らくだい魔女と最初のラブレター   作:空実

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〜2〜

扉を開けて教室に入ると、中にいた生徒たちが勢いよく立ち上がった。

それから、重っ苦しい挨拶の数々が繰り出される。

あまりにもすぐのことだったので、一瞬大げさなほど驚いてしまった。ドキドキとなる心臓をおさえ、だんだん落ち着いてくるとやっぱりこういうものかという実感が表れはじめた。

そしていつものあたしとは違う見本みたいなお姫さま(プリンセス)を演じるだけ。

 

「ごきげんよう」

 

と、微笑んで見せると、カリンも同じように微笑んで、

 

「これからよろしくお願いいたしますね」

 

挨拶が済んだところでだれも席にはつこうとしないので、座るように促すところまでがあたしたちのすること。

どうせみんな、なんのために王族なんかに挨拶しなきゃならないのかとでも思っているのだろう。あたしだったら疑問に思うこと間違いなしだし、あたしなんかよりずっと厳しくしつけられた新しいクラスメイトたちでさえもそう思うことだろう。

 

これからも、ずっと、毎日そうなんだろう。

そう考えるとため息を吐きたくなって、けどそんなことは出来ないからさっさと座って教室を見渡した。

あたしたちがついた頃にはほとんどの生徒がいたけれど、ただ一つだけ空席がある。

そこには、アリサと書かれていた。

思わず目を丸くして、びっくりしていると、カリンがあたしのところまでやってきた。

 

「これ……」

 

なにかしら?と言わんばかりのカリンが机を覗き込むと、同じようにびっくりして、

 

「まあっ!」

 

と、ちょっとだけ大きな声がでた。

クラスメイトの視線が一瞬だけこちらをむいたというのにカリンは気にする様子もない。あれから随分たくましくなったものだと考えてしまうのは、しょうがないことだと思う。だってあの頃のカリンはチトセのことが好きな、弱虫で泣き虫で守ってあげたくなっちゃうような女の子だったのだから。

その途端、ガラッとドアが開き、見覚えのある人物が顔を出した。

 

「フウカ、カリンっ!」

 

確信を持ったアリサちゃんの声に、あたしたちは顔を見合わせた。

まさかの再会だったと、思わず笑ってしまった。

 

「アリサちゃんっ!」

 

あたしがそう呼ぶと、アリサちゃんはひらひらと片手を振った。

あれからも変わらないふわふわくるくるした髪と、ちょっぴりつり上がった目。小学生のパティ先生のクラスのときによくあたしに構ってくれたアリサちゃんそのものだった。

 

「やっぱり二人だったの?名簿みたときからそうかなぁって思ってはいたんだけど」

 

周りから何事かという視線が集まり、親しそうにあたしたちにタメ口をきくアリサちゃんへと鋭い眼差しも見受けられる。

それでもアリサちゃんはあのときのように笑って、カリンも嬉しそうにニコニコして、一瞬だけ時が戻ったような気がした。

 

「……アリサちゃん、だぁ」

 

あたしが泣き顔で言うと、アリサちゃんはあたしのほおを勢いよくつねった。

 

「いだだだだっ!アリサちゃんいだいってばっ」

「フウカは笑顔が取り柄なんだから、笑ってなさいよ。ね?」

 

仕方なさそうなアリサちゃんのため息に、あたしはなぜかホッとした。

カリンだけじゃ埋められなかったなにかがすこしだけ埋まったような気もする。

________だけど。もう、あの頃には、戻れない。アリサちゃんもきっとわかっているはず。チトセがなにを言われたって、あたしやカリンがなにを言われたって、いつだって味方でいてくれたみんなだけど。それでも、チトセを失ったあの日からは、みんなどこか変わっていってしまった気がする。

 

席にアリサちゃんがつく間際、あたしに耳打ちした。

 

みんな、心配してるから。わたしがハリーシエルにきたのだって、みんなから頼まれたからでもあるんだからね!と、アリサちゃんは笑った。

 

やっぱりわかってる。

アリサちゃんはわかってるんだ。

 

……チトセがいなくなってから、ちゃんとなんてやれてない。

本当はわかってる。チトセがいなくなってからみんなが変わったんじゃなくて、ただわたしが変われなかっただけなんだってことぐらい、わかってる。

 

あたしは暗い顔で俯いてしまった。

 

そんなあたしの肩をアリサちゃんは軽く叩いて行った。

 

 

 

 

 

青の城の庭にはチトセの墓があり、そこでチトセは眠っているらしい。

チトセが時の壁が使えると城中、いや、国や大陸を超えて世界中に広まった二日後。チトセは原因不明の病に倒れ、死んだとそう聞いた。

聞いただけで本当にそうなのかは知らなかったけど、カリンと共にビアンカちゃんのいる水の国に遊びに行っていたあたしが帰ってきたときにはもうチトセはいなかった。

チトセのことを聞いてもだれも教えてくれなかったのはきっと青の城の者だからなのだろう。せっかくの姫だったのに、大事なときに使えない。

 

泣こうと思っても泣けないとはこのことだと思う。

心の片隅で、墓を目の前にしてもチトセはきっとどこかで生きてるんじゃないかって思ってしまった。

知らせを聞きつけて水の国から一緒にきたビアンカちゃんは大泣きしてたから逆に冷静になったのかもしれないけど。

どうして消えてしまったのか、全くわからなかった。

 

病ってなに?なんで?なんで、死んじゃったの?

 

頭の中でそんな考えが渦巻いた。

つい、この前までいた人がいきなり消えるなんて、信じられるはずなんてなくて。

どうしてなのか、さっぱりわからなかった。

 

「ねぇ……チトセ、どこにいったの?」

 

チトセはいないという自覚は長い時の中で慣れとともに出来上がって行った。

それでも、ふとした瞬間に思い出せば、たちまち胸が苦しくなって。

そんな自分を変えたいと願うようになったけど、そんな願いは到底叶うはずもなかった。

 

 

 

 




らく魔女が処女作みたいなもんだったので、一番書いてる歴が長いからか書きやすいことこの上ないですね。

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