やはりあざとい後輩とひねくれた先輩の青春ラブコメはまちがっている。 作:鈴ー風
……おせぇよ!遅すぎるよ!もう新年越えたよ何してんだ俺!
約三ヶ月ぶりですお久しぶりです。皆さんはこの一年どうでしたか?作者は最後の最後で体調を崩して最悪でした……orz
今年こそは良い年でありますように……
では第十一話です。
どうぞ( ゚д゚)ノ
いろはす~( ´∀`)
金曜某日。今日も今日とて、ぼっち街道爆進中の学校を終えて憩いの場所─即ち、我が家へと帰ってきた。
「お帰り、お兄ちゃん!」
玄関先でマイエンジェル、コマチエルこと小町が出迎えてくれる。それはいい。愛しの我が家に帰ってきたのだと実感できるから。
しかし、だ。
「……お、お邪魔してます」
そこの壁の向こうからこっちを見ている君、何でここにいるの。
「……なぜお前がいる、一色」
病院以来の一色いろはが、うちにいた。
「──それでね、学校でいろはさんと会って、小町すーっごくビックリしたんだから!」
「そうかそうか」
小町からの話を纏めると、つまりはこういうことだ。
一色はあのいじめ問題の件で転校をした(それは俺も知っている)。が、転校先がたまたま小町の通う
「で、気になってたんだけど。そこの君は誰だ?」
「あ、ご挨拶遅れました!私、金沢佐和子と申します!」
さっきはいなかった少女、一色の友達だと言った金沢という少女は、さも当然とばかりに一色に絡んでいる。多少鬱陶しそうにしているものの、当の一色も嫌がる感じは見られない。
「これでもいろはちゃんの友達やらせてもらってます!」
ふんす、と胸を張ってドヤ顔の金沢さん。おお、中々見所のある……じゃなくて。
「そうか……一色、友達できたんだな」
「え、ええまあ。…この子なら、信じてみてもいいかなって思えたんで」
小声での会話に、顔を赤く染めつつも答える一色には、あの時のような弱さや脆さは見えなくて。
…本当に強いよ、お前は。
「ふむ?ふむふむ……ピコーン!」
ちょっと小町ちゃん?何、そのピコーンて。怪しさ満点なんだけど。
「お兄ちゃん!小町は今日の晩御飯の材料が足りないことを思い出したのです!」
「は?マジかよ。なら俺が買って─」
「その気遣いは小町的にポイント高いけど、今はダメダメだよお兄ちゃん!お兄ちゃんにはお客様をもてなす義務があるのです!」
何か、普段の頭の足りない残念な小町のイメージを払拭するかの如く捲し立てている。それでも残念さが隠しきれていないところがお兄ちゃん悲しいが。
「てなわけで、お兄ちゃんはしっかりといろはさんをもてなすこと!で、金沢さん。ちょっとついてきてもらってもいいですか?」
「え?……なるほど、お任せだよ小町ちゃん!」
「え?ちょ」
「じゃあいろはさん、小町達は出掛けてくるのでごゆっくり!うちのゴミいちゃん使ってていいので!」
「じゃあいろはちゃん、また後でねー」
「待て小町──」
怒濤のラッシュを放った後、小町と金沢という子は共に買い物に行ってしまった。仕方なく一色の方を向くと、妙に落ち着かない様子の一色と目があった。
「…ど、どうも」
「……とりあえず、茶でも出すわ」
二人残されて縮こまってビクビクしている一色にも何やらそそるものがあるが、とりあえずもてなしとやらをしてみよう。つうか小町ちゃん、客だというのならまず君がお茶くらい出しなさい。
「い、いえ!お構い無く!」
「そう言うわけにもいかん。小町にしっかりもてなせと言われたからな。兄として聞かないわけにはいかない」
「…相変わらずのシスコンですね、せんぱい」
「千葉の兄妹なんてどこもそんなもんだ」
「せんぱいだけですよそんなの。まあ、そういうところがいいんですけど」
「ようやくいつものお前に戻ったな。…ほい、お茶」
話しているうちに
「せんぱい、またそれですか」
「いいだろ、旨いんだから」
千葉の人間たるもの、マッ缶はソウルドリンクである。意見は認めるが異論は認めない。ことごとく却下してやる。
「…せんぱい、それ、少しください」
一人謎の達成感を噛み締めていると、一色がそんなことを
「は?いや、欲しいなら新しいやつを──」
「そんなの勿体無いですよ。とにかく、それもらいますね」
「あ、おまっ」
どこで会得したのかと問い詰めたくなるほどの早業で、俺のマッ缶は一色に強奪されていた。そして、それをおもむろにあおると──
「ぶふっ!?」
盛大に吹き出した。
「ごほっえほっ!な、何ですか、この甘さ!甘っ!ひたすらに甘っ!」
「それがMAXコーヒー、通称マッ缶だ。その暴力的なまでの甘さが癖になるんだろうが」
「ど、どこがですか……」
恨みったらしくマッ缶を見つめる一色は、しかしマッ缶を飲むことは止めない。何故なのか。
つうか、今気づいたが──
「お前、間接キスとか気にしないのな」
「ぶふぁっ!?」
またも盛大に吹き出した。あぁ、勿体無い。
「にしても遅せえな、小町達」
「本当ですねー」
あれから真っ赤になった一色を宥めたりマッ缶の後処理をしたりと色々あったが、ようやく落ち着いた今は二人してソファでまったりと過ごしていた。時間は六時過ぎ。小町達が出ていってからそろそろ一時間が経つ。まあ、華の中学生二人が出掛ければ、何かと時間がかかるものなのだろう。俺にはてんで分からんが。話題が無いのも寂しいので、軽く話題を振ってみる。
「そういや、ちゃんと使ってくれてんのな、それ」
さっきふと気づいたが、一色の腕にはあの日──退院の日に俺が渡したアームウォーマーがその存在を主張していた。シンプルな学生服と相まって、ストライプ柄がよく栄える。やはり一色の着こなしと、そして俺のセンスが決して悪くないことを再認識する。
「勿論ですよ。せんぱいがくれた大切なものですし」
「はいはい、あざといあざとい」
「むー」
当たり前のようなやり取りだが、どこか妙に懐かしく、どこか楽しんでいる俺がいる。小町以外との関わりなどいらないとさえ思ってた俺が、一色との時間は嫌いでなく、むしろ楽しいとさえ感じている。
つまりそれは、そういうことで。
…それでも、俺の心は答えを出せないでいる。
「………」
「せんぱい?どうしたんですか、難しい顔して」
「え?…そんな顔してたか、俺」
「ですです。ただでさえ濁った目がもっと淀んでましたよ」
「おい」
容赦のない物言いは、心にグサッとくる。まあ、俺自身分かってるからいいけどね。ハチマンナイテナイ。ホントダヨ?
「でもまあ、そういう顔もかっこいい、です、けど……」
「照れるなら言わなきゃいいんじゃないですかねぇ…」
ぼそぼそと呟きながら顔をクッションに埋める一色。ちょ、一色さんそれ俺のクッション。やめて!使えなくなるからやめて!いろんな意味で!
「せんぱいが悪いんじゃないですか!」
「なぜ俺がディスられなけりゃならんのだ」
「かっこいいのが悪いんです!」
「そんなバカな」
何という理不尽な怒り。誉められてるのかけなされてるのかわからん。
「もー、ちょっとは強くなるまでせんぱいに会うのはお預けだったのにー…結局小町ちゃんに乗せられて来ちゃったし。私のバカ」
「…何言ってんだよ」
何が強くなるまで、だ。お前はもう十分強くなってる。とっくに変われてるさ。…なんて、言ったところで一色は納得しないだろう。
だから。
「ふぁっ!?」
少し乱暴に、一色の頭を撫でる。セットされているであろうさらさらの髪が気持ちいい。
「あの日に言っただろ、会いたくなったらいつでも来いって。小町も喜ぶし、それに……」
「そ、それに?」
「……お、俺も、少しは楽しいし、な」
…言ってて恥ずかしくなってきた。何を言っているんだ比企谷八幡、お前はそんなキャラじゃないだろ。もっと卑屈になれよ!(錯乱)
「せんぱいがデレた……」
「う、うっせ」
「デレ幡せんぱい……」
「やめてください」
それ以上は死んじゃう、主に俺のクリスタルハートが。このままでは俺の黒歴史が増えてしまう。助けて猫型ロボット!
「たっだいまー」
「お邪魔しますー」
救世主は猫型ロボットではなく天使でした。おお、あなたが神か。いいえ、天使です。
「あ、小町ちゃんお帰りー。聞いてよ、さっきせんぱいがねー」
「さあ小町、材料を寄越せ!今日はお兄ちゃんが何でも作ってやるぞ!あー腕がなるなー!」
鮮やかなパスカットを挟み、小町から袋を奪い去り、台所に籠る。これ以上黒歴史が小町に知られたら本格的に死んじゃう、主に俺のガラスハートが!(降格)
「どしたのお兄ちゃん…?ま、いいや。それよりいろはさん、もう夜も遅いですし、うちでご飯食べていってくださいよ!」
え、何言ってんの小町ちゃん?
「え、でも家にお母さん達いるし──」
「そう言うと思って、既に連絡しておきました!『娘をお願いします』って小町頼まれちゃった!」
「な、何という手回しの速さ…」
「私もお呼ばれしてるから、一緒に食べよういろはちゃん!」
「てな訳でお兄ちゃん!晩ごはん二人分追加で!」
どうやら一色が食べていくのは決定らしい。つか金沢さんとやらも食べてくのかよ、材料が持つか…?
「…あいよ、すぐ作るから待ってろ」
しかしまあ、そこは可愛いマイシスターの頼み。千葉の兄としてはそれに答えなければなるまい。
久々に、腕を振るいますか。
「お、美味しい…」
「でしょでしょ!お兄ちゃんのカレーは絶品なんですよ。久々に食べたけど」
「普段作らないからな」
調理開始から数十分。食卓に並べられた今日の晩飯、カレーを四人で囲っている。出来映えは上々、専業主夫目標は伊達じゃない。基本的に社畜根性の両親は遅くまで仕事に行っていて帰ってこない。普段から晩飯は俺と小町の二人分で済むため、カレーは逆に効率が悪いのだ。たくさん作ると処理に困るし。なので、カレーを作ったのはかなり久々だったりする。
「美味しいです。女として負けた気分です」
「大袈裟だろ」
金沢さんとやらにも気に入ってもらえたようだ。良かった良かった。それでこそ作った甲斐があるというものだ。
「今度料理教えてくださいよ、比企谷先輩」
「おう、気が向いたらな」
金沢さんとやらは随分と気に入ったようだ。まあ、自分の作ったものを賞賛されるのは悪い気はしない。機会があれば教えるとしよう。機会があれば。
「むー……」
しかし、どうやら一色は機嫌が悪くなっているらしい。明らかに「不機嫌!」といった唸り声をあげている。
「…お前にも今度教えてやるよ」
機会があればだが。
「……じゃあ、許してあげます」
何故に上から目線。俺は許しを乞う立場だったのか!
ともかく、一色の機嫌を損ねることもなく、のんびりとした空気のまま、全員が食事を終えた。
「…さて、そろそろ遅くなるしお前ら帰れ。送っていってやるから」
「「「え?」」」
「え?」
至極当然で真っ当な提案をしたはずなのに、俺に向けられる三つの「こいつ何言ってんの?」的な視線。あれ?俺間違ってないよね?
「いろはさん達、泊まっていかないの?」
「いやいや、流石にまずいだろ」
当然小町の部屋で寝てもらうにしても、仮にも年頃の男子がいる家に娘を泊まらせる親なんて……
「許可は取ってありますよ?せんぱい。『比企谷君なら大丈夫!』って言ってました」
「マジでか」
いたよ、今目の前に。大丈夫なんですか一色のお母さん。あなたの俺に対するその絶対的信頼は何なの…
「お父さんからも了解は得てます。…何か電話越しに泣いてましたけど」
おいそれめっちゃ嫌がってんじゃん。苦渋の決断じゃん。汲み取ってやれよ、父親の気持ち。一色家は女の方が強い家庭なの?そんな家そうそうあるわけ…あ、うちがそうでした。
「まあそういうことだから、諦めてね。お兄ちゃん」
「……どうなっても知らんぞ」
「比企谷先輩!私も許可とったんでお世話になります!」
あぁうん、知ってた。
「疲れた……」
あれから風呂に入り、テレビを見たり、ゲームをしたり、俺がディスられたり、集まって課題をやったり、俺の黒歴史が晒されたり……まあ色々あった。…何故か俺がダメージ受けているのはこの際捨て置こう。結論として、とにかく疲れた。女子中学生とはここまでエネルギッシュなものなのか、それとも俺が脆弱なのか。前者だと思いたい。こんなことを常日頃から経験しているであろうリア充達には心底感心する。あいつら凄…訂正、やっぱあいつら爆発しろ。
全身に久しく感じる疲れのまま、自分のベッドに頭から突っ込む。全身を包む布団の弾力と温もりが心地よい。
「このまま寝ちまおう…」
ちらりと時計に目を向けると、短針は十一を過ぎていた。道理で眠たくなってくるわけだ。今日は心底疲れたから、余計に。
コンコン。
そのまま
「…せんぱい、まだ起きてますか?」
やはりというか、ノックの主は一色だった。普段のあざとボイスからは想像もつかない控えめな声からして、変に遠慮しているんだろうか。…男の家まで来といて、今更何を遠慮しているんだか。
「…起きてるぞ」
だから、俺は眠たい意識を呼び起こし、一色を迎え入れる。
「何か用があるんだろ。…入ってこいよ」
「…で、では。お邪魔しみゃっ!?」
あ、噛んだ。
「…いい加減機嫌直せよ」
「…不覚です」
ベッドに腰掛け、リビングにあった俺のクッションに顔を埋めた一色を宥めることはや五分。漸く口を利いてくれるようになった。そんなに噛んだことが嫌だったのか…
「…お前、そのクッション気に入ったの?」
「…はい」
いよいよそのクッション使えなくなったんだけど。もういいや、そのクッション一色にやろうそうしよう。
「…それよりも、わざわざ部屋まで来たんだから何か用があったんだろ。何だったんだよ」
本題に突っ込むと、クッションから少しだけ顔を出した一色がぼそりと呟いた。
「…別に用事があった訳じゃないです。ただ、せんぱいと話したかったっていうか…」
「…そうか」
ただ話したかっただけ…そんな事を言われたのは、多分生まれて初めてだろう。この見た目と性格のせいでガキの頃から気味悪がられてきた俺は、用事があってさえ話すのを拒否されることも多かった。家族からでさえ、そんな事を言われた覚えはない。だからこそ、今心がざわざわしているのは慣れていないからだ。他者から向けられる、純粋な「好意」に。
「…ま、夜も遅いし、少しだけな」
だから、一色ともっと話したいと思ってしまったのは仕方のないことだし、俺にとって良いことなんだろう。
「…っ!はいっ…」
「こんなことで喜ぶなよ…」
はにかみながら、一色は屈託の無い笑顔を浮かべる。
「お前は、上手くいってるみたいだな」
今日の一色の表情に、あの頃のような悲しみは見られなかった。友達だと言う連れもできていた。全てを拒絶しかねなかったこいつが拒絶しなかったということは、つまりそういうことなんだろう。
「まあ…面倒くさいですけど、嫌いになれない感じです。せんぱいはどうなんですか?」
「予定通り、ボッチ街道を快走中だ」
「うわ……」
「やめて。露骨にガチのテンションで引くのやめて」
質問に答えただけなのに何故ドン引きされねばならないのか。俺が悪いの?うん、知ってる。
「…元々事故がなくたって俺はボッチだったよ。その結果が一ヶ月遅いか早いかだけの問題だ。何も問題はない」
人はそう簡単には変われない。この事故で一番学んだことだ。俺は卑屈で、独善的で、目が腐ってて。それを全部含めて比企谷八幡だ。よくある高校デビューとかいうやつも、仮初めの仮面を被っただけで本質が変わる訳じゃない。だからここまでは予定調和、むしろ運命とすら言えるかもしれない。
「…本当にそうだとしたら、せんぱいが事故してくれて良かったかもしれません」
「あん?」
え、ここに来て急にディスられたよ。もしかして一色に好かれてるかもとか、また勘違いだったりするの?だとしたら、新たな黒歴史に悶えてしまわなければならない。
「だって、そのお陰でせんぱいと会えたんですから」
「……」
「……」
「…よくそんな台詞、恥ずかしげもなく言えるな」
「は、恥ずかしいに決まってるじゃないですかっ」
なら言わなけりゃいいんじゃないですかねぇ…現に、さっきよりも強くクッションに顔を埋めたので、嘘ということも無さそうだ。
「恥ずかしいですけど、せんぱいはこういうのになれてないと思ったので…私だけでも、ちゃんとこうやって、素直に言葉にするんですっ」
多分顔を真っ赤にしながら言っているのであろう、一色の言葉。クッションに顔を埋めているので声がくぐもっているが、その甲高い声がはっきりと俺の耳に響いてくる。
「……ありがとよ」
嘗ての俺なら、裏を読み、真意を探り、そして突っぱねていたはずだ。安易な好意に飛び付いて、何度も痛い目を見てきたから。しかし、一色の言葉には裏がない。俺がそう信じたいだけかも知れんが、信じたいと思えるだけでも、今まで関わった他のやつらとは違っていた。
だから、俺も素直に礼儀で返す。そこに、嘗てのような歪みはなかった。
「素直なせんぱいってちょっと新鮮です」
「キモいか?」
「かっこいいです」
「……さいですか」
照れ臭くなって頬を掻く。キモい照れ隠しだろう?理解している。隣で一色はニヤニヤしているが。
「…そろそろ遅いし、小町の部屋行って寝ろ。いくら休日でも夜更かしは色々と面倒だぞ」
時間は短針がニを回ったところだ。夜更かしは美貌の敵?的なことを小町が言っていたし、頃合いだ。一色も俺もそろそろ寝た方がいいだろう。
「夜型のせんぱいとは思えない発言ですね」
「いつから俺が夜型だと錯覚していた?」
まあ夜型で合ってますけどね。ぶっちゃけこの雰囲気がこっ恥ずかしいだけですけどね。
「まあいいです。流石にそろそろ眠たくなってきましたし、名残惜しいですけどおいとまします。名残惜しいですけど」
何で二回言ったの?あれか?大事なことだから二回言ったの?そんなに名残惜しいなんて、やだまさか俺に惚れ…てる訳無……いことも無かったわ。
「ではせんぱい、また明日です」
「…ん、また明日な」
一色らしいあざとウインクを決め、部屋の扉が静かに閉じられる。
泊まっている以上、明日も一色と顔を合わせることになるのだろう。今までの俺では到底あり得なかった、非現実的なようで、紛れもない現実。変化を嫌う俺が、しかし嫌いではないこの日常をどこか心地好く感じているのは、やっぱり。
「…寝るか」
生まれかけた黒歴史の欠片を脳の奥底に追いやり、のそのそと自分のベッドに潜り込み、その意識を沈めていく。
今日はいい夢でも見れそうだ、何てことを考えながら。
「……」
意識の傍らで聞こえた音は、幻聴だろうとぼんやりと答えを出した。
……で。
「…何故だ」
「…すぅ」
目が覚めると、一色がいた。何でこいつはここにいるのん?小町の部屋からここまで寝ぼけてきたのか?寝相がどうとか言うレベルじゃねえ。
軽く頭を振り、思考を働かせる。とにかく、この状況を見られると困る。ヤバいじゃなく、困る。何故って?面倒くさいことになるからさ!とにかく、早く一色をどかして───
「おっはよーお兄ちゃん!ねーいろはさんがどこにいるか知らな……」
「おはようございます比企谷せんぱ…わぁお」
はい、ゲームオーバー。八幡は目の前が真っ暗になった。むしろ白目。
「…えー、と」
流石に言葉に迷う小町は俺と一色を交互に見た後、小首を傾げてこう言った。
「昨夜はお楽しみでしたね?」
「おいバカやめろ」
それは洒落にならん。いやマジで。
「待て小町、話を聞け」
「…お兄ちゃん、さすがの小町でも兄の情事は聞きたくないよ」
「違う」
「比企谷先輩って意外と狼だったんですね」
「違う!」
待って、やめて。このままだと俺、死ぬ。男としても、兄としても、社会的に。頼みは一色だけなんだが──
「…んー…」
一色を見ると、モゾモゾと動きつつ、その体を起こす。目がとろんとしててエロ──艶かしい。じゃなくて!
「起きたか一色。頼む、この状況を説明してくれ。でなきゃ俺が死ぬ、色んな方面で」
「いろはさん!うちのごみいちゃんはどうでした?」
「…んぇー?」
小町余計なことを聞くな!後一色、あざとい。寝起きでもあざといとか本当…あ、これ寝ぼけてるだけだ。
「昨夜はぁー…せんぱいとお話ししてぇ…その後……」
とろーんとした声で昨日のことを思い出しているだろう一色は、突然にへらと顔を崩すと。
「…固かったですぅ」
…爆弾を投下した。
「……胸板が」
そっちを先に言ってええェェェェ!勿論俺の魂の叫びなど分かるはずもなく、予想通り一色の後半の言葉など小町達には聞こえるはずもなく。飛び交う黄色い声とそれを訂正しに奔走する声だけが、比企谷家の土曜の朝に響いていた。
「…むにゃ。えへへぇ、せんぱい……」
力尽きたように眠りに落ちた一色の幸せそうな顔だけが、やけに印象に残った。
はい、十一話でした。
ちょっとした息抜きのつもりで書いたのになぜこんなに遅くなった……
やっぱり金沢さんは動かしづらいね!でも小町と絡むと動かしやすくなる不思議。何でだろうね。
それはおいといて、ヒッキーといろはすの初のお泊まりということになった今回の話はのんびりとした感じになりましたが、いかがだったでしょうか?またいずれ日常回は設けようと思ってますので、何か要望がございましたらどんどんお寄せください!
次回はいろはす視点でのお話です。
第十二話 今一度再現される悪夢に、一色いろはは震える中で。
いろはす~( ´∀`)