やはりあざとい後輩とひねくれた先輩の青春ラブコメはまちがっている。   作:鈴ー風

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少し経ってしまいました、どうも、鈴ー風です。
書いてるうちにどんどん増えて、切りどころが無くなってあああぁぁ……となり、なんと一万文字前になってしまいました。しかも、これでもまだ終わってません。すみません( ノ;_ _)ノ
補完の次回は早めにあげますので、どうか良しなに。

とりあえず、今回でいろはすと大場の一件には決着が着きます。それと、早くも八幡がその煽りスキルを発揮し始めます。若干違うかも知れませんが。そこはまあ、オリジナルと言うことで一つ。
ではどうぞ。

いろはす~( ´∀`)


第四話 そして、比企谷八幡は自ら闇に歩き出す。

 

 

「……お見苦しいところをお見せしました」

「いや、別に。俺がけしかけたみたいなもんだし」

 

 あれから数分。一色はずっと、部屋に瀬谷さんが来るまで泣き続けた。おかげで涙まみれの一色が更に発狂すること数分。瀬谷さんと二人がかりで宥めること数分。ちなみに、瀬谷さんにはとりあえず帰ってもらった。

 結果、一色は大人しくなったものの、毛布にくるまってそっぽを向いている。

 

「せんぱいが悪いんです。普段はヘタレなくせしてああいうことを臆面もなく言っちゃうんですから。もしかしてそうやって傷心の女の子につけこんでかっこいいアピールしてみたら好きにさせられるかもとか思ってましたかすみません正直少しと言うかかなりグッと来て何なら今でもぐらぐら揺れてますけどこんな状態でせんぱいと顔会わせるとかありえないというか不可能なんでまた今度ということでごめんなさい……」

「俺が悪くていいから。とりあえず落ち着け、一色」

 

 そんなどんよりオーラ出しながら何かぶつぶつ言われたら慰めたはずの俺の立場がない。何なら虐めたんじゃないかとさえ錯覚しそう。……虐めてなかったよね?俺。

 

「……なら、そのままでいいから俺の話を聞いてくれ」

 

 ガリガリと後頭部を掻きながら、一色の返事を待つ。言葉こそ返ってこないが、一色の頭部が上下に軽く揺れた。了承したということだろうか。

 

「まず初めに確認しておく。お前はこれからどうしたい?」

 

 具体的な言葉にせず、一色に抽象的な言葉を敢えて投げかける。「どうしたいか」とはそのまま、「一色いろはがこの問題をどうしたいか」という意味である。俺の持論で言えば、どんな問題だろうが、不可能は存在しない。諦めるもよし、傷つきながら抗うもよし、何なら逃げるのだって有りだ。問題は「解決」だけが解じゃないってこった。だからこそ、この質問は今後の方針に関わる避けては通れない問題でもある。

 

「…私、は……変えたいです。今の自分を。今の環境を」

「……どんな手段を使ってもか?」

 

 一色の答えは、自身と環境の変革。変革とは即ち上昇という名の野望であり、破壊という名の現状の否定でもある。何かを変えるということは、何かを壊すも同義、ということだ。

 そして、一色は俺の問いに、静かに答えた。

 

「……変えたいですよ、どんなことをしてでも。もう、流されるのは、合わせるのは、弱いままは、嫌です」

 

 相変わらず顔は見えない。しかし、その声音は、確かに力強く感じた。覚悟を感じた、と言うべきか。

 

「…分かった。俺に考えがある。当然、お前にも手伝ってもらうぞ、一色」

 

 ならば、俺は一色に手を貸そう。それが、俺にできることだから。一色に『本物』を見せてやる。

 たとえ、どんな手を使おうとも。

 

「決行は……三日後だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やあ、いろはちゃん」

「……お久しぶりです、大場くん」

「久しぶり。と言っても、三日前にも会ったんだけどね」

 

 あれから三日。俺は、作戦の決行当日の病院のメインフロアに大場を呼び出した。まあ、呼び出したのは一色だがな。そして、一色に対してあはは、と笑っている大場だが、一色からの話を聞いた今、それはただ取り繕っただけの仮初めの薄ら笑いにしか見えん。正直、呼んでおいてなんだが直ぐにでもお帰り願いたいまである。

 それでもここに呼びだしたのは、今回の作戦にこいつが必要不可欠だからだ。

 

「…楽しく話してるとこ悪いんだがな。大場、お前に話がある」

「……何ですか、比企谷さん」

 

 まるで俺を無視するかのような態度だった大場だが、声をかけられた以上返事しないわけにはいかない。返事を返してくれたはいいが、明らかに一色と話す雰囲気とは違う。

 また、あの感覚だ。背中に水をぶっかけられるような感覚。あの時はこれが何なのか分からなかったが、今ならはっきりと分かる。

 何てことはない、これは「嫉妬」だ。考えてみれば当たり前と言えば、当たり前だろう。なし崩し的とはいえ、現時点で大場(こいつ)と一色は恋人同士。自分の意中の相手が他の男と一緒にいるのは、やはりいい気分はしないだろう。嫉妬の感情を抱いたところで、至極普通の反応だろう。

 

 ……普通の人間なら、な(・・・・・・・・・)

 

 ここからが、俺の出番だ。

 

「単刀直入に言う。一色と別れてくれ」

「……は?」

「……」

 

 大場の目を真っ直ぐに見据えたまま、率直に言い放つ。大場は豆鉄砲を喰らった鳩のような顔をしている。一色は、俺の服の裾を掴んだまま俯いている。

 数秒たった後、大場は慌てて表情を取り繕い、またも薄ら寒い笑みを浮かべる。

 

「は、ははは。びっくりしましたよ比企谷さん。一体何の冗談ですか?」

「冗談なんかじゃねえよ。何度でも言う、一色と別れてくれ。お前なんか、こいつには釣り合わない」

 

 その瞬間、僅かにだが大場の眉が動いた気がした。

 

「……もしかして、用件はそれですか?そういった話でしたら、できれば場所を変えてーー」

 

 来た。大場は、まさに俺が望んでいた通りの台詞を口にしてくれた。

 俺は、予め用意しておいた一言を言い放つ。

 

「何でだよ、別にここだっていいだろうが。悪いことしてるわけでもないしな。一色、お前はどう思う?」

「……私も、大丈夫です」

「一色さん!?」

 

 一色の言葉が想定外だったのか、大場が思わず声を荒げた。その声にフロアの他の患者や看護師達が何だなんだと俺達に注目してきた。それに気づいたのか、大場は二の次を続けられない。そんな大場を後目に、俺は更に捲し立てる。

 

「一色、お前からこいつと付き合ってることは聞いた。だが、俺はお前のことが好きになっちまった。頼む、あいつと別れて俺と付き合ってくれ!」

 

 一色に向かい合い、目一杯頭を下げた。この時点で、ギャラリーはざわざわとしだしていた。中には「がんばれ!」だの好き勝手言ってくれるやつもいるが。

 

「……すみません、せんぱい。気持ちは嬉しいですけど、やっぱり無理です、ごめんなさい」

 

 一色は、はっきりと俺に否定の言葉をぶつける。ギャラリーからも、落胆のような声もちらほらと聞こえる。昔の俺なら、一晩中枕を濡らしたことだろう。だが、今の俺には何の感銘も感傷も無い。

 

 何故なら、これが打ち合わせ通りだからだ。

 

 彼氏持ちの女なら、異性からの告白を断るのは容易だ。既に相手がいるのなら、通常の道徳があれば二股がいけないことだと知っているからである。相手も、わざわざ危険を犯してまで踏み込むものもそういないだろう。だから、俺が一色に嘘告白をし、一色がこれを断る。これで俺は「彼氏持ちの女に大観衆の前で告白し、振られた惨めな男」という印象を持つことができた。代わりに一色は、「大観衆の前で変な男に告白された、可哀想なモテる女」ってわけだ。ちらりと大場の顔を盗み見るが、明らかな安堵の表情を浮かべていた。

 

 阿呆が、これで終わるわけが無いだろうが。

 

 俺は頭をあげると、今度は大場の方へと歩みより、

 

「頼む、一色と別れてくれ!」

 

 松葉杖さえ投げ出して、その場に土下座した。

 

「なっ!?」

「ちょ、せんぱい!?止めてください!」

 

 突然の俺の行動に、大場と一色だけでなくギャラリーさえも、もはや動揺を隠しきれていなかった。俺は頭を擦り付けたまま、大場のアクションを待った。

 

「ひ、比企谷さん!止めてくださいよこんなところで!」

 

 ……大場、お前本当に俺の思った通りに動いてくれるのな。逆に怖えわ。好都合だけど。ギャラリーもざわざわし始めた。何かがおかしいと思い始めたんだろうな。だが、俺のターンは終わらない。

 

「頼む、この通りだ!」

「比企谷先輩!」

「せんぱい!分かった!分かりましたから。付き合ってあげますから、もうそんなこと止めてください!」

「え……いろ、はーー」

「大場くん。そういうことなんで、ごめんなさい……」

 

 筋書き通りの超展開。俺は一色に支えられながら立ち上がる。まさか受け入れるなんて微塵も思ってなかったであろう大場は、ただただ唖然としていた。

 そんな大場に、俺は止めの一言を言い放つ。

 

「すまんな、大場。そういうわけだから。急に呼び出して悪かったな。それじゃ」

 

 簡潔な、しかしこれ以上無い明確な「終わり」。それを告げた以上、俺達がここにいる理由はない。俺は再び松葉杖を持ち、一色と共に離脱を図る。

 

「……ま、待て!!」

 

 しかし、大場はそれを良しとしなかった。大場の顔は驚きや困惑が練り混ざったような表情で、先程までの薄ら寒い笑みは無い。

 

「いろは!どうして僕達が別れるなんてことになるのさ!大体、そんなやつのどこがいいんだ!僕よりそんなやつの方がいいって言うのか!?」

 

 もはや半ヒステリックにすらなりかけている大場。周りの目すら気にしている余裕は無いらしい。本人は相当狼狽しているみたいだが……俺は、内心笑いが止まらなかった。

 だって、ここまでのやり取り全てが俺の描いた筋書き通りの展開だからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 三日前。

 

「三日後って……何でですか?」

 

 相変わらず毛布にくるまった一色は、顔を背けたまま問いを返してくる。

 

「まあ三日後じゃなけりゃいけないことは無いんだが……都合がいいんだよ。一色、三日後は何曜日だ?」

「今日が木曜日だから……日曜日ですね」

「そうだ。一般的に病院には平日じゃなく土日に来る人が多い。学校とか仕事とか休みになりやすいからな。できるだけ人の目が必要なんだよ。で、この日に大場を呼び出す」

「え"」

「気持ちは分かるが露骨に嫌そうにすんな。電話じゃなくてもメールとかでいい。仮にも恋人ならメアドのひとつでも知ってんだろ」

「まあ、知ってますけど……呼び出して何するんですか?」

「何、簡単な別れ話だ」

「別れ話だって……それができれば苦労しないですよ……」

 

 一色の声が沈んでいく。まあ、自分がずっと悩んでいたことをさも当たり前のように言われたら、落胆もするか。だがな。

 

「簡単だよ。付き合った時と同じシチュで振ってやればいい。俺がお前に告白するから、それにかこつけて別れちまえばいいんだよ」

「告白……へぁ!?」

 

 いきなりがばっと毛布から顔を見せたと思ったら、真っ赤に染まった顔の一色が両手をぶんぶんと振りながら後ずさっていく。まあ、ベッドの上なんだけどな。

 

「ななな何いきなり告白する気になってるんですか吊り橋効果ですか正直ぐらついてるところにそんなのされたら落ちちゃうに決まってるじゃないですかそういうのはずるです卑怯です告白とか冷静な状態で受けたいですししっかりと雰囲気作ってからがいいのでもう一度検討してからにしてくださいお願いしますううう!」

「お前自分で何言ってんのか分かってる?」

 

 あまりの早口さに何言ってんのかもはや分からん。

 

「心配すんな。告白するふりだよ、ふり。シチュは俺が作るから、お前はその場その場で上手いこと話を合わせてくれればいい。それだけでいい」

 

 俺の筋書き通りなら、それで全ては上手くいく。一色は納得してくれたのか静かになった……と思ったら、また俯いて何かぶつぶつと言い始めた。

 

「あ……あはは…そうですよね……せんぱいですもんね。告白とか嘘に決まってますよね……知ってましたよ、ええ、知ってましたとも……」

「おーい、一色ー?」

 

 心なしか落ち込んでいるようにも見えなくもない。何だ、納得してくれたんじゃねえのか?

 

「大丈夫ですよ、分かってます。……その、せんぱい」

「何だ?」

「それで、私は変われますか?」

 

 変われるか、か……

 

「んなことは知らん。変わるかどうかはお前次第なんだ、そこまで責任は持てん。あくまで、俺は手を貸してやることしかできないからな。だがまあ……どちらにせよ、お前は変わると思うぞ、俺は」

「せんぱいの言う『本物』に、ですか?」

 

 うぐ、こいつ、ちゃんと聞いてやがったのか。さっきまでとはうって変わってニヤニヤしている一色から目を背ける。

 

「……まあ、お前がそうなれるように頑張ってやるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして今。状況は思った以上に上手く進んでいる。そして今まさに、事態は最終局面に差し掛かっていた。

 

「せんぱい……?」

 

 するり、と一色の手から抜け出す。悪いな、もう少し待っててくれ。

 さて、ここまでお膳立てしてやったんだ。

 

 最後まで醜く踊れ、大場。

 

「どうしてだと?んなもん、お前が一番分かってんだろうが」

「何だと……どういうことだ」

 

 大場が俺を睨み付けてくる。今の奴は冷静じゃない。さっきまでは辛うじて保っていた敬語さえ忘れている。つまりは、これが「本当の大場大成」なのだ。笑う余裕すらなく、年上に敬語さえ使わず、こんな安い挑発にすら引っ掛かり、嫉妬で狼狽しきった醜い有り様こそ、本当のお前なんだ。

 さあ、その歪な仮面を砕いてやるよ。

 

「マジで分かってねえのか?お前が一色に告白したのと同じ状況だってことをよ」

「同じ、状況……?」

「だってそうだろうが。大勢のギャラリーの前で大胆な告白。したんだろ?お前も。断りにくいよなぁ、たとえ好きでもないやつだとしても」

「何だと……」

「今の一色はそん時と同じだっつってんだよ。さっき俺の告白を嫌々受け入れたのがその証拠だ。こんな大勢のギャラリーに晒されての告白劇、しかも好きでもねえやつからなんてロマンの欠片もねえ、ただの悪ノリ公開処刑だ。いい加減分かれ、てめえは一色にこれっぽっちも好かれてなんかなかったってことをよ」

「ふざけるな……」

 

 大場は両手を握りしめたまま、わなわなと怒り、震えている。煽り耐性低いなこいつ。まあ、俺がやることは変わんねえが。

 

「ふざけてねえよ、大真面目だ。お前自分の立ち位置くらい分かってんだろ?クラスのトップカーストが同じトップカーストに告白して、円満に解決するとでも思ってんのか?断られたときにどうなんのか考えたことあんのかよ。…ねえよな、今みたいに大観衆の前に置いてしまえば、お前は一色が断らない。そう踏んでいたからこそ、あんな選択をした」

「黙れ……」

「一色は自分の立ち位置を理解してた。だからこそ、角が立たないようにお前の告白を受け入れた。良かったじゃねえか、思い通りにいってよ。嫌々ながらでも、一色と恋人になれてよ」

「黙れええぇぇっ!!」

 

 ついに弾けた。周りの目など、大場にはもはや関係ないのだろう。俺の挑発で大場の中に溜まっていた怒りが許容量を越えたのだ。溢れてしまったのなら、外に漏れ出すしかない。

 

「知ったような口を利くな!確かに、いろはは僕のことを好きじゃなかったかもしれない。でも、僕は僕なりに君に振り向いてもらえるように努力してたんだ!それの何が悪い!」

「……別に、努力云々を否定するつもりはねえよ」

「なら!」

「ただな」

 

「その結果が、一色の入院沙汰な訳だが、それについてはどう思う?」

 

 大場の言葉が、ピタリと止んだ。

 

「聞いたよ、一色に何があったのかも、お前が何やったのかも。当然、妬み嫉みでこうなることくらい分かってたんだろ?で、お前は何やってたんだよ。一色がこんなことになるまで、お前は一体何やってたんだ」

「それは……いろはが虐められてると知ったから、だから、僕はいろはを守ろうと、犯人を探して……!」

「犯人を探して、何だ?『一色への虐めを止めてくれ』とでも言うつもりだったか?だとしたらとんだお笑い草だ」

「それの何がいけないんだよ……」

「何がいけないのか分かんねえこと自体が駄目だっつってることにまだ気づかねえのか。お前、クラスメートに『君は犯人ですか?』なんて聞いて『はいそうです』なんて答えるとでも思ってたのか?性善説の賢人気取りもいい加減にしろよ」

「相手は同じ人間だ!ちゃんと話し合えばきっと……」

「だからそれがそもそも間違いだって気づけ。話し合えば解決する?んはわけあるか。だったら初めっからこんな面倒事になってねえんだよ。話し合えるようなやつが虐めなんて陰惨なことするわけねえだろ」

「そんなことはない!最初から悪いやつなんてーー」

「理解しねえやつだな。話し合えば解決できるんだろ?見てみろ、俺とだって分かり合えてねえじゃねえか。それに、犯人とも話し合うんだろ?一色に直接危害を加えたやつは別としても、その前に虐めに加担していたその犯人とやらは見つかったのかよ」

「そ、それは……」

「ほら見ろ。結果が全部語ってんだよ。お前のやることなすこと中途半端で、何も進展しちゃいねえ。むしろ悪化させてるまである。お前の言う『善人』なんていやしねえんだよ、誰もが皆腐ってんだよ。……お前も含めてな」

「僕も、だと……」

「ああそうだ。お前一色が入院して、初めて来たのが三日前だったよな。そん時には入院して一週間経っていた。そこまで一色のことを想ってたならお前、何で一度も見舞いに来なかった?」

「それは犯人を……」

「探していたからか?放課後くらい来れるだろ。それだけじゃない。お前犯人を探してどうする気だ?」

「それは、直接謝ってもらって……」

「解決ってか?それ、本気で言ってんなら頭腐ってんじゃねえのか?謝ってはい終わり、なんて子供のうちだけだ。どんだけ謝ろうがやったことは無かったことにはできねえし、やられたことは忘れねえんだよ。それに、犯人が分かって晒しあげたところで、今度はそいつらが新しいターゲットになるだけだ。逆上して、余計に一色に危害が及ぶかもしれない。そこまで考えたことあんのかよ。間違ってんだよ、お前の言う努力ってやつは。結局、負の連鎖は止まらねえんだよ」

「晒すだなんて、そんなこと……」

「そういうことなんだよ、お前が言っていることは。それにお前、さっき一色を守るためだっつってたな。なら簡単だ。さっさと一色の前から消えろ。はっきり言うが、虐めの原因はお前だ。お前が手を引けば万事解決だ」

「それは…」

「できねえのか?お前の掲げる皆仲良くってのはこの方法以外にあり得ない。それとも何か?自分の欲望のためなら一色を犠牲にするとでも?自分が良い思いをするためなら一色がどうなろうと知ったことじゃねえってか?」

「せんぱい……」

 

 俺は何で熱くなっているんだろう。何でこんなにイラつくのだろう。

 多分、腹が立っているんだ。

 理想だけを語り、自ら何もしないこいつに。

 汚い現実(もの)から目を背けるだけのこいつに。

 正義だけをがむしゃらに掲げ、自らが傷つくことから逃げ続ける、歪んだこいつに。

 正義ってのは素晴らしいものだと思う。だが、そんなものがまかり通るのはいつだって嘘だ。多くの助かる人の裏側で、どうしようもなく、救いもなく傷ついていく人がいることを知ったから、俺は仮初めの正義を信じない。

 誰かが言った。信じられるのは自分だけだと。だから、俺は他人を頼らない。たとえ、それで何かを壊すことになったとしても、業を背負うことになるとしても。

 

 俺は俺らしく、卑屈で、歪で、ひねくれた俺なりの正義を貫こう。たとえ、何と言われようとも。

 

「ここまで言われてまだ分かんねえのか?お前が一色をどう思おうと、そんなことはどうでもいい。だかな、はっきり言えることは、お前は一色にとって恋人でも、善人でも、ましてやクラスメートですらない、ただの『害』なんだよ」

「せんぱい……」

「……」

「言い返せねえよな。お前以上に一色のことを知らない俺でさえここまで言えるんだ。おまけに、今までの話を思い出せよ。お前、一つでもまともに言い返せたことあったかよ?ねえだろ、全部図星だもんな」

「せんぱい……!」

「……」

「結局お前がやってたのはただの善人ごっこなんだよ。自分だけの感情で突っ走って、周りを、一色を巻き込んで、できもしねえ精神論を説くくせに自分じゃ何もしない、できない。その他大勢の力を借りないと強く出れねえくせに、物事の挙げ句一色がこんな状態になってもまだ自分のことしか考えてねえ。ははっ、こんな屑初めてだ。まさか俺以上に最底辺の存在がいたとはなぁ」

「せんぱい!」

「……れ」

「だってそうだろうが。人の醜い感情を無視して都合の良いものだけ見て、その犠牲になった一色を労りもしねえ。何なら一色のことを奴隷とでも考えてるまである。俺も自分をかなりキモい屑野郎だと思ってたが、ここまでじゃねえよ。いやぁ負けた負けた。お前の勝ちだよ、大場。せいぜいこれからもその下らない持論を掲げて偽物の笑顔を振り撒いていけよ、なあ!」

「黙れええぇぇっ!!」

 

 本当に思い通りに動いてくれるな、こいつ。しかし、流石に煽りすぎたか、大場が腕を振りかぶって突進してくる。やべぇ、あれ本気の一撃だわ。一発もらうまでは予定通りだが、やべぇ、あれすっげえ痛そう。

 思わず、来る衝撃に備えて目を閉じる。

 

 ぱぁんっ!

 

 衝撃は、思わぬ所からやって来た。ポカンと顔を開けた俺の目に入ってきたのは、

 

「……!」

 

 俺にビンタをかまし、その目に涙を溜めた、一色だった。

 

「一色…お前……」

「せんぱい、もういいです。もう、いいですから……」

「いろは…どうして……」

 

 手を振りかぶった体勢のまま、大場も唖然としている。そんな大場に、一色は静かに言い放つ。

 

「大場くん、ごめんなさい。今までのは全部演技だったの。このせんぱいに協力してもらってたの」

「おい、一色……」

 

 突然何を言い出すんだこいつは。せっかく思い通りに進んで、後は一発殴られてはい終わりってところで。

 慌てて俺が弁解しようとすると、一色の顔が写る。その顔は、「任せて」と言っているような気がして、俺は二の次を続けられなかった。

 

「…な、なんだ!やっぱり嘘だったのか!いやあびっくりしたよ。そうだよねぇ、君があんな男とだなんて……」

「でも、大場くんと別れるのは嘘じゃない」

 

 瞬間、大場の顔が凍りついた。嘘だというカミングアウト、元サヤに戻れるという期待からの拒絶。……一色さん、中々えげつないですね。

 

「分かんないですよね、何でか。ついさっき、あなたがそういう人だって分かりましたから。……あなたにとって、私って何ですか?ブランド?人形?それとも、せんぱいに言われた通り奴隷だとでも思ってたんですか?」

「そんなこと……」

「ありますよ、そんなこと。私が虐めにあってることを知った時、私あなたにあんなことしてって言いましたっけ?女の嫉妬なんて慣れてましたし、あのくらいどうってことなかったんですよ。なのに、あなたがそれをおかしくした」

「そんなつもりじゃ……」

「関係ないんですよ、その気があったかどうかなんて。あなたは良かれと思ったのかも知れないですけどね、結果がこれなんですよ。無駄に刺激して、横やり入れて、掻き乱して、こんな大事になってるんですよ。自分勝手もいい加減にしてください」

「いろは……」

「名前で呼ばないでください、気持ち悪い。それに何ですか?さっきせんぱいのこと『こんな男』呼ばわりでしたよね?そんなこと言える立場ですかキモいんですけど。確かに、このせんぱいは目がキモいしひねくれてるし無駄にかっこつけだし正直何考えてるのか分かんなくてぶっちゃけ不気味ですけど」

 

 あれ?なんで俺ディスられてんの?今そんな場面だっけ?やばい、ビンタの痛みも合わせて泣きそう。

 

「……だけど、会ったばかりの私のことを気にかけてくれて、思いやろうとしてくれて、道を示してくれて。大場くん、あなたなんかより、よっぽど私のことを考えてくれてた。正直、こんな面倒くさい女のことなんて無視すればいいんですよ。ほっといてくれればいいんですよ。なのにこのせんぱいは、どうしようもない自分の黒歴史を持ち出してまで私の話を聞いてくれて、吐き出せって言ってくれて、何とかしてやるって言ってくれました。ひねくれて、理屈っぽくて……でも凄く、嬉しかったんです」

「一色……」

「せんぱい、ありがとうございます。でも、ここからは私に任せて下さい。…私が、言わなきゃいけないことだから」

「い、いろ」

「呼ばないでって言いましたよね?私、今やっと分かりました。確かに今までは大場くんのことを好きじゃなかったです。でも、それだけでした。でも、今は違います」

 

 そこで、一色は言葉を切り、そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今は、あなたが嫌いです」

 

 

 

 止めを刺した。

 

「金輪際、私に関わらないで下さい。目障りです。……皆さん、お騒がせしてすみませんでした」

 

 一色がギャラリーに謝罪すると同時に、静かだったギャラリーに少しずつ喧騒が戻ってきた。相変わらず、大場は固まっているが。

 

「せんぱい、行きましょう」

「お、おい、一色」

 

 そのまま、松葉杖ごと一色に引っ張られながら、ロビーを後にした。

 

 こうして、それぞれの心に様々な形で傷を残しつつ、一つの問題は終わりを告げた。

 

 




はい。とりあえずは大場問題終了です。本当はもう少し続くのですが、文字数制限に引っ掛かりそうなので、ここで切らせてもらいます。
タイトルの割には八幡があまり自己犠牲になってませんね。少し反省。後、いろはすが結構アクティブですね。流石いろはす!……はぃ、すみません……
次回は今回書ききれなかった補完となります。なるべく早くあげたいと思います。
では次回。

第五話 二つの繋がりは壊れ、やがて新たな繋がりを結ぶ。

いろはす~( ´∀`)

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