らくだい魔女と最初のラブレター 作:空実
「チトセさま、私と一緒に帰りましょう?」
転校初日、しらなち女子に声をかけられる。
いや、しらない女子というのは語弊があるかもしれない。彼女は先ほど教師によびとめられていた。名前は聞きとれなかったが、そのふんわりとしたサーモンピンクの髪色と、宝石がはめこまれた小さな髪飾りには見覚えがある。
「今日はすこし用事があるので」
「かまいませんわ。おまちいたします」
にっこりとほほえんで、彼女は目の前でかるそうなカバンをもった。
うーん、とオレは心の中で考える。
いちおう、兄さんたちから「おまえも気をつけろよ」と注意されていたので、彼女がなにをしたいのかは察しがつく。
(オレは十三番目だけど、いちおう『王子』だしな)
城のあとをつぐのはレイ兄さんであるべきだと、オレは物心ついたときから思っている。
作ったスマイルを保ちながら、ちらっとフウカの方を見た。
(もし、フウカが望むなら、検討くらいはするつもりだけど……)
コイツはオレに王になってほしい、と思っている節があったし。
しかし、青の城の王位をつぐのは第一王子であるレイ兄さんであるべきだ。オレはただ時の壁が使えるだけの第十三王子にすぎない。
「とても重要な用事なので、城の者以外に知られてはこまるんです」
すこし悲しそうに目をふせて言うと、彼女は「わかりましたわ」とようやく了承してくれた。
「ではチトセさま、ごきげんよう。フウカさまも、お気をつけて」
フウカはその声に顔を上げると、ほほえんで手をふった。
あたしが今すわっている席と、チトセがいた黒板の前はすこしはなれている。
クラスメイトの女の子をみおくって、あたしは本に視線をもどす。空気がゆれ動くかんじがして、チトセは小さな足音をたてながらあたしのそばまでよってきた。
「フウカ」
「……なに?」
本の行を目でおいながら、あたしはすこし小さな声で答えた。
「手紙、読んだか?」
「うん、いちおう。あんたらしくないわね、あんな手紙。
そう言いながらチラリとチトセを見上げると、苦笑いするチトセがいた。
「それなら、よかった」
「はーあ……どう?この学校の授業。あたしはかなり退屈だと思うんだけどっ」
「退屈かどうかは置いといてだな……オレは、おまえのかわりように違和感しかねー」
頭を抑え、頭痛がする。とチトセがしぼりだすように呟いた。
あははっ、とあたしは笑いながら本を閉じた。
ただの幼なじみで、ただの腐れ縁だった。
それでも、あたしはすこしおとなになって、チトセもすこしおとなになった。だから、その関係が変化することはなくても。あたしたちが、すこし、かわってしまったのだ。
「っていうか、なんであたしを残したの?この前みたいに、お城にくればよかったのに」
「いけるわけないだろ、そんなに何度も」
「そういうもの?」
「そういうものだよ」
年頃の姫のところに、年頃の異性がいたら、びっくりするだろ。
そう言って笑って、チトセは近くの席から椅子をひきずるとそこにすわった。
「……っていうか、フウカ。おまえってそんなにおしゃれに気をつかう……女子だったか?」
「え?」
「髪」
「あっ、これ?」
それは、セシルが久しぶりにセットしてくれた巻き髪。
ううん、普段はこんな髪型しないよ。今日はセシルがしたいっていうから。
セシルのひさしぶりな楽しそうな姿を思い出していると、チトセが「そういうのもいいもんだな」とあたしの髪に手を伸ばした。
「うひっ!?」
その瞬間、あたしはびっくりして椅子ごと後ろにひっくり返った。
「あっ、わ、わり……みてないぞ。オレはなにもみてない」
ぎゅっとつむっていた目を開けると、多分、これは……スカートの中身が見えてるやつだ。
「チトセ、大丈夫。あたし、最近ハニワスタイルだから」
「そういう問題じゃないからとりあえず起きろ」
ほら、とチトセは目かくししたままあたしにむかって手を伸ばした。
「あーあ、髪、ぐちゃぐちゃ」
しかたなく、あたしはポーチを引き出しからだした。ただの予備だからとただの黒い髪ゴムと、地味な見た目の黒いヘアブラシ。
そしてなんとなく昔と同じ、ふたつ結びにしてみた。
あのときとあまりかわらない髪の長さだ。かなり、うまく結べたと思う。
「懐かしい」
「でしょ」
へへん、と鼻をこすっていると、チトセが興味深そうにあたしの髪をのぞきこんだ。
毎日毎日、ちゃんと手入れはしてるからサラサラの髪。金髪の髪は、パパからうけついだものだ。
「あいかわらず、綺麗な金髪だな」
「まあ……手入れは欠かしてないっていうか、セシルとかママとか、みんなうるさいからね」
「そうじゃなくて、色だよ。金色って綺麗だろ、おまえの炎は殺人級だけどさ」
「……ほめるんだかけなすんだかどっちかにしてくれない?」
「ほめてる」
「そうには思えないけど」
そんなこと言ったら、とあたしはチトセの深い青の髪をみた。
チトセの髪の色だって、いつまでもすいこまれそうなうつくしい青い色をしている。
銀髪であるべき家に金髪で生まれたあたしと違って、生まれるべきして生まれた、その深すぎる青い髪。
金髪がいやだっていうわけじゃない。だけど、それでも。やっぱりうらやましいものはうらやましい。
「……いいなぁ」
チトセはすこし眉をさげて。
慰めるように、あたしの頭をポンポンと叩いてくれた。
「なあ。オドロオドロの木って、まだあるのか?」
「オドロオドロの木?」
小さいころ、よく遊んだチトセとふたりきりのひみつ基地。
ちょっと不気味で誰も近づかないから誰にもバレなかった、幼いころの思い出だ。
「どうだろう……チトセがいなくなってから、しばらくあのへんには近よってないから」
「じゃあ、見に行こう」
「えっ、今から?」
「今から」
チトセはあたしの手を引くと、ふたりぶんのカバンをもって教室をでた。
教室にはあかい光がさしこんでいて、反対側の空には不気味な雲が渦巻いていたが、あたしもチトセもそんなことは気がつかなかった。