【完結】島村卯月「もういいです、私、アイドル辞めます」   作:ラジラルク

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episode,13 魔法の正体

 

 

「そうですか、皆さん元気に頑張っているようで安心しました」

 

 

 

 

夕暮れ時を迎えた頃、私は会社から数駅離れた駅の前にある喫茶店にいた。私の前には先ほどまで一緒にいたシンデレラプロジェクトのメンバーたちの様子を聞き、安堵のため息をついている武内プロデューサー。

 

 

 

 

『復活ライブの前日の夜、お時間ありませんか?』

 

 

 

 

私がそのメールを送ったのは復活ライブの丁度一週間前の日曜日だった。

武内プロデューサーと会うのは私がアイドルへの復帰を決めたあの日以来。あれから早いもので二ヶ月の月日が流れてしまっていた。

美嘉さんから聞いた武内プロデューサーの話。私たちが入社する前に美嘉さんたちと何があったのか、私が採用された時裏側では何があったのか、そしてシンデレラプロジェクトの解散の真実――……。今頃になって全てを知った私はどうしても復活ライブまでに武内プロデューサーと直接会って話をしたかったのだ。

 

 

 

 

「……プロデューサーさんのこと、美嘉さんから全て聞きました」

 

「わたしの……、ことですか?」

 

 

 

 

私の台詞が言葉足らずだったせいか、武内プロデューサーは少し驚いたように目を見開いていた。はい、と小さく呟き頷くと私は視線を武内プロデューサーから目の前に置かれたグラスに入ったカフェオレへと落とす。

話したい事、伝えたい事があって今日は来てもらったのにいざ本人を前にするとなかなか言葉にして伝えることができない。私は二人の間に流れる沈黙を少しでも誤魔化すように、目の前のグラスに入ったストローを力なく回していた。

 

 

 

「美嘉さんたちの担当プロデューサーだった頃に何があったのか、本当はシンデレラプロジェクトに欠員なんて出てなかったことも、そしてシンデレラプロジェクト解散の事情も……」

 

「そう、ですか……」

 

 

 

武内プロデューサーは罰が悪そうな表情を浮かべると右手を頭の後ろへと持っていく。それは昔も今もと変わらない、武内プロデューサーの癖だった。

 

 

 

「今更遅いのかもしれないけど……、それでもちゃんと伝えたかったんです。上司に反発してまで私を採用しようとしてくれたこと、自分の事よりも私の事を優先して最後まで私を庇ってくれたこと、そして四年半の時間が経っても私の事を気にかけていてくれたこと……」

 

 

 

あの時の私はまだ子供で自分の事で精一杯だった。

ようやく見えてきた自分の夢に少しずつでも近付こうとがむしゃらに走って、次第に周りのメンバーたちと比べて自分には何もないことに気付き始めて不安になって、そして成功が保証されていない未来に怯え、自分を信じれなくなり見えない不安や恐怖に押し潰されそうになって、私は武内プロデューサーの優しさに気付くことが出来なかった。

 

どれだけ武内プロデューサーが私の事を気にかけていてくれたのか。もしあの時、私がそれに気付くことが出来ていたらもしかしたら未来は少し変わっていたのかもしれない。

 

 

 

「嬉しかったです。そこまでプロデューサーさんが私の事を大事にしてくれていたとは思っていなかったんで……。私、プロデューサーさんに魔法をかけてもらえて、本当に幸せでした。何も個性がない私があんなに素晴らしい世界を体験できたのは紛れもなくプロデューサーさんがかけてくれた魔法のお陰です」

 

「島村さん」

 

 

 

私の言葉を遮るような武内プロデューサーの声。私は思わず口を止めてしまう。

 

 

 

「島村さんは一つ、勘違いをしています」

 

「……勘違い、ですか?」

 

 

 

武内プロデューサーの言葉にきょとんとする私。

そんな私を真っすぐに見つめる武内プロデューサーは「そうです」とだけ言うと静かに頷く。

 

 

 

「私はただのプロデューサーであって魔法使いではないのですよ。島村さんが体験したこと、それは島村さん自分自身の努力で掴み取った体験です。島村さんは自分自身の努力と実力によって、自力で階段を上ったんですよ」

 

 

 

私はあくまでシンデレラである貴女たち十四人を城の前まで連れていく馬車ですから。

そこまで言うと武内プロデューサーはニッコリと頬を緩め笑みを浮かべた。

 

 

 

「だからもっと島村さんは自信を持ってください。貴女の努力が、夢に対する熱い想いが、そして誰にも負けない笑顔が、貴女を階段の上へと連れて行ったのですから」

 

「……プロデューサーさん」

 

 

 

そう言われたものの、私がシンデレラになれたのも、こうして再びアイドルに復帰することができたのも、決して私一人の力ではない。階段を上ることが出来てこうしてどん底から復活することが出来たのは紛れもなく武内プロデューサーがいたからこそなのだ。

シンデレラは一人ではガラスの靴を履くことが出来ない。まさしく私に靴を履かせてくれたのは武内プロデューサーだ。

 

そんな武内プロデューサーの気遣いに気付くのが遅すぎた。私の今のプロデューサーは美嘉さんであって武内プロデューサーではない。せめて武内プロデューサーが担当していてくれた時に気付くことができたら――……、そう悔やんでも時間は過去に戻せないのだ。

 

それでも、私は武内プロデューサーが私に経験させてくれた素晴らしい体験を、今度は私が一人のお客さんである武内プロデューサーに経験させてあげたいと思う。武内プロデューサーが私の為に作ってくれた曲で、明日は成長したの私を見せるのだ。アイドルとして毎日が充実していた半年間、その半年間を引きずり迷いながらも歩んだ四年半、その全てを通して少しでも変わった私を見てもらいたかった。

それが今の私にできる唯一の恩返しだと思うから――……。

 

 

 

「私はもう関係者ではないので舞台裏には入れませんが、明日は一人のお客さんとしてライブを見に行きます。是非、島村さんらしい笑顔で頑張ってください」

 

 

 

武内プロデューサーの言葉に私は満面の笑みを浮かべた。

 

 

 

「はい!島村卯月、頑張ります!」

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

ライブの当日は晴れ渡った快晴の空だった。

興奮してか緊張か、あまりよく眠れなかった私は家でジッとしていることが出来ず、予定より数時間も早く家を飛び出した。

 

 

 

「卯月、頑張ってね。ママも応援行くから」

 

 

 

家を出る前に見送りに来てくれたママがチケットを右手に、左手で拳を作り私に見せるようにして掲げている。

昨日の帰り際に武内プロデューサーに貰った今日のライブのチケット。それを私は昨晩、ママに渡した。最後まで迷ったがアイドル活動を誰よりも応援してくれていたママに、そして一番迷惑をかけたママに明日の晴れ舞台を見に来てほしかったのだ。

私がアイドル活動に復帰したことをママには話していなかったがママは薄々勘付いていたらしく、私の話を聞いてもあまり驚いた様子はなかった。

 

 

 

「親をなめたらダメよ。卯月の事はなんでもお見通しなんだから」

 

 

 

そう言って抱き締めてもらった時、私は子供の時以来にママの前で大泣きした。

アイドルを辞めて荒れた時期もあって、何度もママと喧嘩してはそのせいで昔ほどは仲良く話す機会が減った私たち。それでもママは私の事を一歩離れた距離からずっと見守っていてくれていたのだ。

そして今はこうして再び夢に向かおうとする私を静かに応援してくれている。親が自分自身を応援してくれることがどれだけ有り難い事か、それもこうして二十歳を超えた今、ようやく気付くことができたのだ。

 

 

 

 

会場入りする前に私はどうしても行きたい場所があった。

昔通っていた養成所だ。養成所の前の通りを通るのはアイドルに復帰することを決めたあの日以来だった。日曜日だというのに目の前の通りから熱心にレッスンをする女の子とそれを厳しい眼で見つめるトレーナーの姿が見える。

私もこんな頃があったなぁ、なんて懐かしい気持ちに浸り、立ち尽くしてしまった。夢が叶うことしか考えずにがむしゃらにレッスンを受け続けた養成所時代。今はもうあの頃ほどの純粋な気持ちはないのかもしれない。

大人につれ知りたくない現実、見たくない事実、色んなものを見てしまう。それは誰もが経験することだ。そうやって人は大人になっていくのだから。

 

それでもその壁にぶち当たって悩んで迷っていた私を力強く引っ張ってくれていたのは養成所時代の夢に向かって真っすぐな私だった。あの頃のひた向きな気持ちを思い出す度に、私は「まだやれる。まだ羽ばたける」と自分を信じることができるのだ。

 

昔はそんな自分が大嫌いだった。現実も見ないで夢ばっかり語って、そんな自分がカッコ悪いとさえ思っていた。夢から逃げて荒んで頑張ってる人を馬鹿にして、そうでもしないと私は自分を保っていられなかったのだ。

 

だけど今は違う。夢に向かってひた向きだった頃の自分も、夢破れて荒んだ自分も、そして今もう一度羽ばたこうとしている自分も、全部大切な私なのだ。何一つ欠けてはいけない、大切な私の欠片たちなのだ。

 

 

デビューに向けてひた向きに頑張っていた養成所時代の私、その時代を無理矢理でも忘れ去ろうとした四年半の私、そして全てを認めて受け入れようとしている今の私。

復活ライブを数時間後に控え、私は最後にこの養成所でもう一度私の全てを見つめ直していた。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

予想以上に養成所に長くいたせいか、あれだけ早く家を出たのにライブ会場に着いたのは集合時間ギリギリだった。

美嘉さんは朝から事前に最後の打ち合わせがあるため今日は一人で会場入りする予定になっていた。昨日の最終確認で受け取った地図を頼りに静寂に包まれたライブ会場の中を一人で歩く。今はまだ真っ暗で関係者以外誰もいないこのライブ会場。数時間後にライブが行われることがまるで嘘のように静まり返っていた。

 

暫く歩いて見つけた楽屋と思われる部屋。もう一度左手に握った地図と今いる場所を照らし合わせる。ここで間違いないと確認すると私は重いドアをゆっくりと引いた。

 

 

 

「おはようございまーす」

 

 

 

呑気な声でゆっくりと楽屋に入った私だったが、その直後にドアノブを握り締めたまま固まってしまった。

狭い楽屋はもう既に大勢の人で埋め尽くされていたのだ。直前まで聞こえていた話し声はバッタリと消え、楽屋に居る大勢の人は皆一斉にドアを開けた私の方へと視線を向けている。

そこには私を除くシンデレラプロジェクトのメンバー全員が揃っていたのだ。

 

 

 

「卯月!」

 

 

 

勢いよく立ち上がって私の名前を呼んだ黒髪の女の子。立ち上がった際に倒れた椅子に目もくれず、私の前まで走ってくる。そして勢いそのままに私を思いっきり抱き締めてくれた。

 

 

 

「卯月……!ホントに会いたかったんだよ……」

 

「しまむー、久しぶりだね」

 

 

 

凛ちゃんは私を抱きしめたまま大粒の涙を流し、未央ちゃんはそんな凛ちゃんの肩を優しく撫でながらも目頭に貯まった涙を必死にこらえるようにして笑っていた。

四年半前に別れてからテレビ越しでしか見ていなかった二人。テレビや雑誌ではすごく大人びて見えた二人だったのに、こうして直接会って見るとあの頃と何も変わっていなかった。『大ブレイクの歌姫』だなんてフレーズで謳われていた凛ちゃんも、舞台女優として輝く未央ちゃんも、私の記憶の中にある共にアイドルを夢見て隣に立っていたあの頃と何一つ変わっていなかったのだ。

 

 

 

「凛ちゃん、未央ちゃん……。本当にごめんなさい~」

 

 

 

それから私たち三人は抱き合ったまま大泣きした。ここが楽屋だということも、これからライブだということも、何もかもを忘れて私たちは大泣きした。二人に会ったら泣かないで笑顔でいようと決めていたのに、そんな決意はあっという間に忘れて私はただただ泣き続けた。

三人で一緒に頑張ろうと約束したあの頃の私たち。いつも三人一緒でファミレスでくだらない話をしては何時間も盛り上がったり、オフの日に三人で洋服を買いに行ったり遊びに行ったり――……、そして美嘉さんのバックダンサーとしてデビューした事、ミニライブ直後に未央ちゃんがアイドルを辞めると言い出した事、凛ちゃんのプロジェクトクローネへの参加、未央ちゃんのソロ活動を巡って屋上で話をした事、私がアイドルを辞める前日に三人で公園で初めて本音をぶつけ合った事。小さな思い出も大きな思い出も、私は何一つ忘れることなく覚えていた。次から次へとフラッシュバックする思い出に私は涙を抑えることができなかった。

やっぱりこの二人は私にとって特別な存在なのだ。どれだけ時間が経っても、お互いの立場がどれだけ変わっても、この二人への思いは変わらないのだ。

 

私は暫く二人と一緒に何もかもを忘れて、ただただひたすらに泣き続けた。

 

 

 

 

 

 

 

「ほら、そろそろ三人とも泣き止みなさい。メイクスタッフが困ってるわよ」

 

 

 

暫くしてやってきた美嘉さんに苦笑い交じりにそう言われ、ようやく泣き止んだ私たち。そんな私たちを遠くから見ていたメイクスタッフの女性たちは笑っていた。

それからそれぞれが順番に最後のリハーサルを行っては衣装に着替えメイクをしてもらって、着々とライブへの準備が進められた。衣装に着替え、メイクもしてもらってから見る会場の景色は下見でライブ会場に来た時より少しばかり大きく見える。開演直前になり、ほんの少しばかり私の中に緊張が生まれ始めているのが分かった。

だがリハーサルを終えて楽屋に戻ると、そんな緊張とは無縁の残りのメンバーたちが思い出話に華を咲かせていた。

 

 

 

 

「で、李衣菜ちゃんはギター弾けるようになったの?」

 

「そ、それはその……。まだ練習中、みたいな感じかな」

 

「なら何でギター持って来てるのよ」

 

「う、うるさいなぁ!そういうみくちゃんこそ語尾に『にゃ』って付けるの辞めたけど今更なって恥ずかしくなったりしたんじゃない~?」

 

「なっ、そんな訳ないにゃ!ほらっ、猫耳だってちゃんと持って来てるし!」

 

「どーだかねぇ~」

 

 

 

ライブ前なのにどちらかと言えば同窓会に近い雰囲気だ。久しぶりに会ったのに変わらず口論になっているみくちゃんも李衣菜ちゃんも、全く緊張感の欠片も感じられない。その雰囲気のせいか、私も少しばかり張りつめていた緊張が解けたような気がした。

 

 

 

「しまむーはその衣装にしたんだ」

 

「その衣装も懐かしいね。卯月、似合ってるよ」

 

 

 

既に着替えもリハーサルもメイクも終えて楽屋で待機していた二人。黒主体でところどころの青色が散りばめられているドレスを着た凛ちゃんに、ニュージェネレーションズとして活動していた頃に何度か着た赤色のフリフリの衣装を着た未央ちゃんにそう言われ、私は鏡越しに映る自分をもう一度見つめた。

私が選んだ衣装は白色のシャツに黒色のネクタイ、斜めにかかったベルトがあって少しばかり破れているミニスカート。私たち三人が美嘉さんのバックダンサーとして初めてステージに立った時の衣装だ。

 

 

 

「私はこれが一番お気に入りなんです。今日歌う曲とはちょっとイメージ違うけど……」

 

 

 

S(mile)ING!の曲とは少しイメージが違うけど、私はどうしてもこの衣装を着て復活ライブに立ちたかった。あの時初めてアイドルとしての一歩を踏み出し時のこの衣装で、私はもう一度リスタートを切りたかったのだ。

 

楽屋に居ても聞こえる外の音。ライブ会場の外では物販の販売が始まったらしく、拡声器を通して聞こえるスタッフの声、そして今日のライブに来てくれたお客さんたちの声。そんな沢山の声がライブ開始が目前に迫っていることを私に知らせている。

それでも私はもう少しだけこの懐かしいメンバーとの思い出話に華を咲かせるべく、外から聞こえる声には耳を傾けずに、この小さな楽屋で大好きなメンバーたちが行わっている昔話だけを今はめいいっぱい楽しむことにした。


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