砂上の楼閣   作:やすけん

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第2話

 

 

 

俺たちは羊なんかじゃない。この海に閉ざされた馬鹿でかい牧場に飼われた羊なんかじゃない。

 

俺たちは牧場主の鶴の一言で動く家畜なんかじゃない。シープドックに(はや)し立てられる羊でもない。ましてや、破棄される老羊でも、無価値な穀潰しでもない。

 

俺たちは、海の向こうから飛んでくる鳥やカエルを食いちぎる狼だ。気高き気質と慈愛に満ちた狼の群れだ。無駄なく、スマートに獲物を追い込んで、喉笛へ食らいつく鋭い牙だ。この牧場は、本来牧場なんかじゃなく、一つの生態系のあり方として上下の位置付けなどしなくて良かったんだ。

 

このシステムは、狼から牙を、誇りを、狩りを、研ぎ澄まされた嗅覚も、自然淘汰で磨き抜かれた骨格も、全てを奪って、毛むくじゃらで申し訳程度の角しかない羊に変えてしまった。

 

だから取り返すんだ。この牧場から、牧場主から、人間から。

 

俺たちは、狼から、羊から、狼に戻って、人を殺して、修羅に成る。

 

 

❇︎ ❇︎ ❇︎

 

 

後日、神田(かんだ)は事件の概要を古賀から聞いた。 犯人は概ね2人程度と予想され、犯行時間は10分程だそうだ。中隊長などが寝泊まりする業天(ぎょうてん)から半径30m圏内に爆破の影響を受けないよう爆薬が仕掛けてあったという。中隊のうち102名が爆破で死亡し、31名が銃殺らしい。現場には5.56mmNATO弾の空薬莢が295発残置され、いずれも犯人による発砲と予想されている。

 

「こりゃ自衛隊の面子もクソもねぇな」

 

朝、起床ラッパが駐屯地に鳴り響くや神田は古賀と共に食堂に赴いた。今日の朝食もいつも通り不味い。練馬駐屯地は自衛隊内でも飯が不味い事で知られている。民間人が食べたならば吐き捨てるようなクオリティの食べ物だ。もっとも神田たち自衛官からしたら戦闘糧食(レーション)よりは美味いご馳走なのだが。

 

「丁度その日は野営最終日だったんです」

 

古賀が、唯一普通の味の納豆を頬張りながら言う。納豆だけは市販のものを提供しているので、駐屯地で作ったメニューより格別に美味く感じられる。

 

「なるほどな。犯人共は打ち上げの時を狙ったのか。随分と自衛隊の行動パターンに精通した奴らだな」

 

神田は、犯人の候補である男の事は胸に仕舞い込んで古賀から情報を得る。

 

「市ヶ谷(防衛省)が忙しいのは言う事ないと思いますけど、警察も大忙しのようです」

 

「うむ。ま、警察の事はどうでもいいや」

 

「そーですか」

 

古賀はお椀から白米をひとつまみ取ると、綺麗に口に運んだ。

 

「それで、犯人共は何を盗んだんだっけか」

 

「ふぁい」

 

返事だけ一つよこし、ゴクリと白米を嚥下(えんか)すると古賀は答える。

 

「普通科部隊に普及してある装備一式です。迫撃砲とかも」

 

「重かっただろうに。それを二人で積載したのか。車両も盗まれた?」

 

「いえ、車両はなしです。自前のトラックじゃないですか? でも犯人は自衛隊の大型車両と同じタイヤを用意していたようで、タイヤ痕も辿れないみたいですよ」

 

「計算尽くか」

 

「敵ながら天晴れ、ですかね」

 

「こればっかは負けを認めるしかねぇな」

 

そう言って神田は視線をテレビへと向けた。自衛隊の食堂には、「戦力回復用備品」と銘打たれテレビが設置してある。そのテレビは今、朝の情報番組を映している。最近のトレンドを紹介するコーナーで、若い女性タレントが人気カフェの新メニューを紹介している。

 

それを神田は映画の中の異世界を見るような気分で見ていた。

 

「世界はそれでも平和だよな」

 

「そうですねー。でも、今も中東では紛争とか続いてますから。その間私たちは普通に生活してましたからね。日本でちょっとした殺戮が起こっても所詮他人事。大勢(たいせい)の日常は崩れません」

 

「そんなもんかね」

 

現在自衛隊の全駐屯地では警戒レベルが限界まで引き上げられている。正門の勤務者は実包を込めた89式を提げながら警衛任務に当たっている。

 

しかし、完璧な安全などはありはしない。犯人は少数と予想されているが真相は誰にも分からない。今も虎視眈々とこの練馬駐屯地を狙っているかもしれない。迫撃砲を撃ち込まれたりしたら、自衛隊といえど的確な対処など出来ない。何せ自衛隊は戦闘訓練こそすれ、野戦にばかり重きを置き、室内戦や市街地戦での訓練はまだまだ練度不足だ。パニックに陥り、文字通り蹂躙(じゅうりん)されて終わりだ。

 

神田がそうと睨む犯人なら、絶対に迫撃砲を撃ち込んでくる。セオリー通りに事を運ぶはずだ。

 

「古賀なら、次はどうする?」

 

古賀は突然質問をされて呆然としている。

 

「んーどおですかねぇ? 目的が明確にはなってないのでわかりませんが、順番的に考えると空挺団の次は中即連ですかね」

 

中即連。宇都宮に駐屯する中央即応連隊の事だ。

 

第一空挺団同様中央即応集団に属し、普通科部隊の中では空挺と並び称され志願者が多い。

 

災害派遣や国内におけるテロ・ゲリラ攻撃において緊急展開する役目を担っており、実戦を意識して訓練を実施している。PKO活動などではまず中央即応連隊が現地入りし、自衛隊の宿営地域の安全を確保するため一番交戦する可能性が高い部隊だ。そのため、他部隊よりも射撃訓練を重視しており、日本一実弾を使う部隊として知られている。

 

神田としては、第一空挺団より中央即応連隊の方が精強だと感じている。空挺団は真っ向からの戦闘は得意としていない。対し中即連は大半の隊員が拳銃を携行し、防弾チョッキも常に着用している。白兵戦に関しては、空挺団よりも強いはずだ。

 

そんな中央即応連隊を倒せば自衛隊はほぼ終わりだろう。いったいどこの部隊が敵うのか。特殊作戦群なる部隊があるが、自衛隊内でも謎の多い部隊を当てにする事は出来ない。不確定要素を頼りに作戦を立てるなど非効率で荒唐無稽となってしまう。

 

「やっぱ、そうなるよなぁ」

 

神田は芋虫のような食感のウィンナーを噛みちぎり、白飯をかきこむ。

 

すると、

 

『緊急速報です。ただいま、陸上自衛隊宇都宮駐屯地が何者かに攻撃を受けているという情報が入りました。現場の沖田さん!』

 

テレビはトレンドを紹介するコーナーからニュースコーナーに移り変わっていた。食堂内にざわめきが広がる。

 

画面ではヘリから撮影されている映像が流されているようだ。

 

整然と立ち並んでいる隊舎には既に何発もの迫撃砲が撃ち込まれた後のようであった。しかし画面からは、今も雷鳴のような射撃音が轟いている。隊舎のほとんどが既に壊滅状態なのだが、迫撃砲による掃射は継続され、駐屯地には爆発による砂煙が悶々と漂っている。

 

やはりか。神田は胸中の予想が間違いではない事を確信した。

 

さらに、宇都宮駐屯地には中央即応連隊がいる。犯人はやはり自衛隊を標的に攻撃を実施しているようだ。

 

ヘリのカメラマンは駐屯地の近くの学校らしき建物をアップに捉えていく。すると、そこには屋上で迫撃砲をせっせと撃つ犯人の姿があった。目出し帽を被った巨漢だ。迫撃砲の砲弾を矢継ぎ早に装填し無我夢中と言った感じで撃ち続けている。

 

ヘリに乗るリポーターだろう。興奮を隠しきれない上ずった声で状況を伝えようとしている。「犯人は大砲をずっと撃っています!」と。

 

カメラが横に振られた。すると、青いボディにオレンジの線が斜に書かれた警察のヘリが犯人へサーチライトを投射し、警告を発している様が映し出される。薄暗い朝に強烈な光線を浴びせられ、犯人は目を細める。

 

目出し帽の巨漢はしかし警察ヘリに対し中指を立てる不遜な態度で迫撃を止めようとはしない。

 

神田はその巨漢の体つきや動きの癖で相手が誰であるか確信を得た。

 

「神田三曹。あれってもしかして……」

 

古賀もよく知る人物だ。彼女は信じられないと言った顔で画面を見入っている。

 

「ああ。あれは阿形(あがた)三曹だな。いや、元三曹……か」

 

阿形豪(あがたごう)。空挺団に所属していた男だ。真柄(まがら)三曹とは同期に当たる人物で、共にコガ・タクティカルトレーニングセンターで技術を学んでいた。

 

第一空挺団の訓練は過酷として、自衛隊内では第一狂ってる団などと揶揄されることがあるが、阿形は素で狂っている節があった。なんとか社会人の皮を被っているが、いつイカレた本性が現れてもおかしくはないと神田は思っていた。しかし、兵士としての質と言うのか。野生の勘は抜群で、イカレている分倫理的な観点も排斥され全くというほど躊躇なく人を痛めつける事が出来る狂人だった。一番敵に回したくない人種の一つで、自作のTシャツに自らを「サイコ・ストロンガー」と書くようなセンスの持ち主である。

 

テレビでは犯人が陣取る学校がパトカーにより包囲された様を映し出している。赤色灯の点滅が昆虫の複眼のように集まっていた。

 

犯人もこれで終わりだろう。巨漢こと阿形も迫撃砲を撃ち尽くしたようで、両手を広げてヘリに降伏の意を示している。その伝達を受けたのか階下の警察が学校に突撃していく。

 

「は! これで犯人も終わりだな」

 

そう誰かが声を発した。その波長はあっという間に伝染し、食堂内には早くも安堵の空気が漂いだしている。

 

いや、これで終わりではないはずだ。

 

神田はそんな中に居て依然硬い顔をしている。

 

隣の古賀も同様だ。

 

犯行は大抵でも2人。

 

あと1人はどこだ。

 

そう思った刹那である。

 

屋上に躍り出る1人の人影。素早い身のこなしで巨大な筒を肩に担ぎ、それをヘリに向けた。

 

LAM(ラム)だ!」

 

食堂内の隊員が息を飲むのより先に、新たに出現した犯人は110mm個人携行対戦車弾を発射した。

 

飛翔する弾頭を視認することは叶わず、発射音と共に警察ヘリは被弾。透明な何かがボディを貫いたかと思えば、爆発と共に真っ二つに引き裂かれ残骸が地に堕ちる。

 

以降、報道局のヘリは明らかに挙動が怪しくなる。手ぶれが激しくなり、リポートどころではない。撃墜された警察ヘリのプロペラが映画のワンシーンのように地面を掘削しつつ住宅街を進撃する。次は自分たちかもしれない。その恐怖からか、状況を伝えていたキャスターも「早く逃げろ」と喚き散らしている。ヘリの中でパニックが蔓延したところで中継は終わりスタジオに画面は戻った。

 

食堂内は静まり返る。

 

誰しもが衝撃を受け、次の行動に移るのを躊躇った。

 

 

✴︎ ✴︎ ✴︎

 

 

男は射撃し終えたLAMを放り投げる。

 

「次だ」

 

傍の相棒、阿形(あがた)も「あいよ。チーフ殿」と返事を寄越し迫撃砲を残置する。

 

2人は緊急脱出用のロープが設置されているのを確認すると、屋上の縁に結んでおいたもう一つのロープを掴み身を宙へと投げた。振り子のように円を描き、階下の4階へ滑り込む。屋上へ通じる扉がなかったので、窓を出入り口として利用していた。

 

2人は背中に回していた89式小銃を前に回し、スリングを解放する。脱出に際し警察との室内戦は必須だ。89式小銃に装着されている3点スリングはどう工夫しても銃を操る際に干渉してしまう粗悪品であったので2人は別の使い方を編み出し、室内戦ではスリングを取り外す事にしている。取り外したスリングはあらかじめ戦闘服につけておいたカラビナに装着しておく。ちょうど体前面にたすき掛けとなるようにスリングは固定されている。

 

装備を点検し準備が整うと廊下へ続く扉に銃口をポイントしつつ、音もなく移動を開始する。

 

先頭の男、チーフと呼ばれたスタイリュッシュな男は開け放たれた扉の先を銃線で舐めるように指向(しこう)しつつクリアリングを実施する。曲がり角等を起点として自らは円を描くように動き内部を確認する技法はカッティングパイと呼ばれている。図で動きを示した際に切り分けたパイのような図が出来上がるため、こう呼ばれている。

 

チーフは幾度となく繰り返し洗練されたその動きで、脅威査定(リスクアセスメント)を行う。

 

安全が確認されると素早く廊下へ進入。油断なくクリアリングを継続する。室内戦、つまりはCQBではフィル&フローという動きが基本となる。フィルとは満たすこと、そしてフローとは流れることである。建物内に水が押し寄せた時を想像し、部屋が満たされれば廊下へ、廊下が満たされれば部屋へ。水流が如く動く必要がある。CQBの3大原則に、スピードとサプライズというものがある。CQBにおいて停滞することはそれら2つを失い敵に有利な状況を作る時間を与えてしまう事になるからだ。

 

今回の特性としてチーフ達は2人組(ツーマンセル)での室内戦闘となる。対し相手は一体何人になるかもわからない警察官達だ。数的な不利。これは覆しようがない。戦争において攻勢側は通常3倍の数量を持って攻め入るのがセオリーとされている。チーフ側は2人。警察隊は6人以上の編成で戦況を有利に進める事が出来る事になる。今回は6人を優にしのぐどころか、2桁は違う筈だ。警察からすれば犯人を逃すなどあり得ない状況となっている。

 

CQBにはもう1つ、リスク&ゲインという言葉がある。危険性と得られる成果のバランスを指す言葉で、CQBにおいて重要な観点となる。リスクを負ってもゲインがそれを上回るならばそれは正しい戦術だと言えると世界的に認知されている。絶対にリスクのない行為などはCQBでは存在しないため、CQBを行うチームはリスクをそれぞれが積極的に分担することで個々のリスクを低減させる必要がある。チーフ側は脱出を成功させたとしても最低被害で片方が死ぬだろう。最悪は全滅。世界中の誰がどう見てもそう言うだろう。

 

だが、チーフと阿形は確信している。互いの持つポテンシャルを発揮すれば、この無謀とも思える脱出を成功させる事が出来ると。何せ2人は、1人で15人を撃破できる室内戦のエキスパートで、互いを信頼し合っているからだ。加え相手は日本の組織。最悪苦戦する程度だ。何の迷いもなくバディとは背中を預け合える。即席のペアでは出来ない動きを2人は見せる。まるでプログラマーが左右で無駄な動きをする事なくタイピングをするように、阿吽の呼吸で死角を作ることなく階下や廊下をクリアリングしていく。その様は4本の足を持つ気高き1匹の狼がテリトリーを守るために獲物を探し彷徨うかのようだ。

 

屋上から4階、3階へと素早く移動。

 

先頭のチーフは気配を隠そうともしない警察隊の足音を聞き取り、踊り場で足を止める。階下からと廊下から、挟み込まれるように足音は迫ってくる。チーフは、力強い光を目に宿し阿形とアイコンタクト。ハンドシグナルで自らは廊下を、阿形には階下を任せると伝える。

 

チーフは階下からの警察官が廊下よりも早く現れる事を足音から読み取った。相棒の阿形もそれは承知のようで、見た目からレモンという愛称で呼ばれるM26破片手榴弾を2つ取り出している。

 

破片手榴弾はその名の通り拡散する破片により人体に損耗を与える兵器だ。実際は映画のように派手な炎や爆発は起きない。ただ大きな破裂音がして、人々の悲鳴が連なるだけだ。

 

阿形は強肩でその破片手榴弾を投げた。学校の折り返し階段でスーパーボールを階下へ投げ入れるように手榴弾をバウンドさせ、相手から完璧な死角を突き奇襲を掛ける。

 

耳を(つんざ)くような強烈な破裂音が2度連続すると同時に阿形は一気に階下へ飛び降り、89式小銃を連射した。

 

警察といえど、今回制圧に来ている彼らは対テロ戦闘訓練を受けたSATやSIT隊員ではない。阿形たちから言わせれば、戦闘を知らないアマチュアだ。では、一般人が突然手榴弾を投げ込まれたらどうなるのか。阿形が階下へ躍り出ると警察隊は何が起こったのか理解する事が出来ずに怖気付き、一種のショック状態となっている。そこへ、けたたましく鳴り響く実銃の連射音。殺気の渦に飲み込まれ、混沌をぶちまけられた階下は文字通り阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図となった。

 

順調な滑り出しだ。

 

チーフはそう心の中で(うそぶ)き自分の仕事に取り掛かる。

 

廊下の警察隊は想像以上の実戦の騒音に気圧され、足を止めている。ある者は無線でどこかへ現状を報告しているようでもある。階下の悲鳴や建物内を跳ね回る実射音からチーフは正確にそれらを聞きとった。

 

階下の阿形の活躍を耳にチーフはクイックピークと呼ばれる技術で廊下の状態を覗き見る。

 

クイックピークは0.2秒以内で状況を確かめる技法だ。曲がり角などで片目だけ出るように頭を振り、その一瞬で映像を網膜に焼き付けるイメージで行う。

 

人が視認し引き金を絞るまでが最短で0.2秒とされている。クイックピークはそれを逆手にとった技術だ。

 

警察隊が息を飲む気配。

 

チーフは1度のクイックピークで全てを見て取った。無線連絡をする男がどこにいるのかも。

 

本当はもっと引きつけたいところだが、警察隊の足は遅々として進まない。

 

計画通り進めるならば、ここは自ら出るほかない。

 

チーフは豪胆に身を曝け出し、無線連絡をする男の頭に照準を定める。プロフェッショナルは、構えた時に目線の先に照準が向くようにする事など容易に出来る。身を出してから引き金を絞り、無線を持つ警察官の脳髄が5.56mmNATO弾の弾頭により炸裂するのは僅か1秒にも満たない時間だった。

 

もしも1人を射殺をして男が動きを止めていたなら、警察隊の面々はどう行動しただろうか。恐らく、茫然自失と立ち尽くしただろう。すぐ隣にいた人間の顔に穴が開いて、後頭部を派手に食い破られて脳漿(のうしょう)を撒き散らす様を現実社会で見るのはなかなかにショッキングだからだ。

 

この程度だ。日本など。

 

チーフは照準を若干上向きに修正しつつ、銃を連射する。そして、一気に間合いを詰めた。

 

明確な殺意を向けられ物怖じしない人間は稀有(けう)なものだと痛感している。アマチュアの中には、一体何割の確率で存在するのか。

 

威圧する。それだけでアマチュアは尻すぼみだ。

 

チーフはCQBの3大原則の1つ、バイオレンス・オブ・アクション(暴力性)を剥き出しにする。ダイナミックな攻めを見せるのに対し、警察隊はざわざわと群がる烏合の衆と成り下がる。

 

この奇襲の効果内に出来るだけ多く数を減らす。チーフは既に弾倉を撃ち尽くし、新たな弾倉を使用している。次々とドミノのように前列の警官が凶弾に倒れる。

 

そろそろマトモな思考を取り戻す頃だろう。

 

そう予想したチーフの思考を裏付けるように警察隊は後方へ逃げたり、教室に逃げ込む者が出てきた。

 

後方へ逃げた者は安易に捉えられ、後頭部を撃たれる。教室に逃げ込んだ者は、破片手榴弾の餌食となる。警察隊の行動は虚しくもチーフには通じず、命を刈り取られる。狡猾に獲物を追い詰める狩人のように、チーフは抵抗を許さない。

 

しかしそんな警察隊の中にも勇敢に応戦する者もいた。

 

警官の1人が制式拳銃のS&W M37を構える。チーフはそれを見るや近くの警官の顎を掌底で捉える。意識を刈る寸前で抵抗の力だけを奪い取る絶妙な力加減で脳を揺らされた警官を、たすき掛けしたスリングで羽交い締めにした。

 

スリングの長さを調整し、警官と体を密着させる。首がギリギリと締まり、警官は苦悶の声を上げた。

 

M37を構えていた勇敢な警官は、仲間を盾にされ射撃が出来ずにいた。しかしチーフは警官をスリングで縛っているので、両手ともフリーだ。89式の銃床(ストック)を脇で挟み、羽交い締めにした警官の脇から銃口を突き出す形で狙いをつけ、M37を構えている警官を射殺する。

 

スリングを解放。失神した警官は床に倒れた。チーフはそいつの後頭部も撃つ。

 

「クリア」

 

ざっと30人程だろうか。チーフは2弾倉と2個の手榴弾で警察隊を殲滅した。

 

チーフは、今殺した者たちの家族の事を考える。今殺した者たちの友人の事を考える。理不尽に愛する者の命を奪われた被害者の事を。チーフは俯き、項垂れる。目元を搔き、鼻をすすると、自らの頬を張った。

 

「殺らなければ殺られる」

 

そう呟きながら新たな弾倉を89式に装填、チーフは階下へ降りる。

 

警官をスリングで羽交い締めにしてから階下の戦闘音楽は鳴り止んでいた。チーフが降りると銃剣の血を拭っている阿形を見つける。

 

「首尾は?」

 

「良好」

 

阿形が報告する。

 

「警察は南側に兵力を集中させている。やるなら……今かな」

 

「じゃあ、やるぞ」

 

念のためチーフは2階の窓から外の状況を見る。なるほど阿形の言う通り、警察は銃撃戦が起きている校舎の南側に集中して配置されていた。

 

「さてさて。上手くいくかな〜」

 

阿形はあらかじめ製作しておいた自作のファイアーボールを2つ取り出す。ファイアーボールは射撃をする際の的の1つで着弾すると派手に炎を上げるという代物だ。今回はガス缶にライターを固定した簡易的な物を使用する。

 

「ターボパワーで消えないように祈る」

 

阿形はまるでオモチャを新しく買ってもらった子供のような無邪気な雰囲気でターボライターに火を付ける。テープでライターの栓を固定し、火を出し続けさせる。

 

チーフはそれを確認し悠然と窓のロックを外し開け放つと手短なパトカー2台に銃弾を浴びせた。

 

警官が一斉に伏せる。

 

「頼むぞ。メジャーリーガー」

 

「おうよ」

 

阿形が、1つ目のファイアーボールを投げる。被弾したパトカーに向かい見事な弧を描く。

 

チーフはそのファイアーボールを照準しながら追う。

 

パトカーの給油ハッチには先ほどの射撃で穴が開いている。そのハッチに寸分の狂いなくファイアーボールは当たった。

 

チーフは引き金を絞る。射出された弾頭がガス缶を引き裂き、中の可燃性ガスが大気に漏れる。ターボライターの火はついていた。

 

ドンッと、臓腑(ぞうふ)を揺るがす爆音。

 

タンクに引火し、パトカーが爆発。車体が宙に浮き、ひっくり返って地面へと落下した。

 

車体シャーシのひしゃげる甲高い音がした頃には阿形が新たなファイアーボールを投げている。チーフはそれを冷静に捉えつつ、引き金を絞る。

 

2度目の爆音。

 

落下するパトカーを見ながら阿形は口笛を吹く。

 

「さっすがチーフ。困難なサルボ射撃を成功させるなんて……惚れちまうじゃねぇか」

 

「お前のミス・ディスタンス0(ゼロ)の投擲も見事だ」

 

射爆理論(しゃばくりろん)……万歳!」

 

2人は逃げ出す警官がいる事に冷ややかな目を向けながら次の行動に移る。

 

警官の死体が転がる2階と3階を登り、再び屋上へ。警察が集中している南側とは反対の北側に移動し、緊急脱出用のロープでリペリング降下。あっという間に地面に降り立つ。

 

先ほどの爆発に注目し、未だ犯人は射撃をした2階にいると踏んでいるのか知らないが、周囲に警察はいない。

 

お粗末な対応だ。

 

チーフは辟易しながら現場に「チェ」を置いていく。そして計画通りに次の行動に移る。

 

これまで全て計画通りだった。これからも計画通り動けば、警察を巻くことなど造作もない。

 

チーフと阿形は警察の間隙を抜い、颯爽と姿を消す。

 

警官達は、既に犯人のいない校舎に戦々恐々としながら懸命な交渉を続ける事となった。

 

チーフと阿形は狙い通り日本政府に深い爪痕を刻む事に成功した。


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