らくだい魔女と最初のラブレター   作:空実

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*6*

「チトセさま、私と一緒に帰りましょう?」

 

転校初日、しらなち女子に声をかけられる。

いや、しらない女子というのは語弊があるかもしれない。彼女は先ほど教師によびとめられていた。名前は聞きとれなかったが、そのふんわりとしたサーモンピンクの髪色と、宝石がはめこまれた小さな髪飾りには見覚えがある。

 

「今日はすこし用事があるので」

「かまいませんわ。おまちいたします」

 

にっこりとほほえんで、彼女は目の前でかるそうなカバンをもった。

うーん、とオレは心の中で考える。

いちおう、兄さんたちから「おまえも気をつけろよ」と注意されていたので、彼女がなにをしたいのかは察しがつく。

 

(オレは十三番目だけど、いちおう『王子』だしな)

 

城のあとをつぐのはレイ兄さんであるべきだと、オレは物心ついたときから思っている。

作ったスマイルを保ちながら、ちらっとフウカの方を見た。

 

(もし、フウカが望むなら、検討くらいはするつもりだけど……)

 

コイツはオレに王になってほしい、と思っている節があったし。

しかし、青の城の王位をつぐのは第一王子であるレイ兄さんであるべきだ。オレはただ時の壁が使えるだけの第十三王子にすぎない。

 

「とても重要な用事なので、城の者以外に知られてはこまるんです」

 

すこし悲しそうに目をふせて言うと、彼女は「わかりましたわ」とようやく了承してくれた。

 

「ではチトセさま、ごきげんよう。フウカさまも、お気をつけて」

 

フウカはその声に顔を上げると、ほほえんで手をふった。

 

 

 

 

 

あたしが今すわっている席と、チトセがいた黒板の前はすこしはなれている。

クラスメイトの女の子をみおくって、あたしは本に視線をもどす。空気がゆれ動くかんじがして、チトセは小さな足音をたてながらあたしのそばまでよってきた。

 

「フウカ」

「……なに?」

 

本の行を目でおいながら、あたしはすこし小さな声で答えた。

 

「手紙、読んだか?」

「うん、いちおう。あんたらしくないわね、あんな手紙。恋文(ラブレター)みたいだったわ」

 

そう言いながらチラリとチトセを見上げると、苦笑いするチトセがいた。

 

「それなら、よかった」

「はーあ……どう?この学校の授業。あたしはかなり退屈だと思うんだけどっ」

「退屈かどうかは置いといてだな……オレは、おまえのかわりように違和感しかねー」

 

頭を抑え、頭痛がする。とチトセがしぼりだすように呟いた。

あははっ、とあたしは笑いながら本を閉じた。

 

ただの幼なじみで、ただの腐れ縁だった。

それでも、あたしはすこしおとなになって、チトセもすこしおとなになった。だから、その関係が変化することはなくても。あたしたちが、すこし、かわってしまったのだ。

 

「っていうか、なんであたしを残したの?この前みたいに、お城にくればよかったのに」

「いけるわけないだろ、そんなに何度も」

「そういうもの?」

「そういうものだよ」

 

年頃の姫のところに、年頃の異性がいたら、びっくりするだろ。

 

そう言って笑って、チトセは近くの席から椅子をひきずるとそこにすわった。

 

「……っていうか、フウカ。おまえってそんなにおしゃれに気をつかう……女子だったか?」

「え?」

「髪」

「あっ、これ?」

 

それは、セシルが久しぶりにセットしてくれた巻き髪。

ううん、普段はこんな髪型しないよ。今日はセシルがしたいっていうから。

セシルのひさしぶりな楽しそうな姿を思い出していると、チトセが「そういうのもいいもんだな」とあたしの髪に手を伸ばした。

 

「うひっ!?」

 

その瞬間、あたしはびっくりして椅子ごと後ろにひっくり返った。

 

「あっ、わ、わり……みてないぞ。オレはなにもみてない」

 

ぎゅっとつむっていた目を開けると、多分、これは……スカートの中身が見えてるやつだ。

 

「チトセ、大丈夫。あたし、最近ハニワスタイルだから」

「そういう問題じゃないからとりあえず起きろ」

 

ほら、とチトセは目かくししたままあたしにむかって手を伸ばした。

 

「あーあ、髪、ぐちゃぐちゃ」

 

しかたなく、あたしはポーチを引き出しからだした。ただの予備だからとただの黒い髪ゴムと、地味な見た目の黒いヘアブラシ。

そしてなんとなく昔と同じ、ふたつ結びにしてみた。

あのときとあまりかわらない髪の長さだ。かなり、うまく結べたと思う。

 

「懐かしい」

「でしょ」

 

へへん、と鼻をこすっていると、チトセが興味深そうにあたしの髪をのぞきこんだ。

毎日毎日、ちゃんと手入れはしてるからサラサラの髪。金髪の髪は、パパからうけついだものだ。

 

「あいかわらず、綺麗な金髪だな」

「まあ……手入れは欠かしてないっていうか、セシルとかママとか、みんなうるさいからね」

「そうじゃなくて、色だよ。金色って綺麗だろ、おまえの炎は殺人級だけどさ」

「……ほめるんだかけなすんだかどっちかにしてくれない?」

「ほめてる」

「そうには思えないけど」

 

そんなこと言ったら、とあたしはチトセの深い青の髪をみた。

チトセの髪の色だって、いつまでもすいこまれそうなうつくしい青い色をしている。

銀髪であるべき家に金髪で生まれたあたしと違って、生まれるべきして生まれた、その深すぎる青い髪。

金髪がいやだっていうわけじゃない。だけど、それでも。やっぱりうらやましいものはうらやましい。

 

「……いいなぁ」

 

チトセはすこし眉をさげて。

慰めるように、あたしの頭をポンポンと叩いてくれた。

 

「なあ。オドロオドロの木って、まだあるのか?」

「オドロオドロの木?」

 

小さいころ、よく遊んだチトセとふたりきりのひみつ基地。

ちょっと不気味で誰も近づかないから誰にもバレなかった、幼いころの思い出だ。

 

「どうだろう……チトセがいなくなってから、しばらくあのへんには近よってないから」

「じゃあ、見に行こう」

「えっ、今から?」

「今から」

 

チトセはあたしの手を引くと、ふたりぶんのカバンをもって教室をでた。

教室にはあかい光がさしこんでいて、反対側の空には不気味な雲が渦巻いていたが、あたしもチトセもそんなことは気がつかなかった。

 


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