君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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提督を目指せ、それがはるなのためになる-。
伊達提督からの申出に、拓真はどう応えるのか。


第41話 小さくても確実な一歩

 -君の彼女のためにもなると思うのだが

 

 その言葉を残し、伊達提督はソファから立ち上がり、机の方へ戻ると窓際で外の景色を眺めはじめた。榛名さんも提督に付き従う様に机の横に立っている。俺もソファから立ち上がり、天井を見上げるようにして目を閉じ、これまでのことを思い返す。

 

 俺にはできることが限られている。教授や、目の前にいる伊達提督に比べれば人生経験のない、薄っぺらなガキだ。以前、教授に切った啖呵を思い出す。覚悟を通すには、それに見合う能力が必要だったんだな。

 

 

 -彼女が艦娘でも人間でも関係ない。俺が傍にいる。

 

 はるなさんが艦娘なら、俺が軍人として生きてゆくのが一番いい落とし所だろう。でも、はるなさんは俺に言ったんだ。

 

 -艦娘じゃない、『わたし』を一緒に見つけてもらえますか?

 

 俺はそれに応えたじゃないか。何を今さら迷うことがある―――。

 

 

 「…穴吹君、どうしたのかな?」

 「すみません。()()のことを考えてました」

 

 ゆっくりと目を開け、視線を逸らさず伊達提督と向き合う。

 

 「どうしても俺から彼女にしてあげたいことが2つあって。軍人ではそれをしてあげることができないんです。せっかくのお話ですが、申し訳ありません、受ける訳にはいきません」

 

 深々と頭を下げる。提督の立場を考えれば、最大限譲歩してくれたことは想像に難くない。そしてそれを断ることが何を招くのかも想像できる。実際、伊達提督の視線が鋭くなったし。

 

 う…正直怖ぇ。目の前のこの人、プレッシャーが半端じゃないんですけど。けど負けてられない。こちらからいくぞ。

 

 「自分の一生を賭けてでも研究するテーマがやっと見つかったので。そうする事が俺の彼女のためになりますし、きっと提督、いえ、軍にも貢献できることだと確信しています」

 

 伊達提督が無言のまま鋭い視線をこちらに送り続けている。俺は少しずつ彼へと近づく。

 

 「俺の指導教官は、生化学分野の世界的権威であり軍の技術顧問でもある西松教授です。その直系の教え子を軍人にするよりは、研究を続けさせて彼の跡継ぎにした方がメリットは大きいはずです」

 

 ちょっと大きく出てみた。

 

 榛名さんから知らされた艦娘が持たないもの-人間と同様の寿命と生殖機能。なら俺が一生を賭けてでもそれを研究し、はるなさんのために機能獲得してみせる。その上で、軍でも何でも俺の研究を好きなように利用すればいい。俺の元々の専攻はマリンバイオだが、必要なものは教授のように複数専攻でどれも究めてやろうじゃないかっ!

 

 

 「そうか…君は『教授』の教え子だったな…。なら聞くが、君は今までにどのような研究成果を上げている? 論文は何本書いた? 学会での発表は? それとも将来性だけを買えと?」

 

 内心痛い所をつかれたが、それは表情に出さず、さらに彼に近づく。榛名さんが警戒するような表情に変わってきた。あと少しで()()()()()()()()()―――。

 

 「確かに、今の俺はただの大学院生です。あんまり真面目でもなかったし、成果と呼べるものなんて何もありません。けど、それでも彼女の、はるなさんのためなら、俺は何だってできます、いや、やってみせますっ! 彼女が口に出さないけどあると信じていた未来、共に生きて家族になることを、俺は絶対に叶えたいんですっ!」

 

 

 拳が届く距離まで来た。もしこれで伊達提督が俺に軍に入ることを強要したり、はるなさんに危害を加えるようなことを言ったら、即座に叩きのめし人質にして鎮守府を脱出する。はるなさんは教授と一緒にいるはずだし、きっと教授が何とかしてくれる―――。

 

 

 「…穴吹君、君は勇気があるのか愚かなのか、本当に分からない男だな」

 

 思わず足が止まる。いつの間にか、伊達提督の左手には鯉口が切られた日本刀が握られている。榛名さんは…なぜかすいっと歩き出しドアへと向かいはじめた。

 

 やっぱり軍人ってすげーな。迫力が違う。やべぇ、ちょっと足が震えてきた。けど、こんなことでビビってはるなさんを守っていけるかよっ!!

 

 「伊達提督、俺には国を守るとか、そういう大きな夢はありません。けれど、はるなさんの願いだけは、どうしても叶えたいんです。それが俺にとっては一番大切で、そのためなら…伊達提督、あなたにだって邪魔される訳にはいかないんですっ!」

 

 俺が拳を握り込むのと同時に、伊達提督の右手が刀の柄にかかった。

 

 

 -カチャ

 -きゃあっ!!

 

 

 榛名さんがドアを不意に勢いよく内側に開く。小さな叫び声と一緒にごろごろーっという擬音そのままに何かが部屋に転がり込んできたと思うと、それは頭を下にして前転の途中のような姿勢で、めくれたワンピースから脚を露わにしたまま止まっている。

 

 

 ………えっと…え、ええぇっ、はるなさんっ!?

 

 俺も伊達提督も、突然現れ謎のポーズをとるはるなさんから視線を逸らせずにいる。

 

 

 「ドアの外に気配がしましたので。それよりも提督、いつまで見てるのですか(怒)?」

 

 はるなさんが立ち上がるのを手伝う榛名さん。うん、ややこしいな。伊達提督は榛名さんににこやかに威嚇され、気まずそうに視線を逸らしている。

 

 

 「うぅ~、はるなとしたことが…。 ハッ て、提督、お話がありますっ! お願いですから拓真さんをそのまま研究者の道に進ませてくださいっ! そのためなら、はるなは鎮守府に…」

 

 髪型や服装の乱れを直しながら、はるなさんが真剣な顔で伊達提督に訴えかける。いや、そのためならって、そんなことさせる訳ないだろうっ!

 

 

 柄にかけた右手で刀を鞘に押し込みながら、伊達提督が俺達の背後、部屋の入口に向かい声をかける。

 

 「教授、自分はリクルートに失敗したようです。その代わり、()()()()()()()()()()()()()()()。軍に研究を通して貢献してくれるそうなので。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 「む? …伊達、貴様はどこまで知っている…? まぁいい。それよりもはるな、いきなり飛び出して行ったと思えば…」

 

 ホントにそうだよ。なんでここに? しかも教授まで。

 

 「うん? 自分と君の会話は、全て教授の部屋に中継されていたんだけど、言ってなかったかな?」

伊達提督までなぜ俺の心を読むのかと(以下略。

 

 …え? チュウケイサレテイタ?

 

 ということは…俺の言葉は全部はるなさんに聞かれてたということ!? すーっと頭が冷静になる。

 

 

 あ、あれってほとんどプロポーズじゃねーかっ!! 思わず頭を抱えてしまった。

 

 「穴吹、私の後を継ぐということだが…。ふむ…ならばそれに見合うだけの指導を行わねばなるまい」

 「穴吹君、もし気が変わったらいつでも連絡をくれないか。軍はいつでも有能な人材を求めているからね」

 

 大人二人の話なんか聞いちゃいない。俺とはるなさんは、お互いを抱きしめるのに今夢中なんだ。

 

 

 ただの始まりに過ぎないけれど、小さくても確実な一歩を、俺とはるなさんはやっと踏み出せた。

 


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