改めて突き付けられた拓真とはるな。
それでも、良くも悪くも変わらない二人-。
ベーカリーの裏手に広がる砂浜へと、俺達3人は足を進める。先を行く比叡さんはちらっと俺達二人を振り返る。俺とはるなさんは、相変わらず指を絡ませながらお互いの手を握り合ったまま、比叡さんの後を続く。商店街を歩いていた時よりも、お互い握る手に力がこもっている。はるなさんの表情はやや硬く、おそらく俺の表情も強張っているだろう。
いつまでも二人の日々が続くことを夢見ていた。ただ、それがそのままそうなると信じていた訳でもない。そして今、ついに鎮守府側から接触を持たれた。住民票は移さずに追跡できないようにしたつもりだが、軍が本気になればそんなのは意味が無かったようだ。
その一方で、誰か来るなら金剛さんだろうと根拠なく思っていた。だがいま目の前を歩いているのは比叡さん。彼女達が俺にはるなさんを預けた時のことを思い出すと、比叡さんは俺に対して、あんまりいい印象をもっているようには思えなかった。
波打ち際まであと10歩くらいの所で、比叡さんはこちらを振り返った。笑顔はない。不愉快さを押し殺しているような、そんな表情。
先に口を開いたのははるなさんだ。
「…お久しぶりです、比叡お姉様。何のご用でしょうか? はるな達は早くお部屋に帰って冷蔵庫にお肉をしまいたいのです。この暑さだとすぐに悪くなっちゃいますから」
一見何気ない言葉だが、これははるなさんからの明確なメッセージだ。自分たちの生活に口を出すな、という。はるなさんの横顔を見ると、やはりこちらも笑顔がない。それを聞いた比叡さんは、呆れたような表情で、けれど俺達を諭すように話を始めた。
彼女の話の内容は、鎮守府の責任者が比叡さんを含む金剛型のみんなと話をしたときのものだった。
結論から言えば、今のままだと
はるなさんが艦娘に戻り、他の鎮守府に異動すること。その場合にははるなさんが
このままの暮らしを続けるなら、ひっそりと誰の目にも触れぬよう鎮守府の監視下で暮らすこと。この場合に起きるのは、俺が今の生活をすべて捨てること。
青ざめた顔でより一層寄り添う俺達を、比叡さんは憐れむような目で見ている。
「…金剛お姉様も霧島も、提督やあなたの後に着任した榛名も、今言ったことは分かってます。それでもあなた達のために何かできないかって、必死で考えてます。でも、私は別な考えかな…」
言いながら比叡さんは、懐から何かを取り出した。それは金色のカチューシャだった。
「…提督は、あなた方に会って、話してから判断するって言ってたけど、そんなの時間の無駄だから、勝手に持ち出してきちゃった。榛名、私たちは艦娘なんだよ? 人間なんて…本当に信じられると思ってるの?」
思いつめた目をした比叡さんは、カチューシャを持つ手を付き出しながら、俺達の方に近づいてくる。
「…あの時、私はまだ動けた。そりゃ結構な被害を受けていたけど、何とか工廠まで曳航してさえくれれば、戦線に復帰できたのに…。『頑張るから!見捨てないで!!』って何度も言ったのに…。榛名、人間なんて都合が悪くなったら、あっさり私たちを切り捨てるんだよ。あなたにそんな思いをしてほしくないから…気合っ、入れてっ、連れて帰りますっ!!」
大破着底とはいえ日本本土で最期を迎えた戦艦『榛名』と、第三次ソロモン海戦第1夜戦で損害を受け放棄され、最終的に自沈とも味方による雷撃処分とも言われる最期を迎えた戦艦『比叡』。それぞれの最期が、それぞれの性格に影響を与えていても不思議はない、そんなことを考えながら、俺は近寄ってくる比叡さんとはるなさんの間に割って入る。
「比叡さんっ、落ち着いてっ!! 俺達の話も聞いてくれっ!!」
「どいてっ!! 邪魔をするなら…今度こそ撃ちますっ」
正面から比叡さんの肩を掴んで何とか話を聞いてもらうとする俺と、心底邪魔そうに俺の手を振り払おうとする比叡さん。はるなさんは、俺達を制止するように叫んでいる。けれど、これだけ体格差があるのに気を抜くと投げ飛ばされそうになる。艦娘ってのはこんなに力が強いのか…などと考えているうちに、もみ合いがエスカレートした。
-ふにっ
思いがけない感触に俺の動きが止まる。比叡さんもあれっ? という顔をして動きが止まる。
-ふにふに
念のため、確かめるように手を動かすが、同じような柔らかい感触がする。あれ、これって…む、むね的な何かですか。比叡さんはあっという間に赤い顔になり、肩をぷるぷる震わせ出す。あ、これやばいパターンだ。俺星になる的な…。
「な、何をするんですかーっ!!」
ほら、叱られた。
はるなさんが叫んでいた。あれ?
「た、拓真さんっ!? 確かに、私達、まだ最後の一線は…。ですが、自分の目の前で拓真さんが他の女にちょっかいを出しているのを見て、黙っているほどはるなは大人しい子ではありませんっ!! さぁっ、はるなでいいなら…いいえ、はるながお相手しますからっ!!」
買い物袋を砂浜に放り投げ、俺と比叡さんの間に割り込んだはるなさん。一気に言い募った後、俺の手を取り上げると、両手で俺の手を自分の胸に導いてゆく。え、ええーーーっ!! 俺の驚ききった表情を見て、はるなさんも我に返ったのか、みるみる真っ赤な顔になり、そのまま固まっている。
一方、比叡さんは、砂浜にしゃがみ込みグスグスと泣き始めた。
「金剛お姉様より先に、あんなのに触られるなんて…」
比叡さんの存在などないように、はるなさんは言葉を重ねる。涙目の上目使いは反則級の可愛さです。
「グス…はるな以外に、そんなことをする拓真さんを見たくないです…」
「あ、あれは不幸な事故というか…とにかく、俺ははるなさん以外とそんなことするつもりないし」
「証明、してくれます?」
俺に凭れかかり、ついっと背伸びして目を閉じるはるなさん。ごく自然に、そのまま唇を重ねる俺達。
俺達の一連の流れを、ぽかーんと見ていた比叡さんの表情が、やれやれといったものに変わる。砂を払いながら立ち上がり、俺達に言葉をかける
「…どうやら人違いだったようです。
俺ははるなさんを胸に抱いたまま、比叡さんを見つめる。てか、そのルビひどくね?
「…けれど、この先本当にどうする―――っ、提督? ええっ!? そんな…分かりました 」
急に通信が入ったのだろうか、比叡さんが誰かと話している。
そして、艤装を展開し俺達に相対した。