

 

「な、なぜあんな人がこんな場所に……」

 驚愕しました。

 

 

 だって、王女様ですよ? 一応。

 人がアイルーさんに人類を託して数世紀。残された人間はネチネチとも生き残って来ました。

 そんな人間を纏めてきた王族。その末裔である彼女がなぜこんな所に。

 

 ここはモンスターの蔓延る狩場です。しかも湿気で地面はぬかるみ、霧が貼って毒の沼まであるこの旧沼地にですよ?

 

 

「やっと来たか、道案内人」

 座っていた幼い少女は立ち上がるとイラついた声色でそう声を掛けてきました。

 

 ち、遅刻なのでしょうか。

 

 

「道案内人……?」

 所で道案内とはどういう事なのでしょうか。そもそも私はクエストの概要を知らないんですよねぇ。

 そこで、金髪の彼に首を傾げて答えを聞いてみる。返ってきた言葉はとんでも無い内容でした。

 

「あの野郎気球から沼地に親から貰った金のまりを落としやが———王女様がこの沼地に落し物をなされたので一緒に探して頂けませんか?」

 前半の台詞は聞こえなかった事にすれば良いのでしょうか。私の幻聴なのでしょうか。

 

 

 して、落し物の捜索……ですか。このクエストが緊急クエストなのは依頼主が第三王女だから、ね。

 

 

「妾のまりを早く探しに行くぞ!」

 王女様は近付いてくると、高飛車にそう言い放ちました。

 

 

「え、ちょっと待って下さい。一緒に……ですか?」

 私達が探して来る……なら、まだ話は分かります。途方も無い話なのは置いておいて。

 

 しかし、王女様も付いて来ると?!

 

 

「妾はそもそも護衛など要らぬと申したのだ。使用人全員に探させれば良いだけ。だがそこの糞金髪が何度も何度も止めるから、仕方無しに道案内を雇ったのじゃ」

 噂に聞くわがままっぷりでした。使用人さんを沼地に全員行かせたら半分以上戻って来ませんよ……。

 話によれば、人がハンターだった時代にもこんな感じのわがままな王女様が居たとか居なかったとか。

 

 

「まぁ……普通の人がモンスターと会ったら死んじゃいますからねぇ……」

 普通の人で無くても死んじゃいますけど。

 

 

「分かったらとっとと行くぞ! 妾のまりが湿気でダメになってしまう」

 そう言うと、王女様は周りから止める使用人お押し退けてズカズカと狩場に足を運ぶ。

 狩場を知っていない人から見てもそれは正気の沙汰とは思えない愚行です。

 

 でも、彼女は止まらないと分かっているからこんなクエストになったんでしょうねぇ。

 

 

「嫌な予感見事に的中ですね」

「……にぁ」

「すまないがあのアホに付き合って———王女様の護衛、よろしくお願いいたします。私も付いて行くので、用があれば何なりとお申し付け下さい」

 この人はぶっちゃけますねぇ……。まぁ、王女様一人を連れて行くのも心細いのですし助かります。

 

 

「何をしておる! 早く行くぞ!」

 そんな王女様の声に私達は付いて行く事に。

 

 さてさて……えらい事になってしまいました。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 甲高い銃声が空間を貫きます。

 

 

 否応無く不気味な羽音を鳴らしながら、この旧沼地を無数に飛び回る巨大な昆虫。

 その大きさは一メートルに達し、小さな王女様で無くても人には脅威でしかありません。

 

 四枚の羽に黄色い甲殻。人の腕より太い胴体の下部には麻痺毒を有する針が付いています。

 その正体は見た目通り突然変異した蜂のようで、個体によっては人の身長ほどにまで成長する脅威の虫。

 

 

 そうですね、一言で表すなら。———害悪。

 

 

 そんなモンスター、名をランゴスタと言うのですが。

 王女様を見るや否や手頃な大きさだと思うのか近付いてくるんですね。もう危ないのなんの。

 私ごときでは対処出来ないので、今は歩きながら近付いて来たランゴスタをご主人の得物のライフルで倒している所です。

 

 

「……普段よりなんか多いにぁ」

「無限湧きしてる気分ですねぇ」

 

「虫ごときが妾に近づいて来るとは良い度胸じゃ」

 この人は自分の陥っている状況を分かっているのでしょうか……。

 

 

 旧沼地に主に生息するのは鳥竜種のイーオス、牙獣種のコンガ、甲虫種であるこのランゴスタやもう一種類のカンタロス等が例に上がります。

 今はイーオスの繁殖期のようで、コンガは少な目。そのイーオスもここ最近クエストでよく狩っているので少な目。

 

 するとやはり多く繁殖するのがこのランゴスタでした。もう本当に無限に湧いてでるんです。

 

 

 そしてまた一匹、王女様に近付く不届き者のランゴスタをご主人のライフルが貫きます。

 

 

「しかし金色のまり、ですか」

「アレは王女様が亡き母に頂いた物なのです。んなもん落とすなよ」

「あなた執事ですよね?!」

 たまにこの執事さん失言があるのですが。

 

「まぁ……訳ありで」

 そう言う執事さんはどこか遠くを見つめていました。

 

 

「……そうですか」

 多分聞かない方が彼の為なのだと、私は思いました。

 

 

「お話を戻すと。この広大な沼地から小さなまりを探すのはかなり一苦労です———と、いうより見つかる可能性の方がゼロなのでは?」

「……にぁ、霧も掛かってきてるしにぁ」

 問題はかなり多いです。

 

 

 今は普段から生息している小型モンスターの相手をしているだけですが、大型モンスターが現れたらピンチこの上無いです。

 普段は狩場よりもっと奥の未開拓の地に居住している大型モンスターが餌を食べるため、お昼の散歩、縄張りの拡大のために現れる事が良くあるんです、本当に。

 

 まぁ、集会所で確認した時にはそのような情報は無かったのですが。

 

 

「この霧の中で大型モンスターに襲われたらどうなると思います?」

「……守り切れる自信が無いにぁ」

 デスヨネー。

 

「無茶な仕事とは存じ上げております……しかし、王女は見ての通り超が着くわがままでして」

「このクエストの失敗ってどんな結果でも私の命無いんですけど……。報酬金は弾むんですよね?」

「勿論」

 今日も一日がんばるぞい……。

 

 

「ぬーん……見つからぬ」

 先頭を歩いていた王女様が振り向いて不満げな声を漏らしました。

 見付かる可能性の方が少ないです、はい。

 

「ネコちゃんよ、どこにあると思う?」

「……に゛ぁ?!」

 突然話し掛けられ、ご主人は固まってしまいました。

 

「……え、えーと……にぁ。……ゲリョスなんかは光る物を集める性質があるにぁ」

「ほぅ……そのゲロスとかいう不届き者をやっつければ良いのじゃな!」

 その名前は頂けません、王女様。

 

「性質があるだけでこの場に居るとは限りません。それに、ゲロスでは無くゲリョスです」

 執事さん、ズバッと物申しました。いつか首落とされますよ……?

 

「わ、分かっておるわ……っ!」

 

 

「そもそもゲリョスなんか居てもらったら困ります」

 ゲリョス以外なら良いって訳では無いんですけどね。

 

「まぁ? ゲロスだろうがなんだろうが、私のまりを奪ったモンスターは許さん!」

 モンスターが奪った事になっていますが、ただ王女様が落としただけなんですよねぇ。

 

 

「モンスターが持っているとは限りませんよ……?」

 そーっと、忠告しておきます。

 

 私としては、そこら辺にポツンと落ちていて欲しかったのです。

 

 

 

 ———欲しかったのです。

 

 

 

「あ、奴じゃ!」

 捜索を再開しようと前進した私達の背後で、王女様は大きな声を上げました。

 

 皆一同に振り向き、王女様が指差す方向を見つめます。

 

 

 地面を確りと捕まえる四本の脚、朱色の外殻をしたそのモンスターの見た目は一言で言うなら尻尾の付いたカエルと言った所。

 最大の特徴は下顎から伸びる一対の巨大な牙です。身体に比べて大きな頭は厳めしく、その面構えもあって鬼蛙の別名を持つ大型モンスター。

 

 

 鬼蛙———テツカブラ。

 

 そのモンスターにいつの間にか背後を取られていました。

 

 

「……っ?!」

 見た目だけならゲリョスと同じ大きさのカエルです。とにかく巨大。

 そんなモンスターとの距離僅か十メートル。それはもう怯みます。

 

「霧の中とは言えこの失態は……っ!」

 悪態を吐きながらもいつものさびた片手剣を抜いて王女様の前に出ます。

 背後では私が動くより早くご主人がライフルを構えていました。こういう時にご主人は頼りになる!

 

 

「王女様下がって下さい!」

「嫌じゃ!」

 さて、テツカブラ。名前は知ってますが戦った事は無いんですよね。どうする———って、え?!

 

「嫌?! いやいや、危ないですって!」

「奴が妾のまりを持っておるのじゃぞ!」

 ナンデスト?!

 

 よくテツカブラを観察してみれば、その特徴的な牙と顎の間に綺麗に金色に輝くボールが挟まっているではありませんか。オウノウ。

 

 

「ご主人!」

「まりに当てたらボク首が飛ぶにぁ……?」

 恐怖で固まっていました。い、一応アイルーさんであるご主人の方が身分は上———だと思いはします。多分。

 

 

「い、良いですか王女様。アレは大変危険なモンスターでしてね?!」

「そんな者は分かっておるわ! しかし妾のまりが!」

 えーいこのわがまま王女!

 

「オトモさん!」

 そんなわがまま王女に振り回され、私は大切な事を忘れていたのでした。

 

 

 今はモンスターと対峙しているのです。

 

 

「グルォォォッ!」

 振り向けば目と鼻の先にその巨大な頭が向かって来ていました。

 この時点で私にその勢いを止める術は無く、俗に言う詰み。

 

 認めたく無い物ですな、自分自身の、若さゆえの過ちという物を。

 これが、お爺さんが言っていた事なのでしょうか。———いや、違う気がします。

 

 

 しかし、現実は無常でそんな事を考えている間にテツカブラの突進は私達を轢き殺す寸前。

 アーメン。出来るなら、即死でお願いします。

 

 

「この!」

 直後、耳に響いたのは私の骨がバラバラなにる音ではなく。執事さんのそんな声でした。

 

 

 次の瞬間には想像通りの鈍い音。

 骨が軋み、物体が重力に逆らって空を飛ぶ鈍い音。しかし、自然と痛みはありませんでした。

 

 

「……っぇぇえええ?!」

 それもそのハズでした。吹き飛んでいったのは私でなくテツカブラだっのですから。しかも、私達の後方にです。

 確実に直撃コースだったハズのテツカブラの突進はなぜか上にそれ、通り過ぎたテツカブラは後方でひっくり返っていました。

 

 

「に゛ぁ?!」

 全貌を見ていたご主人もそれはそれは驚いていました。

 

 

「おぉ! 妾の覇気にやられてカエルが引っくりカエルか!」

「いやそんな馬鹿な」

 しかも親父ギャグ。

 

 

「さぁ妾のまりを返すがよいぞ!」

 そう言いながら王女様は、ひっくり返ったままのテツカブラに近付いて行きます。

 

「ちょ、危ないですよ!」

「大丈夫」

 執事さんのそんな声。

 

「えぇ……?」

 執事さんの言う通り、王女様が近付いてもテツカブラはひっくり返ったままでした。

 どうやら頭から勢いよく地面にぶつかったようで。ぬかるんだ地面ですが、当たりどころが悪くて気絶しているみたいです。

 

 

「ふふふ、妾のまりが帰ってきたぞ!」

 なんとも嬉しそうにテツカブラが落としたまりを回収する王女。その喜びようは年相応の表情も相まって可愛いところもあります。

 

 

「さ、さっき何をしたんだにぁ……?」

 私も気になっていた事を、ご主人も気になっていたようで。王女様を見守りながらご主人は執事さんにそう聞きます。

 

「和の国に伝わっていた合気道という物を使っただけですよ」

 淡々と執事さんはそう答えました。

 

 確か、相手の力を利用する体術……でしたっけ?

 納得が出来ない訳ではありませんが。だとしても何者なのですかこの執事さんは。

 

 

「あのバカはモンスターの脅威を分かっていないから困る困る。しかし、あなた達のおかげでなんとかまりを探す事が出来ました。感謝します」

「いや……今回私達何もしてないんですけど」

 強いて言うならご主人がライフルでランゴスタを狩っていたぐらい?

 

 

「いやいや、貴方達が居なければ沼地の地形を分かっていない我々は迷子になって路頭に迷い朽ちるところだったでしょう。なので、帰りも道案内お願いします、ニャンター殿とオトモ殿」

 何この人聖人か何かなんですか?!

 

「あ、あなた一体何者なんですか……。私達に優しいかと思えば王女様には厳しいなんて、首飛ばされますよ?」

「いやぁ……成り行きであのバカの執事をやっています。バカの兄、俗に言う第一王子です」

 王子様ぁぁ?!

 

「こ、これは失礼しましたぁぁ!」

 首飛ばされるのは私でした。なんで王子様が執事なんてしてるのか。

 

 

 そういえば王子様も王女様も髪の色金髪でした。

 

 

「はは、何も失礼などありません。我々人間はもはや朽ちた存在。今はアイルーであるニャンターさん、そしてそのオトモという高貴な仕事をしている貴女から見れば人の王等小さな存在でございます」

 ここに白馬に乗った聖人の王子様が……。

 

 

「こ、この度はどうも本当———」

「ふはははは! 妾のまりを奪った罪を後悔させてやるぞ!」

 私が王子にお礼を言おうとしていたその時、背後からそんな威勢の良い台詞が聞こえてきました。

 何かと振り向けば、なんと王女様がテツカブラの頭を蹴っていました。オゥノゥ。

 

 

「おい何してんだバカぁぁ!!」

 執事さんが急いで駆け寄って王女様を抱き抱えますが、時既に遅し。

 

「おぉ、起き上がった……」

「くっそ……」

「グルルォォ……」

 テツカブラ、起き上がって二人を睨み付けます。

 

 

 あの王女様なんという事をして下さるのでしょう。

 

 

「下がって下さい!」

 今度こそと、二人の前に出ながら私は片手剣を握り直しました。

 そのままテツカブラの正面を態と大きく回りながら、側面に回り込みその脚を切り裂きます。

 いや、錆びてるから切れないんですけどね?

 

 

「グルルォォ……ッ!」

 狙い通りテツカブラの意識は私に移り、振り向きました。なんて怖い顔。

 

 

「ご主人! お二人を頼みます!」

「にぁ?! オトモさん?!」

 大丈夫、あなたならきっと直ぐに二人をキャンプに送ってから助けに来てくれるって。

 

「私、信じてますから」

「…………にぁっ!」

 ご主人は強く頷くと、王子と王女の手を引きます。

 

「うぉ?! 良いのか?」

「ニャンター殿、彼女は?!」

「オトモさんは……大丈夫だにぁ!」

 信じて下さるご主人でありがたいです。

 モンスターの気を惹き付けるなら、ライフルのご主人より剣を持った私の方が確実ですから。

 

「おぉ、そうか! ならばやってしまえ!」

「お気をつけて!」

「……にぁ!」

 直ぐに戻る、そんな決意を込めた目でご主人は私を見てから駆け出します。

 

 

「グルルォォ……」

「ふぅ……あのわがまま王女やってくれます」

 剣を握る手が濡れるのは冷や汗か。震える脚は恐怖か。

 

 ハッキリとこの状況は悪いと身体は分かっているのに、心は不思議と余裕を持っていました。

 きっとご主人は来てくれる。だからそれまで待てば良いだけ。

 

 

「さて、今世紀までネチネチと生き残った人類の生存力を見せてやりましょうかね」

 一人では絶対に勝てないので、生き残る事を優先する。

 

 

「グルルォォッ!」

 ご主人が戻ってくるまで。

 

 




次回に続きます。

いや、一万文字の短編って難しいです……。きちんと書けてる人が本当に羨ましいし、凄いと思う。


さて二話編成になりそうですが概要を
まずテツカブラですが、ゲームでは沼地には出ませんよね……。まぁ、中々適応力の高いモンスターと聞くのでそこはご愛嬌でお願いします。そしてテツカブラ、実はカエルじゃありません←
今回のゲストキャラは皆大好き()なあの第三王女の末裔といった設定です。わがまま差はきちんと引き継がれています。
王子は色々な武道に精通している設定。自らの地位に溺れず努力する彼は実はこの物語のキーパーソン(に、する予定)

長々と語ってしまいましたが続きが書けるのかどうか……
またお会いしとうございます。でわ、次回で!


厳しくで良いので評価感想の程も暇があればよろしくお願いします。

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