君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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 とあるきっかけで、拓真とはるなは海外旅行へと旅立ちます。今回は前編。

 ※8ヶ月ぶりになる投稿ですが、覚えていてくださっている方がいると嬉しいです。今回の番外編は、ベトナムに一週間ほど滞在した坂下の体験を踏まえつつ、二人に旅をしてもらいました。設定的には若干本編の展開に沿っていない部分もありますが、番外編ゆえのパラレルストーリーとして、広い心で読んでいただければと思います。

 ※作中に登場する情報は2017年5月現在のものであり、現地に関する描写はあくまでも個人の感想に基づくものです。予めご了承ください。


二人の旅
二人の旅-前編


 からんからんからーん。

 

 俺とはるなさんは今日、いつもの商店街で開催中の福引に参加中だったりする。はるなさんが回した抽選機からぽろりとこぼれ出た金色の玉。

 

 「ん? これって…」

 「おおっ、やったな拓真君、一等賞じゃないかっ!」

 「きゃあっ! すごいです、拓真さんっ!! 」

 満面の笑顔で俺の手を取り、はるなさんはぴょんぴょん飛び跳ねている。

 

 長い髪と長いフレアスカートの裾がふわふわ持ち上がるのも気にせず無邪気に喜ぶはるなさんに、商店街に来ているお客さんや、福引会場を仕切っている肉屋さんのオヤジさんが、によによ生暖かい視線を送ってくる。いや、そういうの結構照れるんですけど。

 

 「はるなさんのお蔭だよ、さすが持ってるね」

 終戦時は大破着底とはいえ、最後まで生き残ったかつての戦艦榛名の魂を引き継いだはるなさん、さすがに運が強い。

 「そんな事ないです…。ただはるなは拓真さんのために、って思っただけですから…」

 はるなさんは、優しく微笑みながら俺の目を覗き込んでくる。その瞳から目が離せず、俺もはるなさんを見つめ返す。いつ見てもその可愛さは反則だよ…。

 

 「あーお二人さん、続きは家帰ってやってくれるかな。さあさあお客さん、一等賞はこちらのバカップルに取られちゃいましたが、まだまだ豪華景品がありますよっ!! 奮ってご参加くださいねっ」

 

 その呼び方、なんで商店街にまで広まってるんだ、とぶつぶつ言う俺。はるなさんはにこにこしながら俺の手を引くと、景品の受け渡しのため福引事務局(という名のオヤジ達のたまり場)へ向かっていった。

 

 一等賞はなんと海外旅行ご招待。設定された上限金額の範囲内ならどこでも行くことができ、必要な予約とか色んな手続きも商店街が代行してくれる。

 「それにしても海外旅行なんてこのご時世によく可能になりましたね」

 俺は素朴な疑問を福引事務局にいる薬屋の二代目にぶつけてみた。海は依然として深海棲艦と艦娘達が戦う危険な戦場で、空だって以前空襲があったように決して安全ではないだろうに。

 「これは国から補助金が出てる事業でね、移動中の空路は海軍の基地航空隊の護衛があるから安心できるよ。空路を積極的に運用する事で経済活動を活性化するって目論見らしいけど、緊急時の避難場所等を考えると大陸の国か東南アジア辺りが現実的な行き先だろうけどね」

 

 

 

 「ベトナム科学技術アカデミー(VAST)のドゥアン教授に連絡しておいた。私には及ばないが、彼もまた細胞工学の権威の一人だ。この機会に会っておいてもよいだろう。今月彼は所用でホーチミンにいるそうだ」

 

 携帯が鳴ったと思うとまさかの西松教授。ええっ、ベトナム? てか何でこの事知ってる訳?

 

 「ふむ、あの企画は軍も後援しているからな。伊達からすぐに連絡がきたよ」

 

 商店街の福引の事まで知られてるとか、さすがに超能力過ぎてビビったけど、そういう繋がりならむしろ納得。はるなさんと初めて一緒に出掛ける旅行…プーケットかセブあたりを考えていた。ベトナムだと距離的にはあんまり変わらないけど、目的が一気に変わってしまう。俺的にはハネムーン的な感じの旅行にして寛ぎたかったのだが…。

 

 はるなさんが俺の視線に気付いた。床に女の子座りでぺたんと座り、こちらを小首を傾げながら見ている。俺ははるなさんの前に胡坐をかいて座り、教授から連絡がありベトナム行きを勧められている事を告げた。教授なりに俺の事を考えての手配だろうが、はるなさん次第では断ろうと思う。確かにその教授と会える機会は滅多になくとても大切だが、こんな機会までそれに使うのはちょっと…。ベトナム、と聞いてはるなさんが目を伏せ考え込むような表情になった。やっぱり断ろうと携帯を掴んだところで、はるなさんが腰を浮かせ、ぽすん、と俺の胡坐の上に座る。上体をひねり俺に抱き付くようにすると、耳元で囁くように話し始める。

 

 「せっかくの機会です、行きましょうっ。はるなは、拓真さんと一緒ならどこでも構いません。全部が大切な思い出になりますから。でも…何だか、し、新婚旅行みたいというか、それに…場所が変わって雰囲気が変わると、ひょっとしたら…は、はねむーんべいびーとか…」

 そこまで言うとはるなさんは俺に座ったまま恥ずかしそうに身をよじる。いや、そんなに動かれると体の一部がいい感じになるんですけど。ふと視線をはるなさんが元々いたあたりに向けると、読みかけの本があった。ああ…なんか喘ぎ声みたいなタイトルの女性誌のあれやこれや特集号ね…。意外とはるなさん、この手の本に影響受けるんだよなあ…。

 

 

 はるなさんの優しさと理解に甘えてるな、と思いつつ俺はベトナム行きを決め、色々な手配と準備を済ませた。そして一週間後の土曜日の夕方、俺とはるなさんは旅立った。

 

 

 

 はるなさんにとって初めて乗る飛行機が国際線。空港に着いてからの様々な出国手続きもそうだが、何よりはるなさんが驚いていたのは搭乗機のB767-300ER(ジェット旅客機)

 

 「た、拓真さん、プロペラがありませんっ! こ…こんな大きな噴進式発動機の航空機が…」

 これでも中型の機体だと教えると、驚きのあまり完全に固まっていたっけ。機内に搭乗した後も、完全にテンパってるはるなさんの姿がだんだん面白くなっていたのは内緒だ。やがてジェット機特有の吸気音が機内にも伝わり、ゆっくりと滑走路を移動する。徐々に速度を上げ離陸体勢に入る飛行機と、徐々に隣に座る俺の手を握る力が強くなるはるなさん。あの、ちょっと手加減してくれないかな…。やがてふわっと内臓が持ち上がるような感覚と軽い衝撃がして、飛行機は完全に宙を舞う。全身から脱力するようにはるなさんがぷはあっと大きなため息をつく。もしかして…息止めてたの? だめだ、思わず顔がにやけてしまった。

 

 「むう…ひどいです、拓真さん。そんなにやにやした顔して。はるなは本当に怖かったんですよ?」

 ぷうっと頬を膨らませ、少しだけ涙目で俺に抗議するはるなさん。ごめんね、確かに慣れない事は怖いよね。俺は素直にはるなさんに詫びると、はるなさんはいたずらっぽい表情に変わり、右腕を俺の左腕に絡ませ、指を絡ませるようにしっかり握ってきた。

 

 「許しません。罰として、到着するまではるなの手を…離さないでください」

 

 機内食やドリンクサービスの間も手を離してもらえず、キャビンアテンダントや他の乗客にによによした目で見られ続けたのは、確かに罰ゲームだったかも知れない。

 

 

 

 そして6時間半のフライトを経て、ホーチミン市のタンソンニャット国際空港に到着した。イミグレを通過し、比較的順調に荷物をピックアップした後は、申告物はないので税関をスルーして出口へ。途中にある外貨両替所で取りあえず最低限度を、と1万円両替したら193万VND(ベトナムドン)になり大量の札が渡され、はるなさんが目を丸くしていた。

 「急にお金持ちになったみたいで、怖いですね。拓真さん、お財布の紐、締めていきましょうっ」

 はるなさんが小さくガッツポーズを見せる。はるなさんとはこういう所の感覚が合うので、一緒に居てストレスが無いのが嬉しい。後で知った事だが、ベトナムは世界でも有数に物価が安い国のようだ。

 

 外に出ると夜でもむわっとした熱気に包まれる。この空気は、自分が日本ではなく東南アジアにいることを強く感じさせてくれる。到着出口周辺には夜中にも関わらず大量の人、人、人…出迎えやタクシーの客引きやらでごった返している。見渡したが、やっぱり顔つきや肌の色は日本人と違うね。その中でもはるなさんはとにかく目立つ。白いふわっとしたワンピースを着た、すらっとした体型に大きなお胸、長い黒髪と白い肌、どの人種にも似ていない琥珀色(アンバー)の瞳…ああっ、そこの白人、気軽に声かけてんじゃねーよっ!

 

 はるなさんを庇うようにしてナンパから離れ出口を右に進むと、フォーとかベトナム料理の軽食スタンドが目に入った。日本でも何回か食べた事があるけど、あれ美味しいんだよね。機内食は食べたけど、ちょっと小腹も空いたし…はるなさんも同じ事を考えていたようで、俺達は無言で頷きあう。注文してお会計…二つで7万ドン!? 高っ! と思ったが、邦貨換算すると350円。割高のはずの空港価格で一つ175円、安っ!

 

 「わーっ、美味しそうですっ! いただきまーすっ!」

 簡素なテーブルを挟んで向かい合う俺とはるなさんは、普段家でするのと同じようにご飯に手を合わせ食べ始める。牛スジで取ったダシに米の麺、牛肉と薄切りのたまねぎ、細いモヤシと香草、輪切りの唐辛子が載ったフォー・ボー(牛肉のフォー)が二つ。別の小皿でさらに香草とライムが付いてきた。ライムを絞りスープと混ぜてから味見。

 「はあ~、これはいいねーっ」

 思わず声が出た。何と言ってもこのスープだね。はるなさんは左手で髪を耳の後ろに送りながら、ふーふーしながら麺を啜っている。軽い食べ口であっという間に食べてしまった。ちょっと物足りない感じもしたけど、基本フォーは朝食らしいので、こんなもんなのかな。

 

 そうこうしてるうちにホテルトランスファーの車を見つけ乗り込む。市内を循環する鉄道がないホーチミンでは車とバイクが移動手段になる。空港からホテルまで移動する間に見かけたのは、輸出用なのか現地生産なのか、こっちでは見かけない日本車と韓国車、そして大量のバイク。こっちではバイク=ホンダ、ということになっているようで、そのバイク、50ccとか125ccクラスのやつが、一車線を三列で並走して抜きつ抜かれつ走り抜けてゆく。たまにしかない信号待ちでは少しの隙間にバイクが突っ込んでくる。俺とはるなさんが乗っている車のドアミラーにもガンガンかすってゆく。流石にはるなさんが不安そうな表情を浮かべ俺の方を見るが、俺もこんなのは初めてで、何と言っていいか…。約7kmの道のりだが、渋滞のせいもあり1時間弱かかってホテルに到着。市の中心部に位置する淡いピンク色のツインタワーから成る高層ホテルで、ホーチミンでは老舗の部類に入るらしい。

 

 

 「うわぁ………すごいです」

 チェックインを済ませ通された、19階のプレミアデラックスキングルームというこの部屋には二面の窓があり、ホーチミン市の夜景と市内を大きくうねりながら流れるサイゴン川が一望できる。はるなさんは感激のあまり声を失ったようだ。俺もあまりの夜景の綺麗さを、何と説明していいか分からない。窓際に二人並び、無言のまま夜景をしばらく見ていたが、はるなさんがそっと頭を俺の肩に預けてくる。

 

 「拓真さん、ほんとうにありがとうございます。こうやって時間を分け合えることが、はるなにはそれだけで特別です。………シャワー、浴びてきますね」

 

 

 夜は更けてゆき、明日からベトナム四泊五日の旅が本格的に始まる。

 


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