君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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金剛の発言は誤魔化しようがなく、
三姉妹は提督の尋問を受けることに。
拓真とはるなに捜索の手が伸びるが-。


第31話 ガールズトーク

 前夜、金剛が不用意に発した()()()()()()の言葉により、金剛はもちろん、比叡と霧島もただちに拘束され3人揃って営倉入りとなった。二人に至っては半分寝ぼけた状態で、パジャマ姿のまま私室から連行された。

 

 そして翌朝となる今、改めて金剛、比叡、霧島の3名が提督の執務室に連行され、事情聴取が始まった。金剛はなんとかごまかしながら状況を話そうとするが、提督の冷静な追及にすぐシドロモドロになってしまう。霧島はおろおろするだけで全く要領を得ない。一方比叡は、金剛が責められていることに強い不満を示している。それでも提督は概ね事態を把握することができた。

 

 

 「……………………………なるほど、な」

 

 提督は寝不足なのか、目の下にクマを作ったかなり疲れた容貌で、不機嫌そうな表情を貼り付けている。そこに―――。

 

 

 「す、すみません提督っ。榛名ともあろう者が、寝坊するなんて…」

 

 執務室につながる提督の私室から、慌てて榛名が飛び出してきた。よほど急いでいたのか、髪型はやや乱れ、上着の袷もいつものようにピシッとしておらず、首の付け根から胸元にかけて、いくつもの赤紫のあざが見えている。提督の首筋にも、よく見れば同様のものがいくつも付いている。

 

-キラーンッ

 

 金剛の目が輝く。これをきっかけに何とか話を逸らそうとする。

 

 「He-y テートクゥ…私たちが営倉で眠れない夜を過ごしている間に、ずいぶんお楽しみだったようですネー」

 実際金剛は誰よりもぐっすり眠っていたが、この際それはそれ。

 

 「それとこれは関係な「はいっ、金剛お姉様っ!! お姉様のおかげで、一生の思い出になる夜を過ごせましたっ!」」

 

 クネクネと身悶える榛名が、赤く染まった頬を押さえつつ答え、提督は頭を抱え意味不明な言い訳をするが、手遅れだ。

 

 昨夜、提督と榛名はこれまでの枷を一気に外すように明け方まで語り合い、愛し合った。それを通して、提督はやっと榛名を、艦娘を理解した。人間よりよほど一途で豊かな感性を持ち、それゆえに傷つきやすい存在であるという事実。たった一晩でも、これまでの価値観が変わるのに十分濃密な時間を提督は過ごした。

 

 提督の立場としては、民間人を巻き込んだ脱走艦の逃亡幇助には厳罰を与え、その民間人も積極的に加担しているとなれば、脱走艦ともども捕縛しなければならない。

 

 だが、そもそも榛名が脱走するきっかけを作ったのは自分だ。もし脱走した榛名が不幸な暮らしをしているというなら、一も二もなく保護する。だが、その拓真と言う民間人のもとで、どうやら幸せに生きているらしい。偶然とはいえ同じ魂を持つ榛名を愛する者として、今の提督は拓真の捕縛に踏み切れずにいる。

 

 提督として正しい判断かと言われれば、明らかに間違っている。だが正論だけでは済まされないこともある。

 

 そんな内心の変化は見せないようにし、何かうまい方法がないものかと考え、金剛達を尋問している風を装って情報を集めていたのだが…。

 

 「Oh My Gosh!! そ…そんな格好をするのですカーッ!?」

 「ひえぇぇぇ~!! 私、完全に榛名に置いて行かれました」

 「回数も凄いですね/// 私の計算を超えています」

 「み、みんな、声が大きいですっ!! は、榛名恥ずかしいですーっ」

 

 尋問のはずが、自分が公開処刑されている。提督は金剛型のガールズトークを止めさせようと、しかめっ面で咳払いを強くするが、榛名を除く3姉妹はにやにやした顔でこちらを見るだけで、何の効果もない。榛名はゆでだこのように顔を真っ赤にしている。

 

 提督は強面を装うのはもう諦めた。そして、拓真とはるなをどう取り扱うのがよいか正直分からない、と本心を明かす。はるなと拓真の望むようにするにはいろいろハードルが高そうだ。

 

 はるなを近代化改修の素材にはもうしない。彼女が艦娘に復帰するなら異動させることになる。その上で、拓真が提督を目指せば平和的な解決だが、彼の意思は分からない。仮にそうだとしても、その実現には今から最低でも数年はかかり、しかも彼が着任先を選べる訳ではない。むしろ先に艦娘に復帰するはるなの練度が上がれば異動先の提督とケッコンカッコカリという話が浮上する。

 

 今の状態を続けるにしても、鎮守府の厳重な監視下で隠棲が求められ、拓真の生活は破綻する。何も考えず能天気にいちゃついてる二人だが、兵器としての艦娘は、諸外国軍はもとより国内外の過激派からも注目を集めている。もし市中に“はぐれ艦娘”がいることが分かれば誘拐の恐れがある。今の榛名は艤装を展開できず身を守ることさえできないので、軍事的な価値は乏しいが、技術的な価値は計り知れない。そしてこの場合、ターゲットはむしろ拓真だ。彼の命と引き換えなら、はるなは従うだろう。

 

 

 提督は考え込み、鎮守府以外の事はまったく知らない金剛型4姉妹に良い知恵が浮かぶはずもない。

 

 取りあえずの結論として、やはり二人と会って話をしないと先に進まない、ということになった。

 

 はるなのカチューシャは修復を行い、本人への返却は提督が判断する。

 

 「…()()を味方にできれば、いろいろ知恵が借りられるかもしれない…。だがあの人は軍の技術顧問だしな…」

 椅子に身を預け、腕組みしながら提督は考え込む。

 

 

 

 1日もかからず、市内在住の10代後半から20代前半、大学生または大学院生の『拓真』に関する情報が提督の元に集まった。例のTVに登場したベーカリーから徒歩15分圏を生活圏とした場合は該当者ゼロだが、市内全域では訪問可能な件数まで絞り込める。

 

 「住民票を移していない可能性もある。ベーカリーのあるエリアも捜索対象に加えよう」

 

 提督はそう指摘し、金剛型4人と一緒に私服に着替え手分けして『拓真』を捜索するため極秘裏に市外へと向かい、ベーカリーのあるエリアは比叡が担当することになった。発見し次第、他のメンバーに連絡し該当地点に合流する手はずだ。

 

 

 

 「こっ、これはっ!! ムグ 是非金剛お姉様にも召し上がって欲しいですねっ! ムグムグ …ハッ! 気づけば半分以上食べているなんてっ!」

 

 比叡が両手に抱えるのは、例のベーカリーのロングバケット数本と数種類のパン。確かにTVで紹介されていたが、どれほど美味しいのかと試しに買ってみた結果、あっという間にロングバケットの半分を平らげていた。

 

 比叡はショートカットが活発な印象を与える美少女である。そんな彼女がベーカリーの店先でロングバケットのパンを勢いよく食べる様は、嫌でも通行人の目を引く。それは当然、商店街で散々冷やかされながらも決して握った手を離さずに買い物を終え、マンションへと帰る拓真とはるなの目にも止まる。

 

 

 「ひ…比叡お姉様!?」

 「は…モギュモギュ…はひゅな…!? モグモグ やっひょふぃふけはのふぇす」

 「…食べるか喋るかどっちかにしろよな…」

 


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