君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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ボートで海に出る榛名と拓真と
それを遠くから見つめる視線ー。
合わせ鏡のように交錯する時間軸。

とあるアーティストの古ーい曲を
聞いていたら描きたくなった掌編です。


Side Story - 鎮守府にて
第25話 海


 久しぶりに亡き父親から譲られたプレジャーボートで海に出てみた。いろいろあって正確に言うと同型の新艇なのだが…。キャビンから後部デッキの半分程度までを覆うカンバス製のサンシェードの下には、デッキチェアーが2つとサイドテーブル。はるなさんとプチリゾートな気分を味わうための休日。やっと()()()()()ボートらしい活躍をこの船にさせてやれそうだ。

 

 

 「お待たせしました、拓真さん…ちょっと恥ずかしい気もしますが…」

 

 

 キャビンから現れたのは……………髪をアップにした水着のはるなさん。

 

 

 たわわに実った胸の果実を強調するような、フリルや飾りのないシンプルな白のホルタ―ネックビキニ、柔らかそうだけど細く引き締まったウエストを経て、腰から脚にかけては鮮やかなトロピカルカラーのパレオで覆われている。肌が白くて手足が長いはるなさんにとても良く似合う。

 

 「どうでしょうか?」

 

 はるなさんは小さなガッツポーズを作りながら、踊るようにくるりとその場で回る。

 

 パレオがふわっと広がり、中に隠れていた腰の横で紐を結ぶボトムス、そしてすらっとした美脚が現れる。背中や首の後ろでは結び目のリボンがゆらゆら揺れている。

 

 

 清楚にして大胆、まさにはるなさんそのものですな。

 

 

 「拓真さん…目が怖いですよ(笑) それに、褒めてくれるなら、視線じゃなくて言葉の方が嬉しいかな、なんて…」

 

 胸の前で手をもじもじさせながら、こちらをちらちらと見ているはるなさん。だがすぐに真っ赤になり、慌てて背中をむけてしまった。肩越しに困ったような目をしながら、衝撃的な事実を俺に告げる。

 

 「た…拓真さん…。確かに二人きりで開放的な気分ですが、いきなりはちょっと…はるな、心の準備が…」

 

 はるなさんの視線の先を追いかけて、視線を下に向けると、俺のサーフパンツの一部がいい感じに自己主張していた。Oh my son...俺も慌ててはるなさんに背中を向ける。これは…やっちまった…。

 

 サンシェードに遮られた柔らかい日差しに包まれながら、デッキの上に体育座りで座り込み、お互い背中合わせで、肩越しに恥ずかしげな視線を送り合う。背中がぴったりとくっついた。うぁ…やばいくらいドキドキしてるよ、俺…。

 

 「あ、あの…拓真さん…いきなりでビックリしただけで…」

 

 はるなさんが訥々と言葉をかけてくる。いきなりの醜態を晒した俺はよく分からないあいまいな返事しかできなかった。

 

 

 「そ、その…そういうことも嫌じゃないというか…はるなでいいなら…」

 

 

 お互いの気持ちを確かめ合った日以来、大胆な発言が増えてきたはるなさん。俺は完全にノックアウトされた。

 

 俺はくるりと体を回し、背中からはるなさんをそっと抱きしめる。最初は少しだけ体を強張らせていたはるなさんだが、すぐに寛いだような雰囲気が伝わってきた。今度ははるなさんが俺の腕の中で体をひねり、そのまま俺の首に腕を回してくる。

 

 -すき…

 

 それに続く言葉があったのかも知れないが、出番はなくなった。俺達は唇を重ね合わせ、いつまでも抱き合っていた。

 

 

 

 約10海里先に停泊中の民間小型艇が1―――。

 

 どうしましょうか。以前、この海域の外側すれすれにいた民間人のボートを、演習場を飛び出した模擬魚雷が沈めてしまったと聞いています。幸い乗員の保護に成功し、ボートはこっそり代替品を用意して事件自体を無かったことにしたそうですが…。そもそも、演習場を含むこの接近禁止海域は、民間船の安全確保のために設定している訳なので、そちらでも十分注意してほしいものです。せめて今日のボートくらい離れていれば、大事には至らないと思いますが…。

 

 「Oh、民間のボートがあんなところにいまース。何か見えましたカー?」

 

 同行していた艦娘に話しかけられました。私の姉ですが、これまで別々の鎮守府でお互い暮らしてきたので、今一つ実感が湧きません。

 

 「…バカップルがいるだけでした。午後の演習開始の1時間前になってもイチャついているようなら、念のため提督にお願いして退避要請をしていただきましょう。安全第一です」

 

 ついトゲのある言い方をしてしまいました。艦娘の視力は人間のそれより遥かに優れているので、船上で若い男女が抱き合い口づけを交わしていたのが見えてしまいました…心配してあげるのもバカバカしくなります。

 

 

 それにしても―――。

 

 女性の方は顔がよく見えませんでしたが、男性の方は見覚えがあるような気がします。記憶にある軍属であのような容貌の男性は知りません。そもそもこのご時世に女づれで海で遊んでいる軍人がいるなら、嘆かわしいことです。

 

 提督と私がこの鎮守府に異動してきた当初、そういういちゃこらを許容する緩い雰囲気がありましたが、総旗艦としてそんな空気は一掃しました。提督の威信に関わりますので。確かに私と提督とはケッコンカッコカリの間柄ですが、彼は戦力強化のため、としか言いません。…いいのです、全ては、提督に勝利をお届けするためですから…。

 

 …となると、あの男性は民間人ということになりますが、艦娘の私にそんな知り合いはいません。はて…?

 

 左手で右ひじを支えつつ、右手は顎に添え、首をかしげるポーズ。つい眉間にしわが寄ってしまいます。要するに考え込んでしまいました。

 

 「No~潮風で髪がべたべたでース。早く帰ってシャワーを浴びて着替えたいネー」

姉がぶつぶつ言ってます。確かにそうですね、すっきりしたいです。

 

 

 着替え?

 

 

 唐突に思い出しました。あの男性は、駅前の複合商業施設で私に近づいてきた民間人です。あの時はこの鎮守府に異動したての頃で、私服に着替えて提督の所用に同行したのでした。それにしても、あの男性はなぜ私の名前を知っていて、まるで以前にも会ったことがあるかのように呼びかけてきたのでしょう?

 

 どうでもいいことなので忘れていました。

 

 そういえば、提督にその話をしたところ、『それはナンパだな。うまく人間に装えた証拠だ』としか言ってくれなかったのも思い出しました…。

 

 何か複雑な気分になってしまいました。既に姉は鎮守府に向かい、遠くから私に呼びかけています。はいっ、鎮守府に戻るとしましょう。

 

 

 「ヘーイ榛名ぁ、早く来るネー、Hurry upでース」

 

 

 

 ふと、はるなさんが体を起こす。俺達はデッキチェアに移動して寛いでいるが、2つ用意したのに、結局1つしか使っていない。

 

 「どうしたの?」

 「いえ…金剛お姉様に呼ばれたような気がして…。久しぶりの海なので、昔のことを思い出したのでしょうか」

 

 今はここが居場所です、再び俺の胸に顔をうずめながら、はるなさんはそう言ってくれた。




次から新しい展開になる予定です。

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