【完結】島村卯月「もういいです、私、アイドル辞めます」   作:ラジラルク

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Final episode 魔法のS(mile)ING!

 

 

 

 

綺麗で透き通った歌声がマイクを通して聞こえてくる。

私は舞台袖から隠れて李衣菜ちゃんのステージを見ていた。マイクを握り締めて高らかに歌い上げる李衣菜ちゃんの前には青一色のペンライトで染められた大観衆。ライブが始まる直前に美嘉さんが教えてくれたが、今日のライブのチケットは前売りが応募開始から一時間で完売、当日券もものの数分で完売したらしい。二万人収容のライブ会場は今日限りの復活ライブを見るために駆け付けたお客さんで満員となっていた。その大観衆が今、ライブ会場を幻想的なペンライトの海に作り替えている。

その絶景の前で李衣菜ちゃんは臆することなく自信満々に歌っていた。

 

 

 

「……卯月ちゃん、大丈夫?」

 

 

 

私の横で一緒に李衣菜ちゃんのステージを見ていた美嘉さんの声。

正直、大丈夫と言えば嘘になる。ラブライカの二人がトップバッターとしてステージに立った時から私の胸は張り裂けそうなくらいに緊張していた。五月蠅いくらいの音を響かせる鼓動、震えが止まらず立っているのが精いっぱいの私の足、私は今までにないくらいの緊張感に襲われていた。

 

 

 

 

『みんなー、今日はありがとう!この後もまだまだ続くから、ロックに盛り上げてねー!』

 

 

 

いつの間にか歌い終わっていた李衣菜ちゃんの大観衆を煽る声で我に返る。慌ててステージの上に立つ李衣菜ちゃんへと視線を戻すと、李衣菜ちゃんは別れを惜しむようにして手を振り続けるとゆっくりと私のいる舞台袖とは反対の方へと足を進めていた。李衣菜ちゃんがステージからいなくなると次はいよいよ私のステージだ。

そう思うと背中が一気に冷たくなる。更に加速する鼓動。私の膝は本格的に笑い始めていた。

 

 

 

「島村さん、予定通り一分後行きます!スタンバイお願いします!」

 

 

 

何処からか聞こえてきたスタッフの声に私は怯えたように肩を上げて反応してしまう。隣に立つ美嘉さんは私の右手を両手でギュッと握り締めてくれていたが、それでも隠しきれない緊張で私は右手の先までをも震わせてしまっていた。止まらない手汗、美嘉さんが握ってくれている右手が熱を帯び始めてくる。

チラッと見たステージは李衣菜ちゃんが残した熱がまだ残っていた。大観衆は次は誰が出てくるのかを楽しみに待っているかのように様々な色のペンライトをゆっくりと動かしている。

李衣菜ちゃんや他のみんなが残した熱を私はしっかり引き継ぐことができるだろうか――……。もし私が出ることによって会場の盛り上がりが冷めてしまったらどうしよう――……。

次から次へと湧き出てくる不安。私は次第に膨らみ続ける不安に押しつぶされそうになっていた。

 

 

 

 

「卯月!」

 

「良かった、間に合ったんだ」

 

 

 

 

突然私の後ろから聞こえてきた二人の声と足音。振り向いた先には少しだけ息を切らして肩で呼吸をしている凛ちゃんと未央ちゃんが立っていた。

暗くてよく見えないが、二人は何かを隠しているかのように笑っている。それはまるで小さな子供が悪戯を思い付いた時のような表情だった。

 

 

 

「しまむー……」

 

 

 

未央ちゃんがもう一度私の名前を呼ぶと二人はゆっくりと足を動かし、私を挟むようにして両脇に立ち止まった。何が始まるのか予想が出来ず、両脇の二人を交互に見渡す私。二人は変わらず悪戯を隠す子供のように笑っていた。

そしてキョトンと立ち尽くす私に未央ちゃんが満面の笑みで口を開いた。

 

 

 

「なま!」

 

「ハム!」

 

 

 

 

「……えっ?」

 

 

 

突然何を言い出したのか分からず私は咄嗟に呟いてしまった。

凛ちゃんも未央ちゃんも、そんな私を見て笑っている。

 

 

 

「覚えてないの?ニュージェネで活動していた時、よく三人でやってたじゃん」

 

「私がチョコレートで未央がフライドチキン、卯月は生ハムメロンだったでしょ?」

 

「あぁ……」

 

 

 

そこまで言われてようやく思い出した。

初めて美嘉さんのバックダンサーとしてステージに立った時、それこそ今の私のように私たち三人は揃って緊張してガチガチになっていた。そのガチガチのままスタンバイの位置に着こうとした時、先輩である日野茜さんから「掛け声は決まってる?」と聞かれたのだ。

好きな食べ物とか良いですよ、なんて言われて私たちは咄嗟に自分の好きな食べ物をそれぞれ口にした。結局あの時はジャンケンで勝った未央ちゃんが言った「フライドチキン」を掛け声に、私たち三人はペンライトの海へと飛び込んだのだ。

そこからはあまり覚えていないが、あの掛け声でガチガチだった私たちの緊張が解けたのは今でも覚えている。それを機に、私たちニュージェネレーションズは何かライブがある度に毎回ジャンケンをしては勝った人の好きな食べ物を掛け声にしてステージへと飛び出すようになったのだ。

 

 

 

 

「すみません、忘れてました……」

 

「ほーら、やっぱしまむーのことだからそうだと思ったよ」

 

「……もう一回、やりませんか?」

 

 

 

思わず零れた笑み。私は両手を二人の前で合わせるとお願いするようにして片目を閉じる。そんな私を見る二人も笑っていた。

 

 

「いいよ、もっかいやろうよ」

 

「よしっ!それじゃあ気を取り直して……」

 

 

未央ちゃんの元気な声。私たちは笑顔でアイコンタクトを交わす。

 

 

 

 

 

「なま!」

 

「ハム!」

 

「メロン!!!!」

 

 

 

 

私たち三人は揃って右手を上へと思いっきり伸ばした。

あの時と一緒だった。どんなに緊張したって、不安があったって、この二人がいてくれたら私はその恐怖に立ち向かうことができる。不安に押しつぶされて消えようとしていた勇気の炎が一気に燃え上がるのだ。

今日だって二人が傍で見守ってくれているから大丈夫。私を襲っていた不安を二人が包み込んでくれる勇気が掻き消してくれるのだ。

 

 

 

 

 

「島村さん、オッケーです!」

 

 

 

 

響き渡るスタッフの声。

私はもう一度、未央ちゃんと凛ちゃんとアイコンタクトを交わす。そして最後にその様子を少し離れたところから見守ってくれていた美嘉さんの方へと戻した。美嘉さんは私に対し右親指を立てながらウインクをしてくれた。

 

 

 

 

「卯月ちゃん、行ってきな!」

 

「はい!私、頑張ります!」

 

 

 

それから私は振り返ることなく、大観衆のカラフルなペンライトが待つステージ目指して駆け出した。

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

私がステージに姿を現すと地響きのような大歓声が私を包み込んだ。その大歓声に思わず怯みそうになりながらも私はゆっくりとステージの中央まで足を進めた。

ステージ中央まで辿り着くと私は一度深呼吸をすると正面へと身体の向きを変えた。そのタイミングで私にスポットライトが当たる。次第に大観衆の声は小さくなっていき、ペンライトの動きも鈍くなる。暫くすると会場は無言になりペンライトの動きも止まってしまった。

 

さっきまでのステージとは空気がガラッと変わっていた。独特の空気が包む会場、その会場に押し掛けた大観衆がみんな私だけを見つめている。

私はもう一度深く深呼吸をすると右手に握り締めていたマイクを口元へと近付けた。

 

 

 

 

「皆さん、はじめまして……、の人が多いかと思います。島村卯月です」

 

 

 

精一杯出したはずの第一声は僅かに震えていた。

そんな私の言葉に観客席からはぎこちない歓声が返ってくる。

 

 

 

 

「私はシンデレラプロジェクトが始動してから僅か半年で活動休止になり、それから復帰することはありませんでした。だから……、私の事、知らない人が殆どだと思います」

 

 

 

会場は静まり返っていた。その中でもほんの数えるほどだがピンクのペンライトが必死に目立とうと動いている。きっとニュージェネレーションズの時から私を見ていてくれたお客さんだろう。

 

 

 

「今日は私の歌を聴いてもらう前に、皆さんに私の話を聞いてほしいと思います」

 

 

 

 

異様な光景だった。会場に押し掛けた二万人もの大観衆が皆黙って私だけを見つめているのだ。同じ会場、同じ大観衆のはずなのに、数分前の李衣菜ちゃんのステージとは全く違う世界がそこには広がっていた。

今目の前にいる人たちの殆どが私の事を知らない人たちだ。その赤の他人と言っても過言ではない人たちに私の伝えたい事が伝わるだろうか。今更ながら不安になる。

それでも私はそんな不安を掻き消すようにしてマイクを握る手とは反対の左手で強く拳を作って握り締めた。武内プロデューサーのためにも美嘉さんのためにも、そして皆それぞれの場所で頑張り続けるシンデレラプロジェクトのメンバーたちに負けないためにも、私はもう逃げ出さないと決めたのだ。

 

 

 

 

「私は……、私は昔からキラキラするアイドルに憧れていました。素敵な衣装を着て大勢の人の前で歌を歌って、そんなアイドルになれたら良いなって思っていました。アイドルになりたくて養成所に通って色んな会社のオーディションを受けては落選を重ね、それでも諦めきれないで走り続けてきました。だから――……、シンデレラプロジェクトに受かった時は凄い嬉しかったです。『やっとデビューできるんだ』って思うと嬉しくて仕方なくて、ずっと遠かった夢の光がようやく見えた気がして、これから始まるアイドル生活への期待に胸を弾ませていました。だけど……」

 

 

 

 

そこで言葉を詰まらせてしまう。目の前の世界は相変わらず無言のまま、私の次の言葉を待っていた。

何度目か分からない深呼吸。今までよりほんの少しだけマイクを握る右手の力が強くなったのを感じると私はそのまま重い口を開いた。

 

 

 

「私はアイドルとして活動していく中で次第に劣等感を感じるようになりました。私には『個性』がなかったんです。『これだけは誰にも負けない』といった様に自信を持って言える個性が私にはありませんでした。その事に気付き始めるといつの日からか楽しかったはずの、あんなに憧れていたはずのアイドル活動が、成功が保証されていない未来への不安、今の自分が限界なのではないかという恐怖、それらに怯え神経を擦り減らしながらこなす苦行へと変わってしまったのです。その恐怖に逃げるようにして私はクリスマスに行われたニュージェネレーションズのライブの当日、アイドルを辞めました」

 

 

 

 

気が付けば自分でも不思議に思えるほど、次から次へと言葉が出てきていた。相変わらず目の前の二万人のお客さんたちは静まり返っているが、それに臆することなく自然と言葉が私の口から出てくる。

 

 

 

 

「辞めた後はどうにかしてアイドルへの未練を絶とうと、無理矢理にでも忘れ去るために非道に走った時期もありました。こういうことをステージ上で言うのもどうかと思いますが……、私は高校生の時に学校をサボっては毎日のように夜遊びに明け暮れたり、未成年ながらタバコを吸って停学処分を受けたこともありました」

 

 

 

私の言葉に静まり返っていた会場は僅かにざわめいた。それもそのはずだ、有名なシンデレラプロジェクトの一人が未成年ながらタバコを吸っていたという事実をステージ上で自ら告白したのだから。

これがどれだけのリスクを負うことかは分かっている。だけどそれを承知の上で私自身がこの話をしたいと美嘉さんに提案した。これが原因でもう二度とステージに立てなくなっても良い、それでも私は私がどういった想いでアイドルから離れた四年半の時間を過ごしたのかをみんなに聞いてほしかったのだ。例えそれが私の事を知らないお客さんでも、私はこの復活ライブで私が歩んできた全てを見て欲しかった。

アイドルを夢見てひた向きに走っていた養成所時代も、自分を信じられずにアイドルを辞めて燻っていた四年半も、今の私を支えている大事な私の一部なのだから。

 

 

 

 

「家ではママと毎晩のように喧嘩をしては泣かせてしまい、テレビや雑誌でシンデレラプロジェクトのメンバーたちを見ては嫉妬し、心の何処かでみんなの不幸を願ってしまったり、私の心は荒んでいました。もうどうしようもないくらいに荒んでいたと思います。悔しかったんです、あれだけ夢中になれる夢があったのに自分自身を信じ切れずに逃げ出してしまった自分が。でもどんなに夜遊びをしてタバコを吸ってもアイドル活動への未練が消えることはなくて、私はこのモヤモヤをどうすれば良いのか分からずにずっと燻っていました」

 

 

 

 

みんなが何度も救いの手を差し伸べてくれていたのに関わらず、アイドルを辞める道を選んだのは自分だったのに。何度も無理矢理にでもアイドルを辞める選択が間違っていなかったと、自分の選択を正当化しようと必死に思い込もうとしたけど、無理だった。そうしようとすればするほど逆に苦しくなっていたのだ。

私の居ないところでドンドン先の世界へと進んでいく残りの十三人が羨ましくて――……、悔しかった。私だってみんなと一緒に歩みたかったのに、あの時どうして自分を信じられなかったんだろうと、そう何度も過去の選択を後悔しては無理矢理にでもその未練を無視する毎日を送っていた。

 

それでもそんな日々を過ごす中で私は薄々勘付いていたのかもしれない。アイドルを辞めた選択が間違っていたのだと。だけど私はそれを見て見ぬふりをしては自分に嘘を言い聞かせ過ごし続けた。

 

 

 

「だけど、本当に偶然と偶然が重なって、私は当時は気付くことの出なかった沢山の大切なことを知ることが出来ました。あの時どれだけの情熱を持って私を応援してくれていたのかに、そして四年半もの間私が目を背け続けていた私の本心に気付かせてくれてくれる人たちがいて……。私ももう二十一歳です。ホント、気付くのが遅かったと後悔しています」

 

 

 

 

バイトの帰り道に寄ったコンビニで偶然会ったみくちゃん、そのみくちゃんの助けを借りて四年半ぶりに話をすることが出来た武内プロデューサー。そして私の新たなプロデューサーである美嘉さん。

三人から私は色々な話を聞いた。みくちゃんの冷めぬ夢への情熱、当時は気付けなかった武内プロデューサーの優しさ、美嘉さんが話してくれたシンデレラプロジェクト解散の真実――……。

 

私は幸せ者だった。これだけ沢山の素晴らしい人に私の夢を応援してもらえて。そのことに私は遠回りをして長い時間をかけて、四年半が経った今、ようやく気付くことができたのだ。

 

 

 

 

「アイドルサバイバルに負けて自分を信じられなくなって、逃げるようにして夜遊びにタバコに走って――……。確かに私は遠回りをしたかもしれません。でもそんな四年半という時間を通して私はようやく自分の夢に向き合うことができました。だから……、そんな荒んだ四年半も私にとっては大事な四年半だったんだと今は思っています」

 

 

 

迷って悩んで逃げたこの四年半。でもその時間は決して無駄な時間ではなかったのだ。

 

 

 

 

「今日は歌を歌う前に皆さんに私がどのような想いでアイドルから遠ざかった生活を送ったのを聞いてほしいと思っていました。私の話を聞いて幻滅した方も多いと思いますが……、それでもこれも私の大事な一部なんです。そんな荒んだ時間も経験したからこそ、今のアイドルに復帰する道を選んだ私がいるのだと思っています」

 

 

 

私はみんなに私の全てを知ってほしかった。シンデレラプロジェクトのメンバーたちは勿論、私の事を知らないお客さんにも知っているお客さんにも。

そこまで言うと私は一度マイクを口元から遠ざけ、深く頭を下げる。不気味なほどに静まり返っていた会場はまばらな拍手が起こったかと思えば、次第にその音は大きくなっていき、あっという間にまるで会場が揺れるような大観衆の拍手が巻き起こった。ところどころから聞こえてくる『ガンバレ!』という声援。私はその声援に後押しされるように、ゆっくりと頭を上げた。

 

 

 

 

「今から歌う曲は私を何度も助けてくれた人が私のことを想って私の為だけに作ってくれた大切な曲です。私の全てを込めて歌いますので、私の想いが届くと嬉しいです。これからはどんなに長い道のりだとしてもいつまでも笑顔で歌い続けるために――……。そして、私のように自分に向き合うことができずに燻っている人たちに勇気と笑顔を与えることができたらなと思います」

 

 

 

私は目を閉じた。この会場の何処かで私を見ていてくれるママに、武内プロデューサーに。そしてこの二万人に私の全てが伝わりますように――。

 

 

 

 

「それでは聞いてください、S(mile)ING!」

 

 

 

 

一瞬ステージのライトが消え真っ暗になった。そしてこの二ヶ月で毎日のように何度も何度も聞いたイントロが流れ始める。それと同時に真っ暗なステージの真ん中に立つ私だけにスポットライトが当てられた。

私は何度も深く深呼吸をしては肩の力を抜き、マイクをそっと口元へと運んだ。

 

 

 

 

 

 

それから私は無我夢中で歌い続けた。この二ヶ月で毎日のように何百何千回と練習してきたこの曲を通してこの会場にいる全てのお客さんに、シンデレラプロジェクトのメンバー全員に、そしてこの会場の何処かで私を見ていてくれているであろう武内プロデューサーに、私の全てを見てもらうために、私は全ての想いを乗せて歌った。

 

 

そして私がその姿を見つけたのは、最後のフレーズを歌い上げようとした瞬間だった。

カラフルなペンライトが埋め尽くす二万人の観客席。そのアリーナ最前列の右隅の方に私は目を奪われてしまったのだ。ステージからは遠く離れた見えないはずのその場所には、確かに武内プロデューサーが立っていた。一人だけペンライトを持たずにただ立ち尽くして私の方を見ている武内プロデューサー。

 

 

 

泣いていた。

 

 

 

武内プロデューサーはボロボロと大粒の涙を流してはそれを拭おうともせず、ただ茫然と立ち尽くしていたのだ。

この距離からは涙どころからお客さんの顔を見ることは不可能といっても過言ではない。でも私の眼に映っているのは大粒の涙を流す武内プロデューサーだった。

 

そんな武内プロデューサーを見て、私の脳裏を様々な思い出が走馬灯のように駆け抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「欠員が三名出まして……、受けて頂けますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日の全てが皆さんにとって貴重な経験になります」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来週、ニュージェネレーションズのミニライブが決まりました。島村さんにも、出演していただきたいと思っています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「春に出会った時、私はあなたに選考理由を質問されました。笑顔だと答えました。今、もう1度同じことを質問されても、やはりそう答えます。あなただけの、笑顔だと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「島村さんが帰ってくるのを待っています」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本田さんと向き合うことを恐れていた弱気な私に島村さんの笑顔は勇気を与えてくれました。私だけはありません、本田さんに渋谷さん、他にも沢山の人があなたの笑顔の救われています。何度も島村さんに救われたのに、それなのに……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もし島村さんが今でも夢中になれる何かが見つからず少しでもアイドル活動をしていた過去の自分へ未練や後悔などがあるのなら、もう一度だけあの頃に戻ってみませんか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「私はいつでも島村さんを応援しています。もし何か困ったことがありましたらいつでも連絡ください。私にできることであれば全力でお手伝いさせていただきますから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だからもっと島村さんは自信を持ってください。貴女の努力が、夢に対する熱い想いが、そして誰にも負けない笑顔が、貴女を階段の上へと連れて行ったのですから」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間にしてまさしく刹那。

養成所で初めて武内プロデューサーに会った時から今までの思い出が次々と浮かんできたのだ。強面の無表情の武内プロデューサー、困ったように右手を頭の後ろへと回す武内プロデューサー、そしてぎこちないように頬を緩め笑う武内プロデューサー。

 

 

「ありがとう」と口にしてしまえば安っぽく聞こえてしまうほど私は武内プロデューサーに何度も助けてもらった。私をアイドルにしてくれ様々な世界を見せてくれて、そして燻っていた私にもう一度立ち上がるチャンスを作ってくれた。

 

武内プロデューサーは私は努力で城の階段を上ったと言っていた。確かにそうなのかもしれない。だけどそれは私だけの力ではなくて、あの人の助けがあったからこそ私はここまで来ることができたのだ。私の努力だけでは決して辿りつけなかった場所に、武内プロデューサーが私を連れてきてくれたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

その感謝の気持ちを、私の武内プロデューサーへの想いを乗せて、私は力強く握り締めた左手を天に向かって高らかに掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の声と同時に激しく左右に揺れるペンライト、そして鳴り響く大歓声。

その大歓声が私を包み込む中、私には確かに武内プロデューサーの声が聞こえた。

 

 

 

「良い、笑顔です」と。

 

 

 

私は両手でマイクを握り締め、大歓声が鳴りやまないスタンドに向かって深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

「本当に……、本当にありがとうございました!」

 

 

 

 

私を包む大歓声は静まる事を知らず、暫くの間鳴り響き続けていた。




一応、これにて物語はおしまいです。
あとは後日談となるエピローグとあとがきのようなものを載せれたらたと思います。

1ヶ月という短い間ではありましたが、沢山のコメントやお気に入り登録、予想以上に多くの人から見てもらえたようでホントに励みになりました。
当初の書溜めより訂正や付け足しで少し長くなってしまいましたが、拙い作品に最後までお付き合いいただけきホントにありがとうございました。
読者の方の記憶に残るような作品になれたら光栄です。

この作品の詳しい解説はあとがきにまとめようと思っています。
いつ頃投稿するか分かりませんが、もしよろしければそちらの方も読んで頂けたらと思います。

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