やはりあざとい後輩とひねくれた先輩の青春ラブコメはまちがっている。 作:鈴ー風
今回は、前回入りきらなかった文の再編集なので少し短めです。いろはすと八幡の『本物』をめぐるそれぞれの想い、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
では、どうぞ( ゚д゚)ノ
いろはす~( ´∀`)
「……せんぱい。私、怒ってます」
「えぇ……」
あれから、一色に部屋まで連れて(引っ張って)こられ、ベッドに座らされると、仁王立ちの一色に尋問の構えをとられている。
「確かに、せんぱいに任せましたよ。でもせんぱいがあんなことするなんて、私聞いてません」
「……まあ、話してないからな」
「なんであんなこと言ったんですか?最初の嘘告白の一件だけで、終わってたことじゃないんですか?」
……こうなったら話すしか無いのかねぇ。できれば話したくなかったんだが。
「そりゃ、あそこで終わってても良かったんだけどな。できれば、徹底的にお前と
「…どういうことですか?」
「考えてもみろ。あのまま終わってたら、あいつならクラスで『一色が変な男に奪われた。きっと脅されているんだ。取り戻すのに力を貸してくれ』なんて言いかねん。お前も分かっただろ?あいつは、ただ誰からも好かれておきたいだけだ。下手に他のやつらを巻き込んで俺に敵意が向くだけならまだしも、そんなことになれば、ただでさえ気が立っているやつらを更に刺激しかねない」
そうなれば、最悪もっと酷い事態が一色に降りかかってくることもあり得た。だから、何としてでも全ての
「そこで、俺があいつの矛盾や理念を徹底的になじって、あいつの敵意を俺に向けさせた。そうすれば、『一色が奪われた』じゃなく、『あの男が一色を無理矢理奪った』って思わせられると思ったんだよ」
クラスでリーダー格のあいつのことだ。きっとクラスでもそのことを話すだろうし、一色を虐めていたやつの耳にも入るだろう。主に嫉妬で動いていた奴らだ、女子が圧倒的に多いだろう。そうすりゃ、一色を虐めることなんかより、傷心の大場に自身をアピールした方がずっとリスクが低く建設的だ。周りに良い顔をしたいあいつなら、クラスの女子を無下にすることも、反論もしづらいだろう。自ずと、一色を取り巻くヘイトを外すことができるはずだ。
「それに、俺があいつを煽って殴られでもしたら、あいつの地位は完全に失墜する。所詮は転校生、暴力沙汰を起こしたやつにまでついていくやつなんてそうはいないだろ」
正直、ここは賭けだと思ってはいた。逆恨みもそうだが、それが俺じゃなく一色に向かう可能性だって少なからずあった。それに、俺はあくまで学校でのあいつを知らない。仮に暴力沙汰にしたとしてもついてきてくれるやつが大勢いたら、俺もただじゃすまなかったと思う。
「……正直、作戦だなんて大層なこと言ってたけど、結構穴だらけだったんだよ。俺にできたのは問題の『解決』じゃなくて『解消』くらいだから。完璧な答えなんてねえんだから、一番効果を期待できる方法でいった方が良いに決まってる。だからーーー」
「だから、せんぱいは自分が傷つくようなことをしたんですか?」
「え……?」
半ば自棄的な笑みを浮かべながら一色を見ると、
一色は、また泣いていた。
「せんぱいはそれでいいかも知れませんけど、私はどうなるんですか?確かにせんぱいには助けてもらいました。結果として大場くんとは別れられましたし、せんぱいの思惑は当たりました。言いたいことだって言えました。でも、私は……せんぱいに傷ついてなんてほしくなかった。私の問題で、私のせいで、関係なかったせんぱいを……傷つけるなんて、そんなの嫌ですよ……」
一色は、涙をこらえながら、静かに俺の心に訴えてくる。……ああ、やっぱこの方法じゃ駄目なのか。女の子を泣かせたなんて、小町に知られたらどやされちまうな。新たな黒歴史の追加だ。
でも、せめて。
「勘違いすんな」
「ふぇ……」
せめて、最後だけは。
「俺はお前のためにやったわけじゃねえし、傷ついてなんてねえよ。むしろ、思い通りに進んで快感だったまである。俺はあいつがムカついて、俺が納得するためにやっただけだし、結果としてお前が救われたってだけの話だ。お前が気にやむことなんか一つもねえんだよ。というか、最後の方は大体お前のせいで台無しになったんだしな。つか、いつまでも萎れてんじゃねえよ、そういうのキモいんですけど」
最後だけは、笑ってくれ。いつものような、あざとい笑顔でいてくれ。
「……何なんですか、もしかしてそれ私の真似ですかだとしたら鐘すら鳴らないレベルで似てないんで出直してもらえますかそれにその態度何ですかツンデレですかいやひねくれてるせんぱいだからひねデレですかそういうのも相変わらずキモいんで止めてもらえますかごめんなさい」
「……んだよ、やりゃあ出来るんじゃねえか」
一色は、いつも通りのマシンガンお断りをかますくらいには余裕が戻ってきたようだ。心なしか、少しだが笑っているようにも見える。
そうだよ、俺はその笑顔が見たかったんだ。
「にしても、お前こそなんであんなこと言ったんだよ。黙っときゃ万事解決だったのによ」
「……それは、まぁそうだったんですけど。せんぱいの考えが分かって、話がどんどん進んでいくにつれて思ったんです……私は、全部せんぱいに押し付けてただけじゃないかって」
仁王立ちの構えを解いた一色はそのまま自分のベッドに腰をおろす。
「せんぱい言ったじゃないですか、大場くんに、私のことをどう思ってるかって。私も考えたんです、私にとってせんぱいが何なのかって」
「んなもん、ただ同室ってだけのひねくれた面倒な男ってことだろ」
「確かに間違ってはないですけどぉ」
「おい」
少し皮肉を言えばこれかよ。
「なんと言うかですね、私、今まで人に素の性格で接したことって無かったんですよ。皮肉でもなんでもなく、私は自分の価値をちゃんと理解してたんで、いつも猫被ってたんですよ」
頭脳、身体能力、容姿。いずれにせよ、優れているということはそれだけで嫉妬の対象となり得る。自分の持つ
「……でも、せんぱいに対しては違いました。もちろん、学校とか色々違うからっていうのもありましたけど、何か、どれだけ猫被っても意味無いって言うか、見透かされそうな、そんな気がして。気づいたら、素のまんま話してました。何て言うか、上手く言えませんけど、私にとってせんぱいは、今まで出会った他の誰とも違う、そんな存在なんだなって」
「……」
中学時代の俺ならば、これだけで勘違いしていただろう。自分にだけ気を許していると。自分だけが特別なのだと。
しかし、今の俺なら、一色の感情を冷静に感じとることができる。今、一色の抱いている感情は間違ってる。それこそ、吊り橋効果ってやつだ。そんなものは、本当の気持ちじゃないから。だからこそ、もう黒歴史は作らない、作らせない。俺も、一色も。
「ですから、せんぱい……」
「……一色、お前は勘違いしてる。俺はお前が思うようなやつじゃない。お前が知らないだけでもっとたくさん酷いことしてるし、キモいことだってたくさんある。お前の中にある俺は、あくまでこの危機的状況の中で彩られた都合の良い
「……」
一色は黙り込む。俺は、助けを求められたから手を貸しただけ。そこに特別な感情など有りはしない。
だから、俺達の関係はここで終わりだ。これからは、「ただの相部屋同士」の関係に戻るだけ。交わることのない、その他大勢の関係に戻るだけ。
そう、それだけなんだ。
「……そう、ですね。そうですよね。せんぱいは、そーいう偽物が嫌いですもんね。多分、私のこの想いは偽物なんだと思います」
「……そうだ」
そうだ、これでいい。これでいい、はずだ。
「せんぱい……」
なのに、何で……
「……どうして、そんな辛そうな顔をしてるんですか?」
「え……」
知らなかった。俺は今、一色によると辛そうな顔をしているらしい。……感情と表情が繋がったのは、久しぶりな気がする。
「……多分、眩しいんだ、一色が」
「わ、私が、ですか?」
「ああ……俺は、ずっと『本物』が欲しかった」
「言ってましたもんね、ずっとずっと」
「うっせ。……今回の件で、何となく分かっちまったんだよ。お前の話を聞いて、手を貸すと決めてから、俺は咄嗟にあの解決法が浮かんだ。まるで予め用意されてたみたいに、本当にごく自然に、あれが一番効率が良いって、そう思った。自分を矢面にあげて、表面上の関係を粉々にして……それが最適だって。……そん時に同時に、どう足掻いても俺は『本物』にはなれないんだって、どっかでそう思っちまった」
どんなにかっこつけても、どれだけひねくれてみても、心にずっと残っていた。『本物が欲しい。本物になりたい』って。
でも、今回で漸く分かった。『本物』を求める俺でも、実際はただ壊すだけの方法しか取れない。本当の意味で、誰かを救うことなんてできないって。それは、俺の思い描く『本物』には程遠いから。
だから、俺は『本物』にはなれない。
「だから、俺はお前が眩しいんだ。俺の作戦の真意を理解して、自ら行動を起こしたお前が。本当の意味で他人のために泣けるお前が。俺みたいに諦めて停滞せずに、前に進むことを選んだお前が。……強いお前が、俺には眩しすぎるんだ」
光と闇は表裏一体だ。光がなければ闇も生まれず、逆もまた然り。しかし、そんな関係であっても、光と闇が交わることは、決してない。
「……訂正します。さっきの言葉」
「え?」
「『今はまだ』です。……せんぱいも、間違ってますよ」
「何……?」
一色が呆れたように溜め息を吐く。そのままベッドを立ち、俺の隣に腰をおろす。
「お、おい、一色……」
「私も、せんぱいが思うような人間じゃないです。私は、せんぱいに話を聞いてもらうまでは、ずっと悩んで、苦しんで、辛くて、全部投げたそうとしてた弱い人間です。猫を被り続けてずっと周りを騙して生きてきた、偽物の人間です。せんぱいが私のことを眩しいって言ってくれるなら、強いって言ってくれるなら、それはせんぱいのおかげです。せんぱいが力を貸してくれたから、私は小さな強さを持てたんだと思います。一人じゃ絶対無理でしたよ、あんなこと」
えへへ、と笑う一色は、あの時の泣いていた小さな姿とは程遠く……その姿にやはり、一色は強いのだと改めて思う。
「だから、私の強さはせんぱいのおかげです。私が眩しいほど輝けるのはせんぱいのおかげです。私が、『本物』だって言うのなら、それこそせんぱいのおかげです。もし、せんぱいが自分を悪く言うなら、それは私に言ってるのと同じなんです。せんぱいは認めないかもしれないですけど、せんぱいだって、私から見たら立派に輝いてますよ?くすんでても、加減が弱くても、ちゃんと輝きながら何かを照らしてます。ですから、そんなせんぱいが『本物』になれないって言うなら……」
そして、一色は俺の肩に頭を乗せたまま、上目使いでこう言った。
「私が、せんぱいの『本物』になってあげますよ」
混じりけのない、心の底からの笑顔。その笑顔は、今まで悩んでいたのが馬鹿らしくなるような、そんな笑顔だった。
「……やっぱ、強えよ。お前は」
「せんぱいのおかげです」
「……一色、お前の言葉は素直に嬉しい。けどな、どう足掻いても、これが俺だ。きっとこのひねくれた性格はこれからも変わらねえし、さっきみたいなやり方も変えられない」
「でしたら、その度に私がせんぱいを肯定します。何があったって、ずっとずっと信じます。そのひねくれて意地っ張りなせんぱいを、私は信じたいと思ったんですから。この想いだけは、絶対に偽物なんかじゃありません」
……全く、降参だ。
「お前、俺のことキモいとか言ってなかったか?」
「まー目とかはアレですけど……仕方ないじゃないですか、この想いはどうしようもないんですよ」
「はいはい、あざといあざとい」
「むー、何で今それ言うんですかぁ!せんぱいのばか!」
「おう、知ってる」
「むー!せんぱいのばか!あほ!八幡!」
「おい待て、八幡は悪口じゃないよ?」
「知らないですよ、もう!」
さっき、「ただの相部屋同士」に戻ると言ったな?すまん、あれは嘘らしい。いい加減俺も認めよう。この俺の中にある、小さな
「絶対に認めさせてあげますからね、せんぱい!」
「おう、やってみろよ。やれるもんならな」
もう一度だけ、信じてみよう。一色いろはという、小さな光を。純粋だった頃の、『本物』への希望を。
この日、俺と一色を取り巻く繋がりは大きく歪み、崩れ、音をたてて壊れた。
しかし同時に、俺達は新たな繋がりを手に入れたのだと、そう信じている。
言葉などでは言い表せない、確かな繋がりを。
というわけで、いろはすの問題も、まずは一段落ということです。このいろはす結構押せ押せですね。原作の猫かぶり的あざとさはどこへやら。
今回の話は、特に八幡が原作以上に『本物』を信じようとしている、という点を明確に描き出そうと思い、何度も文章を読み返しながら書きました。ひねくれた中にある『本物』への渇望……少しでも伝われば幸いです。
では次回もよろしくお願いします。
第六話 救われた彼女は、変わるために決意する。
いろはす~( ´∀`)