君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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教授の語る、艦娘の事実。それがはるなに決断を迫る。

というかほんとど教授のターンだった…。

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第39話 あさきゆめみし

 拓真さんと別れた後、はるなは教授のラボで頭部と脚部を中心に簡単な検査を受けました。せっかく着た私服をまた脱ぎ、病院服に着替え直しです。今は検査の後で案内された部屋で待っています。窓もないこの部屋には、壁掛けのモニターと小さなデスクと椅子、それしかなくとても退屈です。

 

 「さて榛名…いや、()()()

 

 分厚いファイルを持ちながら教授が部屋に現れました。教授は机に着くと、モニターの電源を入れます。それにしても、教授が『はるな』と呼んだ呼び方は、拓真さんが私を呼ぶ時と同じ感じがしました。

 

 「画像とMMDを使って説明する方が視覚的に理解できるだろう。まずはお前の脚部だが」

 

 教授がパソコンを操作すると、ぴっという軽い電子音がして、モニターにはレントゲン写真のような画像とはるなの3DCGが表示され、画面の中で踊っています。

 

 「…完全に破損している。今の状態でお前が艤装を展開して海に出た場合、ひどい振動で直進することも難しいだろうな。無論速度も出ない。高速戦艦の看板はもう下ろさねばならないな。…とは言っても、日常生活に支障が出ることがないよう機能は回復させたがな」

 

 …覚悟はしていました。モニター上の3DCGはるなの脚のいたる所が赤く表示されました。前回の戦闘でも、確かに26ノットを超えると振動がひどくてまともに動けませんでした。それがさらに悪化している、そういうことですね。

 

 「それだけではないのは分かっているだろう?」

 

 教授の言葉に、顎に手を当て少し考え込みますが、他に何があるのでしょうか? はるなの表情を見た教授は言葉をつなぎます。

 

 「…自分で気づいていないのか…。結論から言おう。前回の頭部裂傷と同一箇所に損傷を負い、今のお前は艤装制御ユニット(カチューシャ)との接続自体が困難な状態だ。鎮守府で艤装は直せても、お前自身の修復はできない。もう少し詳しく説明するとだな―――」

 

 教授は呪文のような横文字を並べ立て、モニターに表示されたはるなの脳の画像と合わせて熱弁をふるっていますが、さっぱり分かりません。きっと拓真さんなら理解できるのでしょうが…。はるなに分かったのは、もう戦えないという事実だけです。カチューシャがなく艤装が展開できなかった事と、自分の機能として艤装が展開できない事は、まるで違います。3DCGはるなは、艤装を展開したまま軽快に踊っているのに…。

 

 

 だとすれば、はるなという存在は、ほんとうに何なのでしょう?

 

 

 深海棲艦と戦うための兵器として、人工的に作られた肉体に宿されたかつての軍艦の魂。それが艦娘の成り立ちですが、今のはるなは、拓真さんと出会い、()()()()()()()()()()()()には迷いはありません。拓真さんと一緒に生きてゆきます。けれど、()()()()()()()()、それだけは未だに答えがありません。

 

 考え込んでいるはるなを、教授は何も言わずに見ています。そして、再び口を開きました。

 

 「…はるな、気づいていたか? 元々お前と縁のある金剛型の姉妹以外の艦娘は、お前を艦娘だと認識できていない。鈴谷や六駆の4人と廊下で会ったのだろう? お前が民間人である、という説明に誰も疑問を持たなかった。その理由が分かるか?」

 

 確かにそれははるなも気になっていました。みんな、まるではるなのことを知らないかのような振る舞いでした。

 

 

 「私は艦娘の生体機能分野の責任者だが、霊子機能分野、別な言い方すれば『魂』は専門外だ。なので、科学者の範を逸脱し、個人的な()()と憶測も交えて話をする、その前提で聞いてほしい。…お前の魂は、すでに軍艦のそれではないのかもしれない。だから、お前と縁のある艦娘以外は、お前を艦娘として認識できなかったのだと思う。

 

 艦娘は、現在の戦争を通して、当時得られなかった勝利を求めて過去をやり直しているとも言える。だがお前は違う。穴吹と出会い、かつての自分たちの戦いに末に得たものに触れ、過去の軛から解き放たれたのだろうな。…だからと言って、それがすなわち今のお前を人間とも定義づけられないのだが…」

 

 

 はるなは…言葉がありません。人間と同様の身体を持ち、自分だけの心があるのに、それでも人間ではないのですか? 思わず膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめます。教授は、はるなのことを優しい、けれど悲しそうな目で見ています。それはきっと、今まで聞いた話より、もっと辛い話をはるなにしようとしているからだと感じました。

 

 

 「…生物を定義する要素は色々あるが、寿命と生殖は重要な要素だ。人工的に作られた艦娘の生体機能は、人間のそれよりはるかに優位で長命だ。つまり、お前と穴吹の時間の流れは同じではない。一方で、お前は子をなすことができない。より長命で優れた存在に繁殖を許せば、種として人間は存亡の危機に至る、そう考えた年老いた連中が天鳥船(あめのとりふね)プロジェクトの中枢にいたことは事実だ。ゆえに生殖能力は不要とされ、実装されなかった。というより研究自体も公式には禁止された」

 

 

………………………。

 

 

 そこまで艦娘を恐れるのなら、なぜ女性の形にしたのでしょう? あまりにも残酷です。無意識に自分のお腹を庇うように手を当ててしまいました。はるなと拓真さんは、そういう関係になるのは時間の問題だと思っていますし、むしろ待ってるというか…コ、コホン。ですが…その先の希望は用意されていなかったんですね…。

 

 

 気がつくと教授が横に立ち、はるなにハンカチを差し出しています。あぁ、はるなは泣いていたんですね。それに気付くと、もう涙を止められませんでした。

 

 

 「私から提案できることは2つある。一つは初期化だ。新たに作成する素体にお前の魂を移植する。ただこの工程によりこれまでの記憶は失われ、新規に着任した艦娘としての榛名に戻る。お前が穴吹との将来をどのように夢見ていたか、私には分からない。ただ、今のお前の表情を見る限り、それが得られぬことがそれほど辛いなら、忘却もまた一つの選択肢になりえると思う。

 

 それでも穴吹と生きてゆく、というのなら、穴吹にどこまでの覚悟があるのか、今こそ試される時だろうな。 有態に言えば、艦娘としてのお前にはもう軍事的な価値はない。書類上は完全な形で人間として生きてゆく道は用意してやろう。図らずも深海棲艦のお陰でそれが出来る状態になったしな。

 

………さて、どうする?」

 

 

-もし榛名さんがもう艦娘じゃない、って言うなら、それでもいいじゃないか。自分が何なのか、見つければいいだけだ。人間じゃない、って言うけど、俺には大切な女の子なんだ-

 

 

 …拓真さん、信じて、いいんですよね…?


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