君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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 『番外編が見たい』というありがたいお言葉を本編完結後にいただき、再度この物語に投稿することにしました。いくつか触れていないエピソードがあり、このお話はその中の一つを再構成したものです。

 内容的には若干本編の展開に沿っていない部分もありますが、アナザーエンド的な位置づけのパラレルストーリーみたいなものとして、広い心で読んでいただければと思います。


アンコール
強い絆


 深海棲艦の空襲によりこの街が受けた被害はまだ癒えていません。こんな時だからこそ前を向こう、と伊達提督が音頭を取り、鎮守府と商店街が共同でお祭りを開くことになりました。屋台村の出店と花火大会が開催され、なんと艦娘たちもお店を出したり、見物にやってくるそうです。

 

 「はるなさん、こっちだよ。もう始まってるみたいだ」

 

 さあ屋台ですっ! 今日は食べ歩きメインになると思います、後でお腹ぽっこりとかなると恥ずかしいので、気持ちと下腹部を引き締めながら楽しむべきですねっ。すでに結構なお客さんで賑わっている中を、はぐれないよう拓真さんと手をしっかり握り合い進んでゆきます。

 

 

 くんくん。

 

 香ばしい匂いがします。焼き鳥屋さんでしょうか。足を止め、思わず覗き込んでしまいました。

 

 「む、穴吹とはるなか。せっかくだ、一つ食べてゆくといい」

 

 え…なんで…何で教授が焼き鳥を焼いてるんですかぁーっ!?

 

 「軍産学共同プロジェクトでな。それよりもこれは焼き鳥ではない、間違ってもらっては困る」

 言葉に出していないはるなの疑問に答えつつ、憮然とした表情で腕を組む教授。いままで白衣姿しか見たことがありませんでしたが、今日の格好は…なんでしょう、かつて大ブームを巻き起こした元祖フリーター(フーテン)のタイガーさん的な格好です。

 

 「こういうことは形から入るのもよかろう」

 うんうんと教授が頷いています。…珍しい、というかこういう教授の姿は初めて見ました。けれど、どうしてはるなの心が(以下略。…拓真さんの気持ちがちょっぴり分かったような気がします。拓真さんは、唖然として何も言えなくなっています。

 

 「え…では何のお店ですか、これは?」

 やっと拓真さんが口を開きます。確かに普通の焼き鳥よりもお肉が大振りですね。ですが、はるなは原色のお肉というのがあるのを初めて知りました。見上げればカラフルな天幕の上に『有機イ級バーベキュー』と書いてあります。

 

 ………はい? 養殖でもしてるんですか!?

 

 「有機化学技術を応用し無毒化したイ級の肉のバーベキューだ。技術の進歩を市井の人々にも体験してもらおうと思ったのだが、なぜか売れなくてな」

 腕を組み真剣な表情で教授は考え込んでいます。全ての艦娘の父と呼ばれるほどの優れた研究者ですが、この発想は…。この場をどう切り抜けようかと考えていると、天幕の奥から声がします。

 

 「だからヲ級の方がいいって言ったのにー。でもたくさんイ級のお肉用意しましたもんね、五月雨、がんばって売っちゃいます!…きゃぁあっ!」

 

 えーっと、ヲ級なら売れるとでも? やっぱりカップルって発想が似てくるんでしょうか…などと考えていると、緑地に白抜き文字で『修復』と書かれたバケツをよたよたと持ちながら近づいてきた五月雨さんが派手に転びました。

 

 「うわあぁん、痛ぁい…! もうドジっ娘なんて言わせないつもりだったのに…」

 「む…またか、五月雨。仕方ない、私が持とう」

 

 教授が奥に引っ込みました。拓真さんと顔を見合わせ、頷き合います。今のうちに逃げ出しましょうっ。

 

 

 

 周囲を見渡せば、知ってる人がそこかしこにいます。

 

 あれは…BC兵器対応の防護服を着用した方々がカレースタンドを取り壊しているようですね。見れば担架で霧島が搬送されています。比叡お姉様は半泣きで屋台の横に立ち、事情聴取を受けています。毒劇物の持ち込みは禁止だそうですが、一体何を作ったのでしょう…?

 

 「おおっ、拓真っちじゃーん。どう、寄っていかない? サービスするよぉ?」

 鈴谷さんですね。立て看板には、『鈴谷のJKフットマッサージ』と書いてありました。…憲兵さん的な(いろんな)意味で問題ないのでしょうか…? 思わず拓真さんの手を引っ張りながら足早に歩きだします。鈴谷さん、余計な心配はしてもらわなくても大丈夫です。拓真さんにははるながどんなことでも…コホン。

 

 

 

 横を歩く拓真さんの顔をちらっと見ます。同時に拓真さんもはるなの方に視線を送っていました。思いがけず目が合い、自分でも顔が熱くなるのを感じます。

 

 

 「あれー? 穴吹先輩?」

 

 聞きなれない女性の声が拓真さんを呼び止めます。…誰?

 

 「長瀬さんと佐倉さんだよね? …来てたんだ」

 

 拓真さんがはるなの方を振り返り、そのお二人の女性は大学の後輩の方だと教えてくれました。はるなの知らない、外の世界の人……拓真さん、意外と色んな女性と仲が良いのですね。

 

 実は一番恐れていることがあります。それは、拓真さんが人間の女性に心を奪われること-普通に恋をして、いつか結ばれ、その結晶を授かり、いつの日か共に死ぬ…拓真さんが思い悩むことは何一つなく、生涯をかけるような努力をする必要はありません。思わず、拓真さんのTシャツの裾をきゅっと掴みます。

 

 「はい、せっかくのお祭りですし。それより先輩、そちらが噂の彼女ですか? テレビでイチャついてたっていう(笑)」

 

 ぴくっ。

 

 思わず反応し肩が震えます。拓真さん、なんて言うのでしょう…?

 

 「ああ、俺にはもったいないような可愛い彼女だよ」

 拓真さんが照れながら、でもはっきりと彼女と答えています。顔がにやにやするのが止まりません。ごめんなさい拓真さん、はるな、もしかしたら自分で思っていたより妬きもち焼きなのかも知れません。

 

 スレンダーで元気な感じの方が長瀬さんで、背の低い少し大人しそうな感じの子が佐倉さん…。佐倉さんはきっと拓真さんの事が好きなんですね、すぐに分かりました。拓真さんの答えを聞いた瞬間、目を伏せてすごく寂しそうな表情を浮かべました。拓真さん、気づいているのでしょうか…?

 

 「じゃぁ二人とも、俺達は行くから」

 

 拓真さんははるなの手を取り、少し早足で歩き出します。ついチラッと後ろを見ると、顔を隠すようにして泣いている佐倉さんに、長瀬さんがもう諦めなよ、と声を掛けているようです。少し胸が痛み、拓真さんの横顔を見上げます。

 

 「…俺は、はるなさんの想いにしか応えられないし、それでもし他の誰かを泣かすことになっても…仕方ない」

 拓真さんは前を見ながら、少し辛そうな顔でそう言いました。…だめですよ、拓真さん。そんなこと言われたら胸が一杯になってはるなが泣いてしまいそうです…。

 

 

 拓真さんは焼き鳥を、はるなは綿あめをはむはむ食べながらのそぞろ歩きです。結構色んなものを食べましたね、お腹いっぱいになってきました。

 

 

 ふと目が合います。

 

 あれは伊達提督と榛名さんです。はるなたちと同じように手を握り、空いている手には食べ物を持っています。私たちとは反対方向に歩いてゆく二人ですが、榛名さんもこちらに視線を送っています。拓真さんと伊達提督も、すぐにお互いの存在に気が付きました。伊達提督はこちらを見て薄く笑い、何も言わずそのまま歩いてゆきます。榛名さんはこちらに軽く会釈をします。その時、気づきました。榛名さんの左手の薬指に鈍く光る銀の指輪。あぁ、ケッコンカッコカリでしたね。

 

 

 艦娘ではない生き方を選んだはるなが、永遠に手にすることのない銀の指輪…鈍い光が頭から離れず、その後は少し無口になってしまいました。

 

 

 

 少し早めに屋台村を後にし、お部屋に戻ります。この後お祭りは花火大会でフィナーレですが、海を見渡せる私たちのお部屋は特等席です。わざわざ混んでいる中で見物せずに、のんびりルーフバルコニーから二人で眺めることにしました。テーブルに飲み物と屋台で買った食べ物と、冷蔵庫にあるおつまみになりそうな物を並べて、花火の打ち上げを待ちます。

 

 どーんという打ち上げの音が遠くから響き、ややあって夜空が赤、黄色、オレンジ、白…色とりどりの花火で彩られます。

 

 「わぁ…綺麗ですね、拓真さんっ」

 

 振り返ると、拓真さんは花火を見ていません。何か照れたような感じの表情ではるなを見つめています。どうしたんでしょう? …あれ? テーブルの上に何か小さな箱が置いてあります。先ほどまではありませんでしたよね?

 

 意を決したように、真剣な表情で拓真さんが口を開きます。

 

 「結構前から用意はしてたんだけど、どんなタイミングで渡せばいいか分からなくて…。でも今日伊達さんと榛名さんと縁日ですれ違ったでしょ? あの時彼女の左手を見て、気持ちを形にするのにタイミングなんて問題じゃないな、と思ってさ…」

 

 小さな箱を開ける拓真さん。え、それって、やだ…両手で口を覆うようにしながら、拓真さんの動きから目が離せません。箱の蓋が開ききると、その中に小さく光る銀の指輪がある…はずです。でも、涙でぼやけてよく見えません。

 

 近づいてきた拓真さんは、箱から取り出した指輪を、はるなの左の薬指にはめてくれました。




 指輪のエピソードが本編に登場していなかったことに気付き、改めて補完することに致しました。

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