君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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選択肢がないと主張する金剛に反発する霧島。

思わせぶりな金剛に振り回されていた拓真が見せた決心。


第08話 決意

 はぁ? 俺にはるなさんを預ける?

 

 

 金剛さんを除いた全員が呆然としている。当の本人はこれで問題解決、とばかりにニッコニコして、冷蔵庫や台所の棚を勝手に物色し始めた。

 

 「紅茶が飲みたいでース」

 

 紅茶はありません、俺はジャスミンティー派です。いや、そうじゃない。

 

 「こ……金剛お姉さま? それはつまり、榛名が……この人と一緒の部屋で暮らす、ということですかっ!? 霧島は反対ですっ! もし……榛名の身に何かあったら……」

 

 霧島さんが顔色を変え、金剛さんに食って掛かる。

 

 紅茶が無いことに文句を言いながらリビングに戻ってきた金剛さんは、気色ばんでる霧島さんに、冷静に質問する。

 

 「他にchoiceがあれば、私も選びまセーン。それとも霧島、アナタはここ以外に榛名を匿える場所を知ってるのデスカ? それに、拓真は榛名に好意をもってマース。もし本気で好きなら、ヒドいことは絶対しないハズ……です。拓真は、女の子に慣れてない、羊の皮をかぶった山羊みたいなものデース」

 

 ……面と向かってはるなさんに好意があるとか言わないでほしい。そりゃ間違いなくそうなんだけど。金剛さんに何となく信用されていることは分かったが、前半と後半で評価内容がまったく違うよね。羊の皮をかぶった山羊って、脱いでもほとんど一緒ってことか。……笑うトコ、コレ? いや、笑えないが。

 

 まだ納得のいかなさそうな霧島さんに片目を瞑りながら続ける。

 

 「それに……拓真は霧島が艤装を展開するのを見ていまース。あれでも艦娘に無理矢理何かしようと思いますカ?」

 

 その言葉を聞いて、霧島さんと俺が同時に青ざめる。特に俺は、砂浜で艤装を展開した霧島さんの姿を思いだし、無意識に身震いする。あれは……なんというか、この世のものではないものと出会ったような圧迫感だった。けれど、はるなさんまであんなオーラを振りまくのか? 未だに信じられない。

 

 「比叡はどう思いますカー?」

 

 それまで無言だった比叡さんに金剛さんが話を振る。仕方なさそうに、俺をちらっとだけ見て、比叡さんが答える。

 

 「はいっ、金剛お姉さまがよいなら、比叡はそれでいいと思いますっ! 実際、私たちには選択肢がありません。ただ、その人が榛名に変なことをしたら、比叡、気合入れて! 撃ちますっ!」

 

 両手でガッツポーズを作る比叡さん。そんなに俺のこと撃ちたいの?

 

 満足そうにうなずいた金剛さんが俺に近づいてきて、俺の腕に自分の腕を絡ませてくる。柔らかい何かが俺の腕を圧迫してくる。金剛さんはイタズラに妖艶な笑みを浮かべ、俺に決断を迫る。これ、ズルいよ……。

 

 「Hey 拓真ぁー、アナタはどうなんですかー? 榛名を匿うのに、まさか協力しないなんて、言わないデスヨネー?」

 

 ーーグイッ

 

 空いてる方の手で金剛さんを押し返し距離を取る。不思議そうな顔で俺を見つめる金剛さんに、俺は真剣に応える。

 

 

 「正直に言って、艦娘が何なのかよく分からないし、みんなの言ってることも全部理解できたわけじゃないです。でも、はるなさんの力になれるのが俺だけなら、断る理由は……俺にはないよ」

 

 

 よく見ると金剛さんがうっすら涙を浮かべている。

 

 「ほんとうに、あなたの勇気と優しさに感謝しまース、拓真……」

 

 霧島さんが何も言わずに席を立ち、ダイニングキッチンへと行ってしまった。どうしても納得がいかないようだ。金剛さんが後を追おうとするのを制し、自分でその後を追う。

 

 

 「霧島さん、お腹でも空いたの? 冷蔵庫にグレープフルーツならあるよ。あとは材料ばっかりだから、調理しないと……」

 

 俺が少しからかうように話しかけきっかけを探ると、少し顔を赤らめて反論してくる霧島さん。

 

 「なっ、失礼ですねっ!! お腹が空いたわけじゃありませんっ!! 私の分析によれば……」

 

 その後が続かない霧島さん。

 

 「とりあえずそこの椅子に座って……はい、どうぞ」

 

 キッチンと呼ぶには広く、ダイニングと呼ぶには狭いこの場所には、部屋の大きさを計算して探し求めた小ぶりのダイニングセットがある。一人暮らしなので椅子は二脚しかないが。その一方を霧島さんに勧め、俺は冷蔵庫から麦茶を、冷凍室から氷を取り出し、グラスを用意する。

 

 少しだけ気まずそうに、それでも霧島さんは素直に椅子に腰かける。両手でグラスを持ち、麦茶をくいくいと飲み一息ついたようだ。

 

 「……ありがとうございます。……すみません、少しカリカリしていたようです」

 「はるなさんは、妹さんなんだよね? 心配するのは当たり前」

 「妹というか……双子みたいなものです。本当は私、霧島の方が六日ほど早く誕生するはずでしたが」

 

 俺は知らなかったが、かつて霧島さんとはるなさんが軍艦だった頃、建造競争のようになり、機材かなんかの故障で六日程の遅れが出たはるなさん側の責任者の一人が自殺までしたそうで……。なので海軍の判断で同日竣工と言うことにしたそうだ。

 

 

 「ああは言ったけど、俺に何ができるか分からないんだ。何をすれば……いいんだろう?」

 

 率直に質問する。

 

 

 「何も……何もしなくていいです、拓真さん」

 

 コトッと小さな音を立てグラスをテーブルに置いた霧島さんは意外なことを言った。

 

 

 「榛名は、お風呂場で生体機能の修復を行っています。普段は、工廠内で入渠することで、どれほどの損傷でも、一日以内に生体部分も艤装も完全に修復できます。ですが今回、専用施設もなく高速修復剤だけを頼りにしています。榛名の傷が癒えるのに、いったいどれくらいの時間が必要なのか、艦隊の頭脳と呼ばれた私にも分析できません。ですので、それが何日後、いいえ何か月後でも、榛名が目覚めるまで、そっとしておいてほしいのです。そして、目覚めたら……」

 

 

 目覚めたら……俺は次の言葉を待つ。霧島さんは間をあけて切り出す。

 

 

 

 「榛名の好きなようにさせてあげてください、お願いします」

 


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