君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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 世界的な研究者との面談に臨む拓真だが、その進展に暗雲が? 旅も終盤に近づく中、相変わらず甘々の時間を過ごす二人。

 感想欄でご指摘がありましたが、まさか本当に中後編ができてしまうとは(´・ω・`)


 ※今回の番外編は、ベトナムに一週間ほど滞在した坂下の体験を踏まえつつ、二人に旅をしてもらいました。設定的には若干本編の展開に沿っていない部分もありますが、番外編ゆえのパラレルストーリーとして、広い心で読んでいただければと思います。

 ※作中に登場する情報は2017年5月現在のものであり、現地に関する描写はあくまでも個人の感想に基づくものです。予めご了承ください。


二人の旅-中編(後)

 もう朝ですか? むう…まだ頭が上手く動きません。目をこしこしと擦ります。空いてる方の手を無意識に伸ばすと、冷たいシーツに指先が触れます。拓真さんが…いない。一瞬で目が覚めきょろきょろしますが、どうやら拓真さんはシャワーを浴びてるみたいです。ベトナム3日目、いつもと違って朝ご飯や拓真さんのお弁当の準備をしない分、どうしてものんびりしちゃうのは仕方ないですね。

 

 「ふう、さっぱりした」

 バスタオルを腰に巻き、別なタオルで髪の毛をわしゃわしゃしながら拓真さんが戻ってきました。

 

 今日と明日、拓真さんは大切なご用事があります。この国に来ることになった理由、ドゥアン教授との面談。ベトナム科学技術アカデミー(VAST)の誇る細胞工学の世界的権威で、とりわけ哺乳動物の生殖細胞や体細胞を用いた新たな人為操作後術の開発で国際賞を受賞した程の人です…全部拓真さんの受け売りですけど。大切なご用事なのはもちろん理解しています。けれど、一緒にいるのに一緒にいられない時間というのは、とても寂しいです。何というか、拓真さん成分が足りなくなる気がします。先に補給…お願いしたら嫌われちゃうでしょうか?

 

 

 「拓真さん…」

 

 ベッドカバーから顔を半分だけ出して拓真さんに呼びかけます。きっと、はるなの顔は上気してると思います。

 

 

 「まだ…時間、ありますよね?」

 

 

 

 ごめんなさい、もう一回シャワー浴びることになっちゃいましたね。

 

 

 

 拓真さんが慌てて部屋を出たのを見送った後、そのままベッドに戻ったはるなは寝落ちしちゃいまいした。昼も近くなった頃に目が覚め、するりとベッドから抜け出すと、少し重い足取りでバスルームに向かいます。熱いシャワーを浴びながら、鏡に映る自分と目が合いました。

 

 この体は、素体と呼ばれる人工的に造られた生命。そこに魂として埋め込まれた、かつての軍艦の船魂や記憶の一部。鉄や油を依代に当時の武装を艤装として呼び出して深海棲艦と戦う生体兵器。テクノロジーとオカルトが融合した、それがはるなという艦娘です。いえ、正確に言うと、艦娘()()()。今のはるなは、二度に渡り受けた深刻な負傷により艤装が展開できません。それでも、拓真さんをはじめとする多くの人の支えで、他の誰でもない『自分』としての生き方を見つけ、好きな人と生涯を共にする夢が半ば現実になりました。

 

 

 でも、あくまでも半ば。

 

 

 

 

 艦娘でない事と、人間である事。

 

 

 

 

 この二つは同じではなく、大きな二つの壁があります。はるなには人間より長い寿命があり、それなのに子供を授かることがほぼ無理だそうです。近縁異種…と言うそうですが、どれだけ姿形が似ていても、生物としては別な存在。それが人間と艦娘の本質的な距離で、意図してそのように設計されたそうです。

 

 

 元艦娘と大学院生。

 

 

 拓真さんは研究を続けその壁を超えると約束してくれました。そして言葉の通りに日夜取り組んでくれています。今回お会いするドゥアン教授の研究は、二つの課題のうちの一つ、人間と艦娘の間で子供を授かる事への道を拓くヒントになるかも知れない、拓真さんは興奮気味にそう語っていました。

 

 

 愛される事、愛する事。

 

 

 いつ辿りつけるかも分からない、そんな困難な道を歩きながらも、拓真さんはいつも笑ってはるなと一緒にいてくれます。どれだけ大切にしてもらい、どれだけ愛されているか、誰よりも私が一番知っています。とても申し訳なくて、でもそれ以上に嬉しくて…。どれだけ想いを込めても伝えきれない、拓真さんの名前を呼ぶだけでそんな想いが溢れてしまいそうになります。

 

 

 いけないっ、物思いに沈んでいる場合じゃありません。お昼は拓真さんとドゥアン教授とご一緒させていただく約束でしたっ! 慌ててシャワールームを飛び出します。

 

 

 お昼ご飯をご一緒し、その後拓真さんと教授は再びディスカッションに戻り、はるなはお部屋に戻りぼんやりしていました。

 

 

 

 「はるなさん、今日は先に寝てていいから。俺は調べたい事がたくさんあってさ、ごめんね」

 

 夕方になり戻ってきた拓真さんは、とても真剣な表情でやる気に満ちていました。きっとこれが研究者としてのお顔なんでしょうね。でも、頭が研究の方へ行ったきりで、一緒に晩ご飯を食べていても上の空。お部屋に戻るなりラップトップを開いて何か調べ始めました。

 

 明日もこんな感じなのかな…。わがまま、言っちゃいけないですよね、うん…。

 

 

 次の日の午前中も、同じように朝早くから拓真さんは出かけていきました。昨夜は…はあ…。そういえば、何もない夜って、いつ以来だったでしょう? 今日も同じようにお昼ご飯で合流しますけど、むう…。

 

 

 「俺達の邪魔するの悪いから、ランチは二人でどうぞ、だって」

 待ち合わせのためホテルのロビーまで降りてゆくと、拓真さんが一人で待っていました。言葉では残念ですね、と言いましたが表情はきっとにやけてたと思います。あ、拓真さんが苦笑いしている、むう…。

 

 ホテルのレストランは朝と昼はバイキング形式。そろそろ和食が懐かしくなってきましたが、いつも食べてるようなお惣菜は見当たりません。それでもお皿に色々な種類のおかずをよそってテーブルに戻ると…どうしたんでしょう? 拓真さんが物凄く深刻な表情でスマホを眺めています。

 

 「どうかしたんですか?」

 

 よっぽど集中していたのでしょう、拓真さんはすごくびっくりした様子ではるなに顔を向けます。何かを隠そうとするような焦った表情。さりげなくスマホは画面を伏せてテーブルに置きましたね。何か…あったんでしょうか? ほら、いかにも、という感じでぎこちない笑みを浮かべ始めました。でも、言葉が追いついてないですよ。

 

 

 「…………ああ、いや、何でも、ないんだ…」

 

 いつもとまるで違う沈んだ声。何でもないわけがない、それは分かります。逡巡しましたが、それ以上聞かないことにしました。もちろん気になりますよ? でも必要な事なら拓真さんからはるなに話してくれるはずです。そう自分を納得させて席に着きました。

 

 

 とは言っても。

 

 無言で時が流れるのはやはり空気が重いです。何か話題を、と思った矢先に、拓真さんが口を開きます。

 

 「はるなさん、今日の午後の予定だけど、ドゥアン教授からキャンセルの連絡が来たんだ。どうも研究内容に対する俺のアプローチがダメだったみたいでさ、ははは…」

「そ、そんなっ! そんなのひどいですっ!!」

 

 思わずテーブルに手をついて立ち上がってしまい、注目を集めてしまいました。そんなのどうでもいいです。難しい事ははるなには分かりませんが、拓真さんがどれだけ真剣に研究に打ち込んでいるか、それは知ってるつもりです。はるなは自分自身を否定された様な気になってしまいました。

 

 「お、落ち着いてはるなさん。こういう時も…あるさ。1日半でも世界的な研究者と話ができた、それだけで十分だよ。この話はこれでおしまい、ね?」

 

 納得できません。けれど、少し悲しそうで、それでいてどこか考え込んでいる拓真さんの顔を見ると、それ以上何も言えなくなってしまいました。

 

 

 思いがけずできた空き時間。無理に明るく振る舞おうとする拓真さんを見ていられませんでした。今こそ、拓真さんが引き出しに隠していた秘密の本や、はるなが愛読している女性誌で仕入れた知識を総動員して拓真さんを癒す時ですっ! そう思ったのですが、優しく微笑む拓真さんの「ありがとう」の一言で、むしろはるなの方が癒されるなんて…。

 

 

 

 明けた今日は水曜日、日本へ帰る日です。私たちのフライトは夜間便なので、夜の9時くらいまではホーチミン市で過ごすことになります。昼前から出かけましたが、拓真さんがスマホで調べながら案内してくれたのは、一軒のスパでした。

 

 小さなオリエンタル風のコテージのようなお店で、清潔で上品な印象ですね。日本でいう作務衣(さむえ)のような制服を着た女性スタッフが迎えてくれます。はるな、一つ気付いた事があります。ベトナムの女性は、全体的に見て小柄で細身な方が多く可愛らしい印象ですけど、そのくせ胸のサイズはなかなかの人が少なくないというか…。例えるなら駆逐艦詐欺として有名な浜風ちゃんとか浦風ちゃんみたいな子が多いです。ここのスタッフの皆さんも…ですね。

 

 「ベトナムは女性観光客が増えてるらしいんだけど、その理由の一つがスパなんだってさ。で、このスパは日本語が通じるし、人気も高いんだって」

 

 呑気に拓真さんが説明してくれますが、はるなはうわの空でした。女性スタッフだらけのお店で、もやもやした気持ちを隠しながら、スタッフの方の案内で通された待合室で冷たいジャスミンティーを味わいます。あ、美味しい♪。

 

 ほとんど待たされることなく通された施術室。ベッドが二台並び、その間はカーテンで仕切られています。1時間の全身マッサージ、その後はジャグジーというコースみたいです。お洋服脱ぐんですか? 着替え持ってきてませんよっ!? え、専用の服がある? もう…そういうことは先に言ってください、これだから男の人は…。

 

 

 

 これは…不覚にも眠ってしまいそうになりました。すっごく気持ちいいです。足から始まり脹脛、太腿を、アロマオイルを使ってじっくりとマッサージされます。手の摩擦と私の体温で温められたオイルから漂う仄かな香りが気持ちを静めてくれます。身体を起こすように言われ、言われるままベッドの上に座ると、背中にスタッフの子が密着するようにして肩や腕を揉み解してくれます。あー…思わず声が出そうになります。力加減を確認されますが、とっても気持ちいいです。これはクセになりそうですね。

 

 

 「気持ちイイ………?」

 隣から、少し舌足らずで甘えるような日本語が聞こえます。

 

 

 ぴくっ。

 

 思わず眉が上がったのが自分でも分かります。確か拓真さんに付いたのは、一番若くて可愛い女の子だったような気がします。研修スタッフなのでその分割引が、とかなんとか拓真さんが言い訳(説明)していたような気がしますが…。何というか語尾が微妙ですね。拓真さんに力加減を聞いているのでしょうか、それともあの子自身が気持ちいいの…ん? それって!?

 

 「た、拓真さんっ!! 何をしてるんですかっ!?」

 

 

 思わず起き上がりシャッとカーテンを開け放すと…………はい、拓真さんが普通に背中をマッサージされてるだけでした。

 

 

 ううう~、穴があったら入りたい、というのはこういう事を言うんですね。二人でジャグジーにつかりながら、はるなはゆでだこのように真っ赤な顔をしながら俯くしかできませんでした。この後は再び市街地に戻り、アオザイを受け取りに行くのですが…はあ、頬が熱いのジャグジーのせいだけではないと思います。




 はるなさん in アオザイは次回っ!(前回の予告詐欺すんません)

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