【完結】島村卯月「もういいです、私、アイドル辞めます」   作:ラジラルク

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episode,12 魔法の再会

 

 

 

 

 

美嘉さんが話してくれた真実の話。

あの話を聞いた時から私は死ぬ物狂いでレッスンに明け暮れる日々を過ごしていた。タバコは勿論、凄く怒られたが派遣のバイトも話を聞いた次の日には辞め、私はアイドル活動だけに集中すべく一日に使うことの出来る二十四時間という限られた時間を殆どレッスンに費やした。せっかく美嘉さんが組んでくれたスケジュール、そのスケジュールの中に散りばめらてた休みの日も返上しては、私は一日も欠かすことなくレッスンを続けた。

立ち止まってはいけない気がしたのだ。四年半のブランクをこの二ヶ月で取り返せるとは思っていない。それでも私は少しでもブランクを取り戻すべく、そしてシンデレラプロジェクトの復活ライブに向けて、私はがむしゃらに走り続けた。

 

 

 

「卯月ちゃん、休むのも仕事のうちよ。このままじゃライブ前に身体が壊れちゃうわ」

 

 

 

美嘉さんは走り続ける私を心配しては何度もそう声をかけてくれた。

勿論私だって美嘉さんの言うことは理解していたし、無理をして本番にベストな状態で臨めなかったら意味がないことくらい分かっていた。

それでも私は立ち止まれなかった。私を最後まで信じてくれた武内プロデューサーのことを思い出す度に私は走り続けなければいけないと思ってしまうのだ。

 

そんな私を見て次第に美嘉さんも何も言わなくなった。その代わりに、レッスン後に半強制的にマッサージを受けさせられたり、『打ち合わせ』という名目で私を食事に誘ってくれたり、少しでも私をリラックスさせようと様々な気遣いをしてくれた。

有り難かった。武内プロデューサーという素晴らしいプロデューサーに何度も助けてもらえて。そして美嘉さんのような憧れの先輩から応援してもらえて。

 

 

私はそれがどれだけ幸せなことなのか、レッスンに明け暮れる日常を過ごす中でそんな幸せを噛みしめながら過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

「うーん、そうね……。卯月ちゃんらしいとは思うけど……」

 

 

 

 

 

その提案をしたのはライブの二日前だった。

衣装の最終チェックを行って最後のライブ会場の下見を終えた帰り道、隣で車を運転してくれている美嘉さんは私の言葉に唇を噛んでいる。

着実に迫ってきているライブに向けたレッスン三昧の毎日を送る中、私の頭には一つの考えが浮かんできていた。アイドルに復帰した頃からボンヤリと考えてはいた事――……。だがそれはあまりにもリスクが高く、最悪私自身のアイドル生活を完全に終わらせてしまう可能性もあることだった。

直前までどうしようか迷った私だったが、どうしてもシンデレラプロジェクトの復活ライブでそれをしたかったためこうして美嘉さんに提案をしたのだ。それは次とか今度とかではなく、復活ライブで必ずしなければならないことだと、そう私は思っていた。

 

 

 

「それがどれだけのリスクを負うことかは勿論分かってるのよね?」

 

「……はい」

 

 

 

信号が赤になり美嘉さんと私を乗せた車はゆっくりと止まる。

美嘉さんは困ったような表情で私を見ると右手をハンドルから離し、頭の後ろへと持っていった。

 

 

 

「私は全力で卯月ちゃんを守るわ。それでも……、絶対に『大丈夫』とは断言できない……」

 

「分かってます。もし最悪二度とステージに立てなくなったとして……、私は後悔しません。絶対にしない方が後悔すると思いますから。だからお願いします!」

 

 

 

座ったまま私は頭を下げる。どうしても、例え本当にアイドル人生を終えることとなったとしても、それは次の復活ライブで必ずやらなければならないことなのだ。

 

その想いが伝わったのか、下を向いたままの私の頭上から小さな溜息が聞こえてきた。ゆっくりと顔を上げた先には、美嘉さんが呆れたような表情で笑っている。

 

 

 

 

「仕方ないわね、ホントにどうなっても知らないわよ?」

 

「……ありがとうございます!」

 

 

 

私はもう一度美嘉さんに頭を下げた。

 

 

 

「そういう正直なとこ、卯月ちゃんらしくて私は好きよ」

 

 

そう呟くと美嘉さんは視線を前へと戻し、再び車をゆっくりと走らせた。

私はそんな美嘉さんの横顔を暫く眺めては何度も心の中で感謝の意を伝えた。私のわがままを許してくれてありがとうございます、と。

 

 

 

苦笑いを浮かべたまま前だけを見つめて車を運転する美嘉さん。

この私の提案を伝えること、そしてもう一つ、復活ライブ前に美嘉さんにしておきたい話があった。何度も何度も聞くべきか迷った質問。それは美嘉さんに対して失礼な質問なのかもしれない。

 

それでも――……、私は自分の憶測ではなく、美嘉さん自身からその質問の答えを聞きたかった。四年半前、私たちを引っ張ってくれた憧れの先輩として、そして今はプロデューサーという立場に変わって私を応援してくれる美嘉さんとして。

 

私は小さく深呼吸をするとギュッと拳を握り締める。

 

 

 

 

「……美嘉さん、ちょっと変な質問しても良いですか?」

 

 

 

 

私は車の窓から見える流れていく景色を見つめながら静かに呟いた。

美嘉さんは何も言わなかった。窓の外へと視線を向けているため美嘉さんの表情は見えない。

 

 

 

 

「……美嘉さんは、美嘉さんはもうアイドル活動への未練はないんですか?」

 

 

 

 

喫茶店で武内プロデューサーに紹介され思わぬ再会を果たしたあの日から気になっていたことだった。

あれだけの素晴らしい世界を経験して、今の現実は物足りなくないのだろうか。

 

私は耐え切れなかった。あのアイドルとして過ごした時間とこの現実のギャップに。もしかしたら私は美嘉さんにもそう言ってほしかったのかもしれない。デビューする前からテレビで何度も見ていては憧れていた先輩に、『諦めた』なんて言ってほしくなかったのかもしれない。

心の何処かではあの頃の日常への渇望があってほしい――……、勝手ながら私はスーツが似合う大人になってしまった美嘉さんを見る度にいつもそう思っていた。

 

 

 

 

「ないわよ」

 

 

 

 

キッパリとそう言い切った美嘉さん。

美嘉さんの方を振り向いた私の眼に映ったのは、ただひたすらに真っすぐに、そして何処か遠い先の世界を見据えているような眼差しでハンドルを握っている美嘉さんだった。

初めて見る美嘉さんの表情――……、その表情からは一ミリの迷いも感じられなかった。

 

 

 

 

 

「確かにアイドル活動をしていた頃は毎日が魅力的で楽しかったわ。それこそ、今よりは間違いなく刺激が多い毎日だった」

 

 

 

 

 

でもね、美嘉さんはそこまで言うと静かにブレーキを踏んだ。私たちを乗せた車の前の横断歩道をランドセルを背負った小さな子供たちが手を上げて歩いている。

 

 

 

 

「それでも私はアイドルを辞めてプロデューサーとして生きる道を選んだの。例え間違ったと思うことはあってもあの時選んだ選択に後悔も未練もないわ」

 

 

 

 

一番後方尾を歩ていた小さな女の子が私たちの方を見ては律儀に頭を下げた。

その様子を見て美嘉さんは笑顔で右手を上げると、子供たちが去った横断歩道をゆっくりと跨ぎ始める。

 

 

 

「プロデューサーになってアイドルをしていた頃には気付けなかったようなことに沢山気付けたわ。あの人が何を思って私たちをプロデュースしてくれていたのかもね――……」

 

 

 

 

再び赤信号によってブレーキを踏んだ美嘉さん。

ハンドルを握ったまま私の方へと視線を向けた美嘉さんの表情は清々しいほどに真っすぐで後悔や未練は一ミリたりとも浮かんでいなかった。

 

 

 

 

「今はね、あの人みたいなプロデューサーになるのが夢なの。いつになるか分からないけど、それでもああやって自分の人生を賭けて夢に必死な子の力になれたら良いなって」

 

 

 

 

あぁ、美嘉さんは夢を諦めたわけじゃないんだ。

アイドル活動を通して自分の新たな道を見つけ、その道の先にしっかりとゴールを設定して新たな人生を歩んでいるんだ。

 

私は勘違いをしていた、美嘉さんがアイドルを辞めた理由を。美嘉さんは決して諦めたり逃げ出したわけではなく、自分の本当に歩みたい道を見つけてその道に進んだだけだったのだ。

私はそれ以上は何も聞かなかった。美嘉さんのあの時の判断を理解するのに、この言葉だけで十分だったのだ。

 

 

 

シンデレラプロジェクトの復活ライブはもう二日後までに迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

 

 

次の日。ライブ前日になり騒々しくなる社内を横目に、とある小さな部屋では騒々しさを微塵も感じさせない感動の再会ムード一色に染まっていた。

 

 

 

 

「アーニャちゃん、美波ちゃーん、ホントに久しぶりです~!」

 

 

 

両手を広げて抱き着く私。そんな私を優しく包み込んでくれたのは銀色の髪をした女性と記憶の中よりほんの少し髪が短くなった茶色の髪をした女性だ。

 

前日の最終確認があるから、そう言われ指定された部屋に向かった私を出迎えてくれたのはかつての仲間である二人だった。

明日のライブにラブライカとしてステージに立つ二人――……、美波ちゃんとアーニャちゃんだ。

アイドル活動を辞め、千葉のテレビ局でアナウンサーとなった美波ちゃん。私の記憶の中の美波ちゃんは長い茶色の髪を後ろで結んでいたが、四年半ぶりに見た美波ちゃんの髪は肩に掛かるかどうかくらいの長さまで短くなっていた。

 

 

 

「久しぶりね、卯月ちゃん。色々あったみたいだけど明日はみんなでステージに立つことができそうで嬉しいわ」

 

「ありがとうございます~。私もホントに嬉しいですぅ~」

 

 

 

止まらない涙のせいで鼻声になってしまった私を見て、美波ちゃんは笑いながらそっと指先で私の目に溜まった涙を拭いてくれた。

 

 

 

「ワタシも久しぶりにウヅキに会えてうれしいです。Желаю удачи!明日はガンバリマショウ」

 

「……アーニャちゃ~ん!」

 

 

 

アーニャちゃんは美波ちゃんと比べてあまりの私の記憶の中の姿とは変わっていなかった。

ただ、今はきらりちゃん同様ファッションモデルとして活動しているせいか、着ている服はとてもオシャレだし何より背筋がピンと伸びてて姿勢が良い。そのせいか、ほんの少しだけ身長が高くなったような気がする。

 

私たちニュージェネレーションズと同時期にユニットデビューしたこの二人。トップバッターとしてデビューした先輩として、そしてシンデレラプロジェクトの最年長者として、美波ちゃんは個性豊かなシンデレラプロジェクトのメンバーを束ねるリーダーのような存在だった。

アイドルフェスの前に行われた合宿では美波ちゃんが指揮を執り、亀裂が生じ始めたメンバーたちを『スペシャルプログラム』と称したレクレーションを通して見事メンバー全員を一致団結させたり、アイドルフェスではステージリーダーとして不安や緊張に押しつぶされそうになっているメンバーたちを励ましたりと、常に率先して私たちの前を走ってくれる頼もしいリーダーだったのだ。

 

 

そしてもう人のラブライカであるアーニャちゃん。アーニャちゃんはロシアと日本のハーフで日本語のリスニングが少しだけ苦手らしく、そのせいか活動初期はなかなかメンバーたちと馴染めないでいたが美波ちゃんが助けもあり次第にメンバーと打ち明けれるようになっていった。

そしてアイドルフェスが終わった数か月後、美城常務が立ち上げた新規企画である『プロジェクトクローネ』に参加することになる。

 

 

 

 

「自分は今まで一人で決めたことがなかった。だからこそ変われるならそこから変えたい」

 

 

 

 

これはアーニャちゃんのプロジェクトクローネへの参加が決まったと知った後、美波ちゃんに聞いたセリフだ。

プロジェクトクローネに参加することにアーニャちゃんは最後まで不安や迷いがあったらしいが、それでも「変わりたい」という意思を強く持ってその不安や迷いに立ち向かった。

 

その勇気が、その強い意志が、私は羨ましかった。

もし自分がアーニャちゃんの立場だったらどうしていただろうか。シンデレラプロジェクトのことをよく思わない美城常務が企画したプロジェクトに、全く知らないメンバーたちがいる中に、勇気を持って飛び込むことができるだろうか。

 

アーニャちゃんはおそらくおっとりした見た目に反して意志が強い女の子だったのだ。そんな強い意志の元、日々変わり続けようと不安や迷いに立ち向かっているアーニャちゃんを何処か羨まし気に見ていたのを覚えている。

 

 

美波ちゃんもアーニャちゃんも、二人とも今はアイドル活動は行っていない。テレビ局の女子アナとファッションモデル――……、あの頃とは全く違ったステージでの日常を送る二人。

それでもあの頃と何一つ変わらない二人の表情を見て、今の日常が充実していることを私は察した。

 

 

 

 

 

――私も、負けてられないなぁ。

 

 

 

 

 

自然と湧き上がってくる対抗心。

だがその対抗心は昔シンデレラプロジェクトのみんなを見て抱いていた『嫉妬』とは違う。頑張ってるみんなに負けないように私も頑張ろう――……、そう思える心地の良い対抗心なのだ。

 

この純粋な対抗心が妙に懐かしかった。少しずつ、だけど確実にあの頃の私に戻りかけている。

二人に抱き締められて涙を流す中、私はゆっくりと変わろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

「卯月ちゃーん、久しぶりだね!あ、クッキー作って来たんだけど、卯月ちゃんも食べる?」

 

「わー、美波ちゃんもアーニャちゃんもかな子ちゃんも久しぶり!」

 

「みんなお久しぶりです!なんだか懐かしいですね」

 

「仕事?終わらせてきたよ。まったく……、午後から最終確認あるから今日中にやらないといけない仕事を午前中で終わらせろって、どんだけここはブラックなんだよ」

 

「卯月ちゃん!Pチャンから聞いたよ、アイドルに復帰したんだってね!」

 

「おぉ、懐かしき我が下僕たちよ!」

 

 

 

 

 

それから暫くして小さな子供を抱えたかな子ちゃんがやって来て、午前中のレッスンを終えたみりあちゃんと莉嘉ちゃん、そして仕事を猛スピードで終わらせてきた(らしい)杏ちゃんが来て、最後にみくちゃんと蘭子ちゃんがやって来た。

 

四年半ぶりの再会をする度に私は枯れるほどの涙を流した。みんな四年半前と比べて変わったなと感じたことは多々あったが、根本的な大事なところは何一つ変わっていなかった。夢に向かって、憧れる自分を目指して、ギラギラした目で頑張っていたあの頃。シンデレラプロジェクトの解散に従い、皆選んだ道は別々だけどその別々の道で見つけた新たな夢や目標に向かって皆今もギラギラした目を持ち続けていたのだ。

その事実が嬉しくて嬉しくて、私はもう一生分の涙を流し切ったのではないかと思えるほどに泣き続けていた。

 

残りのメンバー――……、埼玉で女子アナとなった智絵里ちゃん、ファッションモデルのきらりちゃん、シンガーソングライターとして活動している李衣菜ちゃん、そしてニュージェネレーションズのメンバーであった未央ちゃんと凛ちゃんの五人はスケジュールの都合が合わなかったみたいで、明日の当日の会場入りの予定らしく今日は姿を見せなかった。

 

 

 

 

「残りの五人に関しては既に個別でリハも終えているので心配はないかと思います」

 

 

 

 

最終確認のためにざっと大まかな流れを話していたディレクターが最後にそう付け加える。

『一夜限りの復活ライブ』と大々的なフレーズを謳った今回のライブだが、実際は美嘉さんが話してくれたように様々な事情によって制限が多いライブになってしまっていた。それに売れっ子アイドルとして多忙な毎日を送るメンバーもいる中、十四人全員そろってのリハーサルは不可能に近い――……。

 

そのためライブ自体は目立った演出やステージがほぼ無いのだ。要は順番にステージに上がってそれぞれが歌を歌うだけ――……。派手な乗り物に乗って登場したり、全員でダンスを踊ったりするわけではないので極端な話、こうしてそれぞれ別々にリハーサルを行っても問題はなかった。

 

次第にライブに日が近づくにつれ緊張感が募っていた私だが、今日の説明を聞き少しは緊張もほぐれた。

基本的に一人一曲しか歌わないため私はS(mile)ING!の練習だけをこの二か月間やってきたし、まだまだ本調子には遠いとはいえある程度の感覚は取り戻すことができたと思う。

それに周りのメンバーたちもあまり緊張しておらず、どちらかと言えばリラックスして久しぶりの再会を楽しんでいるように見える。

 

 

最終確認が始まる前に各自に配られた明日のライブのセットリストが書かれた紙。その紙の五番目に私の名前とS(mile)ING!の名が書かれていた。

トップバッターはアーニャちゃんと美波ちゃんのラブライカ。それから蘭子ちゃん、みくちゃん、李衣菜ちゃんと続き、私の番だ。今日は合流できなかった未央ちゃんは私の次で、最後の十四人目は凛ちゃん。その後は何も書かれてなかったが、ディレクター曰くもし何もアクシデントが起こらず時間通りにスケジュールをこなせたら多少時間が余ることになっているらしい。だからその余った時間は十四人全員でステージに上がることも出来ると話してくれた。

 

 

 

 

結局、最終確認という名目で集められた私たちだったが、その最終確認は三十分もせずに終わってしまい、それから暫くは今集まっているメンバーでの懐かしい昔話に華を咲かせていた。

 

みんな分かっていたのだ、このシンデレラプロジェクトの復活ライブに隠された本当の意味を。

シンデレラプロジェクトの解散を機に更に景気が悪くなり続けている346のアイドル部門。その悪化に歯止めをかけるために美城常務が渋々この企画を許可した――……、というのはあくまで表向きの理由で、本当は美嘉さんが言っていた通り、数年前に出来なかった十四人全員が笑顔で旅立てるための本当のシンデレラプロジェクトの卒業ライブなのだ。

十四人全員に笑顔で旅立ってほしい――……、ただそれだけの気持ちで武内プロデューサーは自分をクビにした会社の企画のため、バラバラになった私たち十四人を集めたのだ。

 

 

 

 

「ホント、Pチャンには頭が上がらないわ。あの人のおかげでこうしてみんな集まれたんだよね」

 

 

 

みくちゃんの言葉にみんなが黙った頷いた。

自分をクビにした会社のために動くことがどれだけ屈辱的なことだったか、それでも武内プロデューサーは会社のためではなく私たち十四人のために動いてくれた。例え自分の名前がスタッフロールに載らないとしても、自分の働きを正当に評価してくれなかったとしても、武内プロデューサーは私たちの為だけに何も言わずに黙って動いてくれたのだ。

 

 

 

 

「明日は頑張りましょうね。『Power of smile』で。武内プロデューサーに全員で恩返しをしなきゃ」

 

 

 

美波ちゃんの言葉を最後に、私たちは別れた。

スマートフォンの時計はもう夕方の五時を表している。明日の会場入り予定時刻は午後二時。シンデレラプロジェクトのメンバー全員で集まるまでもう二十四時間を切っていた。

 

もう二十四時間もせずにシンデレラプロジェクトの十四人が全員揃う――……。そう思うと未だにまだ実感がないような気もする。

四年半もの間、いつか十四人全員で集まれたらなぁとただ夢のように思っていたことがもうすぐそこまで迫ってきては現実になろうとしているのだから。みんなに会ったら話したい事、聞きたい事、沢山あった。でもその前に――……、まずはちゃんと謝らなきゃいけない。未央ちゃんと凛ちゃんには特に、だ。

 

それでもメンバー全員に会うことにもう恐怖はなかった。アイドルを辞めてからの四年半の自分もアイドルに復帰したこの二ヶ月の自分も全てを隠さずちゃんと見せることができたらな、って思えるようになったのだ。

 

 

でも十四人全員で揃う前に、私には会わなくてはいけない人がいた。

私は会社を出ると待ち合わせの時間に遅れないよう、少しだけ足早に駅へと向かっていった。

 

 

 

 


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