ラブライブ!サンシャイン!! Aqoursの戦国太平記 作:截流
前回のラストに幕を開けた第二次国府台合戦の本戦。果たしてその結末はどのようなものになるのでしょうか!?
UA2000突破しました!皆さんありがとうございます!!
それではどうぞお楽しみください!!
1564年1月8日の早朝、北条氏政と北条綱成の部隊が国府台城に突入したのを皮切りに、国府台城の周辺を包囲するように布陣していたその他の部隊も城内に突入し、城内は大乱戦となっていた。
「くそっ!退いていったのは囮だったか!こうなってしまっては仕方あるまい、皆の者奮起せよ!何時もの房総兵の底力を見せつけてやれ!!」
「よいか!雑兵どもは捨て置け!!目ぼしい者のみを狙え!名のある者を打ち取れば敵の士気は自ずと落ちる!ここで踏ん張りを見せろ!!」
歴戦の強者である義弘と資正は、多少の動揺を見せても慌てふためくことなく将兵たちを励まし、自らも刀や槍を手にして迫り来る北条軍の兵士たちを次々と打ち倒していく。
「あっ、あの人もしかして・・・!」
梨子は誰か見覚えのある者を見つけたのか氏政やAqoursの面々から離れていこうとすると、
「あ!梨子ちゃんどこ行くの!?」
「この乱戦の中で単独行動は無茶だ!」
千歌と氏政が引き止める。だが梨子は、
「心配しないで千歌ちゃん、私は絶対に戻ってくるから!氏政さんも、私は千歌ちゃん達と一緒に元の時代に帰るためにここで死ぬつもりはないので大丈夫です!」
と、言い残して走り去っていった。
「なんか遠山さんの手紙を見てから今までより凛々しくなったよね梨子って。」
「うん、そうだね果南ちゃん。」
梨子の背中を見て果南と曜がそう呟いた。
梨子は敵味方が入り混じる人の波を潜り抜けて目的の人物を見つけ、
「太田新六郎康資さんですよね!?私です!江戸城で綱景さんと一緒に働いてた桜内梨子です!!」
と、康資に呼びかけた。すると梨子の方に振り向いて、
「・・・ああ、義父どのの所にいた小娘か。何の用だ?義父どのの仇でも討ちに来たのか?」
と答えた。そう答える康資の顔色は芳しくなかった。
「私はけじめをつけに来たんです・・・って臭っ!?康資さん、すごくお酒臭いですよ!?」
梨子は康資に近づくと、彼から漂う酒の臭いに顔をしかめた。
「おっと、すまねえな。いくら親兄弟が争う戦乱の世だからと言って舅である義父どのを自分の手で殺したんだ、そりゃヤケ酒でもしなきゃやってらんねぇさ。」
自嘲的に笑いながら康資はそう言ったが、
「で、けじめをつけるっつったか?いくら俺が二日酔いだからってお前のようなか細い女が三十人力と言われてる俺に勝てると思ってるのか?」
と、打って変わって梨子を威圧する。
「確かに私なんかじゃ康資さんには勝てないと思います。それでも私は今ここでけじめをつけたいんです!」
梨子は康資の威圧に怖気付くことなくそう言い返した。
「ふん…。そこまで言うのならその勝負、受けてやろう。だが俺は女子供が相手でも容赦せんぞ!!」
康資はそう言って樫木棒を構える。梨子も刀を抜いて康資と対峙する。
「おらああああ!!」
康資が樫木棒を横殴りに振り回すと梨子は慌てて躱す。康資は二日酔いにもかかわらず、凄まじい勢いで樫木棒を振り回し梨子を追い詰めていく。
「あっ!!」
何とか康資の攻撃を躱していた梨子だが、遂に躱しきれず一振りが彼女の胴を掠めた。怪力の康資の一撃は掠っただけでも梨子には平手で頬を思い切り打たれるほどのダメージを負うほどであった。
「呆気ねぇもんだな。死ねええ!!」
康資は梨子にとどめの一撃を与えるために樫木棒を振りかぶった。梨子はその一瞬の隙を突き、康資の胴に体当たりを繰り出した。
「うおぁっ!?」
康資は想定外の攻撃に驚いたのと、二日酔いで足元がおぼつかなかったのもあって地面に倒れた。梨子はすかさず馬乗りになって康資の首元に短刀を突きつけた。
「くそっ!まさか女子供相手に不覚を取るとはヤケ酒なんてするもんじゃなかったな・・・。」
康資はそう言ってまた自嘲的に笑った。
「俺の負けだ、やれよ梨子。義父どのの仇を取りに来たんだろ?だったらその短刀で俺の首を突くだけで終わる。さあ、一思いにやれ。」
康資はそう言うと目をつぶり大の字になって動くのをやめた。梨子は康資の悟り切った表情を見てから短刀を振り上げ、康資の首めがけて短刀を持った腕を振り下ろした。
「・・・な?」
康資は目が開くこと、息ができることに驚いた。ふと横を見てみると、あと数ミリずれてれば首に刺さってるであろう場所に短刀が刺さっていた。
「何故だ・・・。なぜ殺さない!義父どのの仇は取りたくないのか!俺に生き恥を晒せというのか!!」
康資は自分を殺さなかった梨子に向かって怒りを込めて抗議するが、彼女の顔を見て言葉を失った。
梨子は泣いていたのだ。
「はい・・・。綱景さんの仇は取りたいです・・・!綱景さんを殺した康資さんは憎いです・・・!!」
「だったら何故俺を殺さねえんだ!」
「もしここであなたを殺せば、綱景さんの想いを否定することになっちゃうから・・・!」
「なに?」
「綱景さんが遺してくれた手紙で言ってたんです、恨みに身を任せてはいけないって。それに、康資さんとはあまり接点は無かったけど、それでもあの時一緒に江戸城で働いていたことに変わりはなかったから・・・、ここで綱景さんの娘婿である康資さんを殺しちゃったら綱景さんの・・・、今まで江戸城でみんなで楽しく過ごしていた頃の思い出を全部否定することになっちゃうから・・・!!」
梨子はおのれの胸の内に秘めていた感情を康資にさらけ出した。
「お前・・・。」
梨子の言葉を聞いて康資は何も言い返せなかった。
「あ!あそこで組み伏せられてるのは太田康資どのじゃないか!?」
「お助けしますぞ康資どの!!」
康資を助けようと二人の武者が槍を手に梨子のもとへ走り寄ってきた。が、
「やめろお前ら!!こいつには手出しすんじゃねえ!!」
康資は叫んで二人を制止した。
「しかし・・・。」
武者の一人は納得できない様子であったが、
「こいつは江戸城にいたころの同心(同僚)で、俺が討ち取った義父、遠山丹波守の忘れ形見だ!!北条の奴らは誰でも討ち取ってもいいがこいつだけは俺が討ち取ることを許さん!!」
と叫び、有無を言わさぬ気迫で武者を睨み付けると、
「は・・・。分かりました・・・。」
そう言って武者たちは別の場所へ走り去っていった。
「康資さん・・・。」
梨子は康資の体から降りた。
「勘違いするんじゃねえよ。ただ義父どのが言ってた武士の情けとやらを思い出しただけさ。」
「武士の情け?」
「ああ、義父どのが俺に足りないものだって言ってたものでな。北条が武田と同盟を結ぶ前に武田と戦ってた時、原虎胤って男が俺が討ち取ろうとした敵将を『昔の顔なじみだから、見逃してやってくれ』って庇ったんだ。」
「そんなことが・・・。」
「あの時はそんなことしたら手柄が取れねえだろって思ってたが、今になってあの男の行動の意味が理解できたよ。もう少し早く理解できてたら義父どのを殺さずに済んだのかな・・・。」
康資はいつの間にか涙を流していた。
「康資さん、綱景さんの後を追うようなことはしないでください。とにかく生きてください!生きて、生きて、精一杯人生を綱景さんの分も生き抜くことが、綱景さんへの償いになるはずです。」
梨子は康資の目を真正面から見据えながら強く言った。
「はっ・・・。生き恥を晒してでも生き続けろねえ、案外手厳しいなお前。わかったよ、とりあえずこの戦は勝ち目もなさそうだし、一抜けするとしますかね。」
康資はそう言うと立ち上がって、歩き出していった。
「あばよ、またどこかで会えるといいな。桜内梨子。」
「はい、またどこかで会えるといいですね。太田新六郎康資さん。」
康資はそのまま戦場へ消えていった。
梨子と康資の一騎討ちと和解が行われていた頃、戦場では・・・。
「今こそ決着の時よ!皆の者、攻めかかれ!!」
退却した振りをしていた氏康が反転し、国府台城に攻め入った。氏康の本隊が現れ、五色
「うわあ!氏康の本隊だ!!」
「相模の獅子だ!!俺たちじゃ敵わねえ!」
「逃げろおお!!」
と恐慌状態に陥り、戦場から逃げ出そうとするものが増えていった。
「くっ、もう里見は北条に勝てそうにもないな。これより離脱する!帰ったら北条に従属する旨の書状を送りつけるんだ!!」
そう言って戦場から離脱していったのは、里見家の家中の中でも実力者であった土岐為頼であった。彼は上総の南東部に領地を持っていたが、この戦い以降は里見家から離反して北条家の家臣として里見家との戦いに身を投じていくことになる。
そして、彼が離脱していったことで里見軍はさらに劣勢に追い込まれていく。
「皆の者逃げるな!!最後まで戦い抜くんだ!!」
そう言って兵士たちを励ましながら槍を縦横無尽に振るって群がる北条兵を次々と打ち倒しているのは正木信茂であった。
「流石は二代目槍大膳、里見軍の大半が劣勢の空気に飲まれているが彼の周りだけ勢いが増している・・・!」
氏政は苦々しそうに呟いた。
「里見軍の勢いを完全に削ぐにはあの男を止める必要がありますわね。」
「でもお姉ちゃん、あの人すごく強いんでしょ?流石に無理だよ・・・。」
ルビィが反対する中ダイヤは、
「確かにあの男は私たちの手に負えるような人ではありませんが人間であることには変わりません!それなら、あまり気に食わないやり方ではありますが、遠巻きから狙い打てばそれを喰らって耐えられる道理はありませんわ!!」
弓を強く引き絞り、信茂に向かって矢を放った。矢は真っ直ぐに信茂のもとに向かって飛んでいった。だが、
「こんな小細工で、俺を倒せると思うなああ!!」
なんと信茂はダイヤの矢を槍で打ち払い、さらに打ち払って地面に落ちた矢を拾ってダイヤに向かって投げ返した。
「!!」
投げ返された矢はダイヤの頬をかすめていき、さらに後方にいた兵士を射抜いた。
「ありえませんわ・・・。こんなの人間離れしすぎですわ!」
「でも、どうやらあの人を倒すには正々堂々と勝負しないとダメみたいだね。」
果南はそう言って薙刀を構えた。
「いや、それは止めたほうがいい。」
氏政は果南を制止した。
「なら私と曜ちゃんがサポートするよ!!」
千歌が提案するも、
「いや、それでもだ。」
と氏政は意見を変えることは無かった。
「どうしてですか!?」
千歌が理由を聞くと、
「確かにAqoursの面々の中でも武に長けているお主ら三人がまとめてかかれば並みの将兵を討ち取れようが、相手は若いとはいえど『槍大膳』の名を受け継ぐほどの武勇を誇る男だ、言葉は悪くなってしまうが戦いの経験がまだ浅いお主らでは相手にはならんだろう・・・。」
と理由を説明した。
「じゃあどうやって倒すずら?」
「うむ、氏照と氏邦なら二人がかりで相手できるだろうが二人は政繁と共に東から攻撃を仕掛けてるから連絡を取るには時間がかかりすぎる・・・。誰か奴の相手になる者はいないのか・・・。」
氏政が途方に暮れていると、
「ならばそれは俺に任せてもらおうか。」
何者かが氏政の肩を叩いた。
「お、お主は・・・!」
「俺に挑む気概のある奴はかかって来い!!」
信茂が兵士たちを打ち倒しながら叫んでいると、
「流石は『二代目槍大膳』の名をほしいままにしているだけあるな。」
と一人の武者が鎌槍を手にして信茂に近づいてきた。
「ほう。その殺気を見るに今までのものたちとは比べ物にもならないほどの強者のようだな、名を名乗られよ!」
「俺は北条上総介綱成が嫡男の北条常陸介康成(氏繁)だ!いざ、尋常に勝負!!」
康成は名乗ると同時に槍を構えて信茂に向かって突き出した。信茂はそれを防ぎ康成に槍を突き返す。二人の槍撃の応酬は周囲の者が戦いをやめて見とれるほど凄まじかった。
「あの人すごいなあ、あんなに打ち合ってるなんて・・・。」
千歌はその光景を呆然と見ていた。
「康成どのはあの綱成どのの嫡男で、父親譲りの猛将ですからね。氏照や氏邦と共に北条の次代の武の要を担うであろう男ですよ!」
「流石は康成さん、あんな人と相手に互角に戦えるんだから私なんてまだまだひよっこなんだなあ。」
「え!?果南ちゃんあの人と戦ったことあるの!?」
千歌が尋ねると、
「うん、綱成さんのところで修行してた頃に何度かね。でも一度も勝てたことは無いんだけどね。」
果南は苦笑いしながら言った。
康成と信茂はしばらくの間槍で互角に突き合っていたが、繰り返すこと23突き目には互いに疲れが見え始めた。
「スキあり!」
康成の槍が信茂の腕を突き、信茂は激痛のあまりに槍を取り落とすも、
「なんの!」
と刀を抜いて逆に康成の槍の柄を真っ二つに切り裂いた。康成もまた刀を抜いて斬り合いになった。
「ふ、若いのに見事なものだな。」
「当たり前だ!この戦には、いや、一戦一戦全ての戦に里見の命運が懸かっているのだ!!こんなところで負けることはできん!!」
信茂は康成を弾いて後ろに下がり態勢を整えてから康成に向かって突進していった。
「北条常陸介康成!覚悟おおお!!」
信茂の刃が康成に迫る一瞬、
「見事な戦ぶりだが、まだ経験が足りんな。」
康成はそう言うと足元に落ちていた切り落とされた槍の穂先がついてる部分を足でリフティングするかのようにすくい上げ、左手で柄を掴んで真っ直ぐに信茂の胸を突いた。
「がぁッ・・・!!?ば、馬鹿・・・な・・・!」
信茂は康成のあまりにも変則的な動きに対応できずに攻撃をもろに受けてしまった。
「勝負あったな二代目槍大膳。見事な戦いぶりだった。」
「くっ・・・。お主のような強者に討ち取られるのなら本望・・・!!しかし、義弘さま・・・、父上・・・。申し訳・・・ございま・・・せん・・・で・・・し・・・。」
信茂はそのまま大地に倒れ伏した。
「若いながらに見事な武者ぶりだったぞ。正木信茂、お前の武勇は生涯忘れはしない・・・。」
康成はそう言って彼の亡骸に弔いの言葉を投げかけた後、
「里見にその人ありと名高き二代目槍大膳、正木大膳亮信茂!!この北条常陸介康成が討ち取ったぞ!!」
と高らかに声を上げた。
「馬鹿な、あの二代目槍大膳が討ち取られただと!?」
「マジかよ・・・。もう俺達に勝ち目なんてねえ、逃げろ!!」
信茂の討ち死にによって完全に戦意を喪失した里見兵たちは次々と潰走していった。
「そんな、信茂が・・・!」
総大将である義弘もまた、信茂の死に動揺を隠せなかった。
「お屋形様!我らは総崩れです。ここは一刻も早く上総に退きましょう!」
「うむ、そうだな。」
義弘は腹心とも言える安西実元の薦めを聞いて、馬に乗って国府台城から脱出しようとするが、
「あそこにいるのは相当名のある人のようですね、逃がしませんわ!」
「しまった!うおっ!」
ダイヤの放った矢が馬にあたって義弘は落馬した。
「もはやこれまで・・・。」
義弘は諦めて自害しようとするも、
「何を言うのです!あなた様が房総の民を宝と仰っているように、房総の民もあなた様を宝のようだと言っているのです!さあ、私の馬でお逃げください。」
実元は義弘に自分の馬を貸した。
「しかし実元・・・。」
「さあ、早く!」
ためらう義弘を乗せた馬の尻を鞭で叩き退散させた実元は元来た方に引き返して、
「我こそは里見
と叫んで北条軍に向かって突っ込んでいき、主君に代わって壮絶な最期を遂げた。
「あれは確か、義弘どのの側にいた安西伊予守実元どのではないか。主君の影武者となって討ち死にか、俺も朝定さまの代わりになれればよかったんだがな・・・。」
義弘の影武者となって散っていった男の最期を遠巻きから見ていた資正はその最期を見て羨ましそうに呟いてから手を合わせ、
「くそ!今回も北条を倒せなかった!!皆の者、岩付に退くぞ!!次こそは土に塗れさせてやるぞ!!」
と捨て台詞を吐いて岩付を目指して城から去っていった。
「よし皆の者、これ以上追うな!この戦、我々の勝利ぞ!!」
氏康が将兵にそう告げ、
「勝った勝った!!えい!えい!おおお!!!」
綱成が勝鬨を上げると、
「「「えい!えい!おおお!!!」」」
と他の将兵たちも勝鬨を上げた。
「やったな千歌どの!Aqoursの方々!あなた達の初陣は大勝利だ!!」
と氏政は千歌たちを労った。
「やったあ!千歌たちの勝ちだあ!!」
「ヨーソロー!!これからも上手くやってけそうだね!」
「ふう、何とか失敗しないでやれたよ~・・・。」
「お疲れさま、ルビィちゃん!」
「このヨハネが本気を出せば負ける気なんてしないわね!」
「皆さん!勝利に喜ぶのはいいですが『勝って兜の緒を締めよ』という言葉があって・・・。」
「もう、ダイヤってば堅ーい!!せっかく勝ったんだからもっと喜びましょうよ!シャイニ~☆」
「そうそう、せっかくの初勝利なんだからうんと喜ぼう!」
と千歌たちもそれぞれ勝利に浮かれていた。
「あれ?梨子ちゃんは?」
千歌がそう言って辺りを見回すと、梨子の姿が無かった。
「氏康さん。」
「む、何用かな梨子どの。」
梨子は氏康のもとに来ていた。
「お願いがあります。」
「お願いか。お主には辛い思いをさせてしまったからな。わしが出来ることなら何でも聞こう。」
「・・・私を『江戸衆』に編入してください!!」
梨子は頭を下げて、氏康に『江戸衆』に入れてもらえるように頼んだ。
「江戸衆に、か・・・。」
「はい。」
「それは綱景の仇を取らんとするためか?」
「いいえ、綱景さんの遺志を継ぐためです。」
「綱景の遺志だと?」
「はい、あの人は江戸をさらに豊かにしたいといつも言っており、そのために毎日必死に働いていました。私も、そんなあの人の熱心な姿に心を打たれて彼の夢を継ぎたいと思ったんです!!」
「なるほど、そのような想いがあったとは・・・。」
氏康は梨子の願いを聞いて考え込んだ。
「だが、今はそれを聞くことはできんな。」
答えはノーだった。
「何故ですか!?」
梨子は抗議するが、
「お主らがまだまだ未熟だからだ。今は氏政のもとで学び、この時代で生き抜く力を身につけるときぞ。それに我らには敵が多い。江戸城はそれらの敵に備えた前線の重要な拠点であるが故に未熟であるお主らを置くわけにはいかんのだ。」
と氏康は理由を説明したどれも正論であり、反論できない梨子は肩を落とすが、
「だが、絶対に置かんというわけではない。お主らが研鑽を積み、一人前になれば、お主の言葉は叶うだろう。」
と氏康は微笑んで梨子にそう言った。
「氏康さん・・・。はい、頑張ります!!」
梨子は笑顔で氏康に礼を言った。
「梨子ちゃーん!どこ~!!」
どこからか千歌が梨子を呼ぶ声が聞こえてくると、
「そら、仲間がお主を探しているぞ。早く戻って安心させてやるがよい。」
と氏康は梨子に戻るように促した。
「はい!氏康さん!!」
梨子はそう言うと、駆け足で氏政の陣へと去っていった。
「綱景よ、お主の弟子は見事に成長しておるぞ。」
去っていく梨子の背を見ながら、氏康はそう呟いた。
後に『第二次国府台合戦』と号されたこの戦は、北条軍は3700人、里見軍は5300人という死者を出すほどの大激戦であったという。
そして里見軍は全体の半数近くの死者を出しただけではなく、『二代目槍大膳』こと、正木信茂や義弘の影武者となった安西実元をはじめとして、里見弘次などの多くの一門衆や重臣がこの戦いで戦死するという大きな痛手を被った。
それだけでなく、里見軍はこの合戦の大敗により下総から撤退し、さらに上総に点在する国衆(その土地に根付いてる小勢力)たちの多くが北条家に寝返り、上総における大半の領土を失うこととなった。
そして太田資正は何とか岩付までたどり着くも、かねて家督相続の件で対立していた長男の資房に次男の政景ともども岩付から追放された。なんとか岩付城に返り咲こうと暗躍するも取り返すことは出来ず、佐竹家を頼って常陸へと落ち延びていった。
そして最後に、里見家に寝返った太田康資はこの戦いが終わった後に行方をくらませたという。里見家を頼って安房に逃げ延びて北条家と戦い続けたとも、同族の資正と政景父子と共に佐竹を頼ったとも言われるがこれ以降の経歴は曖昧になっている。
一説では1581年に起きた里見家の内紛に巻き込まれ、反逆者に加担したとして自害したという話もあるが、この物語においては彼の消息を知る者は誰もいなかった。そして、彼の妻であった綱景の娘は父が夫に殺されたことを聞くとそれを深く嘆いて出家して尼になったと言われている。こうして、太田道灌の直系の末裔であった江戸太田氏は没落していくこととなった。
北条家ではどのような変化が起きたのかというと、まず里見家の大敗と、それをきっかけに土岐為頼をはじめとした上総の国衆や里見家の一部の家臣が北条家に従属を申し込んだことで、北条家が上総の大半、正確な事は分かってはいないが、おそらく里見家の本城である、里見義尭の居城の久留里城の目と鼻の先まで領土を広げたことが一番の変化であり、まさしく房総半島の覇権を北条家が手にしたという事だろう。
そして次に、江戸城についてである。三人いた城代のうち、康資は寝返りで、筆頭であった綱景は戦死という形で二人も失い、さらに討ち死にした家臣のほとんどが江戸衆の所属だということで氏康と氏政は江戸衆の再編に追われた。
直勝はそのまま江戸城代に置かれるも、抜け駆けの罰としてしばらく居城であった葛西城に謹慎した。
江戸城代筆頭である遠山家の家督は本来ならば綱景の長男である隼人佐が継ぐのだが、彼もまた父と共に討ち死にしてしまったため、氏政は幼いころから出家していたという綱景の三男を呼び寄せ、名前の『政』の字を与え『遠山政景』と名乗らせて家督を継がせた。
彼はしばらくは江戸城代筆頭として働いていたが、後に上杉家や、里見や佐竹といった反北条家の勢力による圧力が強まったことによって、江戸城が重要防衛拠点として重要視されてくると、今回活躍した康成の弟である康元(のちの氏秀)に江戸城代の座を譲り、自らは下総に移って房総半島方面の攻略に力を尽くしたという。
そして、第二次国府台合戦の戦後処理が終わり、桜の花が咲く季節となった小田原城にて・・・。
「あの、すいません!桜内梨子どのでいらっしゃいますか?」
城内を歩いていた梨子の背後から何者かが声をかけてきた。声色から察するに梨子は自分と年の近い若者だろうと察した。
「はい、そうですが・・・。」
梨子は振り向きながら答えると、目を剝いた。
「あ、私は遠山丹波守綱景の嫡男の遠山政景と申します!氏政さまからあなたが父に仕えていたという事を聞いて父のお話を聞こうと思ったんです。私は幼い頃より寺に預けられて僧となるための修行をしていたもので、父のことはあまりよく知らないんですよ・・・。」
そう笑いながら話す、政景の顔はまさしく綱景に似ていたのだ。梨子は、縁側で茶を飲みながら直勝や綱景と一緒に語り合ったあの日のことを思い出し、涙が溢れそうになった。
「い、如何なされましたか!?どこかお体でも悪いのですか!?それとも初対面なのにいささか馴れ馴れしすぎましたか・・・?」
梨子の様子を見て政景が慌てるが、梨子はそんな彼を見て、
(綱景さんも、若いころはこんな感じだったのかな・・・。)
と思い、涙を拭って笑い、
「いえ、何でもないです。それより綱景さんの話ですよね。何からお話ししましょうか?」
春は別れの季節でもあれば、出会いの季節でもある―――
梨子は誰かが語ったその言葉を胸の中で呟いてから、師の若き息子を相手に語り始めた。
小田原城の庭に桜の花が穏やかに舞う。桜内梨子のその穏やかな心を表現するかのように。