やはりあざとい後輩とひねくれた先輩の青春ラブコメはまちがっている。   作:鈴ー風

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まずは一言。

さあ、私を罵るがいい。

いや、マジすんませんでした。「週一投稿(キリッ( ・`д・´)」とか言っといてこのザマですすみません。かなり当初のプロットが納得いかず、書き直しに書き直しを加えた結果こうなってしまいました。結果、こんなにお待たせしてしまいました。まっこと申し訳ない。特に感想欄にて待ってますとコメくださった方々……ありがとうございます、そしてごめんなさいでしたorz
そんなダメ作者な私のことは嫌いになっても、この作品を、ひいてはいろはすを嫌いにならないでください(切実)
それでは最新話の投稿です
ではどうぞ( ゚д゚)ノ

いろはす~( ´∀`)


第九話 リスタートした中学生活は、中々悪くない。

 

「えへへぇ……」

 

 退院し、久しぶりの家のベッドに寝転がった私は、ずっとある一点に集中していた。

 

「えへ、えへへぇ…」

 

 それを見ているだけで、笑みが抑えられない。どうしようもなくにやけている。

 視線の先には、自分の両腕ーーーいや、正確には、その腕に着けているアームウォーマーなのだが。これは、せんぱいが私にくれた大切なもの。

 せんぱいが、私にくれたもの。

 せんぱいが、私に。

 

「~~~~~!!」

 

 横たわったベッドに顔を(うず)め、枕を右手でバシバシと叩き続ける。何か痺れるような痛みがするけど、それすらどうでもいい。

 

(せんぱいが、私に…私にくれたんだよね……)

 

 まだ真新しいアームウォーマーは、せんぱいの臭いがするなんてことは無いけれど。私にそんな変態的趣味も無いけれど。その中には、あの不器用でひねくれたせんぱいの精一杯の想いがあるような気がして。

 

「……えへ」

 

 それを考えると、自然に笑みが浮かんできてしまう。あの妙にひねくれたせんぱいが、私のために悩みながらこれを選んでくれていたのだと想像するだけで、ギャップに悶えてしまう。

 せんぱいが退院してしまったあの日以来、私の頭は常にせんぱいのことで埋め尽くされていた。朝起きれば無意識に「おはようございます」と言い、ご飯を食べれば「味気無いです」と愚痴を漏らし、寝る時に「お休みなさい」と呟いてしまっていた。今思い出してもかなり重症だ。どれだけ瀬谷さんに笑われたか、考えるだけで恥ずかしすぎる。

 せんぱいのことを考えると、胸が暖かくなる。同時に、締め付けられるように苦しくもなる。ちくちくと針で突っつかれるような痛みを感じるときもある。けれど、その苦しさが、痛みが、何だか心地良い感覚でもあり。

 こんな感覚を、私は生まれてこの方知らない。

 

「……これが、『好き』ってことなのかな…」

 

 好き。

 …うん。私は、せんぱいが好き。

 目が淀んでるせんぱいが好き。ひねくれてるせんぱいが好き。屁理屈でそっぽを向くせんぱいが好き。口ばっかりで、本当は寂しそうなせんぱいが好き。自分大好きなんて言いながら、人のために必死になれるせんぱいが好き。あの日、私の話を受け止めてくれて、私を助けてくれたせんぱいが好き。

 せんぱいの全部が、私は大好き。

 

「そう、なんだよね……」

 

 私は、せんぱいに恋してるんだ。

 

(でも……)

 

 例え、私がどれだけせんぱいを好きでも、せんぱいは私を拒絶する。私が知るよりももっと辛くて苦しい過去が、せんぱいにはあるはずで、それが原因で、せんぱいは他人を信じきれなくなっていた。信じて、裏切られて、それで傷つくくらいなら、初めから信じなければいい。全てをはね除ければいい。せんぱいのその考えは、まだ変わってはいない。

 

『俺に、お前を信じるチャンスをくれ』

 

 なのに、せんぱいは私に、チャンスをくれと言った。私を信じるチャンスを、せんぱいが変わるチャンスをくれと、せんぱいはそう言ってくれた。

 私のために、せんぱいは変わろうとしてくれている。例え自惚れでも、思い上がりでも、そう考えると、どうしようもなく嬉しかった。

 

「でも、流石にこの顔は無いよね……」

 

 部屋の真ん中に飾ってある鏡で顔を確認する。どうにも締まりの無い顔をしていた。

 キリッとした表情を作ってみる。…ふむ、やっぱりそこそこ顔が良いから似合うな、私。

 

『似合ってるぞ、いろは』

 

 ニヘラッ。

 

「はっ!?」

 

 ダメダメ!ついついせんぱいのことを考えてしまった。整った顔立ちが、一瞬で締まりの無い顔になってしまった。

 

「……これは他の人には見せられないかも」

 

 妙に締まりの無い顔をぐにぐにと弄りながら、全然元に戻ってくれない顔に妙な焦燥感を覚える。こんな緩みきった顔、とてもせんぱいには見せられない。ましてや、他の人になんて……

 

(でも……)

『笑ってりゃ可愛いな、お前』

 

 なんて……

 せんぱいなら、お世辞でも誉めてくれないかな。いつもみたいに、せんぱいの言う「あざとい」感じで言ったりしたら…えっと……

 

「…せんぱーい。私、せんぱいと一緒にいるだけで、とっても幸せでーーー」

「いろはー、何騒いでるの?そろそろご飯だから降りてーー」

 

 不意に開け放たれる自室のドア。

 私の視界には、鏡に反射して映るお母さん。

 お母さんの視界には、顔をぐにぐにと弄りながら、鏡に映る自分に所謂ぶりッ子ポーズで話しかけている緩みきった顔の、私。

 まるで時が止まったかのような静寂。

 

「……早く降りてきなさいね」

 

 先に耐えられなくなったのは、お母さんの方だった。

 

「ちょ、待って!待ってお母さん!誤解だから!」

「い、いいのよいろは。いろはもお年頃だもんね。親に言えないような趣味の一つもあるわよね」

「どんな誤解受けてるの私!?とにかく聞いて!ちょ、お母さん!」

「お母さん先に降りとくからね。安心して、お父さんには黙っててあげるから」

「いやそうじゃなくって!いや黙ってて欲しいけど!お母さーん!」

 

 この後、誤解を解くのに小一時間。またベッドで悶えたい気分になった。…さっきとは別の意味で。せんぱい風に言えば、黒歴史ってやつだろうか。

 

(……せんぱいとお揃いかぁ…)

 

 死ぬほど恥ずかしかったはずなのに、本気で消えてしまいたいと思ったはずなのに。せんぱいと同じだ、なんて考えてしまって。

 

「…えへ」

 

 嬉しいと感じている時点で、私はかなりヤバイんじゃないかと思った。割りと本気で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いろは、大丈夫?ちゃんとハンカチ持った?ティッシュは?」

「……お母さん、大丈夫だってば。ちゃんと持ってる」

 

 月曜日、朝。緊急でお父さんはもう仕事に行ったけど、いつもより早い時間に起きて、私よりもせわしなく動いているお母さんをよそに、私は新しい制服に袖を通す。

 

(……これが、私の新しい制服…)

 

 飾らない白の生地にアクセントで少量の色が乗せられた、所謂セーラー服というやつ。私が、これから通うことになる中学の制服。

 

(あー…どうしよ。やっぱり緊張するなぁ)

 

 せんぱいには大丈夫なんて強がってみたけれど、やっぱり緊張しない訳じゃない。不安はあるし、何なら今すぐせんぱいに会いたくなるまであります。

 それでも、不思議と怖くはない。

 

(私も、変わるって決めたから)

 

 転校理由がいじめ、なんてトラウマになってもおかしくないし、新しい学校でも行きたくなくなるかもとは思ったけれど、不思議と怖くはならなかったのは…多分、せんぱいのおかげ。

 いじめから助けてくれた年上の異性。これだけなら、その異性はとても強く、かっこいいと思われるだろう。白馬の王子様も真っ青だ。だけど、せんぱいは違う。どこまでも臆病で、どこまでもカッコ悪い。だからこそ、どこまでも全力で手を差し伸べてくれる。どこまでも不器用なその手を、掴ませてくれる。

 私は、そんなせんぱいの『本物』になると誓った。そのためには、この程度で怖がってる余裕なんて無い。

 

「そろそろ行くわよ。準備は大丈夫?」

「大丈夫だってば、お母さん」

 

 鞄を手に、お母さんと車に乗ろうとした私は、早速そこで忘れ物をしたことに気がついた。

 

「ちょっと待ってて!」

 

 踵を返し、リビングに戻ると、忘れ物は机の上に置いてあった。着替えるために外していたのを忘れてたよ。それを手に取り、ゆっくりと両の腕に通し、同時に小さく、ここにいない彼に向けて呟いた。

 

「行ってきます、せんぱい」

 

 アームウォーマーのものだけではない暖かさを腕に感じながら、私は再び家を出た。

 

「お母さん、お待たせ」

「ええ。彼氏さんからのプレゼントは忘れずにすんだ?」

「んなっ!?」

 

 運転席に座るお母さんは、私の腕でその存在を主張するアームウォーマーを見て、にやにやしながら聞いてきた。

 

「ち、違うって!せんぱいは彼氏とか、そういうんじゃ……」

「あら、違うの?」

「ぅ……」

 

 至極不思議そうに聞いてくるお母さんが言っていることは、まあ正しいわけで。お母さん相手に、当の私が全否定するのも何か物悲しくて。

 

「………まだ」

 

 ちょっと見栄を張っちゃった。あー、多分今顔真っ赤だ…お母さんは相変わらず、にやにやしてるし。恥ずかしいぃぃ……

 

「まあ、早く乗りなさい。時間無くなっちゃうわよ」

「うー……」

 

 釈然としないけど、時間無くなっちゃうのは事実だ。助手席に座り、学校へ車を走らせる。

 

「あ、お父さんはどうか分からないけど、比企谷君、だっけ?お母さんは大歓迎だからね?彼のこと」

「お母さん!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…では先生、後はお願いします。いろは、頑張りなさいね」

「お任せください。では行きましょう、一色さん」

「ああ、はい」

 

 学校の応接室で簡単な説明を受けた私はお母さんと別れ、これから新たなクラスに案内されることになる。担任だという新しい女の先生はまだ若く、とても優しそうな印象を受ける。あくまで印象、というだけだけど。

 

「一色さん、こんな時期に転校してきて不安だと思うけど、何かあったら言ってね。ううん、何もなくても言ってね!先生、頑張るから!」

「…ああ、はい」

 

 先生は両手で握りこぶしを作って、えらく張り切っているご様子。…若いっていいなぁ。私が言うのも何だけど。

 そんなこんなで、到着しましたクラス前。「3ーB」とかかれた標識のかかるクラスの扉を開けて、まずは先生だけが入っていく。

 

「はーい、みんなおはよー。もう知ってる人もいるかもだけど、今日はこのクラスに転校生が来ますよー」

 

 先生が真っ先に告げたことで、クラス内がどよめきたつ。知ってる生徒もいただろうしね。

 

茅ヶ崎(ちがさき)せんせー、それって女子ですかー」

「ふっふっふ。喜べ男子ども!何と、女の子なのだー!」

 

 次の瞬間、野太い声で男子達の歓声が廊下まで聞こえてきた。ノリは良さそうだけど、何かこう…苦手な部類だなぁ。

 

「じゃあ、一色さん。入ってきてー」

 

 しばらくガヤガヤとした後、先生の声が聞こえる。……すー、はー………よし。

 

「失礼しまーす」

 

 努めて自然を装って、クラスの扉を開ける。そのまま、教卓の横に立ち、クラスを一望する。

 

「…やべ、すげえ可愛くね?」

「俺タイプだわー」

「お人形さんみたい」

 

 男女問わず、様々な感想が飛び交っている中で、案外私は落ち着いていた。まあ、対して興味が持てなかっただけかも知れないが。

 緊張が無いわけではない。前の学校でのことを思い出すと、やっぱり怖い気持ちもある。それでも、変わるためには進まないといけない。飾らずに、ありのままでいればいい。

 ですよね、せんぱい。

 

「…はじめまして、城山中学から転校してきました一色いろはです。こんな時期の転校ですが、あまり気にしないでください。それなりに仲良くお願いしますです」

 

 さっと思ったことをまくし立て、お辞儀をしながら先生に視線を飛ばす。すると、先生はウインクをしながら小さく親指を立ててきた。…あのー、それやるとバレバレなんですけど。

 

「はーい、じゃあみんな、それなりに仲良くしてあげてねー。それで、一色さんの席は……後ろが空いてるかな。あそこで大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

 

 先生に軽く会釈をして、指定された席に座る。そのまま一時間目の授業が始まり、私は用意した教科書に目を落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇねぇ、一色さんって城山中学から来たんだよね?どんなところだったの?」

「普通でしたよ」

「一色さんって髪綺麗だよね。どうやったらそんなに綺麗になるの?」

「特に何も……」

「ねねね、一色さん。彼氏とかっているの!?」

「いや別に……」

 

 一時間目終了と同時に、私の机はクラスメートに囲まれてしまいました。まあ、こうなるだろうとは思ってはいたし、ある意味通過儀礼みたいなものだと思うけど。ぶっちゃけ面倒くさいです。のらりくらりと苦笑いと会釈でかわしていても、当然男子生徒もいるし、皆近いし、なんというかいっぱいいっぱいです。

 ふえぇぇ……せんぱぁい…

 

「一色さん。ちょっとよろしくて?」

 

 どうしようかと内心焦っていた時に、後ろから声をかけられた。振り替えると、薄い茶髪をロングに巻いた女子が立っていた。なんというか、今時って感じのテンプレ臭がぷんぷんする感じの。ていうかお嬢様的な。…あれ、せんぱいの影響受けてません?私。

 

「な、何?えーと……」

「都筑。都筑菜月(つづきなづき)ですわ」

「そ、その都筑さんが何の用です?」

 

 ちょっと高圧的な感じを醸し出す都筑さんとやらからは、何か嫌な気配がする。それが何かは分からないけれど、当の本人はどうにも私の返事が気に入らなかったのか、こめかみに(しわ)を寄せて私を睨んできた。あのー、そんな顔してると老けますよー……

 

「…あなた、こんな時期に転校だなんて珍しいですわね。もしかして…前の学校で何か事情でもありまして?」

「………っ」

 

 ぞわっと、一瞬全身から血の気が引いた。同時に、嫌な気配の正体が分かった。今までも散々経験してきた空気だっていうのに、値踏みされるような目も、向けられた警戒も、今やっと気づいた。

 私、ここでも、牽制されてるんだ。

 

『あいつ、最近調子乗ってるよね』

『私可愛いですアピールうっざ』

『大場君に手ぇ出すとか身の程を知れっての』

 

 以前の学校で耳にこびりついた、「元」友人達の言葉がフラッシュバックしてくる。友達ですらないのに、敵意を剥き出しにした彼女の言葉に、嘗ての恐怖が蘇ってくる。

 

「お、おい都筑……」

「もしかして人に言えないようなことでも…あら、すみません。邪推でしたわ」

 

 男子が声をかけるが彼女は止まらない。都筑さんとやらは、何か言っているが聞こえない。

 キンキンと耳鳴りがする。

 手足が震える。

 喉はカラカラだ。

 

『いろはさぁ、マジ調子乗んなよ?』

『大場君に手ぇ出すとか、少しは空気読めっての』

『どうせその安っぽい感じで誘惑したんでしょ?』

 

 …違う、違う…

 

「私、あなたのことを知りたいんですの。これからお友達(・・・)になるのですから」

『それってビッチじゃん』

『うっわ汚な!さいてー』

『もうあんたなんか友達じゃないから』

 

 違う!違う違う違う違う!私はそんなことしてない!

 頭の中が、悪意で満ちていく。気分は最悪だった。手足の震えは酷くなる。喉はカラカラどころかこびりついたように気持ち悪い。胃が締め付けられるように苦しくて、中のものが逆流しそうになる。

 私は悪くない。耳を塞ぎたい。大声で叫びたい。けど、永遠のように延びていくこの時間が与えてくるのは、抗いようのない苦しみだけ。

 結局友達だなんだと言っても、そう思ってたのは私だけ。結局、私は何一つ変わっていなかった。変われていなかった。赤の他人の言葉で、私の決意など簡単に揺らいでいる…はは、せんぱいのこと散々言ってきたけど、もう笑えないや……

 変わると意気込んでみても、現実は何も変わらない。

 やっぱり、私は、弱いままだ。

 

『俺は、『本物』が欲しい』

『私が、せんぱいの本物になってあげますよ』

(……!)

 

 脳裏に浮かんだのは、いつかの記憶。決意したはずの、最愛の人との、約束の記憶。

 

「……だけ?」

「え?」

「用件は、それだけですか?都筑さん」

 

 …なぜ、ほんの少しでも忘れていたのだろう。私がやるべきことなんて、ここに来る前から決まっていたのに。まだ、気持ち悪さは拭えないけれど。声は悲しいくらいに震えているけれど。

 もう、手の震えは止まっていた。

 

「気になるのは分かりますけど、あんまり余計なことを詮索する人は嫌われますよ?」

「…なっ!」

「皆さんも、出来ればあまり事情は聞かないでもらえたら助かるんですけど。はっきり言って、疲れます」

 

 精一杯の虚勢で都筑さんに返すと同時に、今だに机を取り囲んでいるクラスメート達にも同意を求める。かなりきつい返しをしたからか、私達の間の異様な雰囲気を感じたからか、皆、まばらに返事をしてぎこちない感じでそれぞれの席に戻っていく。

 

「都筑さんも、まだ何か?」

「っ……いいえ」

 

 牽制に失敗したからか、悔しそうに私を睨んでくる都筑さんを端に、私は自分の席を立ってクラスを出た。もう限界、少し喉を潤したかった。

 

「……あ」

 

 予鈴がなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「た、ただいまぁ……」

「おかえり……ち、ちょっといろは、大丈夫?」

「うん…へーきへーき」

 

 放課後。お母さんが迎えに来た車に半ば倒れ込むように乗り込む。お母さんが言うように、今の私の顔色はそれなりに悪いのかもしれない。

 あの休み時間の後、放課後まで誰も声をかけてくることはなかった。都筑さんはずっと睨んできてたけど、結構トーン低めで言い返したし、異様な雰囲気の中で私に話しかけようとする人もいなかった。まあ、転校初日にあの空気になっちゃったら、もう普通には過ごせないだろう。よくて孤立、下手をすれば、前の学校の繰り返し……

 

「……」

「いろは?」

 

 何だろう、それはすごく嫌なはずなのに、とても怖いはずなのに、私の心は曇らない。あの時の震えや動悸が嘘のように、今の私は落ち着いている。

 

(…あの時、言い返せたからかな……?)

 

 他人から見れば笑ってしまうような小さな一歩。でも、私の中では限りなく大きな一歩。前に進むための一歩。

 これから起こるであろう困難や苦難でさえ、何とかなると思える。以前の私では考えられなかったことだ。

 それは、つまり。

 

(変われてるってことなのかな、せんぱい……)

 

 あの日、せんぱいが変わると、変わりたいと言ってくれたように。

 あの日、私も変わりたいとせんぱいに言ったように。

 私は、あの頃の空虚な私から、少しずつ変われているのかもしれない。

 

(せんぱいに言ったら、誉めてくれるかな……)

 

 だとしたら、これほど嬉しいことはない。自然と体に力が入り、顔の熱さが増していく。

 

「ちょっといろは……大丈夫…?」

 

 お母さんが何か言ってるけど、それすら気にする余裕がない。

 せんぱいの声が聞きたい。

 せんぱいに誉めて欲しい。

 せんぱいに会いたい。

 でも、まだダメ。まだまだ私は弱いから。まだまだ私は小さいから。あの人の隣に並べるようになるまでは。

 

(ここからなんだ。頑張らないと)

 

 まだ、頑張らないと。人は急になんて変われない。それでも、人はゆっくりでも変わることはできる。ゆっくりでも、私は変わるんだ。

 

(見ててください、せんぱい)

 

 私、頑張りますから。腕をそっと抱き締めるようにして、改めて決意を固くする。

 嫌な思いもした最悪なスタートを切った初日だったけど、こんな風に思えたのなら。

 

 まあ、リスタートした中学生活も、中々悪くないのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あ、でもやっぱり声くらいは聞きたいです。せんぱい。

 

 

 




と、いうわけでいろはす初登校編でした。新キャラ出ましたね。嫌味なやつです。
はい、というわけで都筑の登場です。ここで皆さんに一つお伝えしたいことが。
この作品はオリキャラ色々出ますけど、別に嫌味なキャラの名前だからといって、作者はその場所が嫌いなわけではありません。というか行ったことすらありません。なので、大場や都筑に住んでる読者の方がいらっしゃっても、どうか怒らず、暖かく見守っていただけると幸いでございます。
それでは次回。

第十話 騒がしい彼女との時間も、まあ悪くない。

いろはす~( ´∀`)

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