君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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鎮守府内の病室で目覚める拓真は、
すぐさまはるなを探そうとするが-。


第37話 覚醒

 目が覚めると知らない天井が見えた。そして自分がベッドに寝ているのが分かった。…助かったのか、俺は…。意識が戻ると体のあちこちに痛みを感じ始めた。右手が動かない、右脚もだ。胸のあたりがひどく重い。かなりの重傷なのかな………。

 

 

 それどころじゃない、はるなさんはどこだっ!?

 

 

 「はるなさんっ!!」

 「はい、はるなはここですよ…」

 

 思わず叫ぶと、掛布団がひとりでに持ち上がり、長い黒髪が流れる。寝ぼけたような焦点の合わない目をこすりながら、病院服姿のはるなさんが上体を起こす。

 

 

 「え、えええええ゛え゛え゛え゛え゛」

 「拓真さんっ!! 目を覚ましたんですねっ!!」

 

 前半は驚きのあまり、後半ははるなさんが力任せに抱き付いてきたことで、俺の喉からは奇妙で器用な声が漏れた。うん…そりゃぁ体も動かせないよな。はるなさんが俺の右半身にしがみ付くようにして添い寝してたんだから。てか、はるなさん、苦しい…。俺は自由になる左手で彼女の肩を2、3度タップする。それでようやくはるなさんも我に返ったようだ。

 

 「あっ、ご、ごめんなさい、拓真さんっ! はるな、あまりにも嬉しくて、つい力が入っちゃいました」

 

 はるなさんは、俺の下腹部あたりに跨るように座りながら、泣き笑うような表情で目の端の涙を拭っている。おそらくここはどこかの病室。そこまではいい、だが何ではるなさんが同じベッドで添い寝をしていたのか-? 俺の困惑に対し、はるなさんも困惑した表情で教えてくれた。

 

 「はい、はるなも目が覚めると知らないベッドで寝ていました。仕切りのカーテンを開けると…拓真さんが眠っていました。ドアには鍵がかかっていて開けられず、どうしようかと思っていました。そのうち、拓真さんの寝顔を見ていると、はるなも眠くなってしまいまして、つい…」

 

 つい…もいいんですけどね。でも、そういうのは意識のある時に…などとニヤけていると、はるなさんが表情を引き締めて話を続ける。

 

 「………拓真さん、どうして、どうしてあの海域に来たんですか? 人間が深海棲艦と戦える訳がないでしょうっ!? 例えはるなが犠牲になっても、拓真さんが無事なら、はるなは笑って逝けます……そう思っていたのに。でも、もう無理です。拓真さんのボートを見た瞬間、はるなは…はるなは…ごめんなさい、とても嬉しかったんです。ごめんなさい、拓真さん」

 

 そう言いながら、顔を両手で覆い、体を震わせながら泣きはじめるはるなさん。

 

 「はるなさん、どうして一人で戦いに出たんだよ? 俺がどれだけはるなさんのことが心配だったか…。俺はもちろん軍人じゃないし、一緒に戦うことはできない。けど、それでも、惚れた女を一人で死ぬかも知れないような場所に送り出せるわけがないだろうっ!! 考えなしのバカな行動だったかも知れない、けど、俺がはるなさんの傍にいなくて、誰がいるんだよっ」

 

 俺の言葉は何の回答でもなく、自分の想いを言葉にしただけだ。もし次にまた戦いがあった時に、俺に何ができるのか…。それでも、九死に一生を得た今も、これが言える自分をほめてやりたいと思う。それにもう俺の肚は決まったしな。

 

 

 ただ、現状問題はある。

 

 袷の緩いパステルピンクの病衣からは、その…たわわに実った素敵な揺れる果実がよく見える訳で…視覚的な刺激に加え、はるなさんが俺の下腹部の上で身を震わせて泣くことで加えられる物理的な刺激で、体の一部が勝手に反応しちゃうんだよね。はるなさんも、()()()()()()に気付いたようで、顔を赤らめている。だが彼女の表情は、単なる羞恥ではなく、もっと違う、熱い表情をしている。そしてそのまま俺の上に身を横たえてくる。

 

 

 「…拓真さん、本当にはるなでいいんですか…? もう、何があっても絶対に離しません、よ…?」

 

 吐息がかかる距離まではるなさんが近づいてくる。何度も口づけを交わした唇だが、妙になまめかしく見える。思わず唾を飲みこみ、喉が動く。ふと、命を救われたことに、まだお礼を言ってないことに気付いた。

 

 「と、とにかく、助けてくれてありがとう」

 はるなさんは俺の胸に顔を埋め、胸板に軽く口づけながら、ふふっと笑う。やべぇ、ゾクゾクする。

 「…何を言ってるんですか? 拓真さんこそはるなを助けてくださったじゃないですか」

 

 俺達は顔を見合わせる。え? どういうこと?

 

 それぞれ状況を思い出しながら説明し、お互いまさに危機一髪だったということが分かった。だとすれば、誰が助けてくれたんだ…? いや、それよりも―――。

 

 

 「ここは一体どこなんだ?」

 

 

 「はぁ…ここは鎮守府でース」

 

 突然病室の入り口から掛けられた声に、俺とはるなさんは同時にその方向を向く。横開きのドアを半分ほど空け、入り口を塞ぐように金剛さんが、顔を赤らめながら呆れた表情で立っていた。えっと…どの辺からそこにいたのでしょう?

 

 

 「まったく、何回ノックしたと思ってるのですカ…一時はどうなるコトかと思ったのに、目が覚めた途端にそれですカ…。伊達に『バカップル』と呼ばれてないのでース」

 

 

 いや、その…はい、スミマセン…。というかその呼び方を定着させたの、誰だ?

 

 あんまり他人には見られたくない姿を見られたことで狼狽えている俺とは対照的に、はるなさんは厳しく引き締まった表情を金剛さんに向ける。

 

 「…金剛お姉様、お久しぶりです。そうですか…お姉様が私たちを助けてくださったのですね…。一応お礼は申し上げます。ですが、ここが鎮守府ということは…はるなを…どうするおつもりですか? お答えによっては、例えお姉様と言えども…」

 

 そこまで言って一端はるなさんは言葉を切る。そして意を決したように、右手を大きく前に振り出し、ポーズを取りながら宣言する。

 

 「はるなは、もう鎮守府へは戻りませんっ!! 何があっても、拓真さんと絶対に一緒にいますっ!!…って、きゃあっ!! も、もう、拓真さんったらっ」

 

 うん、だから俺の下腹部にそうやって跨ったままで動くから…。さらに体の一部が元気になってしまったんですけど…。

 

 

 「Sigh… バカバカしくて付き合っていられませーン。とにかく、二人に話を聞きたい人が待ってまース。二人とも着替えてくださいネ」

 


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