らくだい魔女と最初のラブレター 作:空実
(フウカちゃんってぇ、赤面するととっても可愛いのよねぇ〜)
わたしは下駄箱の前でフウカちゃんの赤面姿を思い出し、思わずくすっと笑ってしまった。
「あれ、カリン?」
後ろから聞こえる懐かしい声に驚いて、「へっ?」なんて変な声を出してしまう。
「驚かせたかい?」
そんなわたしを見て、その人はクスクス笑う。
ゆっくりと振り返ると、カイくんが腕を組んでわたしの方を見ていた。
「カイ……くん?」
耳には昔と同じ金色のピアスが付いていて、髪の色も変わらない深い緑だ。少し跳ねているところまで同じだった。
わたしはすこし髪を伸ばしたし、フウカちゃんも髪型を変えた。チトセくんもどうやらすこし伸ばしたようなのに、カイくんはなにも変わっていない。
「久しぶりだね、カリン」
カイくんがここにいることは知っていた。B組に変わり者の「カイ」という人がいるらしいという噂はたびたび耳に入ってきていた。だからわたしはなるべく会わないように避けていたのに、まさかこんなところで会ってしまうだなんて。
「フウカから聞いてなかったの?オイラのこと」
「え、ええ……」
カイくんはフウカちゃんに向けたらしいため息を吐く。
「オイラもここの生徒さ」
知っていた。
そう答えようとして、ふと周りからのチクチクとした視線に気づく。
わたしが『変わり者のカイ』と知り合いなのが気に入らないのであろう人たちからの視線だ。
それに気づいていたらしいカイくんはふっと笑った。
「歩きながら話そう。送るよ」
「あ、ありがとぉ〜……」
「あのぉ、カイくん……マリアンヌはぁ〜?」
「マリは家でお留守番」
「そっ、そうなのぉ……」
それを聞いたのはいいものの、他には特に話題はない。わたしたち二人の間に微妙な空気が流れた。
その空気を打ち切るように、カイくんが口を開く。
「そうだ、カリン」
「な、なぁに?」
「フウカ、どうしたの?普段は一緒に帰ってるって聞いたけど」
ああ、とわたしは思った。
わたしとフウカちゃんが一緒に登下校をしているのは、この学校の誰もが知っている。カイくんもきっと、その例には漏れない。
そこまで考えて、わたしはフウカちゃんのことを言おうかちょっと迷った。あのフウカちゃんの態度から言って、チトセくんのことに違いない。
どうしたものかと悩んでいると、カイくんはぷっと笑って
「もしかして、ちーくん絡み?」
と、見事にあててみせた。
「よ、よくわかったわねぇ」
今日初めてハリーシエルにやってきたチトセくんだけど、やっぱり『死んでいたはずの王子』の知名度は凄まじく。カイくんは「B組はもちろん、他のクラスのやつもみんな知ってるよ」と言った。そうなの、とわたしは返す。
「チトセくんと、なにか約束があるんですって」
「ふぅん……やるねぇ、ちーくん」
カイくんは、「どうでもいいけど」と付け加えてわたしを横目でじーっと見つめる。
「カリン、変わったね」
「え?」
「フウカも随分と変わってた…まさかと思ったけど、カリンもそこまで変わるなんてね」
カイくんは、今度は赤い夕日を眺めて「また、置いてかれちゃったな」と小さく呟く。
わたしは意味がわからずにカイくんを見上げた。
「あ、ううん。なんでもないよ」
カイくんはそう言葉を濁したけど。
【置いてかれちゃったな】のその言葉がとても寂しそうだった。
手をのばしかけて、止める。カイくんは寂しそうではあったけど、それ以上に「近づくな」と言われているような気がした。
その後たわいもない話をしながら歩いていると、城についた。
「カリン姫……?ボーイフレンドですか?おつきあいしてる方ですか……?」
「ち、ちがうわよぉ〜っ」
「し、失礼いたしました、カリンさま。そちらのかたは?」
「カイくんよぉ」
「そうでしたか。カイさま、申し訳ありません」
とりみだす門番にクスっと笑ってしまうわたし。
城にクラスメイトを呼ぶとき、アリサちゃんやフウカちゃんを呼ぶとき。
門番に対する態度は全然違うと思う。
カイくんに対してはアリサちゃんやフウカちゃんを呼ぶときと同じ態度で、わたしとカイくんの仲を理解してくれているようだった。
「カイくん、せっかくだから上がっていってぇ〜」
わたしはカイ君の手首を軽く掴んで門の中に入れた。
「おかえりなさいませ。カリンさま、お客様」
銀の城の50人や青の城の80人には及ばない30人の侍女たちが出迎えてくれた。
緑の城の召使いは黄緑のフリルワンピースに緑のエプロンを身にまとっている。エプロンにはそれぞれが好きな模様を刺繍してあり、それぞれの個性か滲み出していた。
少ない男性の執事たちは黒の背広に濃い緑色のネクタイで、着方は自由。
青の城はかなり厳しいみたいだけど、緑の城はわりとフリーダムでそれぞれがおしゃれを楽しんでいた。
植物で彩られた階段を登り、わたしの部屋のある階までたどり着いた。
わたしは一昨日まで持っていた部屋はふたつ。自分の部屋と、植物さんたちとお話しできる部屋があった。
それが、今度は昨日、ママからもう一つ部屋をもらった。
そこは来客用に綺麗に整頓して、誰でも呼べるようにしてあった。ちょうどいいタイミングだったとも言えそうだ。
「カイくん、この部屋で待っていてくれるかしらぁ?」
「う、うん」
カイくんは真っ白いドアについた綺麗な金色のドアノブをあけて来客用の部屋に入っていく。
わたしはすぐ近くのキッチンに入ると紅茶を淹れた。それからクッキーをお皿に盛り付けてお盆に乗せると、部屋に入った。
「お待たせ、カイくん」
「うわ。カリンのクッキー、美味しそ〜」
カイくんは部屋のイスの一つに座って待っていた。
ここに置いてある植物さんたちには、来客があったら決まった席に誘導するようにお願いしてあるので、それに従ったのだろう。
「ありがとぉ〜」
わたしはテーブルの上にトンッとクッキーの乗ったお皿を置くと、カイくんの向かい側のソファに腰掛けた。
部屋に招いたのはいいものの、何を話せばいいのかわからなくなってくる。
(こ、こういうときって、どうするのが一番なのかしらぁっ?)
あーでもない、こーでもない。と自問自答を繰り返していると、カイくんが口を開いた。
「ねぇ、カリン。オイラいつまでここに居ていいの?」
カイくんはそう言って窓の外を眺める。
わたしもつられて外を見ると、目を疑った。
さっきまで雲ひとつない空を塗っていたはずの夕暮れが消え、灰色の雲で一面覆われている。
ビシャーーーンッ……
空がピカッと光ったかと思うと、大きな音が響き渡った。
城の管理する森にカミナリが落ちたらしい。
「うひゃぁっ」
「カリン、大丈夫?」
カイくんともう一度外を見たとき、大粒の雨がバケツをひっくり返したように降りはじめていた。
「こりゃ……いつになったら止むのかね……」
「すぐ止むといいわねぇ……」
その後、何度かカミナリが鳴った。特にカミナリが怖いというわけでもなく、さっきのはただ本当に驚いただけだったのだ。
「カリンってカミナリ大丈夫な感じ?」なぜか苦笑したカイくんがそう言って、今度は別の話を始めた。
しかし、しばらく経っても、まだ雨は止む気配がない。
変わらずザーザーと降っている。
「カイくん、お家に連絡しなくていいのぉ〜?」
時計をみると、いつの間にかかなりの時間が経っていたようだった。
銀の城にいく約束をしていたことを思い出し、カイくんに一応そう聞いた。
「ん、連絡?大丈夫だよ。オイラ、家無いし」
わたしは「そっかぁ〜」と言ってから、ん?と思う。
「い、いいいい……家がないのぉ〜〜!?」
わたしは驚いて大きな声をあげ、カイくんはそんなわたしにびっくりして目を丸く開いた。