【完結】島村卯月「もういいです、私、アイドル辞めます」 作:ラジラルク
7~10話ほどと言ってましたが、おそらく13~15話ほどになるかも。
一応、ここから話は上り坂です。
「卯月ちゃん、いつまでフリーズしてんのよ」
美嘉さん……、城ヶ崎プロデューサーの声で我に返る。目の前の城ヶ崎プロデューサーはそんな私を見て苦笑いをしていた。
「それでは城ヶ崎プロデューサー、あとはお願いしてもよろしいでしょうか」
「えー、もう行くの? もう少し居てもいいじゃない」
「いえ、私は例のライブの打ち合わせがあるので。それに……」
一瞬だけ私の方へと視線を動かす武内プロデューサー。その視線の動きを見て城ヶ崎プロデューサーも察したかのような表情を浮かべた。
「お二人でお話ししたいことも沢山あるでしょうから」
二人と違って武内プロデューサーの視線の意味を理解できなかった私のためにそう言ってくれた。
これからアイドル活動へと復帰する私。その私を担当してくれるのは城ヶ崎プロデューサーであって武内プロデューサーではないのだ。
おそらくそういったことも踏まえて武内プロデューサーは席を外すと言ったのだろう。不器用な彼らしい、優しい気遣いだった。
「それでは私はこれで失礼します。あと、島村さん……」
「は、はい! なんでしょうか」
「私はいつでも島村さんを応援しています。もし何か困ったことがありましたらいつでも連絡ください。私にできることであれば全力でお手伝いさせていただきますから」
そう告げた武内プロデューサーの表情はまるで親が自分の子供を励ますかのような暖かく、そして優しさの詰まった大人の表情だった。その表情に私は思わず「本当にありがとうございます」と言い頭を下げると、武内プロデューサーはまたニコッと笑みを浮かべる。
それでは失礼します、そう言い残すと武内プロデューサーは床に置いていた鞄を右手に持ち席を立つ。
そしてカウンターのマスターに軽く会釈をするとそのまま私たちの方を一度も振り返らずに店のドアを開けて去って行ってしまった。
武内プロデューサーの背中を名残惜しそうに見えなくなるまで見つめていた私は店のドアがバタンと閉じたのを確認すると再び視線を前へと戻した。
先ほどまで武内プロデューサーがいたこの席には私と城ヶ崎プロデューサーの二人が座っている。私の前に座る私の新しいプロデューサーに聞きたいことが沢山あった。どうして私のプロデューサーになったのか、武内プロデューサーとはどういった関係だったのか、そしてアイドル活動は辞めてしまったのか――……。
「何か色々聞きたげな顔してるわね」
見抜かれていたらしい。
思わずドキッとしてしまった私を見て城ヶ崎プロデューサーは笑っている。
「……卯月ちゃんの話はあの人から聞いたわ。アイドルを辞めてから今日までどのように過ごしてきたのかもね」
「は、はい……」
おそらく武内プロデューサーは先週、私から聞いた話をそのまま城ヶ崎プロデューサーに話したのだろう。
城ヶ崎プロデューサーは私の新しいプロデューサーになるのだから私の話を聞く権利はあったのかもしれない。でもあの四年半の私の話を聞いて城ヶ崎プロデューサーはどう思ったのだろうか。胸を張れるような時間を過ごしたわけでもない私には未だに失望されるかもしれないといった不安や恐怖が残っていた。
「色々あったみたいね、卯月ちゃんも。でも何だか羨ましかったわ」
「羨ましい……、ですか?」
予想外の言葉に私の声は拍子抜けしてしまった。
うん、そう言ってまるで子供のように無邪気に笑う城ヶ崎プロデューサー。その表情は私の記憶にある城ヶ崎美嘉さんのイメージに最も近い表情だった。
年上で先輩だけど何処かあどけなさや子供っぽい幼さも残していたあの頃の美嘉さん。今はすっかりスーツが似合う大人の女性になってしまったが、そういった昔の美嘉さんらしい面影が今でもしっかりと残されていた。
良かった、この人は本当にあの城ヶ崎美嘉さんなんだ。今更になってその事実が私の中にすんなりと入り始めている。
「ちょっと私の話をしてもいい?」
「はい、大丈夫です」
美嘉さんの話とは、アイドル活動をしていた頃の話だろうか。
私の返事にありがとうと呟くと美嘉さんは遠い過去を思い出すかのような眼差しでゆっくりと喋り始めた。
「私もね、昔は卯月ちゃんのようにアイドルを夢見てたの。それこそ私だって誰にも負けないって胸を張って言えるくらい、アイドルになりたかったわ。だからこそアイドルとしてデビューできた時は本当に嬉しかった。『やっと夢が叶ったんだー!』って思ってね、あの時の興奮とか感動は今でも覚えてるくらいよ」
少し恥ずかしそうにそう話してくれた美嘉さんも私と同じだったのだ。
同じようにキラキラするアイドルになれる日を夢見て努力を重ね、そして夢を掴むことができた。ただ私と違って美嘉さんは超が付くほどの売れっ子アイドルだったけど……。
「でもね、アイドルになるという夢が叶った後はなーんにもなかったの。勿論、歌を歌ったり踊ったり、アイドル活動はすごい楽しかったんだけどね。でもそれと同時に私の中で何か違うなーって気持ちも芽生えてたのよ。『いつかトップアイドルになる』だったのが『トップアイドルになりたい』になって『トップアイドルになれればいいな』、最後には『なれなくてもいいかな』て感じにどんどん情熱もなくなっていって……」
そこまで言うと美嘉さんは溜息交じりに言った。「自分からアイドルを辞めたの」と。
あんなにキラキラして誰よりも一際目立つ存在だったのに――……。私には理解できなかった。それこそ私とは比べ物にならないくらいキラキラしてカリスマ性もあって、間違いなく私よりトップアイドルになれるポテンシャルがあったはずなのに。
私たちニュージェネレーションズが初めて舞台に立った時、美嘉さんの後ろでバックダンサーとして踊った時に見た光景を私は今でも覚えている。目の前に広がるペンライトの海、美嘉さんを包み込む大歓声、そしてあの会場の一体感――……。思わずダンスを辞めて立ち尽くしてしまうほどの圧巻の光景だった。
美嘉さんが作り上げた美嘉さんだけが主役になれるあの空間。あの景色や雰囲気を作り出すことが出来るのはこの世で美嘉さんだけなのだ。
あのような雰囲気の景色を創造することの出来る人間がこの世界にどれだけいるのだろうか。そう考えると美嘉さんはある意味、「選ばれた人間」なのかもしれない。自分の歌やダンスで沢山の人に勇気と元気を与えることのできる選ばれた人間。
私はあの時、美嘉さんの後ろで踊りながらそういった事を考えていたのも覚えている。そして私もいつか美嘉さんのようになりたい――……、そう心に誓ったことも。
「ねぇ、卯月ちゃん。アイドルになるのもだけど、夢を叶える為に一番必要なものって何だと思う?」
今までの話とはまるでかけ離れたような質問。
突然振られた美嘉さんからの質問に私は頭を悩ませる。
夢を叶える為に一番必要なもの――……。
美嘉さんの問いを聞き、私の頭もパッと浮かんできたのは『才能』や『センス』、その次点で『努力』だった。
だがそんな私の心を見透かしたかのように、美嘉さんは静かに首を横に振る。
「才能やセンス、もちろん努力をすることも大切なことだわ。でも私はね、夢を叶える為に一番必要なものは『気持ち』だと思うの」
「『気持ち』ですか……?」
そうよ、そう呟くと美嘉さんは頷く。
「どれだけその夢を叶えたいと思う気持ちが強いか――。夢を想う強い気持ちほど大切なものはないのよ。そもそも強い気持ちがないと努力も続かないでしょ?」
「確かに……」
「極論だけどね、本気で願って本気で努力すればだいたいの夢は叶えることができるのよ。逆にどんなに努力したって才能やセンスがあったって気持ちが強くなければ長続きしないわ。私がそうだったようにね」
「……美嘉さんの気持ちは強くなかったんですか?」
私の言葉に美嘉さんは苦笑いを浮かべる。美嘉さんの苦笑いの表情、その表情に一瞬だけ寂し気な表情が募った。
失礼なことを聞いてしまったのではないか、そういった不安が私の頭を過る。
だが美嘉さんは変わらず私を優しい眼差しで、そして遠い過去を思い出すかのような眼差しで見つめていた。
「強かったわよ。強かったと思っていたわ。でもその気持ちが日に日に薄れてしまったっていうことは自分が思ってたほど強い気持ちではなかったのかもしれないわね……」
でもね、美嘉さんがそう付け加える。
「それが普通なのよ。自分自身を正当化するわけではないけどね、殆どの人が夢を諦めて生きていくでしょ?どんなに子供の頃に強く願った夢があったとしても、大半の人は生きていく過程の何処かのタイミングでその夢を諦めて現実を生きていくのよ」
誰しも子供の頃にはなりたい大人の自分を思い描いていた。男の子ならスポーツ選手、女の子だったらキラキラ輝くアイドル――……、といったように皆それぞれが何かしらの夢を持ち輝く未来の自分を描いていた。だけどその殆どが遅かれ早かれ昔思い描いていた大人の自分になることを諦め、現実的に生きる道を選択する。
美嘉さんもそういった人たちと同じだったのだ。例えそれが普通なのだとしても、美嘉さんが言うことも理解できるけど、それでも――……、同じアイドルを夢見ていた仲間として、憧れていた一人の先輩として、今の美嘉さんを見ていると寂しい気持ちなってしまう。
「だから卯月ちゃんが羨ましいと思ったのよ。四年半も忘れることなく引きずって生きるほどに強い想いがあった夢なんでしょ?私にはそれほどの熱い気持ちがなかったから」
美嘉さんの言う通りだった。
私はアイドルを辞めてからの四年半、一日たりともアイドルになるという夢を忘れることができなかった。
普通の人なら夢を諦めて現実を生きて行こうとするのに、私は夢を諦められず自分が直面する現実を受け入れることができなかったのだ。
それほどまでに、私の中を占めるアイドルになるという夢の存在が大きかったから。その事実に四年半もの時間が経った今、私はようやく気付くことができた。
「どんなに才能やセンスがあったとしても、何年も一途に追い掛け続けれるほどの熱い気持ちがないと無理なのよ。だからどんな才能やセンスより、夢をいつまでも追い続けれるほどの熱い気持ちが何より大切なのだと私は思うわ」
「美嘉さん……」
美嘉さんは――……、もうアイドルへの未練がないのだろうか。自ら辞める道を選んだと言っていたがその選択が今でも間違ってなかったと言えるほど、納得できる選択だったのだろうか。
私は心の何処かで美嘉さんに「未練がある」と言ってほしかったのかもしれない。諦めた、だなんてセリフを憧れていた先輩の口からは聞きたくなかったのかもしれない。
だけど私は今目の前に座る美嘉さんを見るとそんなこと、言えなかった。美嘉さんの表情から全く後悔や未練を感じなかったから。荒んで未練と後悔ばかりを引きずり現実を生きれなかった私とは違い、美嘉さんは今の現実を受け入れ生きて行こうとしているのだ。
「よく『頑張ったけど夢は叶いませんでした。でもその頑張る過程で得たものは今後の人生の糧になりました』みたいなこと言う人がいるじゃない?」
あんなの嘘よ。美嘉さんはキッパリと言い切る。
「そんなこと言えるのは本気で頑張ってない人だけ。厳しい言い方だけど、夢破れて得るものなんて何もないのよ。だからこそ本気の夢は叶えないといけないの。そうじゃないと時間だけが無駄になっちゃうから。もし本気じゃないんだったら始めからやらないがマシだわ」
厳しい口調でそう話す美嘉さん。
確かにそうだ、夢破れて得るものなんて何もない。もし何かあったとしても――……、所詮それは夢を諦めた自分を正当化するための言い訳に過ぎないのだ。
それは一度夢を諦めた私だからこそ理解できることなのかもしれない。
何度も自分の選んだ選択が正しいと思い込むために様々なことを自分に言い聞かせてきた。どうせ頑張ったってトップアイドルになんてなれない、自分には才能がないんだから、いずれ魔法が解けた現実を生きなければいけない。それが私は少し早かっただけ――……。だが何度も何度も自分に暗示をかけても心の底から納得することはできなかった。
心の奥底に居る自分はそれが『言い訳』だという真実に気付いていたのだから。
「卯月ちゃんは昔から必死に頑張ってたし、遠回りをしたのかもしれないけどこうして自分の諦めきれない夢にちゃんと向き合って帰ってきてくれたわ。だから大丈夫、私が絶対にトップアイドルにしてあげるから。卯月ちゃんはもう迷わないで自分の大事な夢を大切にしなさい」
そう言って美嘉さんはウインクをする。
それはバックダンサーとして舞台に立つ直前に緊張でガチガチになってしまった私たちを励ましてくれた、あの時の優しくて心強くて、そして勇気づけてくれるた先輩のウインクだった。
デビュー前から美嘉さんをテレビで見ていて、いつか絶対こうなりたいと憧れていた先輩が今はプロデューサーという立場になって私を勇気づけようとしてくれている。
美嘉さんはアイドルを辞めてしまった。それでも私にとって頼れる先輩なのに変わりはなかった。
優しくて後輩想いで、時折厳しくて――……。そして遠回りしてようやく向き合うことのできた私の夢を本気で応援してくれているんだなと感じることができた。
武内プロデューサーではなくて最初はガッカリした気持ちもあったが、美嘉さんなら大丈夫。
この人の元で絶対に夢を叶えよう。いや、絶対に叶えなくちゃいけないんだ。
私は自分の心に何度も何度も、そう強く誓ったのだった。