君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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拓真母、強し。






第29話 全員正座

 「…でもね、はるなさん」

 

 四方山話が途切れ、お母様は湯呑みをテーブルに置き、はるなの方に向き直りました。お母様の目を見ながら、続く言葉を待ちます。

 

 「拓真はまだ学生です。自分の力で稼いでいる訳でもなく、どのような将来を描こうとしているのか、まだ全然分かりません。なのに見れば身の回りの世話をあなたにさせているなんて一体何様のつもりなんだか…。はるなさん、あなたと拓真の交際自体に反対するつもりはありません。でもね、あまりにも拓真のやっていることが幼いというか、成り行き任せと言うか…。今日ここに来たのは、あなたには親御さんの元へ帰るようお話をして、拓真は厳重注意するつもりだったんです」

 

 お母様は、真っ直ぐにはるなの目を見据えています。きっと、『大人』から見れば、私たちのしていることは、危なっかしくて見てられないのかもしれません。でも、はるなは、拓真さんと一緒にいたいのです。膝の上に置いた手をぎゅっと握り、それでも言葉を選びながら、自分の思いを言葉にします。

 

 「両親は…いません。それまでいた鎮守府(施設)から逃げ出した際に大けがをして…拓真さんと出会ったのはそんな時です。はるなは、それまで自分が何なのか分からず、どこにも行けませんでした。拓真さんは、そんな『わたし』を一緒に見つけてくれるって、言ってくれたんです。それだけじゃなく、今私の後見人となってくださっている、教授(叔父)を探してくれたんです」

 

 艦娘のことや鎮守府脱走のこと(言えることと言えないこと)があるのは確かです。その中で、できるだけ偽りなく、お母様にこれまでのことを伝えようと頑張りました。ここまで言い、はるなは無意識に手を胸の前で重ね目を閉じました。

 

 「はるなは、今、とても幸せです。はるなの嬉しい事、楽しい事、全部拓真さんが教えてくれたんです。はるなのことは悪く言われても構いません、でも、お願いです、拓真さんのことを悪く言わないでください…お願いですから…」

 

 言いながら、どうしようもなく切なくなり、涙がこぼれるのを止められませんでした。

 

 

 

 ドアを開けると玄関にあるのは、見慣れない女性ものの靴。俺は教授を放ったらかして、ともかく人の気配がするリビングに向かい、歩いてゆく。

 

 

 そこで目にしたのは、顔を手で覆いながら肩を震わせて泣いているはるなさんと、その彼女の肩を抱きながら慰めている母親の姿だった。

 

 

 またアポ無しで来やがって…。はるなさんのショートメールは、(笑)じゃなくはは=母、だったのか。よっぽど慌てたんだろうな。だが、なぜはるなさんが泣いている? 事と次第によっては母親だって許さんぞ。

 

 俺の気配に気づいた2人がこっちを見る。

 

 「かあさ「拓真さ「久しぶりね、このバカ息子」」」

 

 俺の声もはるなさんの声も打消す母さんの声が凛と響き、目の笑ってない笑顔で、ちょいちょいと床を指さしている。

 

 仕方ないので、言われた通りに床に正座する。泣き腫らした目のはるなさんもなぜか俺の横に来て正座している。俺ははるなさんの目の端に残る涙を指で拭う。それを見た母さんは、大げさにため息をつきながら、話を始める。

 

 「本当はね、散々説教してやろうと思ってたの。だってそうでしょう? 学生のあなたがよそ様の御嬢さんと同棲して、挙句に何の権利があって家政婦みたいな真似をさせてるのか。…でもね、はるなさんとお話をして、いろいろ分かりました。拓真、細かいことは言いません。男として最後まで責任を持ったお付き合いをするのよ」

 

 俺とはるなさんは顔を見合わせる。隣合って正座している俺達は、自然と手を握り合っていて、お互いに合わせた視線をそのまま母さんに向ける。

 

 「…なにそのこれ以上ないくらいにシンクロした動き(苦笑」

 

 母さんが茶目っ気交じりにそう言い、今度は本当に笑顔を見せたところに、場を読まない教授がリビングにやってきた。

 

 

 「穴吹、ガステーブルはもっと火力の強いやつを使った方がいいぞ。ゴードン=ラムゼイの著書に拠れば……むぅ、誰だこの女性は?」

 

 今までそんなこと調べてたのかよ。母さんから『お前こそ誰だ』の空気が放たれるが、教授は一向に意に介さない。

 

 「穴吹拓真の母ですが、あなたは?」

 「ふむ。穴吹との関係なら彼の指導教官であり、榛名との関係なら彼女の叔父にあたる。私個人なら、医学博士、遺伝子工学博士、分子生物物理学博士にして彼の在籍する大学の教授である西松だが?」

 

 相変わらずの教授節だが、俺の母親も全く意に介さない。

 

 「あらそう…うちのバカ息子がいつもお世話になっています。はるなさんのお話を聞いて、ぜひ一度お会いしなければ、と思っていたのでちょうどよかったわ」

 

 「穴吹の知的水準に対しバカとの表現は適切でないな。人間の「身内ゆえの謙遜です。そんなことよりも」」

 

 母さん、つえぇよ…。教授を一蹴するとは。

 

 「はるなさんの叔父であり後見人なんですよね? 現状とこの先をどうお考えなのですかっ!?」

 

 「む、榛名はどこまであなたにお話ししたのか?」

 教授の目がすっと細くなる。艦娘や鎮守府の話まで及んでいるのか、教授は探ろうとしている。

 

 「はるなさんは多くを言いませんでしたが想像はつきます。ご両親はすでに他界、平均的な日本人とは異なる虹彩の色、育った施設を逃げ出す…おそらくイジメを受けてきたのでしょう? …こんな一途で健気な子が、なんでそんな苦労を…」

 

 言いながら母さんは涙ぐんでいる。何か激しく誤解してるようだ。はるなさんがこっそり何を言ったか教えてくれた。…鑑娘に両親はいないし、鎮守府は確かに施設だ、瞳の色は確かに目立つね。で、その話を聞いた母さんの結論がこうなった、と…。まぁいいか、そのままにしておこう。教授は壁に凭れ腕を組みながら、『何言ってんだか』と言わんばかりの冷笑を母さんに投げている。

 

 「…何がおかしいのですか、西松さん? ここに座りなさいっ!」

 有無を言わせぬ凛とした声に、教授が条件反射的に俺の隣に正座する。そうしてから、しまった、という顔をしている。

 

 「拓真とこういう関係になっている以上、私もはるなさんに対して責任があります。…はるなさん、何でも相談してね。…ふふ、娘ができたような気分だわ。お母さんって呼んでもいいのよ」

 

「西松さんとは、しかるべき時期に、はるなさんの将来についてお話ししたいと思います。彼女が自立できるよう育むのが後見人のお役目でしょうに。拓真は…とにかく死ぬ気で頑張りなさい。はるなさんを泣かせるようなことをしたら折檻です」

 

 ふとはるなさんを見ると、頬を染めながらな真面目な顔をしている。

 

 「は…はいっ! お…()()()()っ!! 不束者ですが、はるな、全力で頑張りますっ!!」


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