君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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 提督の対面に臨む拓真を呼び止める榛名。
 秘められた艦娘の思いと、拓真にできること。


第40話 誰の望む未来

 教授に指示された通りに廊下を進むと、()()さんが待っていた。

 

 顔の作りも体型も全て同じだけれど、全てが微妙に違う。俺の知ってる()()()さんではない。ただ直観的に気が付いた。俺が以前ショッピングモールで出会ったのは、はるなさんではなく目の前にいる彼女だ。

 

 「この先にある執務室で、提督がお待ちです。ですが、その前に榛名に少しだけお時間をもらえませんか?」

 

 突然の申し入れに、俺はどう答えていいか分からない。榛名さんは廊下で立ち尽くす俺に近づくと、手を取りすたすたと歩きだす。

 

 「え、あの…ちょっと」

 戸惑う俺の声をよそに、俺は手近の空き部屋へと連れ込まれ、榛名さんは扉を後ろ手に閉めた。

 

 窓際に立ち静かな笑みを浮かべる榛名さんと、ドアに凭れ不審げな表情をしながら腕を組む俺。

 

 「穴吹さん、ありがとうございます」

 

 榛名さんは出し抜けにそう言うと深々と頭を下げる。俺はあっけに取られ、慌てて頭を上げてくれるように言う。

 

 「…仮初めの命を持つ私たちに、例え終わりを共にできずとも、混じりけのない愛情を注いでくれる人がいる、それを知ることができて、本当に嬉しいのです。そういう艦娘の気持ちも知っておいてほしかったのです」

 

 思わず顔をしかめてしまった。終わりを共にできないってどういうことだ。

 

 

 

 「その表情を見ると、知らなかったんですね…。全てを知った今、あなたはどうするのでしょうか…」

 

 榛名さんの説明で、教授が俺の覚悟を問うた意味を、この期に及んで俺は理解させられた。どれだけ好きあって一緒にいても、俺だけが年老いてゆき、はるなさんを残して死ぬ。そして俺達の間に子供は生まれない。今この時点で具体的な将来設計も家族計画(ファミリープラン)もないけれど、漠然と見てた夢。このまま俺とはるなさんが一緒にいれば、自然と起きるだろうと思っていた未来は、俺達の前には用意されていない。

 

 「…穴吹さん、提督がお待ちですので執務室に向かいましょう」

 悲しげな表情を浮かべたまま、榛名さんは本来の行動へと移ろうとする。

 

 混乱していない訳ではない。けれど、はるなさんが俺の彼女、いや、将来をともにする女性(ひと)であるなら、俺は自分の成すべきことがやっと分かった…つもりだ。

 

 

コンコン。

 

 ノックをして返事を待つと、良く通る男性の声がして入室を許可された。重みのあるドアを静かに榛名さんが開けると、正面に大きなデスクがあり、分厚いファイルを読みふけっていた軍服姿の男性-おそらく『提督』と呼ばれる、この鎮守府の責任者が座っていた。返事とは裏腹に、ファイルを読み続ける提督は、ため息をつきながら何かを深く考え込んでいる。

 

 「穴吹さんをお連れしました」

 

 その声に反応するように、彼はファイルを持参して、席から立ち上がり俺の方へと歩み寄ってくる。

 

 「はじめまして。自分はこの鎮守府を預かる提督の伊達(だて)という者です」

 「…穴吹 拓真、学生です」

 

 同じ白い軍服を着ていて、身長も体格も俺の方が一回り大きいのに、迫力が全く違う。握手をしながら、俺は正直に言って気圧されていた。

 

 これが本物の軍人…。

 

 「あぁ、そんなに緊張しなくていいよ。君と話がしたくてね。少しの間付き合ってくれないか」

 

 話…俺と伊達提督の間にある話なんて、はるなさんのこと以外にない。俺は思わず身構える。伊達提督は苦笑しながら握手の手を離し、俺を応接セットの方へと誘い、机の横に控えている榛名さんにお茶を用意するよう言いつけていた。

 

 

…………………………………………。

 

 無言が続く。

 

 

 「あ、あの」「と、ところで」

 

…………………………………………。

 

 同時に呼びかける。お互い気まずい表情のまま、再び無言が続く。

 

 

 「…提督?」

 

 榛名さんが助け船を出してくれた。机の横にいる彼女の立ち姿は、すらっとしていて綺麗だ。似ていて異なるとはいえ、やはりはるなさんと同じだ。

 

 

 ついに伊達提督が切り出す。

 

 「穴吹君、彼女ともども無事で何よりだね。しかし…()()()()()()()()()()()()()()()は海に出たようだが…避難の方法としてはまったく感心しないな」

 

 「え? いや、あの…? あ、榛名さん、ありがとうございます」

 

 提督の話がひと段落したところに、榛名さんがお茶とお茶菓子を運んできてくれた。返事をしようとした俺の話の腰は見事に折られた。榛名さんにお礼を言った後、改めて伊達提督に向き直る。

 

 この人は、一体何を言ってるのだろう? 俺たち二人がボートで海に出た?

 

 怪訝そうな俺の表情を見ながら、伊達提督はお茶をずずっと啜ると、話を続け、俺には笑顔でお茶菓子を食べるよう手で合図してきた。断る理由もなく、羊羹を撮み口に運ぶ。うん、おいしいな、これ。俺が口をもぐもぐしている間に、提督が話を続けだす。

 

 

 「それとも、何か別な理由があって海に出たのかい? まさか深海棲艦と戦うつもりだったとか? それが可能なのは艦娘だけなんだけど。もちろん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 羊羹が喉に詰まりそうになった。ごほごほ咽る俺に、榛名さんは駆け寄ってきて背中をさすりながらお茶を差し出してくれる。は、はぁ…死ぬかと思った。

 

 それにしても伊達提督の話は、内容がまったく違う。そしてはるなさんが艦娘であることを否定しろ、そう俺に仄めかしているようにしか聞こえない。一体俺に何を言わせたい?

 

 「それで間違いないよね、穴吹君?」

 

 念を押してくる伊達提督は俺を値踏みするような目を向けながら、無言で応接テーブルの上に置かれたファイルを俺の方に押し出してきた。読め、ということだろう、な…。

 

 俺は無言でファイルを取り上げ、そのまま読み始めた。

 

 教授の手により作成された、はるなさんに関する報告書だった。彼女の詳細なデータとコンディションが記され、こう結論付けられていた。

 

 

 -既に艤装の展開が不能であり、整備状況次第では機能低下も懸念され、軍事面技術面での価値は著しく減じた。ゆえにこのまま市井にあっても軍の脅威になる恐れはないと判断可能。思考感情面で現保有者の影響を極めて強く受けている点においては、現保有者への注意監視にて事足りると思われる-

 

 

 驚いて伊達提督を見る。そして彼は深く頷き、とある提案を行ってきた。

 

 

 「穴吹君、思ったよりその軍服が似合うものだ、なかなかいい雰囲気を出しているよ。…どうだろう、今からでも海軍士官学校に進み提督を目指すというのは? 艦娘達にも好かれやすいようだし。鎮守府は艦娘のために必要な設備が揃っている施設だ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

脱走から今に至る経緯は不問に付した上で、はるなさんの艦娘としての機能維持を優先して軍に入り、彼女に便宜を図ってやれ-目の前の提督は、彼の立場でできる最大の配慮を俺に示していると、やっと分かった。


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