Dクラスとの試召戦争に勝ったことにより、俺たちFクラスの志気は更に高まった。
これなら予定通りにAクラス戦も行けそうである。
さて、ここでDクラス戦争の勝ち方について振り返ってみよう。
Dクラス戦はもともと姫路が主体の戦闘を俺と雄二は構成していた。
つまり、明久たちを全て捨て石にして姫路の点数補充の時間を稼ぎ、そして一転突破でDクラス代表の平賀を落とす。
この作戦の穴としては雄二の守りが薄くなること。
そのため俺が雄二を守るために予め得意教科担当の田中先生をFクラスに用意していた、というわけ。
これがDクラス戦の全容だ。
そんな試召戦争の帰り道、俺はいつも通り秀吉と帰路に就いていた。
「しっかし、我ながら予測通りに事が運びすぎてびっくりだぜ」
「うむ。じゃが、いくら作戦とは言えあの放送などうかと思うぞ?」
「あの放送? あぁ、船越先生か。あれは雄二の入れ知恵だ。俺の作戦やない」
「だとしても、じゃ。人の恋心を利用したら、いずれ馬に蹴られるぞ」
「はいはい、雄二に言っとくよ」
なんだかんだで秀吉も恋する人間。
今回のやり方に思うところが有ったのだろう──てっ、忘れてた。
「そうそう、今日の晩飯だけど、秀吉の家で食べることになったから」
「────え?」
● ● ●
「まっ、まあ上がってくれ」
「お邪魔しまーす」
場所は変わって秀吉の家。
今朝母さんが「ごめんなさい。私、やっと見つけたお父さんをシバき──ううんっ、捕まえに行かなくちゃならないの。だから今日の晩御飯は秀吉ちゃんの所で今日は食べてね」と書かれた置き手紙と共に姿を消したのだ。
多分、何処かで愛をバラまいている父さんをターミネートしに行ったのだろう。
母さんの仕事は本場のFBI。
捕まえることに関しては右にでるものはいない。
父さんは…………愛の伝道師、とでも言っておこう。
それ以上は言いたくない。
それでも例えるなら本を縛るあれだ。それで察してくれ、頼むから。
さてと、話は変わるが、秀吉の家は二階建ての一般的な家庭が持てる家。
普段なら秀吉そっくりの母親がいるのだが、何でも父親の出張に付き添っているらしく、帰ってくるのは明後日だそうだ。
本当に家の両親と違ってラブラブすぎて羨ましかとです。
「あれ? なぁ秀吉、優子は?」
「姉上か? 多分もう少ししたら帰ってくる頃だと思うぞ。じゃが、それがどうかしたのか?」
「いや、別に大したことはないが、久々に挨拶でもしておいた方がよかったかなって思って。だって結構前に挨拶しないで帰ったらエラい怒られたからな」
「う、うむ。あれは般若心経のようじゃった」
「誰が般若心経だってぇ?」
「あ、ああああ、姉上ぇ?!」
噂をすれば何とやら。秀吉の後ろには文字通りの般若心経の彼女の姿があった。どうやら秀吉と話している間に帰ってきたみたいだな。
木下優子。
秀吉の双子の姉で成績は弟とは打って変わって優秀そのもの。しかしその実、歌や演技といったサブカルに関する才能は全くもって皆無という完璧にはなれない残念な子。あれだ、双子で才能を綺麗に分け合ったのだろうな。
「よお、お邪魔してるぜ、優子」
「…………ええ。ようこそ黒乃君。ちょっと待ってて、今この愚弟をしばいてからお茶をだすから」
「………あ、姉上……」
「いや、まずは秀吉への折檻を止めんかい」
首をへし折る勢いで腕に力を込める優香をたしなめる。
もてなす手順が逆な上、さすがに死体を作り出すわけにいかん。
「…………冗談よ。で、どうして家に創君がいるの?」
「冗談ですませるなら間を空けるな。それと今日はここで晩飯を食うことになってんだ」
「…………ふーん、そう。まあ別にいいけど。とりあえずゆっくりしていけば? それと………秀吉、ちょっと来なさい」
「あっ、姉上ぇーーーー!!」
連れて行かれていく秀吉の背中を、俺は見守ることしかできなかった。
仕方ないよね。結局、人間ってのは自分が一番可愛い生き物だから。
「いぃやぁぁああああぁぁぁあっ!!!!」
とりあえず秀吉が帰ってきたら慰めてやろう。
そう思いつつソファーに座って二人が戻るのを待つ俺である。
しかし、秀吉を見ご──げぶんげふん、見送った罪悪感が半端じゃない。
このままだと俺の胸の中に良くない痼りのような物が残ってしまう。
仕方がない、せめてもの罪滅ぼし。今日の晩ご飯ぐらいは俺が作るとしよう。
そうと決まれば即行動や。
秀吉家にはちょくちょく遊びに行ったり、泊まりに来ているため、だいたいの構造はおろか台所にある調味料の種類や場所もバッチリ把握している。
「さてと、なーにがあるかな………ふむふむ……おっ、これならあれが作れるな」
作る料理が決まったところで、早速調理開始。
必要となる材料は鶏肉、玉ねぎ、卵、和風だしに醤油。
それらの材料を取り出して、先ずは材料となる鶏肉と玉ねぎを切る。
そんで調味料と切った玉ねぎを鍋に入れて火にかける。
約二分ぐらい煮詰めた後、今度は切った鶏肉を入れて再び二分ほど煮る。
その間に予め取り出しておいた卵をとく。
だいたい卵が時終わる頃に鶏肉に火が入るため、そこでといた卵を鍋に入れる。
後はふたを閉めて弱火にかけたら、完成だ。
「あら、随分と美味しそうな匂いがするわね」
「あいたたた……相変わらず姉上の折檻は応えるのじゃ……ん? この香りは親子丼かの?」
「さすが秀吉、当たりだ」
丁度いいタイミングで二人が帰ってきたな。
「二人とももう少し待っててくれ。後少ししたら完成だから」
「そう、ならお言葉に甘えて待ってようかしら」
「うむ……創、ありがとうなのじゃ」
「さて、なんのことやら。ほら、さっさとテーブルに着け」
ダイニングテーブルに向かいつつ、俺にしか聞こえない音量で囁かれる秀吉の感謝の声。
実は俺の作っている親子丼は秀吉の好物である。
罪滅ぼしで料理するなら好物くらいは作ってやらないとな。
丼を三つ用意し、具をご飯の上にかけて完成だ。
完成した親子丼をダイニングの中心に置かれたテーブルに運ぶ。
「んじゃ、早速食べようぜ。飯と鉄は熱い内に処理しろが家の家訓だ」
「どういう家訓よ。まあいいわ。秀吉、箸持ってきて」
「まったく、姉上は人使いが荒いのぉ」
「あぁ?」
なによっ? という殺気とともに発せられる視線に「何でもないぞっ!」と慌てた声で箸を差し出す二人の構図は、まるで蛇と蛙だ。
やれやれ、食事前にするもんじゃないだろ。
このままだと二人の不穏で飯がまずくなるので強制的によって終わらせ、手を合わせさせる。
「それじゃ」
「「「いただきます」」」
料理の出来に心配であったが、秀吉の頬が緩んでいることから、大丈夫そうだな。
俺も一口。うむ、我ながらなかなかに美味だ。
しかし、舌鼓する俺や秀吉とは対照的に優子の表情は暗かった。
「…………なんか、黒乃君の料理食べる度に自信が無くなってくるわ」
「ん、気にしなくてよくね? そもそも優子は料理しないだろ」
「しし、失礼ね! 私だって必要がでてくればちゃんとするわよ!!」
えらく大声で叫ぶ。でも信じて欲しかったら目は泳がせるなよ。いや、別に泳いでなくても信じれんけどさぁ。というか必要が出てくるまでしないのか。
ちょくちょく俺の家に朝飯を作りに来てくれる秀吉と違って、優子の料理の腕はよくはない。
優子の名誉のために言うが、別に料理を作れないわけでも、作る料理がバイオテロを作り出すということでもなく、単純にアレンジして失敗してしまうのだ。
そのためレシピ通りに作れば美味しい料理を優子は作れる。
しかしレシピ通り作る料理は今一楽しくない。料理を作ること自体に楽しみを抱く人は別にしてだが、あいにく優子は自分で何かオリジナルを作り出すことに楽しみを抱く人種。
結果、アレンジして失敗の連鎖によって、優子は料理をする事を辞めた。
才能や探求心が全てを殺してしまう。
なんとも悲しいほどに残念に残念な話である。
「んんっ! ところで、話は変わるけど、聞いたわよ」
「何を? ちなみに俺が二重の極みを修得したという噂は真実だ」
「あれは真実だったのかッ!? い、いや、それはそれで凄いが、姉上がいっておるのはそのことではないじゃろ」
「だろうな。ちょっとしたお茶目だ。まあ二重の極みは本当にできるようになったけど」
「なんで漫画の技ができるようになってるのよ」
「ノリとテンション?」
「なぜ疑問形なのじゃ……」
なんか、FFF団との抗争が激しくなって撒くために身についたんだよなぁ。人体って不思議。
「って、そうじゃなくて試召戦争の事よ。Dクラスに勝利したそうね。それと、最終目標が私たちAクラスだってことも」
「あっそっちか。確かにその通りだが、随分と耳が早いことで」
とは言うものの、試召戦争したら情報が嫌でも学校全体に広まるのは当然か。試召戦争中は強制的に参加クラス以外自習になるのは去年学んだし。
「偶然でもDクラスに勝てたのは評価するわ。でも、親切心から教えてあげる。私たちAクラスに勝つのは不可能よ」
「そりゃまた、どうして?」
「黒乃君は除くとして、自分たちの学力を考えなさい。分かる? 大した差のないDクラスとは訳が違って、そもそもの学力が違うの。下手に自分たちの教室のランクを下げたくなかったら、Aクラスとは闘わないことね」
優子からの警告。
確かにAクラスは最も頭のいいクラスだ。
そして試召戦争は学力がそのまま戦力となる。
それに試召戦争に敗北したクラスが挑んだクラスよりもランクが下の場合、勝者のクラスへの賠償として教室のランクが一つ下がってしまうのも真実。
けど、俺たちFクラスには関係しない。
「そうは言っても、もはや教室のランクは既に最底辺なんだが?」
「うむ。ワシらのクラスには失う物は何一つないからのぉ」
俺と秀吉と声が合う。
そう、他のクラスなら自分たちのクラスのランクを下げたくないという思いからこの警告で二の足を踏んでしまうが、俺たちFクラスはその範囲外だ。
だって、教室のランクがすでに底辺なのだ。
今より下がるという心配がない。
もっとも、それらを抜きにしたとしても、俺は大バカと約束したからな、止まることはできない。
けど、優子は優子で俺たちのことを考えての忠告だと言うのも分かる。
「まっ、忠告程度に受け取っておくさ。そっちもFクラスだからって侮るなよ? あの大バカがAクラスとFクラスの圧倒的学力差を考慮せずに挑むと思うか?」
「大バカ……あぁ、坂本君ね。たしかに彼ならその程度気づかないわけ無いか。黒乃君と同レベルの策士って聞くし」
雄二……俺はこの瞬間お前に同情するわ。鉄ちゃんだけでなく、一般生徒の優子にすらお前、大バカって認識されてるわ。
「でもね、どんな策を講じたとしても、勝つのはAクラスよ」
「勝負はやるまで決まることはない。勝ちを決めつけるのはよくないと思うぜ?」
テーブルと親子丼の器を挟んで対立する俺たち。
手の届きそうな距離にありながら、決して交わることのないほど遠くに来てしまったと感じてしまう。
十秒ほどだろうか。
優子がおもむろに箸をテーブルに置いた。
「それはそうと黒乃君、おかわり」
「あっ、ワシも頼めるかの?」
「さっきまでシリアスだった空気はどこに行ったし。いやまぁ、つぐけどさぁ」
差し出される二つの丼を受け取る。
ギスギスしかけた秀吉家での食事は、親子丼の卵のようなふんわりとした空気で幕を下ろした。
言っててなんだが、全然うまくないな。