やはりあざとい後輩とひねくれた先輩の青春ラブコメはまちがっている。   作:鈴ー風

7 / 12
どうも、鈴ー風です。
長いことお待たせしてしまい、申し訳ありません。少しリアルがテストやら何やらで忙しく、気づけばこんな時間に……申し訳ない( ノ;_ _)ノ
それはともかく、今回が一応の病院編最終話です。異なる環境の巡り合わせで出会った二人はついに退院の日を迎え、それぞれの日常へ……二人が出した答えは?答えは本編で!
ではどうぞ( ゚д゚)ノ

いろはす~( ´∀`)


第七話 そして、強い想いを残しつつ、二人はそれぞれの世界へ歩き出す。

 

 退院から六日。未だ学校にも行けず、特にやることもない俺は、今日も今日とて朝からソファで本を読み漁るだけの日々を送っていた。

 

「お兄ちゃんただいまー」

「おう、小町お帰り」

 

 一日中ごろごろしてても、今は平日。俺を除く世間の学生達は普通に学校へ行っていた。当然小町も例外ではなく、夕方になり帰宅してきた。

 

「お兄ちゃん、小町ちょっと買い物行ってくるけど。何か欲しいものとかある?」

 

 帰ってきたかと思えば買い物。随分忙しそうだな。普段なら別に、と答えるところだが、今日に限っては違った。

 

「……いや、俺もついていっていいか?」

「ありゃ、普段めったに外に出たがらないお兄ちゃんが珍しい。何の風の吹き飛ばし?」

「吹き回し、な。別に、少しくらい動かねえと鈍っちまって足が重いんだよ。週明けから学校行くんだから、慣れとかねえとな」

 

 実際、ただトイレに行くだけでも足が重たいこともある。当初の通りに自転車で行くとしても、ある程度感覚を戻さなきゃこの先心配だし。…後それ以上に八幡、小町ちゃんの頭が心配。何だよ、吹き飛ばしって。

 

「ふーん。ま、良いけどね。じゃあちょっと準備してくるから待ってて」

「おう、四十秒で支度しろ」

「乙女の準備は時間がかかるんですー」

 

 残念。小町にこのネタは通じなかったか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お兄ちゃん、今日何食べたい?」

「何でもいいけどな。じゃ、カレーで」

「あいさー」

 

 夕暮れ時、スーパーで今夜の食材を物色しながら、同時に献立の話し合いだ。両親が徹夜で帰ってこないことが多い我が家は、俺と小町だけの食卓になることも珍しくない。今日みたいにな。

 

「そういえば、明日だよね」

「……何がだよ」

「分かってるくせに。いろはさんの退院日、明日でしょ?」

 

 唐突な話題に思わず、小町から顔を背ける。多分小町はにやにやしてるんだろう。……くそ、居心地悪い。

 

「…ねえ、お兄ちゃん。退院の時くらいは行ってあげない?今日まで一回もお見舞いに行ってないし」

「……明日くらいは行くつもりだ。流石にな」

 

 …嘘だ。俺は、まだ迷ってる。

 

「嘘ばっかり。まだ迷ってるくせに」

「……!」

「図星、て顔してるね」

 

 にしし、と笑う小町は、真剣な表情になると、俺の顔をまっすぐに見てきた。まるで、俺の本心を見透かすかのように。

 

「お兄ちゃん。小町はお兄ちゃんの過去を知ってるし、辛いことや苦しいことがあったのは知ってる。だからお兄ちゃんが、簡単には人を信じられないことも。でもさ……いろはさんには、ちゃんと答えてあげて」

 

 信じてあげて、でも受け入れて、でもなく、「答えてあげて」。つまり、結果はどうであれ、ちゃんと一色に向き合えと、逃げるなと、小町は俺にそう言っているのだ。

 

「小町は詳しいこと分かんないけどさ。この前いろはさんと話してたお兄ちゃん、すごく楽しそうだった。……でも今のお兄ちゃん、すごく辛そうに見える。お兄ちゃん、変わろうとしてるんだよね?でも変われないから、迷ってるから、それだけ苦しんでる。……そうお兄ちゃんに思わせたのは、いろはさんなんでしょ?」

「……けっ、何が詳しいこと分かんないけど、だ。全部お見通しじゃねえか」

「そりゃあ、こんなひねくれたお兄ちゃんの妹を十年以上やってるからね。お兄ちゃんのことは何でもお見通しだよ。あ、今の小町的にポイント高い!」

「はいはい、俺的にも超高いよ。本当にな」

 

 なんなら小町ポイントカンストまである。そんなポイント無いけど。

 

「お兄ちゃん。気持ちは行動にしなきゃ分かんないけどさ、行動は、何も言葉じゃなきゃいけない訳じゃないんだよ?」

「……そう、だな」

 

 俺は、まだ一色に返事を返すことはできない。だけど、少しでもあいつのためにできること……いや、違う。

 俺が一色にしてやりたいことは、ある。

 

「すまん小町。ちょっとだけ寄り道していいか?」

「あんまり遅くなるとご飯できないから、小町は先に帰って準備してるよ。お兄ちゃんはやりたいこと、分かったんでしょ?だったら、納得いくまで寄り道してきなさい」

「……すまん、助かる」

 

 小町が俺の妹で良かったと、本気で思う。こんなひねくれた兄を叱咤してくれる、兄想いのこの上無い妹だよ。

 

「あ、ついでにアイス買ってきてねー!」

 

 ……最後のが無ければなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はーい、どちらさまですかー?」

 

 病院の扉を手の甲で叩くと、中から間延びした返事が聞こえる。……しばらく聞いていなかっただけで随分懐かしい気がするな。

 

「……おす、一色」

「いろはさん、お久しぶりです~」

「……せんぱい!小町ちゃんも」

「あら、久しぶりね、比企谷くん」

 

 相変わらずの一色はベッドにもたれ掛かったままで俺達に手を振ってくるし、側で荷物を纏めていたのであろう瀬谷さんも相変わらずだ。……ったく、一色。また響いても知らねえぞ。

 一色も瀬谷さんも相変わらずだが、部屋の中にはいつもとは違う人物が二人いた。

 

「……どうも、相部屋だった比企谷です」

「ああ、君が……どうも、いろはの父です」

「いろはの母です。この度は、うちの娘がご迷惑をおかけして……」

 

 一色の両親。今日が一色の退院日なのだから、ここにいること自体は不思議ではないのだが、何分初めて見た上にいきなりのお辞儀に少し萎縮してしまう。

 

「あぁいや、別に迷惑とかは……」

「そうですよ、いろはさんのお父さんお母さん。どっちかと言えばうちの愚兄の方が迷惑かけてたと思いますし」

「そうですねー。どっちかと言えば私がお世話してましたね、せんぱいを」

「確かに言えてるわね」

「おいこら」

 

 初対面の親御さんの前でいつものノリはやめてくれない?恥ずかしすぎる、どんな公開処刑だ。しかも瀬谷さん、小町ちゃん、君達も乗るんじゃないよ。俺に味方はいないのか?……え?いつものことだって?やだ、衝撃の真実に八幡泣いちゃう。

 

「……なるほど、確かにいろはの言っていた通りだ。改めて、礼を言わせてくれ、比企谷くん」

「ちょ、いいですってそんなの」

 

 一色の父親が深々と頭を下げる。正直なところ、何故こんなにもありがたがられているのかが良く分からん以上、反応に困るから是非とも止めていただきたい。

 

「いいえ、私からも言わせて下さい。比企谷くん、あなたのおかげで、私達は取り返しのつかない間違いを犯さずにすみました。本当に……本当に、ありがとう」

「……お父さん、お母さん」

 

 流石に、二人の態度から何か大きなことがあったのだと推測できる。一色に関わることだということも、それに俺が関係しているということも。

 

「……お父さん、お母さん。せんぱいには私から言うから。少し、席を外してくれない?小町ちゃんと瀬谷さんも、悪いけどお願い」

「いろは……」

「……ええ、そうね。行きましょう、あなた」

「分かったわ。荷物、ここに置いとくね、いろはちゃん」

「……じゃ、小町は飲み物でも買ってきますね。お兄ちゃん、いろはさんに失礼なことしちゃ駄目だよ?」

「するか、さっさと行ってこい」

 

 瀬谷さんと一色のご両親が出ていった後、扉から半分顔を出す小町に財布を放る。それを受け取った小町はそのまま部屋から出ていった。

 部屋には、俺と一色だけになった。

 少し、気まずい空気が漂う。

 

「……その、久しぶりですね、せんぱい」

「……ああ、俺が退院してからだから、丁度一週間ぶりだな」

「……ですね」

 

 会話が途切れる。俺は、こんなにも口下手だったのだろうか。一色と話すことさえ、こんなに下手くそだっただろうか。……いや、違う。

 

 今の俺は、一色だから、上手く話せないんだ。

 

「……すまん、一色」

「……ふぇ?」

「いや、その……見舞いに来れなかったこと、とか。諸々すまん」

「……ぷっ」

 

 一色が声を殺して笑い始めた。余程面白いことでもあったのだろうか。俺か?……俺だな。

 

「安静にするための自宅療養だから来れない。せんぱいが言ってたことですよ?」

「まあ、そうなんだが……」

「それに、そうだとしても私が勝手に拗ねてるだけじゃないですか。何でせんぱいが謝ってるんですか。らしくないですよ」

「ぅ……」

 

 俺らしくない、確かにそうだ。以前の俺なら罪悪感など微塵も感じなかっただろう。しかし、今の俺が罪悪感を感じていることも事実だ。まあ、詰まるところ。

 

「……俺も、変わってきてるのかもな」

 

 俺の意識が、考え方が。一色、お前のおかげで、な。

 

「変わってませんよ、せんぱいは。少なくても、私にとっては。ひねくれてて、ぶっきらぼうで、それでいてちゃんと話を聞いてくれて、人のことをしっかり考えてくれて……私のことを助けてくれた、優しい優しいせんぱいのままです」

「……そんなんじゃねえよ、俺は」

 

 俺は、そんな大層なやつじゃない。一色が助かったってのも、それは一色本人が強かったからだ。俺は、問題に石を投じただけだ。石を投げ入れて、問題を壊しただけにすぎない。解決して、立ち上がって、立ち直ったのは、全部一色の力だ。

 だが、一色は首を横に振ってそれを否定する。

 

「そういう人です、せんぱいは。さっきも、お母さん達が言ってたでしょ?間違いを犯さずにすみましたって。あれだって、せんぱいのおかげです」

 

 そういえば言っていた。しかし、今日初めて出会った俺が一色の両親に何かできるわけも無い。俺には、何の心当たりも無いのだから。

 そんな俺をよそに、一色は呟くように話し出す。

 

「せんぱい、言ってくれましたよね。親に遠慮するなって、信じてやれって。……せんぱいが退院してから、両親と話したんですよ。思ってたこと、全部ぶちまけちゃいました。私のことで喧嘩なんてしないでって、私が話してればこうはならなかったって、二人のこと、信じられなくってごめんなさいって。……三人でわんわん泣いちゃいましたよ」

 

 確かに言った。言ったことすら忘れているほどに、俺が何気なく言ったことから、こいつはこいつなりの行動に移していたんだな。

 

「ちゃんと三人で話し合って、ちゃんとこれからのことを考えて、色々決めたんです。……せんぱい、私、転校します」

「……転校、この時期にか?」

 

 一色は確か中三のはずだ。受験なんかで忙しくなるこの時期に転校するのは、普通は得策とは言い難い。……が、そう話す一色の目は、真剣そのものだった。

 

「はい。別に逃げる訳じゃないですよ?あのままあの学校にいる方が色々大変だろうし、何より両親に心配かけちゃいますし。だから、転校します。両親にも納得してもらって、転校先も探して貰いました。いわゆる、戦略的撤退ってやつです」

 

 ……やっぱり、凄い。俺のちっぽけな助言程度で、こいつは先のことを考えて、両親との(わだかま)りも、自身を取り巻いていた環境も、全て何とかしちまいやがった。

 

「偽物の仮面を被っていた、臆病な私がここまで変われたのは、せんぱいのおかげなんですよ?」

「一色……」

 

 なおも、一色は俺のおかげだと言ってくれる。なのに、俺の理性は絶えず、「そんなことはない、その感情は偽物だ」と叫んでいる。しかし、その一方で、一色のまっすぐな言葉にどうしようもない喜びを感じる俺もいる。これだけは、この感情だけは誤魔化しようの無い『本物』だ。

 なら、今だけは。

 

「……一色、これ」

「これは……?」

 

 俺は鞄の中から、簡素なデザインに気持ち程度のラッピングが施された紙袋を取り出した。それを、一色に手渡す。

 

「……あれから、俺も俺なりに考えたんだよ。これからのこと……お前のことに、俺達のこと」

「私達のことを……?」

「……悪いが、返事はまだできない。やっぱり、俺はまだまだ変われないから。臆病なままだから、お前だとしても信じられないんだ」

「……」

「……でも、だな。これは、俺がお前に、その……買って、いや、渡したいって思ったんだよ……俺の本心からな」

「……せんぱい、開けてみても、いいですか……?」

「お、おう……」

 

 俺の返事を聞くや否や、すぐさま一色が包装を解いていく。

 

「せんぱい、これ……」

 

 包装を解かれた箱から一色が取り出したのは、所謂アームウォーマーと呼ばれるものだ。白と黒のコントラストになっている質素なものだが、そのアームウォーマーを持ったまま、一色は呆然としている。

 

「いや、まあ…何だ。腕が回復しても、また前みたいに急に痛み出したりしないとも限らんし、それならサポーターとしてだけじゃなくお洒落的にもいいかと思ってな。それならいつでも使えるし……退院祝いってことで、な」

「……せんぱいが選んだんですか?」

「いや、まあそうだが。まあ気に入らんかったら別に使わなくても……」

「せんぱい」

 

 途端に恥ずかしくなって顔を背ける。しかし、一色に名前を呼ばれて一色の方を向くと。

 

 一色は、アームウォーマーを胸に抱いて、泣いていた。

 

「お、おい一色……」

「……怖かったです。ずっと、せんぱいが退院してからずっと、怖かったんです。あんなこと言って、せんぱいを困らせたんじゃないかって、せんぱいにうざがられたんじゃないかって。せんぱいに、嫌われたんじゃないかって」

「……そんなこと」

「お見舞いにも来てくれなかったし、来ないの分かってても心配で、不安で、怖くて……せんぱいの本物になるなんて偉そうなこと言って、私、弱くて……」

 

 一色は、その小さな体を震わせて泣いていた。

 俺のせいで、泣いていた。

 

「だから、今日来てくれた時、凄く嬉しかったんです。最後だとしても、それだけでも、嬉しかったんです。本当に、本当に……でも、なのに……こんなの貰っちゃったら、我慢できないじゃないですかぁぁ……」

 

 目の前で大粒の涙を流しながら、ただ俺のことを想って、一色は泣いていた。その様子は、本当に、心の底から愛しいと、そう思えた。

 

「……好きです。本当に好きで好きで、どうしようもないんです。せんぱいとお話しするのが楽しかったです。せんぱいに話を聞いてもらえて嬉しかったんです。いつもせんぱいのこと考えちゃって、その度にどうしようもなく嬉しくて、にやけちゃって、でも会えなかったら寂しくて、怖くて、辛くて、苦しくて、気持ち悪いところもあるし、矛盾だらけのかっこつけで、本当に意味分からない時とかあったけど、優しくてひねくれたせんぱいと一緒にいる時間が、とても心地よくて……でも、これからは、退院しちゃったら、私は中学生でせんぱいは高校生で、会えなくなっちゃって…だから…だから……」

 

 一色は今にも溢れてしまいそうなほどの涙を溜め、俺にまっすぐと、心の内を吐き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ずっとずっと、せんぱいと一緒にいたいです。これからも、ずっと。退院して、これで終わりなんて、そんなの嫌ですよおぉぉ……」

 

 文字通り、動けなかった。心に響く言葉、なんてドラマみたいなことあるわけないと、ついさっきまでの俺は本気で信じていた。

 しかし、今の俺は、それが実際にあることを身をもって知ってしまった。何故、俺は一色を特別視していたのか、何故、一色と上手く話せなくなっていたのか。全部、全部思い知らされた。

 

 俺も、終わらせたくなかったんだ。一色との、この関係を。

 

 悪意無く、義務でもなく俺に話しかけて、接してもらえたのは、いったいいつぶりだろうか。いつの間にか、俺は無意識に人を避けていたんだ。深く関わって、傷つきたくなくて。そう思っていたが、それは正解じゃなかった。

 

「……俺、も」

 

 俺は。

 

「……たくない」

 

 怖かった。

 

「……俺も、お前を、一色を……失いたくなかった」

 

 俺は怖かったんだ。一色を失うことが。

 

「俺は、一色、いろはを……失いたく、なかったんだ」

 

 人を避けていたのは、傷つきたくないからだけじゃない。これ以上、側から離れていってほしくなかったんだ。だから、心に鍵をかけて、壁を作って、誰も入ってこれないようにした。誰も入れないようにしていたんだ。

 それが、俺の本質。

 傷つきたくなくて、失いたくなくて、だから全てを拒絶して、一人達観した気になって、強がって、人一倍他人を求めて縮こまっていた、弱く醜い人間。

 そんな比企谷八幡の意地と、くだらない虚栄心のせいで、目の前の少女は涙を流しているのだ。そして、この少女に、応えたいと思っている俺がいる。

 ならば、俺も決めなければいけない。

 いつか、では駄目なんだ。

 

「だから……俺に、一度だけでいい。いろは……俺に、お前を信じさせて、くれ、ないか……?」

 

 もう後悔したくない。失いたくない。醜くても、傷ついてでも、初めて全てを投げ出してでも手に入れたいと思えた『本物(もの)』に、初めて手が届くかも知れないんだ。一生分の恥をかいてもいい、どれだけ笑われたって構わない。

 

 比企谷八幡という、俺自身の『生き方(みち)』を変えるなら、今しかないんだ。

 

「……せんぱい、それって」

「……まだ、俺の気持ちが本物なのかは分からない。けど、その、お前を信じたいと思ってる俺がいるのも、事実…だ。だから……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずは、『友達』として、から、頼む、一色。俺に、お前を信じる時間を、チャンスをくれ」

 

 一色に、頭を下げる。今、この気持ちのまま返事を返すのは簡単だ。けど、安易に感情で突っ走ってしまうのは、俺自身が『本物』とは言えないし、本気で向き合ってくれている一色に失礼だ。だから、俺は変わりたい。

 俺自身、ちゃんと一色に向き合えるように。

 

「変わるチャンスをくれ、一色」

 

 静寂が訪れる。俺以外誰もいないかのような錯覚に陥りかける。

 しかし、何か擦れるような音がして、その静寂はあっさりと破られた。

 

「……せんぱい、顔を上げてください」

 

 一色にそう言われ、顔を上げると。

 

「一色……」

「…どうです?似合いますか?」

 

 俺が渡したアームウォーマーを身に付けた一色が、笑顔を浮かべていた。

 

「今は、せんぱいのその言葉だけで十分です。これがあれば、いつでもせんぱいを思い出せますから。離れていても寂しくありません」

「…俺を思い出すとか、何かエロいな」

「もー、こんな時に茶化さないでくださいよぅ」

「わりぃ」

 

 自然と、本当に自然に、俺と一色に笑みが戻った。取り繕わず、ありのままで笑うのがこんなに気持ちがいいことだとは、これまで生きてきて知らなかった。

 やっぱり、俺はこの空気が気に入っているんだ。

 

「……まあ、何だ。今生の別れって訳でもないし、会おうと思えばいつでも会えるだろ。小町もお前のこと気に入ってるみたいだし、いつでも会いに来たらいい」

「そうですね。そんな簡単なことも忘れてました」

「……ま、俺も忘れてたし、な」

「恋は盲目ですねぇ」

「はいはい、あざといあざとい」

 

 今までだって、俺は一色に色んなことを期待してきた。同じように、一色は俺に純粋な期待をぶつけてくれる。期待なんて、自己陶酔の押し付けだと思っていたが、今の俺なら信じられる。

 例えまた裏切られてもいい。

 まだまだ他人を借りなきゃ言いたいことすら伝えられないひねくれた俺だが、一色と一緒なら、俺は変われる。何度だって信じられる。

 そう、信じたい。

 

「絶対に追い付いて、せんぱいに認めさせてやります」

「おう。期待して待ってるよ」

 

 これからは、一方的に期待をかけるんじゃない。俺も、一色の期待に応えよう。俺自身、応えたい。

 

 病院という二人の小さな世界は終わり、それぞれの日常を歩き出す。

 それでも、俺と一色の世界は終わらない。なぜなら、まだ始まってすらいないのだから。

 

「これからも、よろしくです。せんぱい」

「こちらこそだ、一色」

 

 『ただの相部屋同士』の関係は終わり、『友達』として、『あざとい後輩とひねくれた先輩』として、新しい世界を歩き出すのだから。

 

 

 




Q.二人が出した答えは?
A.いろは=はっきりと告白、八幡=『友達』からスタート

この八幡ヘタレェ……まあ、『本物』を目指す八幡にはこういった感じがいいのではないでしょうか。いや、いいに決まってる(押し付け)
次回からはそれぞれの主観での日常編になります。誰の主観で描かれるかはこうご期待。
それと、次回からは更新ペースを週一に調整しようと思います。もちろん、早く上がればその分連続で上げたりもします。これからも、この拙作にお付き合い下さいませ。
では次回。

第八話 第八話 漸く始まった高校生活は、されど変わらず。

いろはす~( ´∀`)

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。