ラブライブ!サンシャイン!! Aqoursの戦国太平記 作:截流
最近更新が滞っていましたがまた更新スタートです!!
今回は千歌ちゃんたちAqoursと北条家の宿敵となるあの男が初登場!
それではどうぞお楽しみください!!
三郎が上杉謙信の養子、上杉景虎と名を改め越後に旅立ってから1年が過ぎた。時は1571(元亀2)年の5月のこと、氏政と氏照は多賀谷政経が守る下妻城を攻めていた。
なぜ武田との戦いが激化しているこの時に東に兵を進めているのかと疑問に思う方も多いだろう。しかしこれには理由があるのだ―――
氏政率いる北条軍は上杉と同盟を結び、後顧の憂いなく武田との戦いに専念できると思えたが状況はそう簡単に事を運ばなかった。関東には、安房と上総を支配する里見や常陸(茨城県)の北半分を治める佐竹、下野の雄である宇都宮、下総の名族である結城など、上杉謙信に味方して北条に対抗している勢力が数多く存在していた。北条家は上杉と同盟を組むことでこれらの勢力とも和睦しようと考えていたのだが・・・。
「ふざけるな!今さら我ら里見が北条と和睦できるか!!」
越相同盟に衝撃を受けたのは北条と敵対していた里見義弘や太田三楽斎(資正)ら北条家に敵対していた関東の国衆たちであった。義弘の方は、北条から下総、上総、安房の領有を条件に和睦を持ち掛けられたが、数十年にわたって敵対していたことから義弘にとって和睦はできない相談であった。そして三楽斎の方は、この同盟を利用して岩付城の奪還を目論んでいた。上杉から三楽斎に岩付城を返還するようにという条件を氏政は渋々呑み、これで晴れて三楽斎は岩付城に復帰できると思った。だがしかし、三楽斎は謙信からさらに条件を出された。
「岩付城のみを安堵だと・・・?義重どのの元で手に入れた領地はどうなるのだ!!」
三楽斎の方はどちらかというと利権がらみの複雑な問題であった。三楽斎は第二次国府台の合戦に敗れ、長男の氏資に岩付城を追われてからは常陸の佐竹義重の客将となっており、常陸にも所領を持っていたのだ。そして今回の同盟では岩付城を返す代わりに常陸で得た領地を佐竹に返せと一方的に言われたので納得できるはずもなく、三楽斎は岩付城に戻る事はしなかった。
そして厄介な事に、信玄はこれらの謙信に従っていた諸将たちの不満に目を付けて使者を派遣し、里見と佐竹を中心とした反北条方の勢力と同盟を結んでしまったのだ。
―――そんなわけで武田を相手取ると同時に東にも目を向けなくてはならなくなったのだ。実はこの戦いの2ヶ月ほど前に駿河における北条軍の重要拠点の1つである、綱成が守る深沢城が落城してしまっているのだが、その戦いでなんとか駿河戦線もひと段落着いたので今度は東に向けて出陣することになったのだ。
「ふわああ・・・。」
「千歌ちゃん、私たち見張り役なんだから寝ちゃだめよ。」
「そうだよ、それにあと少しで交代だから頑張ろ!」
「うん・・・。」
下妻城から少し離れた岩井のとある林の中で千歌、梨子、曜の3人は敵が来ないかを見張っていた。なぜ彼女たちが林の中にいるのか、それには理由があった。
北条軍が下妻城に攻撃を仕掛けるという知らせを聞いた佐竹義重が下妻に向けて南下してきたのだ。そして北条と佐竹はこの下妻城付近の各地で小競り合いを繰り広げており、互いに決着を付けられずにいた。そんな時、氏政は風魔小太郎からある情報を受け取る。
「佐竹は今宵、我らが陣に夜討ちをかけんとしている模様。」
小太郎からの報せを受けた氏政と氏照は佐竹軍の裏をかくために北条軍の陣の近くにある林に伏兵を伏せ、千歌たちAqoursも氏政の命令で伏兵に加わったのだ。
そんな訳で千歌たちは学年ごとに交代しながら敵を見張っていたのだった。
「千歌さーん、曜さーん、梨子さーん・・・。」
「交代の時間ずら~・・・。」
「ククク・・・、ここからは堕天使ヨハネが目を光らせる時間なり・・・。」
夜も更けてきた頃、ルビィと花丸と善子の1年生組が千歌たちと見張りを交代することになった。
「もう交代なんだ。じゃあよろしくであります。」
「ほら千歌ちゃん、立って立って。」
「う~ん・・・。」
曜は礼を言うと梨子と一緒に千歌の肩を支えながら後ろの方に下がっていった。
「そう言えば、今戦っている佐竹さんってどんな人なんだろう?」
ルビィは茂みの陰から周りの様子を見ながら小声で隣にいる花丸にたずねた。
「佐竹義重さんは武田信玄さんと同じ源氏の末裔の戦国大名ずら。武勇と知略に長けた武将で坂東太郎、鬼義重とも呼ばれた名将だって言われてるずら。」
「坂東太郎って?」
「坂東太郎って言うのは利根川の事ずら。坂東って言うのは関東の事で、日本一大きい川だから坂東太郎って付けられたんだよ。あと一説には坂東武者で一番強い武士だからっていう意味もあるらしいずら。」
花丸はルビィに佐竹義重がどんな人物であるかを小声で教えた。
「関東一ってことは凄く強いって事なのかな・・・?」
「まさに『オーガ』を名乗るに相応しい猛将っていうわけね。」
ルビィは花丸の話から義重が恐ろしい男に聞こえたのか身震いし、善子はいつものように不敵に笑いながらそう言うと、
「っ!!何か聞こえるずら・・・。」
と花丸は善子とルビィの口を押さえて茂みの向こうに目と意識を集中させた。
「むぐぐぐ!?(どうしたの花丸ちゃん!?)」
「むぐぐ~!?(何すんのよずらまる~!?)」
善子とルビィは花丸の突然の行動に困惑したが、
「2人とも静かに。敵が来てるずら・・・。」
という花丸の言葉を聞くと2人は息を呑んで口をつぐんだ。
「ルビィちゃんは音をたてないようにみんなを起こしてきて欲しいずら。」
「う、うん。」
花丸の指示を聞いたルビィは小声で頷くと、音を立てないように他の6人が寝ている場所に下がった。
「私は?」
「善子ちゃんが行くと何か音を立てちゃいそうだからマルとここで待機ずら。」
「なんか納得いかないけどその方が良さそうね・・・。」
善子は一瞬憮然とした様子を見せるも花丸の言葉には説得力があったのでそれに従って待機した。
そして少し経つと、
「かかれえええええええ!!」
『うおおおおおおおおおおお!!』
と、北条軍の伏兵部隊が佐竹軍に襲い掛かる鬨の声が周りから聞こえて来た。
『今ずら(ね)!』
それを聞いた花丸と善子も立ち上がった。
「よっし、やるぞー!!」
「夜明けでの戦いは何度か経験あるけどこういう真夜中の戦いは新鮮デース!!」
「ヨーソロー!!」
すると同時に後ろから果南と鞠莉、曜の3人がそれぞれの得物を片手に勇ましく躍り出て来た。
「花丸ちゃん!」
「ルビィちゃんありがとずら~!」
花丸がルビィに礼を言うが、
「違うの、ちょっと来て!」
とルビィは慌てた様子で花丸の手を引いた。
「ど、どうしたずら!?」
花丸が困惑した様子で付いて行くと、
「もう、千歌ちゃん起きて!!」
「戦いはもう始まってますのよ!!」
なんと千歌はまだぐっすり眠っており、それを起こそうと梨子とダイヤが奮戦していたのだった。
「ルビィが慌ててると思ったら何してんのよ・・・。」
善子が呆れた顔でそう言うと、
「よっちゃん!千歌ちゃんが起きないんだけど何かいい方法ない!?」
梨子が藁にも縋るような表情で善子にたずねた。
「多少手荒になるけどこれを使うしかないわね・・・。」
梨子から事情を聞いた善子は懐から出した小袋からさらに何かを取り出した。
「善子ちゃん、それなぁに?」
「ククク・・・。これは風魔さんから授けられた夜討ち用の攪乱兵器。これを使えば夢の中の兵士たちも一気に現実に引き戻される!」
ルビィにたずねられた善子はいつもの中二病チックな雰囲気でルビィ達に解説するが、
「爆竹なのは見てわかります!!いいから早く使ってください善子さん!!」
とダイヤにせっつかれた。
「だからヨハネ!!言われなくても使うわよ!だからみんな耳を塞ぎなさい!!」
善子はいつもの決まり文句と共にその場にいたメンバーに耳を塞ぐように言った。そしてみんなが耳を塞ぐのを確認すると、
「地獄の火花よ!猛り狂え!!」
と掛け声を上げて爆竹に火を付けた。
パパパパパパパパパパパパン!!
「わわわわわわ!!?なに!?なに!?」
流石の千歌も爆竹の爆音で目が覚めたようだった。
「も~!なんで普通に起こしてくれなかったの!」
「普通に起こしても起きなかったからこうしたのよ!!」
「そもそも戦場で普段通りに爆睡するなんてありえませんわ!!」
その後、千歌は爆竹を使ってたたき起こされたことに抗議し、それに対して起こそうとしていた梨子とダイヤによる言い争いが走りながら行われていた。
「そう言えば果南ちゃんと曜ちゃんと鞠莉ちゃんの3人はどこまで行ったんだろう?」
「あの3人ならすっごくイキイキした様子で前線に飛び出していったから多分最前線にいると思うずら。」
「まったく、あの3人はそれなりに武勇に長けてるからいいもののこのくらい夜の中を考えなしに突き進むのは如何なものかと思いますわ・・・。」
千歌の質問に、3人が飛び出していくところを見た花丸が答えるとダイヤはため息をついた。
「よっちゃん、曜ちゃんたちが走ってったのってこっちで合ってるの?」
「だからヨハネ!だいたい気配で分かるわよ。うっすらとだけどね。」
「すごい善子ちゃん!気配なんてわかるの!?」
気配で先行した3人を追っていると言う善子に対して、ルビィは目を輝かせながらたずねた。
「まあ、風魔さんからは忍びとしての才能は落第って言われたけど、それなりに訓練してるからね。あんた達や氏政さんみたいに身近な人の気配なら普通に分かるわよ。」
「やっぱ善子ちゃんは凄いずら~!」
「ほ、褒めても何も出ないわよずらまる!あとヨハネだってば・・・ッッ!?」
花丸に褒められ、照れ臭そうにそう言う善子だったが突然立ち止まった。
「ど、どうしたの善子ちゃん?」
千歌がそうたずねながら善子の顔を見ると、彼女の顔には冷や汗が滝のように流れていた。
「善子ちゃん!?」
「どうしたずら!?具合悪いずら!?」
ルビィと花丸が善子の元に駆け寄って彼女に心配そうに声を掛けると、
「私は別に平気よ。ねぇ・・・、ずらまる。」
と善子が花丸に声を掛けた。
「なあに善子ちゃん?」
「さっき言ってた佐竹義重って・・・、最前線に出てくるような人なのかしら?」
「う・・・、うん。確か戦場で敵の兵士に囲まれた時、囲んでいた7人の兵士を一気に斬り捨てたって言う話が伝わるくらいだから間違いないと思うけど・・・、まさか!?」
「ええ、この先にすっごく強い殺気を感じるのよ・・・。多分、その佐竹本人が向こうにいると思う・・・。」
『!!?』
善子の言葉に6人は戦慄した。もしかしたら曜と果南と鞠莉が遭遇してるかもしれない、倒されてるかもしれないという考えが頭をよぎった。
「ど、どうしよう・・・!」
「落ち着きなさいルビィ、この暗い森の中そう都合よく遭遇するとは考えにくいですわ。とにかくどうするかを考えましょう。」
真っ先に動揺し始めたルビィをダイヤが落ち着かせ、どうするかをみんなで考えるように促した。
「・・・とにかく進むしかないよ。」
『え?』
「とにかく進むしかないよ!ひょっとしたら曜ちゃんたちは無事じゃないかもしれないけど、今行けばきっと3人を助けられるはずだよ!!」
「確かにそれはそうだけど・・・!相手は物凄く強い武将なんでしょ?私たちじゃ歯が立つかどうか・・・。」
「大丈夫だよ、勝てなくても9人で一緒に逃げ切ればいいんだから!」
千歌は怖気づく梨子の肩を優しく叩きながらそう励ました。
「千歌ちゃん・・・。」
「それに果南ちゃんは薩埵峠で勝頼さんと打ち合えたぐらい強いし、それに曜ちゃんと鞠莉ちゃんが一緒ならきっと平気だよ!」
「確かにそれしか道はありませんわね。善子さん、その殺気と果南さんたちの気配はどこにありますの?」
千歌の言葉を聞いて覚悟を決めたダイヤは善子に、3人の気配と義重の気配がどのあたりにあるのかを聞いた。彼女は心の中で少しでも離れている事を願っていた。
「近いけど、3人とも気配がある!今行けば間に合うわ!!」
「よし!曜ちゃんと果南ちゃんと鞠莉ちゃんのところに行こう!!」
『おお!!』
千歌の号令と共に、6人は全力で走りだした。
一方その頃、果南たちは・・・。
「でやーーっ!!」
「ヨーソロー!」
「シャイニー☆」
千歌たちの心配をよそに、佐竹軍の夜襲部隊と交戦していた。
「くそ!一旦ここは引くぞ!!」
北条軍による待ち伏せを受けて出鼻を挫かれた佐竹軍はたまらず退却していった。
「よし!追撃するぞー!!」
『おおーー!!』
佐竹軍を追い払った勢いに乗じて、侍大将がその場にいた兵士たちへ追撃の号令をかけた。
「よ~し、私たちも行くぞ~!」
果南も曜と鞠莉と一緒にそれに付いて行こうとするが、
「ああ、嬢ちゃんたちはいったん休んでろって!」
と、兵士の1人に止められた。
「なんでさ?」
果南は納得いかないといった表情で抗議する。
「いやぁ、確かに嬢ちゃんたちが強いのは確かだし、俺たちも頼りにしてるんだ。でもいくら嬢ちゃんたちが強いったって男と女じゃ体力の違いもあるしなぁ。」
「あんたらいっつも9人でいるのに3人しかいねえだろ。他の仲間も心配してると思うぜ?」
「それに、あんたらはお屋形様の側近なんだろ?もしもの事があったりしたら申し訳が立たねえからな。」
兵たちは苦笑いしながら果南たちに止めた理由を説明した。どうやら彼らなりに果南たちの事を気遣っていたようだ。
「そっか、じゃあお言葉に甘えて休ませていただくであります!」
「ああ、そうしてくれ。じゃあ俺たちは佐竹の腰抜けたちを追い回してくるからよ!」
兵士たちは笑顔でそう言うと、そのまま森の奥へと走っていった。
「じゃあ私たちはあっちの木の方で休みましょうか。」
「そうだね、ちょっと戦いっぱなしで喉が渇いたし。」
鞠莉と果南が兵士たちを見送りながらそう言い、3人は木の根元に座り込んで水分を取り始めた。すると・・・、
「曜ちゃ~~ん!!果南ちゃ~~ん!!鞠莉ちゃ~~ん!!」
と、どこからか大声で3人を呼ぶ声が聞こえて来た。
「この声って・・・。」
「もしかして・・・。」
「千歌ちゃん!?」
3人が声のした方に振り向くと、
「うわ~~~~~!!3人とも大丈夫~~~!!?」
と、千歌が猛ダッシュしながら飛び込んできた。
「千歌!?どうしたのそんなに慌てて・・・。」
「果南さんたちが先走るものだから心配してたんですわ!!」
のんきな様子で千歌たちにたずねる果南に対してダイヤが彼女の肩を揺らしながらそう言った。
「でもいくら先行してるからってそこまで心配する必要ナッシングだと思うんだけど。」
「ありますよ!もし鞠莉さんが佐竹義重と交戦してるなんてことがあったら・・・!」
「佐竹義重?」
「そうよ!さっきすごく強い殺気を感じたんだから!」
首を傾げる鞠莉に善子が得意げに説明すると、
「佐竹さんはいなかったよ?」
と曜があっさりと言い放った。
『へ?』
「さっきまで私たちは他の人たちと一緒に佐竹の一軍と戦ってたんだけど、普通に追い払ったよ?」
「それで追撃しようと思ったんだけど、足軽のおじさんたちにここで休んでろって言われてね。」
「そういうわけで今ここで水を飲んでたわけデース!」
佐竹義重はいない。そんな曜の言葉に呆然とする6人に対して曜、果南、鞠莉の3人はどういう状況だったのかを説明した。
「なーんだ!心配して損しちゃった!」
曜たちの話を聞いて安堵した千歌はそう言って地面に寝そべった。
「善子ちゃんが凄い緊迫した表情で言うものだから信じちゃったずら。」
「本当だってば!!本当にすごい殺気を感じたのよ!!」
先ほどのやり取りでの様子をからかう花丸に対して善子はムキになって抗議する。
「まあまあ、結局その佐竹さんに遭遇しないで済んだからよしって事にしようよ!善子ちゃんだけに。」
「だからヨハネ!!」
『あはははは・・・。』
曜と善子のやり取りをみんなが笑いながら楽しんでいた。
だが次の瞬間、予想だにしない出来事が起きる―――
『うわああああああ!!!』
「なにっ!?」
「どうしたの!?」
どこからか悲鳴が聞こえて来た。それも一人ではなく複数人の悲鳴である。千歌たちは和やかな雰囲気から一変し、それぞれの武器を手にかけて辺りを見回す。
「森の奥からですわ!!」
ダイヤの言葉に、千歌たちは森の奥を凝視する。すると・・・。
「うわあああ!!」
「鬼だ!本物の鬼だあああ!!」
と、先ほど果南たちを説得した足軽たちが我先にと森の奥から逃げるように走って来た。
「おじさんたちどうしたの!?」
「おお、嬢ちゃんたちか!あんたらもさっさと逃げたほうがいいぜ!!」
果南が足軽の1人に何があったのかを聞くと、彼は果南たちに今すぐこの場から逃げるように促した。
「待って、状況がよく分かんないよ。何があったのか教えて?」
「お、鬼が出たんだ!あいつはやべえ、俺たちの仲間をあっという間に何人も斬り捨てちまったんだ!!」
「七人斬りの話は本当だったんだ!!!」
足軽たちは顔を青くしながら口々に何があったのかを千歌たちに教えると、
「とにかくさっさと逃げるぞ!!嬢ちゃんたちも死にたくなかったら走るんだ!!」
と言って走り出した。
「何が起きたかは分かんないけどとにかく逃げよう!」
千歌の言葉に他の8人が頷き、そのまま来た道に向かって走り出そうとした瞬間、
―――貴様ら、どこへ行く気だ?
と後ろから声がした。背筋が凍りつくと同時に千歌たちが後ろに振り向くとそこには1人の男が立っていた。
『――――!!』
千歌たちは夜の闇から現れ、わずかな月明かりに照らされている1人の鎧武者を前に身動き一つとる事ができず、ただその場に立ち竦んでいる事しかできなかった。
その男の鎧兜は夜の闇に溶け込む黒一色、兜には毛虫をモチーフにしたといわれる毛を纏った前立て、さらに兜の横には横に向かって広がる鳥の羽をふんだんに使った脇立てをあしらい、その鎧姿は武骨でありながら夜の闇の中でも異彩な存在感を放っていた。
千歌たちはそれだけを見て驚いたわけではない。身長はAqoursの中でも長身な3年生たちでさえも見上げるほど高く、体格も北条家きっての武闘派である綱成や綱高、清水康英や松田康郷といった怪力を誇る豪将と見比べても遜色ないほどに筋骨隆々、さらに右手には刃渡りが1メートルを優に超える大太刀が握られていた。
「あの毛虫の前立て、間違いないですわ・・・!」
「この人が佐竹義重・・・!?」
ダイヤの言葉に千歌は息を呑む。
「如何にも。俺こそが佐竹家当主、佐竹義重である。そして貴様らは北条に仕えている『あくあ』の者たちであるな?」
「な、なんで私たちの事を!?」
「何時ぞやより北条家にふらりと現れてから国府台、三船山、武田との駿河での戦に参陣し、内政にも参画しては少しづつではありながらも北条氏政の側近として頭角を現している『あくあ』と名乗る一団を汲んでいる9人の女子の事は北条に関わりのある武家のものであれば一度は耳に挟んでおるものだ。」
千歌たちが名乗らずとも彼女たちがAqoursであることを見抜いたことに驚く梨子に対して、義重は余裕に満ちた態度で説明した。
「北条に関わりのある武家って事は・・・。私たちってひょっとしなくてもそれなりに有名人だったりして!?」
「いやいや、この場合スクールアイドルじゃなくて完全に武士としてだよね・・・。」
「なんだ~。ま、そうだよね・・・。」
義重の言葉に目を輝かせる千歌に曜は苦笑いでツッコミを入れると、千歌は期待外れと言わんばかりにため息をついた。
「そう気を落とすことも無いぞ。ここだけの話だが、実は俺は貴様らに興味を抱いているのだ。」
「私たちに興味・・・?」
「うむ。どこの馬の骨とも知らぬ女子たちが大名のそばに妾としてではなく一介の武士として仕え国政に携わり、戦に出れば小さいものではあるが活躍を見せる・・・。そんな貴様らの存在を知った時は如何なる人物であるか胸を躍らせたものよ。それが斯様な年若い娘であるとは思わなんだがな。」
義重は千歌たちに値踏みするような目線を向けながら語り始めた。
「えへへ・・・。どういうわけかこっちに来てから私たち歳をとってないみたいなんだよね。」
「確かにもうこの時代に来てから10年近く経ってるけどそういう感覚ないよね。」
千歌と梨子は互いに顔を合わせながらそう言い、
「今の私たちは悠久の時を彷徨う迷い子というわけね・・・。」
「不思議ずら。」
花丸はいつものように善子の言葉にツッコミを入れずに首を傾げる。
「噂では貴様らは今より遥か先の時代より来たと言うが、いつこの時代にやって来た?」
「えっと確か・・・、何年だっけ?」
「永禄5年・・・1562年ですわ!康勝さんが言ってたではないですか。」
義重に何年にこの時代に来たかをたずねられ、千歌は首をひねっていたがダイヤが助け舟を出した。
「そうだ!永禄5年だよ!」
「ほう?永禄5年か・・・。ふっ、ははははは!」
千歌の言葉を聞いて義重は笑い出した。
「そうか、永禄5年か!永禄5年に貴様らはこの時代に迷い込み、俺は元服を迎えた!!互いに形は違えど同じ年に乱世に降り立ったというわけか!!ふふふ・・・、どうやら俺と貴様らの間には何やら因縁めいたものがあるようだ!」
「じゃあ私たち仲良くなれるかな!?」
『え!?』
千歌の突拍子もない言葉に梨子たち8人は驚く。
「だって、義重さんが言うには私たちは同じ年に戦国デビューしたんでしょ?だったら仲良くなれるかもしれないじゃん!」
千歌はいつものように目を輝かせながら8人に語り掛ける。
「ははは!これは面白い事を言うものだ!!貴様、名はなんという。」
「私は高海千歌だよ!Aqoursのリーダーだよ!」
千歌は義重に対してにこやかに自己紹介する。
「そうか、高海千歌と申すか。実に快活で清々しい娘だ。」
義重は千歌の言葉にうんうんと頷いていたが、
「どうやら貴様は何か一つ勘違いをしているようだ。」
「―――え?」
義重の声色が冷たいものに変わった瞬間、千歌の眼前に刃が向けられていた。
『千歌(ちゃん)(さん)(っち)!!』
突然の事態に梨子たちは叫ぶことしかできなかった。
「どうやら俺が貴様らに興味を抱いている、という言葉を貴様らは友好的なものと解釈しておったようだが、それは大きな間違いだ。あくまでも俺が抱いた興味は敵としてのものに過ぎん。」
「そんな・・・。」
「それを仲良くなろうとはお人好しが過ぎるな。だが、初めて会ってみてわかったことが1つだけある。」
「それって何ですか・・・?」
千歌はこわばった表情で義重にたずねる。
「それは将としての素質よ。貴様らはいずれ優れた将となる。佐竹の者であったならば喜ばしい事なのだが貴様らは北条の者だ。いずれ我らに仇なすであろう貴様らを生かしておく理由など万に一つも無いのだ。」
義重はそう言うと、千歌に向けた大太刀を振り下ろした。
「っ!!」
千歌はそれを横っ飛びに跳んで何とか躱した。
「千歌ちゃん!!」
「大丈夫千歌ちゃん!?」
「うん、大丈夫だよ。」
千歌は自身の身を案じる梨子と曜に微笑みながらそう返した。
「ほう、俺の太刀を躱すか。いい体捌きだな。」
義重が感心するようにそう言うと同時に、千歌たちは義重に対してそれぞれの得物を向ける。梨子とダイヤもこの時ばかりはいざという時の事を考えて槍に持ち替えていた。
「俺と戦うつもりか。」
「義重さん、私たちを見逃すつもりは無いって言ってたからね。」
千歌は槍を構えて義重ににじり寄る。
「ふふ、ただのお人好しかと思ったがいい目をしているな。それに数の有利を生かし俺を取り囲むとは女だてらに対した戦術眼に連携力だ。」
義重は自分の前後左右を取り囲む千歌たちを見回しながらそうひとりごちる。
「だが、本当にいいのか?俺を相手取るのにたった9人で・・・。」
「やってみなきゃ、わかんないよ!!」
不敵に笑う義重に向かってそう言い返すと同時に千歌が義重に向かって突進し、他のメンバーも千歌と共に義重に斬りかかる。
普通の人間ならば、前後左右からの9人による連携の整った同時攻撃を受けてそれを捌ききるのは非常に難しい。恐らく一太刀二太刀ほどの傷を受けるのは間違いないと言ってもいい。
―――だが、今回ばかりは相手が悪かった。
「その程度で俺を倒せると思うな。」
義重は静かにそう言い放つと、まず最初に向かって来た千歌の攻撃を紙一重で躱し、梨子と曜の攻撃を大太刀で逸らして受け流す。ルビィと花丸による槍の刺突を寸でのところで槍の柄を掴んで思いっきり引いて2人を自らの後ろに投げ飛ばし、走って来た善子の足を引っかけて体勢を崩した。鞠莉とダイヤの連携攻撃も難なく捌き、メンバー随一の武芸を誇る果南の攻撃さえも、まるでじゃれついて来た子供をあしらうかのように捌いて受け流してみせた。
これだけの攻防がほんの一瞬のうちに繰り広げられた。
「七人の武士を斬り倒し、馬上の武者を八文字に切り裂いた鬼義重の太刀・・・。一度だけ見せるゆえ、ありがたく受けるがいい。」
という義重の言葉と共に、大太刀が目にも止まらぬ速さで振るわれた。9人を狙った九振りにわたる斬撃があまりの速さのせいか、千歌たちには一振りにしか見えなかった。
『――――!!』
一瞬のうちに放たれた九撃の斬撃を受け、千歌たちは声にならない悲鳴を上げて地面に倒れ伏す。
「才覚に溢れるとはいえ小娘であることには変わりなかったか・・・。呆気ないものよ。」
義重は地に臥す千歌たちを見下ろしながら、失望とも憐れみともとれる呟きと共に大太刀を鞘に納め、佐竹軍の本陣に向かって歩き出す。だが―――
「はぁ、はぁ・・・。まだ、まだ負けてない・・・!」
「なに!?」
驚いたと同時に歩みを止めた義重が振り向いた先には、荒い呼吸と共に槍を構えて立ち上がる千歌の姿があった。
「確かに私たちは小娘かもしれないけど・・・!」
「Aqoursを甘く見ないで欲しいな・・・!」
「私たちには元の時代に帰るっていう目標と・・・。」
「スクールアイドルとして輝きたいという夢がありますの・・・!」
「それを果たすまで、私たちは倒れないわよ・・・!」
「私たちは弱いし、戦いも怖いけど・・・。」
「道を開くためなら・・・。」
「迷わずに突き進むずら・・・!」
立ち上がったのは千歌だけじゃなかった。梨子、曜、果南、ダイヤ、鞠莉、ルビィ、善子、花丸・・・、立ち上がった9人の少女たちの瞳には闘志という炎が消える事なく輝いていた。
「ほう・・・、これは驚いた。」
義重はそんな彼女たちの姿を見て驚嘆の声を上げるが、その表情は喜びに満ちていた。
「まさか、わが師
「この鎧が無かったら私たちは本当に助からなかったかもしれない・・・。氏政さんに感謝しなくちゃ。」
千歌は鎧の胴のど真ん中に付いた一文字の傷を撫でながらそう呟いた。
「・・・鎧か。7人の兵を斬り捨てた時は鎧ごと切り裂いたはずだが・・・。どうやら女子が相手だった故か無意識に手心を加えてしまったようだな。」
義重は次は確実に殺すと言わんばかりに刀を構え直す。千歌たちも呼吸を整えながら武器を構える。千歌、曜、果南、鞠莉が先頭に立ち、弓を構えたダイヤと鉄砲を構えた梨子は後衛に、そして後衛の2人を守るようにルビィと花丸が前衛と後衛の間に立ち、善子はルビィと花丸の前で暗器を構える。薩埵峠にて勝頼と戦った時に使った陣営を組み、義重と睨み合う。
「行くぞ・・・!」
義重が千歌たちに向かって足を踏み出したその瞬間―――
「義重どのー!!」
と1人の若武者が数人ばかりの兵たちと共に駆け込んできた。
「どうした義久。」
「どうしたではありませんよ義重どの!早く本陣にお戻りくだされ!!」
義久と呼ばれた若武者は義重に本陣に戻るように諫める。
「義久、貴様我が勝負に水を差す気か?」
「義重どのは些か前に出すぎでございます!おかげで本陣は手薄に・・・。ただでさえ夜襲を見抜かれ逆に奇襲をかけられ兵の士気が下がっているのですよ!もし夜陰に乗じて総攻撃を掛けられでもしたら多賀谷の救援どころではなくなりますぞ!」
義重が不機嫌そうに睨むのも意に介さず、義久は堂々と義重への諫言を続けた。
「ふむ・・・。分かった、お前がそこまで言うのであればここは引こうではないか。」
義重は義久の諫言を聞き入れて本陣への退却を決意した。
「『あくあ衆』の娘たちよ、貴様らの勇に免じてこの場での勝負は預けてやろう。だが次に戦場で相見えた時は決死の覚悟で俺に挑むがいい、それが貴様らの最期よ。」
義重は千歌たちに向かってそう言い捨てると、義久とその供の兵たちと共に夜の森の中に消えていった。そして義重たちの姿が見えなくなった後、緊張が切れて気が緩んだのか千歌が膝から崩れ落ちるように崩れ落ちた。
「千歌ちゃん!」
「大丈夫?」
曜と梨子が心配して駆け寄った。
「・・・っはぁ~~~!!怖かったよぉ~~!」
千歌は思いっきり息を吐いて叫んだ。
「確かに、あれほど恐ろしい殺気を放っている人は初めて見ましたわ・・・。」
「うん。なんて言うか信玄さんや勝頼さんとは別物の、凄い殺気だった。あれが本当の意味での殺気なんだろうね、まだ震えが止まらないや・・・。」
果南は震える右手を見ながらダイヤの言葉に応える。綱成に徹底的に鍛え上げられた果南でさえも、義重の圧倒的な力を目にして恐怖を感じていた事が伺える。
「それにしても悔しいなぁ。」
「悔しい?」
「うん、私たちはようやくこの乱世に慣れてきて戦に出て氏政さんたちの手伝いができるようになって、9人で力を合わせれば勝頼さんみたいな強い人ともそれなりに戦う事ができるようになったけど、義重さんと出会って私たちはまだまだなんだってことを思い知らされちゃったんだもん。」
千歌たちはここしばらくの戦いで成長を感じていたが、佐竹義重という強敵との出会いで自分たちの力不足を如実に実感させられた。千歌はそれが悔しかったのだ。
「うん、そうだね。」
「千歌っちの言う通り、このままあの人にいいように言われっぱなしなのも悔しいですものね!」
「だから私たちはもっともっと強くならなくっちゃ!スクールアイドルとしての力を磨くのと一緒に、武士としての腕も磨くんだ!!」
梨子と鞠莉が頷くと、千歌は空に浮かぶ月を掴むように手を伸ばして決意の言葉を口にする。
『うん(ええ)!!』
他のメンバーも千歌の決意の言葉に頷いて同意する。
「じゃあ私たちも本陣に戻ろう!」
千歌の言葉と共に、Aqoursも北条軍の本陣に向かって歩き出した。
坂東太郎の異名を持つ鬼将、佐竹義重の戦いに敗れた千歌たちAqours。だが、この敗北は挫折ではなく彼女たちの新たな成長に向けての糧として9人の心に深く刻まれることとなった。
ゆっくりと迫りつつある新たな時代に向けて、千歌たちはまた少しずつ歩み出すことになる。
余談ではあるが、千歌たちが本陣に戻った後に義重と交戦したことについて報告したら9人揃って氏政に説教されることになったのはまた別の話である。
いかがでしたでしょうか?
今回は内容が内容だったのでいつもより長めになってしまいましたが楽しんでいただけたら幸いです・・・w
遂に満を持して坂東太郎、鬼義重こと佐竹義重が物語に参戦!千歌ちゃんたちに圧倒的な力を見せつけた義重率いる佐竹軍とどのような戦いを繰り広げるのか・・・。そしていよいよ3章完結まで残りあとわずか!どのような展開がAqoursに待ち受けてるのか、是非ともその目に焼き付けてください!!
感想があればドシドシ書いてくださると嬉しいです!!
それでは次回もまたお楽しみください!!