君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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思わぬところから点と点がつながり始める。
はるなの『今』を目にした金剛は、
彼女のためにも気持ちを新たにする。


第27話 フラグ

 ぬいぐるみ事件(笑)のあと、俺とはるなさんはよくベーカーリーに顔を出すようになった。前も言ったが基本和食派なので、主に休日の朝、散歩がてら立ち寄る。俺達が行くのは、しっかり選びたいときは少し早めの、こだわりがない時は少し遅めの時間。そうしないといつも混んでいるから。折り畳み式のテント型サンシェードを持参し、パンを買った後は、店の裏手に広がる砂浜でのんびりと時間を過ごす。

 

 

 …つもりだったのだが、今俺とはるなさんはTVカメラの前にいる。なんでこうなった?

 

 

 人気急上昇中のベーカリーとして注目を集めたこのお店に、なんとTVの情報番組が取材に来ていたのだ。店長が完全に緊張しまくった表情でぎこちなく取材を受けた後、お客さんの声を紹介するということで、女子アナが迷わずはるなさんに近寄ってきた。

 

 -すいませーん、TVYの『Zipper』という番組なんですが、あ、知ってます? 嬉しいー。なら『街Navi』のコーナーも知ってます? じゃあ話が早いですね。このお店やパンの魅力について、カメラの前で話してもらえませんか? はい? もちろんです、彼氏さんも一緒に。カメラさん、こちらのカップルさんの方に来てくださーい

 

 はるなさんはいつもと変わりなく、女子アナと楽しそうに話している。俺は…かなりガチガチになっている。

 

 -なるほど、このノアレザン美味しそうですねー。彼氏さんのお勧めはなんですか?

 

 俺は先ほど買ったばかりのクロワッサンを紙袋から出そうとしたが、上手くできない。緊張のあまり紙袋を握りしめていたから。袋から取り出した時には、クロワッサンは太い棒状のパンに似た何かに変形していた。

 

 -あ…………。で、では、休日の朝食にパンということですが、いつもどうやって召し上がっているんですか?

 

 女子アナが苦笑しながらくるっと話題を変え榛名さんに振る。アドリブに強いですね。

 

 その質問は、おそらくはサラダと一緒にとかジャムをつけてとか、そういうことだと思うが、顎に指をあて一瞬だけ考えたはるなさんは、おもむろにパンをちぎり、俺の方に差し出してきた。

 

 「はい、拓真さん、あーん。…って、いつもこうやってますけれど…」

 

 いや確かにある意味間違いないです、はるなさん。けどね、これ生放送なんですよ。

 

 -きゃーっ、らぶらぶですねー

 

 冷やかすな女子アナ。あぁもう、どうにでもなれっ! 勢い余った俺は、パンだけでなくはるなさんの指まで口に含んでしまった。ぺろっと俺の舌がはるなさんの指に触れる。

 

 「きゃぁっ。た、拓真さん、そこまで普段通りにしなくても…」

 

 はるなさんは悪気なくナチュラルに俺達のプライベートを晒し続ける。もう一度言う、これ生放送ね。

 

 

 その結果、俺は大学で望まぬ形で有名人になり、彼女超可愛い、バカップル、拓真デレデレ、ってゆーか同棲してんの!?、彼女の友達紹介して…etc、友人知人はもちろん知らないヤツにまで興味本位でイジられるのを、当分の間我慢する羽目になった。

 

 

 

 鎮守府のカフェラウンジ。少し早い時間であり、金剛と比叡と霧島、他の艦娘がちらほら。

 

 備え付けのTVに映っている番組では、ベーカリーが紹介されている。それを見てパンについてのトリビアを語りだした金剛と、話を上手に聞き流す比叡と霧島。突然、金剛が口にしていた紅茶を盛大に噴きだし、向かい側に座る比叡を直撃した。

 

 -ブホォォォォッ!!

 

 「ひえぇええええっ! …でも金剛お姉様の口に入った紅茶が顔に浴びせられるなんて…」

 

 恍惚とした表情の比叡を見なかったことにしつつ、驚いた霧島は金剛の方を見る。金剛は口を拭いながら、TVを指さしている。

 

 「Ohh、た…拓真ァー、何をしてるんですカーっ!!」

 

 画面には、パンごと榛名の指を咥える拓真と、驚きながら嬉しそうに顔を赤らめる榛名が映っていた。

 

 

 「お、お姉様っ!!」

 驚きと喜びが混じった声で、霧島が金剛に向かい叫ぶ。

 

 「公衆の面前でイヤらしいことして…やっぱり撃っておけば…」

 紅茶まみれの顔を拭わずに、ジト目で比叡がつぶやく。

 

 金剛は霧島の声に応えず、うっすら目の端に涙を見せながら、画面を食い入るように見ている。

 

 「目覚めていたんですネ、榛名…。なんだかとても幸せそうなのでース」

 

 自分たちといる時も、笑顔を絶やさない朗らかな妹だった。追撃を受け重傷を負った榛名を拓真に預け、回復とその後の保護を委ねて以来の、画面越しの再会となる。金剛の目に映った榛名は、元来の朗らかさに加え女性らしさがぐんと増し、愛されているからこそ生まれる幸せなオーラをまとっているように見えた。

 

 -ギャンブルだったけど、拓真に榛名を預けてホントに良かったヨ…。艦娘というウエポンではなく、一人の女の子として、榛名には私たちの分まで幸せになってほしいデース。私達は榛名の分まで戦って、深海棲艦から海を取り返してくるからネッ! 平和な日が来たら、その時にまた4人…いえ、拓真を入れて5人でお茶会をするのでースッ!!

 

 自分たちの戦いに新たな意味が加わった-その思いは決意として胸に秘めながら、目をキラキラと輝かせ、金剛が立ち上がる。その姿に、霧島も比叡も納得した様子で、後を追うように立ち上がる。言葉にしなくとも、金剛の思いが伝わってきた。右手を腰に当て、左手を前に薙ぎ、金剛が宣言する。

 

 「さぁ、私たちは出撃の準備デースッ!! まずは前回の借りを必ず返しまース!! 比叡、霧島、Follow me !!」

 

 

 「さすがですね、金剛お姉様っ。その力強い宣言、榛名、感激しましたっ」

 

 

 カフェラウンジに今来たのか、それとも元々いたのか、それはともかく、自信に満ちた目で、小さくガッツポーズを作りながら榛名が声をかけてきた。硝煙の臭いをまとった巫女服様の制服に身を包むその姿は、さっきまでTVで見ていた女の子女の子した"はるな"とはまるで異なり、自分たちが兵器であることを無言ながら雄弁に語る。

 

 -けれど、根本はどっちの榛名も同じみたいでース

 

 榛名本人は気づいていないようだが、左手の薬指にある鈍く光る指輪を無意識のうちに繰り返し触っている。金剛が目線で比叡と霧島に語りかけると、すぐに二人もそれに気づいた。

 

 結局、目の前の榛名も、TVで見た"はるな"も、好きな相手のために頑張り、それ以外目に入っていないのだ。比叡と霧島はどちらからともなく目を合わせ、笑みを交わし合う。

 

 

 何のことか分からずにキョトンとしている榛名の肩を組み、金剛が高らかに言う。

 

 

 「Yes 榛名、私達4姉妹が揃えば、向かう所敵無しでースッ!」

 


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