君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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二人の榛名ー。
一人は新提督と共に鎮守府に着任し、
一人は鎮守府を脱走し新たな道を求めた。




第26話 鎮守府にて

 金剛は金剛型戦艦のネームシップでもあり、3()()()の長女でもある。本来金剛型は4姉妹だが、この鎮守府で誕生した彼女達のうち、三女の榛名はすでにいない。

 

 

 強化指定の艦娘を決める演習の結果、その榛名は新任提督が()()()()()()()()()()()()の近代化改修素材に選定され、脱走を試みたものの追撃を受け撃沈された。遺品は割れ残ったカチューシャの一部のみ

 

 

 …というのは表向きの話で、金剛・比叡・霧島は、密かに榛名を助け、偶然救助に協力してくれた民間人(拓真)の元に預けた。それ以来、榛名には会っていない。もちろん気にはなるが、下手に自分たちが動いて憲兵隊に気取られては元も子もない。心配する気持ちを押し殺し、何事もないように日々を送っている。

 

 

 今は曲がりなりにも4()()()揃っているのだから。

 

 

 金剛達が内心今も提督と慕う前任者は、善人だったが軍人としては有能とは言い難かった。その分何とか彼を皆でサポートしようとしたが、前回の大規模作戦での大敗北は致命的だった。ほどなくその責を問われ更迭され、そのあとを受けたのが現提督である。現在この鎮守府の総旗艦を務める榛名も含め、多くの新しい艦娘達が彼とともに着任した。そしてその榛名は、提督のケッコンカッコカリの相手でもある。

 

 -前の提督がアレだったのは事実でース。でも、私たち艦娘を自分の娘のように大切にしてくれましタ。今の提督を批判する訳ではありまセン、むしろとても冷静で有能な軍人だと思いまス。ただ、タイプが違い過ぎて、その違う環境で育った榛名にうまくadjustできずにいるのでス。むぅ…こんなんじゃ長女失格でース…。

 

 金剛の悩みは尽きないが、それでも前向きなのが彼女の美点である。何とか榛名と親交を深めようと、繰り返しお茶会に誘っている。そして初めて榛名が参加することになったのが今日だ。

 

 

 

 今日は金剛お姉様のお茶会です。金剛お姉様と比叡お姉様、霧島は同室ですが、ケッコンカッコカリをしている榛名は提督の私室で一緒に暮らしています。なので、姉妹とはいえなかなか接点がなく、後からこの鎮守府に着任した私を呼んでいただけるのは、コミュニケーションを密にする意味でとても助かります。いくら事前に綿密な作戦を立てても実戦は生き物なので、現場での阿吽の呼吸的なものは重要です、こういう私的なつながりは、そういう目に見えない感覚を強化する上でとても有効ですから。

 

 -コンコンコン

 

 「榛名です、入室してもよろしいでしょうか、金剛お姉様?」

 

 親しき仲にも礼儀ありです。こういうところをお座成りにしてはいけません。

 

 

 

 「お姉様…榛名が来ちゃいましたね」

 「いつまでも打ち解けてくれないですね、()()榛名は…」

 「ヘーイ二人とも、そんなことを言うのはNoなんだからネ。…Welcome榛名、入ってくださーイ!!」

 

 無論比叡も霧島も、榛名が嫌いな訳ではない。ただ慣れないだけだ。かつて一緒に暮らし、今は拓真の元にいる榛名は、4人の中で一番最後に着任したこともあり、練度は低かった。けれどいつも笑顔を絶やさず、ひた向きに努力を重ねる姿は、誰もが応援したくなるような、健康的な明るさにあふれていた。先任提督もそんな榛名を暖かく見守っていた。新たに提督と共に着任した榛名は、まったく同じ顔、服装、声だが、全て微妙に違う。

 

 

 

 金剛たちの私室は、金剛の趣味が優先され洋風のコーディネートで統一されている。猫脚の丸いテーブルとそれを囲む4つの椅子。さくさくと菓子を食む音と食器が鳴る微かな音だけが部屋に満ちる。

 

 (比叡お姉様、どうしてお茶会にこんな緊張感が漂っているのでしょう?)

 (私に聞かれても…ひえぇぇぇ~)

 

 霧島と比叡がひそひそと言葉を交わす。以前は笑い声の絶えない時間だったのに…。

 

 綺麗な姿勢でティーカップをソーサーにおいた榛名が唐突に口を開く。

 

 「今日はお招きいただきありがとうございます。せっかくなので、榛名から話題を提供したいと思います」

 

 まだまだ堅苦しいが、それでも榛名の方から踏み出してくれたのはありがたい。

 

 「それはGood ideaネ!! So happy to hear itでース!」

 金剛が満面の笑顔で榛名の方を振り向き、霧島と比叡も喰い気味に身を乗り出してくる。

 

 「提督は現在、前回攻略に失敗した海域の解放に全力をあげるおつもりです。あの海域に深海棲艦の遊弋を許すと、私たちはのど元を扼されたのと同じことです。ついては―――」

 

 霧島と比叡は明らかに落胆した表情を見せる。金剛も顔には出さないが同じだ。情報としては有益だが、何も今こんな時にそんな話をしなくてもいいのではないか。この榛名の頭にあるのは『提督の勝利』、ただそれだけだ…。

 

 

 榛名による戦術論と部隊編成案以外の話題は特になく、盛り上がりのないままお茶会は散会となった。

 

 

 榛名が退室した後、ぐったりと疲れた顔の霧島と比叡を宥めながら、金剛は()()のことを考える。

 

 -拓真ぁー、榛名は今どうしているのですカ? 大切にしてくれますカー!? 頼みますよ、ホントに…。

 

 

 

 「拓真さん、準備できましたよ?」

 「りょうかぁ…は…はっくしょんっ」

 「風邪ですか、拓真さん?」

 「いや…多分誰か噂でもしてるのかな?」

 

 手を止め、心配そうな顔でこちらを振り返るはるなさん。俺は彼女に近づくと、こつんとおでこを合わせ、熱がないことを知らせる。はるなさんはニコッと微笑むと俺にチュッと口づけ、頬を赤らめる。

 

 

 それを合図に俺たちは始める。

 

 

 「拓真さん、そんな…溢れちゃいます…」

 「大丈夫だって。俺に任せといて、はるなさん…」

 「あっ…ほらぁ…」

 

 

 最近、手作り餃子にはまっている。さすがに皮は買うが、種作りと包むのは自分達でする。好みの味を調え、パリッと焼き上げた時の充実感といったら! ただ、俺は種を入れすぎる傾向があるようで、皮の端からひだひだ閉じていくと必ず中身があふれ出す。はるなさんに注意されるが、やっぱり具だくさんの方がいいからね。

 

 「残りははるながするので、拓真さんは座っててくださいっ」

 

 見かねたはるなさんにより、俺は強引に着席させられた。ロングスカートにTシャツのシンプルな格好のはるなさんだが、元がいいから何着ても似合うよね。さらにエプロン姿だからもう…。ちなみに裸エプロンに夢を抱くやつもいるが、俺に言わせれば料理をしたことのない男の妄想だ。火を使い油が跳ねる台所でそんな恰好は危険極まりない。

 

 むしろ料理中の作業に合わせて小刻みにふりふり揺れるお尻を眺めている方が、全然いい。異論は認める。

 

 …俺、幸せだよなぁ、ほんとに。




鎮守府や金剛達が物語に絡み始めます
引き続きご覧いただけますと
嬉しく思いますのでよろしくお願いします

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