残された最後の課題に取り組もうとする拓真の前に届く1つの知らせが彼を揺らす。
※独自設定による艦娘の解釈が含まれます。気になる方はブラウザバック推奨
榛名は今、提督や他の艦娘達と一緒に、穴吹さん達を見送るため正門前にいます。
秘書艦であり総旗艦でもある
「…提督、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
自分の疑問を率直に尋ねます。提督は薄く笑いながら、お考えを教えてくださいました。
「
そこまで言うと、提督は榛名の手を握り、こっそり耳打ちします。
「それに…ひょっとしたら穴吹君が、君たち艦娘の、いや、俺達の未来を変えてくれるかもしれないしな」
異なる時間の流れに生き、終わりを共にできない提督と艦娘ですが、唯一その時間が重なるのは轟沈か解体の時です。そんな悲しい循環を、穴吹さんがいつか終わらせてくれるのでしょうか。きゅっと提督の手を握り返します。
◇
俺とはるなさんの前に、車の低いエンジン音が近づいてきた。教授だ。というか、こんなの乗ってたんですか…意外だ。
「わぁーすごーいっ!! ねぇねぇ、なんて車これ?」
見送りにきてくれた艦娘たちの中から、例のJK的艦娘…鈴谷さんの質問に、何となく気まずそうに答える教授。
「ダッジチャレンジャーSRT
なぜ艦娘のみんなが車名に顔をひきつらせているかよく分からないが、俺とはるなさんは2ドアの後部座席に乗り込む。
「さて、行くぞ」
嫌な予感がびんびんするんだよ。案の定、猛烈なスキール音とともに後輪から白煙が上がり、タイヤの焦げる臭いがする。すると後ろから蹴っ飛ばされたような加速で車が飛び出した。あっという間に、ほんとうにあっという間にマンションに着いた。…教授、道交法って知ってます?
「こちらから連絡するまで少しのんびりしていろ。色々準備もある」
呆然とする俺達をマンションの前で降ろし、また派手なスキール音を立てながら、教授の車は走り去っていった。
◇
「あぁ…やっちまったんだよな…」
久しぶりに戻ってきた部屋の中は、はるなさんが深海棲艦との戦いに赴いた時に、思わず八つ当たりして荒らしたまま時が止まっている。はるなさんがびっくりしているので、事情を説明して謝る。
二人で部屋を片付けはじめる。床には本やノート、割れたグラス…色んなものが転がっている。はるなさんは文句も言わずにニコニコしながら片付けてくれる。
不意に俺達の動きが止まった。
そこにある本を取ろうとしたお互いの指が触れる。目が合う。少しずつお互いの距離が詰まり、やがて唇の距離がゼロになる。ゼロになったまま、俺達は離れずにいる。やっと帰ってきた、ただそれだけが心を満たしている。
それから2ヵ月ほど経ったが、依然として教授から連絡はない。それどころか、あの日以来、教授を大学で見かけることはなかった。与えられた課題はそれこそ山のようにあり、日々は目まぐるしく過ぎて行った。そんな中で届いた1通の手紙が、俺を走らせる。
◇
「一体どうしたっていうんですか、以前から体調悪かったんですか? あ、これお見舞いです」
教授は総合病院の一室に入院していた。俺は気軽に見舞いのつもりだった。一方で、わざわざ個人的にそれを知らせてきたことに違和感を感じたのも確かだ。
「…重金属汚染と放射線障害だ。初期の艦娘には、安全性も安定性も度外視し、有害な化学物質や放射性同位体を再生能力獲得のために用いたからな。安心しろ穴吹、はるなは生体由来物質と遺伝子操作により機能向上を図るタイプだ。まぁいい。お前に伝えねばならないことは山のようにあるが、時間も限られている、要点だけを言おう」
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ! え? え? 放射線障害って…教授?」
いきなり過ぎてついてゆけない。命に関わる状態っていうことなのか? 改めて教授をしげしげと見る。元々細身の人だったし、いつも白衣を着ているから気が付かなかったけど、こんなに痩せてたっけ? それに顔色だって…。
あれだけ世話になっておきながら、俺はこの人の表面的なことしか見ていなかった。自分の間抜けさ加減への怒りで体が震えてしまう。
「…穴吹、感情的にならずによく聞け。艦娘に管理された老化を設定する事と生殖能力を付与する事、これがお前の研究テーマだ。前者は一般的に言えば人間並みの寿命、ということだが、お前は研究者だ、そんな情緒的な言い方はするな。これについてはある程度の道筋が立っている」
そこまで言い、教授はひどく疲れた表情で、ベッドに身を横たえる。
感情的になるな? 何言ってんだよ、そんなの無理に決まってるだろ。
この人に憧れて生化学分野を志した。大学に入学して実際に会ってみると変わり者だと思った。はるなさんの一件を通して、改めてこの人の桁外れの凄さを痛感した。そして、厳しいけれど本当は優しい人だと分かった。
「話を続けるぞ。設計上艦娘と人間は近縁種と比定することできるが、生殖に関しては異種交配になる。分かるな、この意味が。はるなが自然妊娠する確率はゼロではないが限りなくゼロに近い。仮にそうなった場合でも、種間雑種は一代種で有るため生殖能力がない場合が多く、交配しても一代限りになる。お前が私の後を継ぐということは…この2つの課題を乗り越える技術を完成させるということ…だ」
「俺一人で…そんな大それた研究ができると…思うんですか?」
声が震える。遠大な研究に怖気づいた訳じゃない。この人がここまで言うってことは、本当に時間が残されていないからだ。
教授は俺の方に視線を向ける。初めて見る、柔らかく、そして悲しそうな微笑みだ。
「…何を弱気な事を…研究者として、自分を常に疑い、同じだけ自分を常に信じろ」
ああそうか、何で俺は教授を失うのをこんなにも恐れているのか分かった。俺の幼い時に、タンカーの機関長だった父親は深海棲艦の攻撃で船もろとも帰らぬ人となり、父親の記憶はあまり多くない。
俺はこの人に父親の面影を重ねていたんだ…。
◇
しばらくの間、俺とはるなさんは時間を見つけては教授のお見舞いのため病院に通った。
そしてある日、教授は病院から姿を消し、残された地図に俺は導かれる。