君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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本編再開。物語は最終章へと進みます。

辛うじて深海棲艦を退けたたものの、
満身創痍のはるなを迎えに急ぐ拓真。



君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない
第36話 救助


 どこの航空隊か存じませんが、はるなを助けていただいて、ほんとうにありがとうございますっ!

 

 今海面に浮かんでいるのは大破して漂う敵の駆逐艦1だけです。思わず安堵のため息が漏れてしまいます。流石にぼろぼろになってしまいました。でも構いません、何とか拓真さんが逃げ切る時間は稼げたはずです。

 

 それでも…拓真さんさえ無事ならそれでいい、そう決めていたのに、はるなの頭を過るのは拓真さんのことばかりです。…会いたい…。

 

 物思いを邪魔するようなエンジン音とともに、陸地の方から1隻のボートがこちらに向かって疾走してきます。驚きのあまり思わず両手で口を押えてしまいました。みるみるはるなの視界が涙でぼやけていきます。あのボートは…拓真さんです。どうして…でも…でも…もう言葉になりません。名前を呼ぶだけで精一杯です。

 

 「拓真さんっ!!」

 

 彼の元に向かおうとしましたが、脚が思うように動かず、海面につんのめる様な格好になってしまいました。むぅ…はるなとしたことが…カッコ悪いですね。

 

 

 その時、金属をこすり合わせたような不快な叫び声が響き渡りました。大破し漂流していたはずの駆逐イ級が、大きな口を開け、その中から鈍く光る5inch砲を突きだしています。

 

 

 撃ち出された小口径砲弾は、はるなの頭に直撃しました。

 

 

 体勢を崩したまま防御姿勢も取れずに撃たれるなんて…。頭がもぎ取られるような衝撃と焼けるような熱さを感じ、そのまま海面を転がるように吹き飛ばされてしまいました。

 

 拓真さんが呼んでいるのが遠くに聞こえます。…はい、はるなはここですっ! 今そっちに行きますから。ごめんなさい、もう二度と離れたりしませんから。でも、ホントにはるなでいいんですか? ………たく…ま…さん………。

 

 

 

 

 悪い夢でも見ているのか?

 

 

 金属をこすり合わせたような不快な音が海に響いたかと思うと、海面に横たわる鯨のような黒い物体がゆったり動き出し、口のような部分から炎と煙、そして轟音が響いた。ほぼ同時にはるなさんが横っ飛びに吹っ飛ばされるのを見て、それがようやく攻撃だということに気が付いた。プレジャーボートのキャビンで半狂乱になりながら叫び、全速を出す。

 

 

 「はるなぁ――――っ!! う、うあぁぁぁぁぁっ!!」

 

 

 再び叫び声が海に響く。緩慢な動きで、じりじりと口をもう一度開けようともがく黒いヤツ。またはるなさんを撃つ気かよっ!!

 

 

 俺はボートを急転舵させる。大きく開いた口には巨大な歯がいくつも並び、その奥には鈍く光る大砲のようなものが見える。こんなものではるなさんを撃ったのかっ!! 怒りに任せてそのまま真っ直ぐに黒いヤツの口を目がけてボートごと突っ込んだ。船底が下の歯に引っかかり激しく削られているのが分かる。物凄い衝撃が伝わり、体が右から左へキャビンの中を跳ね壁に叩きつけられる。痛ぇ、舌噛んだ。

 

 撃ちたきゃ撃て。その代りこのボートの燃料にも引火してお前もお陀仏だろ? 不思議と怖くないもんだな。むしろ、何かやり切った感がある。きっとはるなさんもこんな気持ちで戦っていたのかな? …でも、ごめんね、ずっと一緒にいるって言ったのに、どうやら約束を守れそうにないみたいだ。

 

 

 巨大な上顎がギロチンのように下りてくる。激しい破壊音とともに、俺のボートの前半分ほどは噛み砕かれ、その反動で船尾から跳ね上げられたボートは、破断面からほぼ垂直に海面に突き刺さったかと思うと、水の反発でもう一度水面まで戻され、そして俺を乗せたままそのまま海中へと沈んでいった。

 

 …………………は…るな…さん……にげ…て…。

 

 

 

 これは悪い夢に違いありません。ええ、絶対。

 

 はるなの目の前で、拓真さんの乗ったボートが噛み砕かれたかと思うと、反動で宙に舞い、そのまま海面に落下し、沈んでゆきました。………え? たくま、さん? あの………?

 

 獣の咆哮のような声が海に響き、そしてそれが拓真さんを呼ぶ自分の声だと気付きました。イ級もこちらを向いています。

 

 絶叫と裏腹に、立つことさえできません。あぁもうっ、はるなは拓真さんの所へ行きたいのにっ! でもほら、やっぱり夢でしたっ! 機関の推進音が聞こえてきたかと思うと、誰かが動けないはるなを横抱きに抱えてくれてます。拓真さんに違いありませんっ!! 逆光で顔が良く見えませんっ。たく…ま…さん、むぅ…意識が途切れて…しま………。

 

 

 

 「この死にぞこないが…手間かけさせるんじゃないわよっ」

 「あらぁ~、もう声も出ませんか?」

 

 両断されたイ級の後ろ半分を足蹴にしながら毒付く叢雲と、薙刀でつんつん突きながらその前半分に微笑みかける龍田。

 

 「二人とも流石でース…って敵はonly oneですカ?」

 

 怪訝そうな金剛が叢雲に追いついた。後方からは比叡、霧島を始め、多数の艦娘がこの海域に向かっているが、今この海域で目に付くのは、イ級の残骸と船の破片。これを見ればおおよその事態に見当はつく。

 

 「この状況を見るとぉ〜、巻き込まれた民間人でもいるのかしら〜」

 「私達が到着した時には、敵も民間人もいなかったわよ。総旗艦、仕事が速いのは立派だけど、お構いなしに殲滅したのかしらね…」

 

 

 だがこの海域で何が起きたのかまでは、彼女たちの理解の外にあった。

 

 

 

 鎮守府を襲った敵との戦闘中に行われた強制通信。所属を問わず一定距離内にいる全艦娘に向け、文字通り全てに優先して割り込んでくる。内容は、市街地が敵の別働隊に襲われていて、手が空き次第先行して迎撃に当たる部隊を援護せよ、とのものだった。

 

 叢雲と龍田が急行し高速戦艦隊と重巡隊が追いかける。到着した現場には誰の姿も既になく、大破漂流中の駆逐イ級と船の破片が散らばるだけだった。龍田が全速で接近し、薙刀でイ級を両断しとどめを刺した。

 

 龍田がつまらなさそうにイ級の残骸を薙刀で輪切りにしていると、水中から伊19が何かを抱えながら浮上してきた。

 

 

 「イク、イケメン見つけたのね。でもこのままだと死んじゃいそうなの」

 

 

 「…その抱きかかえ方だと、そいつ窒息しかねないわよ」

 

 叢雲がジト目で言う。イクは大柄な拓真を必死に抱きかかえている。その結果、彼女の豊かな胸に拓真の顔を押し当てるような格好になっている。

 

 「大丈夫、この人意識ないのね」

 危険な状態をさらっと告知するイクに金剛が飛び付く。

 

 「MY GOD!! イク、拓真を貸してくださーイッ!! 」

 

 金剛はイクから拓真をひったくるようにして、海水と出血で着物が汚れるのも構わずに抱きかかえると鎮守府へと全速力で帰投する。

 

 その途中、先に現場を離れ鎮守府へ急ぐ榛名に追いついた金剛は、榛名も自分と同様に人型の何かを横抱きに抱えているのに気が付いた。金剛の視線に、榛名は複雑そうな表情を浮かべながらつぶやく。

 

 

 「自分の顔を鏡以外で客観的に見るのは初めてですが……こんな顔をしているんですね、はるな()は…」

 

 

 意識不明ながら救助された拓真とはるなは、鎮守府に緊急搬送され治療を受けることとなった。


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