君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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倒れている榛名を発見した拓真

※少しケガに関する痛い表現あり。念のため。


第04話 大丈夫……な訳ないでしょ

 もともとそこにいたのに俺が気づかなかったのか、たった今波に運ばれてきたのか、それはどうでもいい。とにかく、波打ち際にはるなさんが倒れている。

 

 「はるなさんっ!!」

 

 走りながら呼びかけるが何の反応もない。短い距離なのに、ものすごく遠く感じる。やっとの思いでたどり着いた、というと大げさだが、濡れるのも構わず、波打ち際のはるなさんのすぐ真横にしゃがみ込む。

 

 砂浜にうつぶせになり、ぐったりしている。例の巫女服 (あまりにも変わってるデザインだったから調べたのさ) の至る所が破けたり焦げたり。それはミニスカートも同じ。右脚のサイハイブーツは無くなっていて、ひざ下からの部分しか残っていない左脚のブーツも大きく裂け目が入っている。そして至る所に火傷と傷、出血。

 

 とりあえず仰向けにするため、左側に回り込み、右肩に手をかけてゆっくりと榛名さんの体を引き起こす。力が入っていない人間の体はとにかく重い。ぐったりと、そしてずっしりとした重み。力なく俺の腕の中に収まるはるなさんの上半身。体の前側も、同じように服の至る所が破けたりして、サラシも……その……なんだ……。

 

 「ごめん、はるなさんっ!」

 

 彼女が聞いてるか聞いてないかは別として、胸に耳を当て鼓動の有無を確かめる。弱々しいが、それでも確かに心臓は動いている。ぐらりと後ろに倒れたままの彼女の頭を支える。

 

 にちゃっと嫌な感触がした。丸みを帯びた頭の形ではなく、後頭部が割れている。彼女の顔に付いている砂を払い、自分の手を見ると赤い。よく見れば頭からの出血がひどく、頭には割れ残ったカチューシャが一部だけ残っている。

 

 まっさきに思ったのが、ハ○エースされちゃって、事後ここに放置されたという、最低で最悪だが、可能性を否定できないこと。俺は頭をぶんぶん振って、余計な想像を振り払う。理由はどうでもいい、重要なのは、今はるなさんが瀕死の重傷を負っていること、そして助けられる可能性は俺だけが持っているということ。

 

 とにかく警察と救急車を呼ばないと。ああもう、携帯どこだ。右手でジーンズのポケットをまさぐるが、ない。車に置いてきたのか、使えない自分に歯噛みしていると、冷たい手が自分の頬に添えられているのが分かった。

 

 

 「榛名は……大丈夫です」

 

 

 血の気のない、真っ青な顔で、それでも弱々しく微笑みながら、はるなさんが小さな声で言う。おお、意識が戻った!

 

 「……拓真さんとお会いするのは、これで()()()ですね。やっぱり何かご縁があるのでしょうか……。あれからお元気にしてましたか? けっこう気にしてたんですよ? なんて……」

 

 あの日、ショッピングモールで出会ったときに俺が聞きたかった言葉を、その通りに口にするはるなさん。けど、今は喋らなくていいですから。それに今日で()()()ですよ? まずいな……意識が混濁しているみたいだ。

 

 「だ、大丈夫って……。そんな訳ないでしょっ! 今警察と救急車を呼ぶからっ! いったん車に行ってすぐ戻るからっ」

 

 焦っている俺は少し切り口上ではるなさんの言うことを否定するが、彼女は首を横にふり、もう一度同じことを繰り返す。

 

 「榛名は……大丈夫です。拓真さんは……優しいのですね。そんなに気を遣ってくれて……。警察とか救急車とか……お願いですから、止めてください……。このまま……このままそっとしておいてください……」

 

 頬に添えられていた手が、俺の肩を、胸を滑り降り、そのまま力なくずり落ちる。かたくなに拒むはるなさんを見て、俺は腹を決めた。

 

 

 何があったのかは知らないが、命には代えられない。

 

 

 とにかく行動に移る。どの道車まで行かないと電話もできないし、はるなさんをここに残して置くのも不安だ。はるなさんの右腕を自分の肩に回しながら左腕で上体を支え、膝の裏に右腕を差し入れる。なんだよコレ、両脚とも膝から下が砕けてる……。よっ、と掛け声をかけて立ち上がる。立ち上がった際の衝撃で、はるなさんが苦痛の声をもらす。人生初めてのお姫様抱っこをこんな形で実現することになるとは夢にも思っていなかったが、今は煩悩と脳内対話している場合じゃない。

 

 「ぁあの、拓真さん?」

 「とにかく、病院に行きます。ぜんぜん大丈夫じゃないですよ」

 「お、お願いですからっ! や、やめてください……おねがいですから……」

 

 俺にしがみついたまま、いやいやをするように上体を動かすはるなさん。どこにそんな力が残っていたんですか? 海水に濡れた砂浜は足場としてとても不安定で、不用意に動くと俺の足がずぶずぶと埋まる。動くはるなさんを落とさないように、なんとかバランスを取る俺。そのおかげでどんどん密着度が上がる。ふと、腕に感じる重みが増した。今まで自分にしがみ付いていたはるなさんの手がだらりと下がった。再び意識を失っている。

 

 「は、はるなさんっ!? はるなさんっ!! しっかりしてしてくださいっ!!」

 

 

 そして俺は、あまりにもはるなさんに意識を向けていたため、すぐそばまで誰かが近づいて来ていることにまったく気が付いていなかった。


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