【完結】島村卯月「もういいです、私、アイドル辞めます」 作:ラジラルク
アイドルを辞めてからというもの、私は変わってしまった。
停学になった後も、タバコを吸い続け学校をサボる回数も増えた。家にいるとママと口論になることが多いからという理由で夜中の外出も頻繁にするようになっていた。
ほんの一年前までは友達からよく「卯月は真面目だよね」、だなんて言われてたことがまるで遠い過去の事のようだ。
しかしどれだけタバコを吸っても、夜中に友達とカラオケに行ったりゲームセンターでバカ騒ぎをしても、私の心に空いた穴は埋まることはなかった。
そんなこと、私は薄々勘付いていたのかもしれない。こんなことをしてもどうにもならないことくらい。
それでも私はこの行き場のない気持ちをどこに向ければ良いのかが分からず、こうして燻っていた。
「あ……、これって」
その現実を知ったのは私がアイドルを辞めてから一年が経とうとした冬のある日だった。
何気なく点けたテレビの音楽番組。その音楽番組に映っている女の子たちに私は見覚えがあった。
白いドレスを纏いガラスの靴を履いた13人のシンデレラたち――……。半年もの間、毎日のように事務所で顔を合わせていたメンバーたちだったのだ。
『今日のゲストはシンデレラプロジェクトの皆さんです!』
昔からよくテレビで見かける有名な女性芸能人がそう叫ぶと13人のシンデレラは元気よく、そして笑顔で「こんにちは!」とカメラに向かって叫び手を振る。そしてギャラリー席から一際目立つ黄色い歓声が上がった。
あの日以来、初めてメンバーたちの顔を見た。みんながみんな、一年前の面影を残しながらも大人の、アイドルの表情をしていた。
その様子から、それぞれがぶつかったアイドルとしての試練を潜り抜けてきたんだなと察する。私と違って誰一人逃げなかったことをメンバーの13人の成長した姿が、そして何より舞踏会で成功を収め部署を存続させたことを証明していた。
――もし私があの時アイドルを辞めなかったら。私もここにいたのだろうか。
悔しかった。
私だってアイドルになりたかったのに。
みんなみたいに可愛い衣装を着て、テレビに出て、歌を歌いたかった。
この想いは誰よりも強かったはずなのに。
どうしてこうなってしまったんだろう。
懐かしいメンバーたちを見て、浮かんだ感情は「嫉妬」だった。
――ほんの少し前までは一緒に肩を並べていたはずなのに。
今となってはそんな過去の事が自分でも信じられないほどに、シンデレラプロジェクトの13人は遠い存在になってしまった。
きっと私だけではなく、他のメンバーたちもそれぞれ悩みや不安、壁にぶつかることはあったはずだ。
それでも逃げ出さずに立ち向かった13人。逃げ出した私。
結果は現実になって表れていた。
日本人なら誰もが知っているような有名音楽番組に出演しているシンデレラプロジェクトの13人。
かたや私はというと、高校卒業を目前に控えているのに関わらず進路が決まっていなかった。大学受験をするつもりもないし専門学校や短大に行くつもりもなく、正社員として何処かに就職するつもりもなかった私は相変わらずちょくちょくと学校をサボっては宛もなく街をフラフラしたり、人陰に隠れてタバコを吸うような毎日を送っていた。
「どうしてこんな事になっちゃったのかな……」
リモコンを握る右手に思わず力が入ってしまう。
受け止めたくない現実が残酷にもテレビの中には広がっていた。
それでも私は自分の過去の選択を無理矢理にでも正当化しようとしていた。
今テレビに出ているシンデレラプロジェクトの13人、この中でトップアイドルとして生き残れるのは果たして何人いるのだろうか。いたとしてもせいぜいほんの二、三人程度だろう。もしかしたら誰一人としてトップアイドルになれず、数年後には無名の売れないアイドルに成り下がっているかもしれない。
この13人も遅かれ早かれ、私のように魔法が解けて現実と向き合う時がくるのだ。
――だから例え後悔や未練があったとしても、あの時私が選んだ選択は間違ってないんだ。
どうせトップアイドルになんてなれないのに。
そう思うとテレビに映る13人のシンデレラが滑稽に見えてくる。
『あたし、ロックなアイドル目指してるんです!』
ロック、ロックって、李衣菜ちゃんはただ単に『ロック』ていうフレーズが言いたいだけでしょ。
『闇に飲まれよー!』
良い歳して訳の分からないセリフばっか並べて、蘭子ちゃんは恥ずかしくないのかな。
『よろしくニャ~!』
猫キャラなんてイタイキャラ、いつまでやるつもりなんだろ。
『杏、別に仕事とかしたくないし……』
杏ちゃんは良いよね、色んな才能に秀いていて。頑張らなくても人生イージーモードだし。
テレビに映るシンデレラプロジェクトのメンバーたちを見て出てくるのはマイナスなセリフばかり。
みんながどれだけ頑張ってこの場に立っているのか、半年だけでも一緒にいた私はファンや他の誰よりもみんなの苦労を知っているはずなのに。
それなのにどうしても呟いてしまう言葉は批判の言葉ばかりだった。
私の選んだ選択が間違いだったということを認めたくないせいか、素直にみんなを応援することができなかったのだ。
ちっぽけなプライド、みんなへの嫉妬、認めたくない現実が次々と捨て台詞のようなマイナスな言葉を生んでいく。
――最低だなぁ、私。
必死に頑張ってる人たちを、誰よりも夢に向かって真っすぐな人たちを、バカにすることでしか自分を保つことの出来ない自分に無性に腹が立ち、そして何よりも惨めでカッコ悪くて、もうどうしようもない人間に見えてきた。
『良い? 何があっても必死に頑張ってる人を嘲笑うような大人にだけはなっちゃダメよ』
小さい頃、何度もママに言われたセリフを思い出す。
何度も言われ私もそんな大人には絶対ならないと決めていたはずだった。
それなのに――……。今の私は、一番なりたくない大人になってしまっていた。
私はテレビを消すと自分の部屋へと戻りベランダへと出た。
ポケットから煙草の入った箱とライターを取り出すと慣れた手つきでタバコに火をつける。
唯一、この煙草を吸う一瞬だけが私の荒んだ心を制御することのできる時間だ。
月の見えない空からは小さな雪が舞い降りていた。
アイドルを辞めたあの日もこんな天気だったなぁ、なんてぼんやりと思い出す。
おそらく私は高校を卒業してフリーターにでもなるのだろう。卒業は出来ても進学できるほどの出席日数はないし、何より意欲もない。
何かをしなければならないのは分かってるのに、何もする気になれないのだ。
今の私はまさに『燃え尽き症候群』だった。
アイドルを目指して必死に努力して、それこそ寝る間も惜しんで努力をしていたあの頃。それでもどうにもならない壁、努力だけでは超えることのできない現実に屈し、アイドルを辞める道を自ら選んだ。
夢破れた後の今の現実を私は未だに受け入れることができていないのだ。どうしても残った過去への後悔と未練。その二つが今の私を無気力にしていた。
プロデューサーは私に魔法をかけてくれた。
何の個性もなかった私をたった半年だけでもアイドルにしてくれた。
だけどその魔法は今解けてしまい、私はその魔法の後遺症に苦しんでいる。
一瞬でも垣間見ることのできたキラキラしたアイドルの世界。沢山のお客さんがお金を払って私の歌を聞きにきてくれて歓声を送ってくれるライブの感触。
あの世界を味わってしまった私には今の現実は物足りなさすぎるのだ。
「いつかこの後遺症が消える時が来るのかなぁ」
白い吐息と共にそう呟いてみる。
もしいつかこの後遺症が消える日がくるならば、それはアイドルよりも夢中になれる何かを見つけることができた時だろう。
私はそのアイドルより夢中になれる何かを見つけることができるのだろうか。一度逃げ出してしまった私にアイドルより夢中になれる何かを見つけることなど出来るのだろうか。
見つかる気がしなかった。
そうなると私は一生、死ぬまでこの後遺症を抱えたまま生きていかなければならないのか。
そう考えただけでゾッとした。
私はそんな想像したくない未来の自分から逃げるようにして、左手をポケットに突っ込み新たなタバコを取り出した。