【完結】島村卯月「もういいです、私、アイドル辞めます」 作:ラジラルク
ニュージェネレーションズのライブがあった日――……、私がアイドルを辞めたあの日以来、毎日のように私のスマートフォンにはシンデレラプロジェクトのメンバーたちからのLINEが届いていた。
『しまむー、もう一度だけ三人でちゃんと話をしようよ』
『今はゆっくり休んで、心の整理が出来たら返事をして。卯月が帰ってくるの、あたしたちは待ってるから』
『アイドルを辞めるって本気にゃ?』
『何があったのかは知らないけどさ、このまま逃げ続けるのはロックじゃないと思うよ』
私を心配してくれるメンバーもいれば叱ってくれるメンバーもいた。文面は様々だった。
メンバーから届いたLINEを私は全て、ちゃんと読んでいた。それぞれの文面から送り主がどのような表情で、どのような心境でこのメッセージを私に送ったのかが頭の中に浮かんでくる。たった半年といえども、毎日のように事務所で顔を合わせていたメンバーたちだからか、『たった半年』という言葉で片付けることのできないような固い繋がりを私は感じていたからだ。
そしてそのメンバーたちをまとめるプロデューサー。プロデューサーはあの日以来、毎日のように私の家にやって来た。
「少しでいいので話をさせてください」
「島村さんの中で整理が出来たらいつでも連絡をしてください」
「みんな、島村さんが帰ってくるのを待っています」
毎日のように私の部屋の前まで来てはドア越しに一人で語り掛け帰っていくプロデューサー。
私はその声を毎日のように聞きながらも何一つ返事をしなかった。それでも諦めず、どんなに寒くて雪が積もった日でも、決して一日たりとも休まず私の部屋の前にやって来た。
プロデューサーと私を遮っている部屋のドア。このドアによって私はプロデューサーの表情を見ることができない。
だが、LINEを送ってきてくれたメンバーたち同様、プロデューサーがどのような表情をしているのか、私には容易に想像することができる。
私の頭の中に浮かんでくるシンデレラプロジェクトのメンバーたちやプロデューサーの表情は、誰一人として笑っていなかった。
『Power of smile』というフレーズの基、何より『笑顔』を大切にしてきたプロデューサーとシンデレラプロジェクトのメンバーたちだったが、誰一人としてその表情に笑顔を浮かべている姿が私には想像できなかった。
彼女たちの笑顔を奪ったのは誰か――。
答えは分かりきっていた。
そう思う度、私は罪悪感に押しつぶされそうになる。
「私が、全部壊したんだよね」
何度も震えるスマートフォン。毎日のように届くLINE。毎日のように一人でドアに向かって語り掛けては帰っていくプロデューサー。
何度も私は返事のLINEを送ろうとした。何度もプロデューサーの声に応えようと思った。
だけど私には怖くてできなかった。
夢から逃げて、プロデューサーが与えてくれたチャンスから逃げて、そしてメンバーたちの笑顔を奪って……。
最低なことをして迷惑をかけた私はどんな顔で何を伝えれば良いのか分からなかったのだ。
そして私はスマートフォンを解約した。全てを捨てて逃げたのだ。
その日以来、プロデューサーは二度と家に来ることはなかった。
☆☆☆☆
それから季節は流れ、高校最後の年の夏休み。
私は生まれて初めてママに頬を叩かれた。
「アンタ何してるの!?」
ピシャ、と乾いた音が鳴り響いた後、頬からじんわりと痛みが伝わってくる。
思いっきり右手で私の頬を叩いたママは目に涙を浮かべていた。
「最近様子が変だと思ったら、こんな物に手を出して! どうしちゃったのよ!?」
そこまで言い終えるとママは両手で目を覆い、大粒の涙を流し始めた。
数日前、私は学校から停学処分を受けた。
理由は簡単だった。学校帰りに制服でタバコを吸ったのが運悪く先生に見つかったのだ。
現行犯で捕まった私は学校へ連れて行かれ、先生がすぐに親へと連絡して三者面談が行われることになった。
それに加え三年生に進級する少し前ほどから私は頻繁に学校をサボるようになっていた。サボると言っても朝普通に家を出て、そのまま学校には行かずゲームセンターや漫画喫茶で一日を過ごし、夜になったら自宅に帰る――。そういった生活をするようになっていたのだ。
学校が嫌とかイジメがあるとか、そういったものではなく、ただ単に何に対してもやる気が起きなかったのだ。
アイドルを辞めたあの日以来、私の心にポッカリと空いた穴と思い出す度に私を苦しめ続ける傷が私を確実に変えてしまっていた。
勿論、そのせいで出席日数も著しく低下していて、そのことも三者面談の場でママに知られることになったのだ。
「毎朝普通に家を出ていたからこんなことをしているとは思っていませんでした」
泣きながら先生に何度も何度も頭を下げるママ。
そんなママの姿を横の目に、申し訳ないという気持ちはある。
未成年の自分がタバコを吸っていはいけないことくらい頭では理解していた。そしてそれを分かっていながらもこんなバカな行動をしてママに心配をかける自分がどれだけ親不孝者なのかも。
そう理屈では理解していながらも私は分からなかった。この心に空いた穴はどうすれば埋めることが出来るのか、アイドルを辞めた私はこれからどういう風に生きていけばいいのか、あの日以来探し求めているこの問に対する答えは見つかる気配がなかったのだ。
今までのように生活をしていたら嫌でもアイドル活動をしていた頃の自分を思い出してしまう。
もう二度と戻れない夢に向かってひた向きにアイドル活動をしていた過去の生活。そんな昔の自分に対する未練と後悔とで私の心は押しつぶされそうになっていた。
自分で辞める道を選んだはずなのに。何度も立ち上がれるチャンスをみんなが作ってくれていたのに。
それでも自分を信じることができなかった私。頑張ったからといって成功が保証されていない未来に怯え、進むことを自ら諦めた私。
あの日以来、私は何度も自分自身に「アイドルを辞めて正解だった。続けたとしても私なんていずれアイドルを辞めていたんだから」と言い聞かせてきた。必死に過去に選んだ選択が間違っていなかったのだと信じれるように。
しかしそう思い込もうとすればするほど、未練と後悔は膨らむばかりだった。
もしあの時頑張って自分を信じることが出来たなら……。そう思っては必死に首を横に振る毎日に私は心身ともに疲れ切っていたのだ。
「アンタ、これからどうするつもりなのよ……」
目の前で泣き崩れるママ。
先ほどまで顔を覆っていた両手のうちの右手は数分前に私の鞄から取り上げたタバコの箱を握り潰している。
「事務所を辞めたかと思えば、学校にも行かないでタバコなんて吸って……」
私は黙り込んで下を向くしかなかった。
何も言えない。何を言えば良いのかすら分からない。
「黙ってないで何か言いなさいよ!?」
ママが机を思いっきり叩いた瞬間、反射的に私は立ち上がった。そしてママの方を見ることなく、背中を向けると走ってリビングを出た。
何を言えばいいのかも分からないしどうすればいいのかも分からなかった。そんな私はこうして逃げ出すことしかできなかった。
一度逃げ癖が付いたらなかなか治らないと何処かで聞いたことがあるが、まさに今の私はその通りだった。
立ち向かうことから逃げ、押しつぶされそうな過去から逃げ、そしてママからも逃げた――……。
「逃げてばっかだな、私」
自虐を込めて言葉にすると余計自分が惨めに思えた。
飛び出してきたリビングからはママのすすり泣きが聞こえてくる。
こんな親不孝者でゴメンね、そう心の中で謝ると私は家の外へと飛び出した。
ママもプロデューサー同様、追い掛けてこなかった。