ボクがその儚げな少女…………いや少年と出会ったのは、武装探偵社に入社してだいぶ仕事に慣れた頃だ。その日、ボクは与謝野先生のお使いに付き合わされた。そして、買い物帰りの電車で或る事件に遭遇したのだ。
電車内は突然現れた『レモン男』により無料の高級レモン配布が唐突に始まり、車内の乗客はフレッシュなレモンの香りと無料配布という誘惑に引き寄せられて、混乱を極めていた。
「くっこんな狭い車内で突然、高級レモンの無料配布なんか始めて……」
緊急事態にたじろぐボクに、与謝野先生は冷静な判断を下す。
「敦、これはポートマフィアの仕業に違いないね。奴等はこの街を混乱させる事が目的だ……私があのレモン男と戦っている間に、乗客を正常に戻すんだ!」
「分かりました!」
与謝野先生がレモン男と戦っている間に、ボクは必死に乗客を救い出す。
すると、ボクの目の前に1人の和装美少女が現れた……美しい黒髪をツインテールに結び、花かざりを付けている。大きな瞳は何処か儚げで、大正時代を彷彿とさせる着物とオプションであるウサギのラブリーなぬいぐるみは、萌えオタをターゲットにしているとしか思えない程の萌え萌えしたファッションだ……。
彼女は一体……⁈
少女は美しい仕草で、自己紹介を始めた。
「私は鏡花……泉鏡花……この数ヶ月で一般人を35人『萌えオタ』の道に陥れた、ポートマフィアの暗殺者……私はどんな一般人でも萌えの世界に陥れる異能力を持っている……次のターゲットはあなた……覚悟!」
『異能力! 夜叉白雪‼︎』
鏡花と名乗る美少女は自身の異能力を使い、いかにも萌えオタが好みそうな和装美女の精霊(?)を呼び出した。夜叉白雪が鏡花の動きに合わせて、あざとい萌えポーズを繰り出す‼︎
「くっ……こんなところで異能力に負けて、萌えオタになるわけにはいかない! ボクは健全な若者なんだ!」
今思えば萌えオタになるくらい、個人の趣味の問題なので別にどうでもいい事なのだが、その時は相手の異能力に負ける事が、拾ってくれた太宰さんに対して良くない気がしていたのだ。
現在、行方不明の太宰さんがボクによく言ってくれた言葉を思い出す。
「私は猫萌えなんだよね……」
そう言ってボクを異能力月下獣で猫耳、猫手に変身させてはモフモフする事が趣味だった太宰さん……彼は今何処に?
すると、少女が胸にぶら下げたガラケーで、
「ああ……芥川さん……あの人間失格の人は?」
などとわざとらしく会話し始めた。
人間失格だと? まさか……太宰さんは、この少女に?
少女は通話を一旦切り上げ、再び異能力であざと可愛いポーズを繰り出す……。
「よくも太宰さんを……ボクだって……! 」
『異能力! 月下獣!』
対抗して異能力で猫耳、猫手に変身する。
「くらえ! 猫なでパンチ!」
ボクの必殺技猫なでパンチ……攻撃力はほとんどないが、猫マニアなら思わずモフりたくなるラブリーな攻撃技だ。ニャンニャンとした猫オーラで少女に対抗する。
ニャンニャン! モフモフッ!
「くっ卑怯な……」
どうやらボクの猫なでパンチは、少女の萌えポイントをついていたようだ。
無言になる少女……すると、再びガラケーから連絡が入ったようだ。
『ところで鏡花……人虎(敦)は……その……相変わらず可愛いのか? あの、ヤツガレの事をどう思っているか聞いて欲しいんだが……』
あの一件以来(前回参照)、人虎こと中島敦に惚れてしまった芥川……どうやら敦の事を女性だと勘違い(?)している様子。上司である彼のキューピッド役を果たすために、鏡花はこの任務を引き受けたのだ。
だが中島敦の想定外の萌え猫ぶりに、純粋な鏡花はこの不毛な戦いをフェアなものにしたくなった。
「……この戦いが終わったらまた連絡する……」
『ちょ、おま、何を?』
プツッ
通話を切り覚悟を決めた表情で、鏡花は無言で着物を脱ぎ胸元をさらけ出した。突然の少女の脱衣に驚く敦……だが……。
「一体何を……? えっ? ええっ?」
……少女の胸は貧乳、絶壁を通り越して真っ平らな……だが多少筋肉がいい感じについている……。
「私は鏡花……男の娘……」
つまり鏡花は美少女ではなく美少年……俗に言う『男の娘』だったのである。