らくだい魔女と最初のラブレター 作:空実
*1*
長いようで短い夏休みが終わり、今日から2学期である。
「フウカちゃんっ。行きましょぉ〜」
カリンが夏服に身を包み、窓から顔を出した。
ハリーシエルでは制服の着用は絶対だが、年間を通して夏服を着ようと冬服を着ようと構わないのだった。入学式と卒業式は冬服だけど。
夏服は真っ白の半袖シャツと、城の色のリボンのタイ。スカートはオレンジ地に茶色と黄土色のチェック模様である。
……ちなみに王族以外のリボンは、紫である。あたしも紫がいい。銀のリボンというのは、多分一番ダサいのである。
その王族のリボンは学園で買うか、各自でつくるかの二択である。統一を大切にする学校でもあるので、つくる場合は寸分のくるいもなく作らなくてはならない。もちろん、王族は各自でつくるのである。リボンくらいは作れるのにママが作ろうとして間に合わなくて、仕方なく昨夜自分で作った。
朝、ママが隈のできた顔で謝ってきたからもっと待てばよかったかな、と後悔した。
カリンはライトグリーンの髪を揺らしてあたしにそっと耳打ちする。
『楽しみね。今日からチトセくん、来るでしょう?』
ドキーーッ。
真っ赤になるあたしを見て、カリンがふふっと微笑んだ。
「行くわよぉ〜」
カリンに手を引かれ、慌ててホウキを出すと学園に向かった。
赤の城での会議から、毎日がめまぐるしく駆け抜けていった。
城に帰ったあと、セシルに言われて新聞を読むとチトセのことが一面を華々しく飾っていた。
華々しい写真とは裏腹に、内容はあまり好意的ではなくて、
『青の城の第13王子の死亡報道。青の城の嘘であった。』
とか、
『時の壁の使い手。実は…』
『青の城は嘘をついた。』
とか。まあ、青の城は今まで色々あったみたいだから仕方ないかもしれないけど……ここまでくると、もう、なんていうか、かる〜く怒りがこみ上げた。かる〜く。かる〜く。……ね?
……チトセだって好きでこんなことになったわけではない。
時の壁が使えると世間に知られて、マスコミが騒ぎ、チトセを付け回し、学校などの公共の場に迷惑をかけてしまったから、こうせざる終えなかったのだと、あの会議の時に青の王さまが言っていた。
当時は他の国の王族も、チトセの時の壁に期待し、スパイなんかを青の国に送っていたみたいだからそれ以上何も言えなかったようで、追求されることはなかったのだけど。
学園についた時、いつもより少し遅れていた。
なので。
「あれって……銀の城のフウカさまじゃない?」
「本当だわ……でも、フウカさまがなんでこの時間に?」
「隣にいるのもカリンさまでしょう?」
なんて声がそこら中から聞こえてくる。
……登校時間なんて、着席に間に合えば自由のはずなんだけどなぁ……
「でも……夏季休暇後の初登校でフウカ様とカリン様のお顔を見られるなんて」
「お二人方、美しいものね」
「それに可愛らしいし」
あたしは小さくため息をついた。
「フウカ姫、行きましょう」
「ええ」
カリンがにっこりと笑った。
カリンは笑っても綺麗だから、すごく似合っている。あたしは笑ったらどうしても歯を見せてしまうから、あまり笑えないのだ。
クラスに入ると、夏休み前と同じような日常が始まるのだと痛感した。
「フウカさま。カリンさま。御機嫌よう。」
「ええ。御機嫌よう」
…そう。同じ、挨拶。
席に着くと、隣の席とミユが声をかけてきた。
「フウカさま、今日はアリサさんはご一緒じゃないのですか?」
へ?と、あたしはあたりを見渡してみると、本当にアリサちゃんはいない。
あんなにクラスで目立っていたアリサちゃんだけど、再会してからは割と静かである。窓側にあるアリサちゃんの席で、一人で本を読んでいたり、物思いにふけっていたり、かと思ったらあたしたちのところへ来て笑わせてくれたり。
はっきりいって、今、あたしが怖がられずに話しかけてもらえているのはすべてアリサちゃんのおかげだと思うんだけど______________
「……わかりませんわ。すみません、お役に立てなくて」
「いいえ。ありがとうございます。少々気になったもので。ほら、いつもみなさま3人で仲良くしてらっしゃるじゃないですか」
そう言って、ミユは微笑んだ。
……あーあ、あたしもこんな風に笑えたらいいのに。
それにしても、アリサちゃんはどうしたのだろうか。ねぇ、カリン、と声をかけようと立ち上がろうとしたとき、リリー先生がガラッとドアを開けて教室に入ってきた。
「みなさん、おはようございます」
おはようございます、御機嫌よう、とクラスメイトの口からから挨拶が次々と飛び出した。
「今日の欠席はスズさんとアリサさんと聞いていますが、他にいない人はいませんね」
よろしい、とリリー先生は言って、こほん、と一旦咳をした。
「……今日は転校生を紹介いたします」
どよっとクラス中が湧いた。チトセのことは、もう世界中が知っている。このAクラスは王族の転校でもない限り転校生はありえないので、この段階でほぼ100%チトセなのである。
「はじめまして。青の城のチトセと言います。よろしく」
周りの女子の目がハートになった。
小学生のときと変わらないなぁ、と思いながら周りをちらりとみやると、男子の目は随分と厳しく、好きなように言いたい放題だった。
「なぁ、青の城のチトセっつったらさぁ」
「夏季休暇中、ずっとニュースになってたよなぁ」
「あと、フウカさまの幼なじみだとか」
「あぁ、らしいな。……女子たちはなんであんなやつがカッコいいとかいうんだろうな」
「同感」
……まあ、こいつは運動神経もよくて、勉強も出来て、人間関係もうまい。この男子たちも、すぐにチトセの人を惹きこむ力に気づくことだろう。
「チトセさんは、フウカさんの隣です。……フウカさん、いいですか?」
「は、はい、もちろんです」
チトセはあたしをジッと見つめ、テレパシーを送ってきた。
『フウカ、これからよろしくな」
カリンがこちらを見て、目があうと微笑んでくれた。
……隣、かぁ。
チトセはあたしの右隣にバックを置くと、そのまま着席して前を向いた。
「ではこれから一時限目を始めます」
理科担当のカナンダ先生が薬草学の授業を始めた。
「問1の答えを、フウカさん」
あたしは眺めていた教科書から目を離し、前を向くと問題に答えた。
「はい、」
あたしが立ち上がってスラスラと調合薬の種類を述べるとカナンダ先生はうなずいて、
「正解です。よくわかりましたね。さすがフウカさんです」
といった。
ここがカナンダ先生の良いところ。
間違えてもそのまま続けるし、合っていても他の人と同じように、あたしをあたしとして「流石」だとそういってくれるのだ。
「次。問2番をチトセさん。わかりますか?」
カナンダ先生は、チトセにも問題を振った。
チトセはすこし驚いたように立ち上がって、教科書の問題文に目を通すと、分量正確に言い当てた。
……とはいえ、わかって当然かもしれない。夏休み中、城に監禁状態で全部教え込まれたみたいだし……
「なんと、流石ですね。素晴らしいです」
カナンダ先生は目を丸くしていた。
……多分、ずっと学校に来ていなかったチトセがさらりと答えたので驚いているのだろう。
相変わらず、チトセって勉強出来るんだなぁ、と感心する反面、あたしの成績もやっぱり抜かれるのかとすこし不安になった。やっとこさ築いた学年主席の地位がちょっと危ないかもしれない。
『おい、フウカ。お前って勉強出来るんだな』
いきなりのテレパシーにチトセの方を向くと、無表情のままこっちを向いていた。
あたしは教科書で口元を隠し、チトセの方を見る。
《……まぁね。これでも一応今は学年主席だし……》
そうゆっくり口を動かした。
久しぶりの感覚だった。チトセから送られてきたテレパシーに、あたしが口パクで対応する。あたしはチトセの口パクなんてわからないのに、簡単にあたしの口パクを読み取るチトセが昔から不思議だったのである。
『へぇ、すげーじゃん』
チトセはそう言って、ニッと笑った。
先生をみると、今は調合薬について黒板に書いているところだった。
《ありがと》
あたしもそうやって、笑い返した。
この辺は書いてて精神削れる。