君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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金剛お姉様、妹のために一肌脱ぎます。
けれど、やりすぎました。


第30話 勢いあまって

 「Hey 榛名ぁ、どーしましたか?」

 

 相談があると榛名に突然呼び出された金剛は、いつも通りの様子を装いながら、内心かなり訝しんでいた。夜間になり、誰もいない鎮守府のカフェラウンジ。自分を呼び出した当の本人は、赤い顔をしながら胸の前で手をもじもじさせるだけで何も言わない。

 

 じっと榛名を見ていると、無意識のうちに左手の指輪に繰り返し触れていて、それで話の内容は概ね見当がつく。夜更かしは美容の大敵なのでス、そんなことを考え、自分から声をかけることにした。

 

 「…ナンの話か分かっちゃいましたヨ、榛名」

 

 飛び跳ねんばかりに榛名は驚き、金剛を見返す。口に手を当てニヤニヤした姉の顔を見るのは、ちょっとだけイラッとするが、他に頼れる人もいない。思い切って口を開く。

 

 「て…提督のことですが…」

 

 ほらネ。

 

 「…どうすれば提督と…もっとこう、カップルというか夫婦というか、そういう感じになれるのでしょうか?」

 

 かなり思いつめた顔をしている榛名を凝視する金剛。視線に気づいた榛名が慌てて顔の前で手を振り、ほろ苦い微笑みを浮かべる。

 

 「分かってるんです。私は艦娘で、あの方は提督で。私たちをつないでいるのは戦いだけです。提督のための勝利、それしか榛名は自分の気持ちを伝える方法を知りません。でも、きっと…伝わっていないでしょうね…」

 

 もし艦娘と提督の関係がそれだけなら、あまりにも悲しすぎる。そしてそれが艦娘の全てではないことを金剛は知っている。

 

 拓真と”はるな”。

 

 逃亡中の艦娘が能天気に、しかもTVでいちゃついているのを見たときには、思わず紅茶を噴き出すほど驚いた。一方で、画面越しにも分かるはるなのラブオーラを見れば、拓真がどれだけはるなを大切にしているか分かる。

 

 「No problem 榛名、ちょっとしたきっかけでもあればいいと思いまース。…例えば、パンを一緒に食べて、提督に『あーん』としてみるとカ」

 TVで見たことを、さも自分で思いついたかのように言う金剛。ドヤ顔で胸を張っている。だが、いまいち榛名には響かなかったようだ。

 

 「うーん…。なんかこう、それ以前のような気がしています」

 

 

 二人とも黙ったままで時間が過ぎてゆく。

 

 

 「榛名ー、どーいうことですカ?」

 ふと金剛は気になったことを尋ねてみる。榛名は少し背中を伸ばしながら、先ほどと似た困ったような笑顔を浮かべながら、訥々と話しだす。

 

 「提督から指輪をいただいた時、ほんとうに嬉しくて言葉が出ませんでした。それでも、自分の気持ちを伝えようとしたら、『イヤだろうが、戦力強化のためだ』って提督が仰って…」

 

ぴくっ。

 

 金剛が眉をひそめる。そんな最低なプロポーズ、聞いたことがない。

 

 「で、でも…二人は同じ部屋で暮らしているのでース。それはつまり…キ…キ…キスとかもしてるんでショ!?」

 

 顔を真っ赤にしながら金剛が重ねて尋ねる。もちろん自分には経験がないが、ケッコンカッコカリの間柄である以上、そういうこともそれ以上のことがあるのも知識として知っている。

 

 「お、お姉様っ!? そ…それは…その……………ありません。榛名、女性としての魅力、そんなにないでしょうか?」

 

 榛名の声が消え入りそうになる。

 

ぴくぴくっ。

 

 金剛の顔がひきつる。最低なプロポーズをした挙句一緒に暮らしているのに、女性として見向きもしない。艦娘を、榛名を何だと思っているのですカーッ!!

 

 

 榛名は、金剛が俯きながら肩を震わせているのに気が付いた。そして、金剛は爆発した。

 

 「Unbelievableでース!! 榛名、follow me!!」

 

 いきなり立ち上がると榛名の手を掴み走り出す金剛。訳も分からず引っ張られるままに付いてゆき、たどり着いた先は提督の執務室。

 

 

―ドカァッ

 

 猛烈な勢いで走り込んできたかと思うと、流れるような蹴り足で重厚な作りのドアを苦も無く蹴破った金剛は、提督に叩きつけるよう言葉をかける。

 

 

 「He-y テイトクゥーッ、紅茶が飲みたいネーッ!!」

 

 

 あまりのことにびっくりして声も出ない榛名。それ以上にびっくりして声も出ない提督。

 

 「なっ…何なんだ金剛っ!!」

 我に返った提督が金剛を叱責するが、榛名の扱いに怒り心頭の金剛は止まらない。

 

 

 「…もし、榛名がそう言ったら、テートクはどうしますカ? ちゃんと話を聞いてあげるのですカ?」

 

 

 立ち上がろうとした提督の動きが止まる。提督の視線は金剛と榛名を交互に行き来する。榛名は申し訳なさそうに体を縮めているが、金剛は涼しい顔で話を続ける。

 

 「話は全部聞きましタ。提督、艦娘だって恋をするんだヨ? ちゃんと人を愛せるんだヨ? 提督は榛名の事をどう思っているのですカ? カッコカリでも、プロポーズはプロポーズだヨ? もっと…ちゃんと考えてあげてくだサイ…。私達だって、拓真とはるなみたいな人間と艦娘の関係に憧れまス。嬉しいことや楽しいこと、いろんな気持ちを好きな人と分け合えるなんてso wonderfulデス。それを榛名にあげられるのは、テートクだけでース!!」

 

 言いながら、ふんすと金剛は胸を張る。

 

 提督はあっけに取られながら、榛名から目を離さない。榛名も何かを待ちわびるような、期待と不安が混ざった目で、提督から目を離さない。

 

 ややあって提督が苦笑いを浮かべ、がりがりと頭を掻く。

 

 「俺は榛名に…一度も気持ちを伝えてなかったよな。自分の感情を認めたら、怖くてお前を戦場に送ることなんかできなくなる。いや、そもそも、お前が俺のことをどう思っているのか、全然自信がなくてそれを知るのが一番怖かったんだ。だから戦力強化なんて言って…。所詮俺達をつなぐのは戦いだけかも知れない。けど、それでも…俺はお前のことが」

 

 提督はそれ以上の言葉を言えなかった。目に涙をためた榛名が胸に飛び込んできたからだ。

 

 そのまま抱き合う二人を見守る金剛は、これで一安心、という様子で執務室から立ち去ろうとする。

 

 「金剛」

 

 提督が榛名を抱きしめたまま、金剛を呼び止める。

 

 「…ありがとうな」

 短い感謝の言葉だが、万感の思いを感じ取った金剛は満足げに頷く。

 

 「…だが、執務室のドアの修理代はお前の給料から引いておく。それと、()()()()()()って誰だ? ………詳しく聞かせてもらおうか?」

 

 きょとんとした顔で見上げている榛名を腕の中に収めながら、提督は鋭い視線を金剛に浴びせる。

 

-ビクゥッ!!

 

 実際に飛び上がってしまった。だらだらと冷や汗をかきながら、どうこの場を切り抜けるか、金剛は全力で考えつつ、心の中で拓真とはるなに繰り返し詫び続ける。


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