君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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再び、伊達提督が拓真に迫る選択。
拓真の出す結論とは。




第47話 託す人、拓く人

 「…なんでアンタはいつもそうやって…人をはぐらかしたり試したりするような言い方しかできないんですかっ!!」

 

 ついに我慢できなくなった。何なんだこの人は。険しい顔でにらむ俺の視線を気にすることなく、再び肉をグリルの上に載せ始める伊達提督。ひとしきり肉を載せ終えると、吹雪さんに声を掛ける。

 

 「吹雪、商店街で肉の追加を買ってきてくれないか。はるなさん、一緒に行ってくれるかい?」

 

 財布を預かった吹雪さんは、はるなさんの手を取り仲良く砂浜を進み、商店街へと向かって行った。

 

 そして伊達提督は、一転、今までとは違う厳しい表情で俺に相対し始めた。グリルの上では、放置された肉や野菜が焦げている。

 

 

 「初期艦は、あらゆる生体実験の果てに、あるいは無理な作戦への参加で、また一人また一人と散っていった。現在拠点に配備されている初期艦の同型艦は量産化モデルになる。人間が深海棲艦に打ち勝つには、このプロジェクトにより生み出される艦娘に頼るしかない。だからこそ、自分はこの戦争で英雄になり出世して軍のトップに昇り詰める。そして、人間のエゴがむき出しになったこの残酷な天鳥船プロジェクトを終わらせたいんだよ。…穴吹君、五月雨についてこれ以上のことが知りたければ、自分の問いに答えてくれ」

 

 初めてこの人の信念や覚悟に触れ、俺は息を飲んだ。大将と鳳翔さんも身じろぎもせず、伊達提督の言葉を待っている。

 

 

 「君もはるなも、生涯を共にし、やがては家族を持ちたい、そう願っている。間違いないね? そのために手っ取り早いのは、五月雨を犠牲にして、その生殖機能をはるなに移植することだ。今まではそれを知らなかった。そして今それを知った。さぁ、どうする?」

 

 

 …とんでもないことを聞いてくるな、この人…。俺は拳を握りしめる。鳳翔さんが口元を両手で抑え目を見開いている。うん、ショックな話だよね。なるほど、吹雪さんとはるなさんを遠ざけたわけだ。こんな質問は予想していなかったが、俺の選択に間違いはない、そう信じている。

 

 

 「…俺は今日初めて、その五月雨さんって人のことを詳しく知った。そしてその人が、俺とはるなさんの望みに繋がる鍵だということも分かった。天鳥船プロジェクト…研究者として見れば最も先進的で、最も残酷な世界だ…いくらなんでも酷すぎる。そう思う俺は、教授のような一流の研究者にはなれないのかも知れない。けれど、二流でもいい、まずは五月雨さんの機能を回復する。その上で、彼女に協力してもらい、失われた初期艦の技術を復元して、俺達二人の望みを叶える。時間はかかるだろう、俺が生きてる間にたどり着けないかもしれない。でも、それでも…はるなさんならきっと分かってくれる」

 

 胸を張って言える。俺もはるなさんも、誰かの犠牲の上に立って自分たちだけで幸せになろうとは思っていない。遠回りでも、たとえ叶わないかも知れなくても、自分の力で前に進む。そんな俺を見て、伊達提督は満足そうな笑みを浮かべている。

 

 

 「穴吹君、君は心根において既に教授の立派な後継者だ。胸を張りたまえ」

 

 

 その言葉に、不覚にも涙が出そうになり顔を引き締め堪える。大将は頷きながら俺と肩を組み、鳳翔さんは涙をうっすら浮かべながら俺の手を取りうんうんと頷いている。

 

 「司令官っ、ただ今戻りましたっ!! 牛肉、買い占めちゃいましたっ。司令官って、お金持ちだったんですね」

 「え…全部使ったの? 今月の給料ほとんど入ってたんだけど…」

 

 吹雪さん、どうやらマイペースっぽい人なんだな。はるなさんは状況が掴めないみたいで、きょとんとした顔をしている。けれど、やっぱりはるなさんははるなさんだった。

 

 「よかったですね、拓真さん。詳しいことは分かりませんが、今はとっても晴れやかな顔をしています。きっといいことがあったんですねっ!!」

 

 

 朝から始まったバーベキューも、午後を回りそろそろお開きの時間になった。俺達が後片付けをしている間にも、大将と提督はビールを飲みながら話をしている。ったく、働けよおっさんども…。

 

 

 「…伊達、初期艦の世代継続、つまり生まれた子供がいると言ったな? もしかしてお前が…?、いや、まさかな…」

 伊達提督をじっと見て、かぶりを振る大将。

 「自分の母は()()ですよ。平和な時間にひなたぼっこをしていたいような、そんな人が艦娘な訳ないでしょう…」

 だれに言うともなく、遠くを見ながら呟く伊達提督。

 

 

 

 「ここか…ってゆーか広っ!!」

 

 バーベキューの後、教授が病院に残した地図の場所へと足を運ぶことにした。マンションから車で3時間ほど、海を見下ろす位置に広がる野球場ぐらいの敷地。目につくのは瀟洒な2階建の建物と、その背後にある倉庫群。はるなさんも目を丸くしている。

 

 高い塀に囲まれた敷地に入るため、地図と一緒に残されたカードキーをセキュリティシステムにかざすと、軽い電子音とともにゲートが開く。やや歩き、建物の玄関を同じくカードキーで開けると、奥からゆっくりとした足音がエントランスに近づいてくる。

 

 

 「今まで何をやっていたのだ? 来るならさっさと来ないか。まったく、死ぬかと思ったぞ」

 

 

 にやりと皮肉っぽい冷笑を浮かべるこの人を、俺は知っている。さらに痩せたんだな…立っているだけでやっとそうじゃないか…。

 

 「…お元気そうで何よりです、教授」

 

 お互い笑えない冗談を交わし合う。視界がぼやけてきた。アンタ、何も言わなさすぎなんだよ、色々言葉にしてくれきゃ分かる訳がないだろう。泣き顔を隠しながら、それでも涙を止められない俺を、はるなさんはそっと抱きしめてくれる。

 

 「言えることと言えないことがある、それくらい分かれ。………だが穴吹、よく来てくれた。ありがとう」

 

 

 

 応接間に案内された俺達。挨拶もそこそこに、大学で起きた火事のこと、貴重な資料や設備が消失したことをまず伝える。

 

 「ふむ。軍に協力するのも飽きたしな。資料や設備? 当然この場所に移設済みに決まっているだろう、そんなことを気にしていたのか?」

 

 呆れ顔の教授だったが、話が五月雨さんのことに及ぶと、一転言葉を失い、何かに耐えるような表情に変わった。

 

 「そうか…五月雨が…」

 

 沈黙は言葉より雄弁な時がある。俺とはるなさんは、ほぼ同時に声を上げた。

 

 「今すぐ行きましょう、教授」

 「五月雨さんの所に行きましょう、教授っ!!」

 

 俺の見る限り、教授に残されている時間はさほど多くない。間に合わなくなる前に、少しでも後悔しないように、今できることをしなければ。教授は引き続き考え込んでいたが、軽くため息をつき、その表情はやれやれ、といったものに変わった。

 

 「穴吹、お前には他にもっと引き継ぐことが山のようにあるのだが…」

 「それはこの件が終わってから始めてください。終わるまで絶対死なないでくださいっ!」

 

 苦笑しながらも立ち上がった教授の背中を押すように、俺とはるなさんは車へと急ぐ。


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