――― 台湾 ―――
508JFWとの接敵の不安を持っている美緒一行は、取り敢えずは台湾北部に間も無く入ろうとしていた。
「どうだ、少佐?」
「…大丈夫だ。
此れと言った軍用機は見当たらん」
美緒が可能の固有魔法である『魔眼』で確認が行われ、結果的に戦闘機が確認出来なかった事から待ち伏せ等は無いと判断した。
「少佐、行きます」
「ああ、あまり高度を取るなよ」
下手に高度を取って怪しまれかねない行為より、敢えて取らず通常高度にて定期機に成りすまそうとしていた事を美緒が確認して土方が頷いた。
此の為に扶桑軍の裏を突けたとシャーリーとルッキーニに芳佳が喜んでいたが、美緒のみは自分で確認したにも関わらず妙な胸騒ぎを感じていた。
「後方より一機、急速に近付いてくる!」
美緒の悪い予感通りになろうとしているのか、彼女がもう一度確認しようとする直前に後部機銃座からの報告に全員が一斉に後ろに振り向いた。
「……機種確認、接近する機体は九六式陸上攻撃機!」
当然ながら美緒達ウィッチは何時でもストライカーユニットを履けるように身構え、全ての機銃が接近する機体に向けられたが、その接近する機体が九六式陸上攻撃機こと九六陸攻……改造機ニッポン号が世界一周フライトを成し遂げた扶桑海軍初の純国産の傑作双発機が伝えられた。
尤も攻撃機と言っても、九年前に誕生した九六陸攻は既に旧式化していて、後継機である一式陸上攻撃(通称:一式陸攻)や、その一式陸攻の後継機(になりつつある)である銀河に譲って現役から退き、残った現役機は輸送機や対潜哨戒機(此方のみは近日から配備された東海に譲られつつある)として使われていた。
此の事から全員が此の九六陸攻は輸送機か、帰還中の哨戒機だと思っていたが、美緒は501JFWの一員であった事が幸いして違和感(九六陸攻が妙に速度を出していた事もあった)に気付いた。
「土方、直ぐアイツから離れろ!!」
「ど、どうしてです?」
で、何故501JFWの一員である事が幸いだったのかと言うと、501JFW唯一のナイトウィッチであるサーニャは、彼女の固有魔法である『全方位広域探査』の使用時にアンテナ型の触角を展開し、その触角とほぼ同じ型のアンテナが機首に突き出ていた事から全てを察したからだ。
「アイツは機上電探を持っているぞ!」
「っ!? それじゃあ!」
美緒の言葉に全員が驚き、シャーリーが察した事を肯定として美緒が頷いた。
「…直ぐに台南空が来るぞ!
私達が来る事を読まれていたんだ!」
美緒の予測通り、古賀以下の連合艦隊司令部は美緒達が台湾を通過する事を予知していて、台南空に出撃を命じ、更に機上電探搭載型の九六陸攻(元々此の型は数が少ない為、沖縄の機体全てを引き抜いていた)を大動員して網を張っていたのだ。
「前方から接近する機体多数!!
戦闘機です!」
「馬鹿な、早すぎる!!」
更に不味い事に、二式大艇が行動を起こす前に緑色の戦闘機群が向かってきていた。
シャーリーの絶句した通り、異常な接近の早さから台南空は待ち伏せていたのは確実であった。
「何故だ!? さっき少佐が確認した筈じゃん!」
「…おそらく……台南空は、低空で潜んでいたんだろう。
此の辺は山や森が多いから隠れるにはうってつけだからな…」
自分に抱き付いたルッキーニに美緒は答えながら、自分の考えと性格を読んで低空で戦闘機群を待機させていた台南空司令官小園、その小園に命じた古賀に歯軋りしていた。
で此の間に、戦闘機群は二式大艇を上下左右夫々から過ぎ去った後、二式大艇に追い付いて半包囲する形で平行した。
因みに戦闘機群の全てに増槽が胴体下にぶら下がっており、待ち伏せていたのは確かであった。
「…零戦……いえ、違いますね……紫電、ですか?」
自分達に見せ付けるかの様に飛んでいる台南空の戦闘機群の機種(色から海軍機だとは分かった。陸軍機なら茶色)を見抜けない芳佳達が首を傾げていた。
「…紫電は元が局地戦闘機だった事から航続距離が短いから……上手くやれば、振り切れそうなのだが…」
美緒も紫電の実機を見た事が無い為、戦闘機群が紫電かと思いつつ、紫電への対処法を考えていた。
只、いない筈の紫電(?)の存在に疑問は感じている様だが、取り敢えず土方に増速を命じようとしていた。
「…違う……アイツは紫電じゃない!!」
「シャーリー、アイツが分かったのか?」
だが、シャーリーは機体の色と扶桑国籍から騙されかけていたが、戦闘機が紫電ではなく、別の機体だと見抜き……それから顔を青くしていた。
「…ベアキャットだ……グラマーF8Fベアキャットだ!」
「F8、Fだと!!?」
シャーリーの返事にウィッチ以前に扶桑海軍士官である美緒も正体を察すると同時に、F8Fの危険度も察した。
「あの、そのF8Fベアキャットって、どんな戦闘機なのですか?」
当然ながら、意味が分からない者達を代表として、芳佳がシャーリーに尋ねた。
「アイツは最近配備されたてのリベリオン海軍の最新艦上戦闘機、最高速700km超、20mm砲四門を搭載した、紫電を超える化け物戦闘機だ」
シャーリーにF8Fの基本性能を言われて芳佳達も此の戦闘機……リベリオン最後のレシプロ艦上戦闘機として有終の美を飾るだけでなく、後世のエアレースで長きにわたって帝王として君臨し続ける傑作戦闘機の危険度合いがやっと分かった様だった。
尚、美緒でさえF8Fを扶桑機と見間違えたのも仕方がなく、武骨なリベリオン海軍機らしからぬスマートな姿のF8Fは、後世で扶桑の零戦をペースモデルとした戦闘機と誤解されていたからだ。
只、ルッキーニだけはF8Fに見惚れていて、現状を理解していない様に見えていた。
「ですが、何故リベリオン海軍の最新艦上戦闘機がこんな所に配備されているのですか!?」
「そんなの私が分かるか!!」
土方の疑問にシャーリーでさえ分からない以上、誰も答えられなかった。
で、その答えはと言うと、紫電がその開発元の山西航空機の生産力不足に加えての改良発展に追われていた為に配備が進まない事に頭を抱えていた扶桑海軍と、近々配備開始予定のジェット機FHファントムにシェアを奪われる事からのF8Fの負債化(此れにはF8Fの汎用性の無さも原因)に怯えたグラマー社と利害が一致した事から扶桑海軍に採用される事となり、その第一陣として台南空に配備されていたのだ。
で更に言うと、F8Fはリベリオン海軍には少数配備且つ前機F6F共々早期に退役する事(屈辱的な事に、戦闘力に劣るが汎用性に優れたF4Uは、戦闘爆撃機として今暫く生産配備され続ける事になる)になるのだが、扶桑海軍の採用で得た資金に加えてFHファントムの憎悪から、後の傑作機F9Fパンサー(クーガー)が生まれるのだが、それはまだまだ先の未来であった。
そんなグラマー社に反して、F8F採用を許した扶桑の航空会社群は、扶桑軍全体で海外戦闘機の採用による手軽さと安さに味を覚えた事もあって、扶桑に殺到したリベリオンの航空会社群に圧倒され続け……21世紀に入ってからのF-2戦闘機の採用まで、航空機の軍採用が消滅に限りなく近い激減が原因で、扶桑航空業界が長きにわたる氷河期に突入する事となる。
「…っ! 通信です!!
坂本少佐宛に通信が入りました!」
で、話を戻して、芳佳達の危惧を煽るかの様に、F8Fの一機が二式大艇目掛けて威嚇射撃をした後、通信士が美緒宛の通信を伝えて、その美緒が通信機を取った。
「…坂本だ」
『……久しぶりだな、美緒』
「こ、小園さん!?」
通信の相手が嘗ての上官である小園であった事に美緒が驚いた。
『あの泣き虫が部下を引き連れての脱走と、随分と大それた事をする様になったな』
「そう言う小園さんも、相変わらず的確な戦略を取るようじゃないですか」
完全に顔を引き釣らせている美緒だったが、声だけは小園に悟られない様に平常にし、小園に合わせて笑っていた。
『…美緒、多くは言わん、台南近くに着水させろ!』
暫く沈黙が続いて、二式大艇がF8F群共々台湾の陸地に入った後に小園が脅迫に近い要望を言った。
此の事を予測していたのか、美緒は直前にスピーカーに切り換えた為、全員が通信機へ一斉に振り向いた。
「残念ですが、小園さんであっても、それは出来ません」
美緒はハッキリと拒絶した。
『……もう一度言う。
着水しろ、さもないと容赦はせんぞ!』
「出来ません!!」
『美緒、俺がどんな男か忘れた訳ではあるまい?』
「分かって、言っているのです」
小園は使命感が強く、時に暴走してしまう事がある程だから、攻撃を命じたらF8F群が容赦なく襲い掛かってくるのは間違いなかった。
だが、美緒だけでなく、芳佳達ウィッチや土方達搭乗員も決意は変わりはなかった。
尤も小園は部下思いの人間でもあり、美緒を言いくるめる事が出来ないと分かっていたにも関わらずに、明らかに躊躇いを表す沈黙をしていた。
『……そうか、分かった』
だが、小園は自分が軍人であり、その中で上に立つ人間であると認知したらしかった。
『…冷蔵庫を壊した時のような情けは掛けんぞ』
小園がそう言うと、通信が途切れた。
「…来るぞ!!」
美緒に命じられる前に、全員夫々に戦闘体勢に入った。
「あの、坂本さん、冷蔵庫を壊したって、台南空時代に何をしたのです?」
只、芳佳の質問通り、小園の“冷蔵庫を壊した”発言が全員気になっていた様だった。
「…私も、子供だった……って事だ」
だが美緒は、F8F群が一斉に増槽を投棄したのを確認した事もあってはぐらかした。
でその答えはと言うと、台南空に所属してラバウル駐留時に、度重なる激戦に加えて上級士官以外が食糧難で苦しんでいたのに、そんな現場を全く理解してない新任士官と主計長(後者のみ、責任者の一人である美緒が部下達の
当然ながら上官である二人にやったのだから、最悪銃殺刑になりえたのだが、小園は美緒を怒鳴って注意はしたがおとがめは無し、逆に食糧事情がある程度改善(此の余波で、小園は兵卒用の不味い飯を一週間近く食わされ続けた)してくれた恩があったのだ。
まぁ、後々シャーリーやハルトマン辺りにネタにされそうだったが、自分が軍人である事を自覚した美緒も、恩を仇で返す形になろうとも、小園の追跡者達を振り切る決意を改めてした。
感想・ご意見お待ちしています。
シャーリー
「…F8Fか……本編でも言ったが、面倒くせぇのが、相手か…」
ミステリアン戦に出る可能性はほぼ無いですが、F8Fは傑作仮想戦記“超弩級空母大和”の後編で強敵(此のお陰で、お気に入り戦闘機の烈風が駄機扱いに…)であり続けた事からアメリカ戦闘機の中でお気に入りのだったので、此処での登場になりました。
シャーリー
「アンタが読んでたのは、原作小説じゃなくて漫画版だったけどな」
だって、あの小説は物凄く読み辛かったんだもん!
漫画版で内容がやっと分かりましたから…
美緒
「まぁどうであれ、私達は台南空のF8Fを振り切らんといけないがな。
全く、厄介な相手を用意してくれたな」
その事で少しネタ晴らし、“F8Fの搭乗員は全員新兵”“台湾中央の山間部は大雨で視界が最悪”“此の後にサーニャがエイラのオマケ付き(もしかしたらペリーヌも付くかも?)で合流”の三点が攻略の要点です。
更にF8Fが508JFW登場の布石になります……多分…