-まだ探しているのかよっ!
外はすでに日が暮れ始め、全ての物が夕陽に照らされオレンジ色に徐々に染まる中、俺は海側を見ながら歩道を駆けている。例の砂浜の見える位置でいったん立ち止まり見回すが、はるなさんの姿は見えない。ベーカリーはすでに閉店時間のようだ。そのまま駆けて、俺は商店街の入り口までたどり着き、そこで見た―――。
母親と一緒にいるあの子の姿を、その手に抱えられている
母子に近づく。怪訝そうな表情の母親をしり目に、俺は女の子の手からぬいぐるみを取り上げた。嘴の長い、妙な顔をしたペンギンのような形状。慌てた女の子が母親の後ろに隠れ、やばい、というような顔でこちらをチラチラ見ている。
「な、何をするんですかっ!?」
母親の非難の声を無視し、隠れている女の子に向かい尋ねる。
「これを探してたんじゃなかったのか? 砂浜で言ってたよな? はるなさんは君の言葉を信じて、君のためにぬいぐるみをまだ探してるんだぞっ!」
我ながら大人げないと思う。だが、はるなさんの優しさを踏みにじられたようで、俺は我慢が出来なかった。
「…ちゃんとお母さんの目を見なさい。お兄さんが言ってることはホントなの?」
女の子と目線を合わせるためしゃがんだ母親は、真剣な目で自分の子供に問いかける。
しばらく経ってから、女の子は小さく頷いた。それを確認し、母親は静かな、けれど厳しい声で女の子に言う。
「…お兄さんに謝りなさい。後でお姉さんにも謝りに行くよ」
女の子は、しょんぼりしながら、ごめんなさい、と素直に口にした。
そして母親はスッと立ち上がり、深々と俺に向かって頭を下げた。
「本当に申し訳ありません、いくら忙しいとはいえ、子供のしつけが十分にできていないのは母親として恥ずかしいことです。娘にはよく言って聞かせますので…。もう一人の方にもお詫びしたいのですが、どちらでしょう?」
俺は簡潔に事情を話し、いったんベーカリーまで戻り、女の子は留守番、その後手分けしてはるなさんを探すということにした。足早に店に戻ると、いったん全員で店の裏手に回り、砂浜を見渡す。
そこには、沈みゆく夕陽で照らされた砂浜に四つん這いになり、顔も手も服も砂で汚れながら一生懸命ぬいぐるみを探しているはるなさんがいた。俺が行きがけに見た際には、どこか死角にでもいたのか? とにかく、彼女のそんな姿を見るのは胸が締め付けられそうになった。
「はるなさんっ!!」
大声で呼びかける俺にはるなさんはすぐ気づき、困ったような表情を見せる。
「ごめんなさい拓真さん、まだ見つからなくて…。榛名、全力で頑張りますから…日が暮れるまで、もう少し時間をくださいっ」
彼女の顔は、疑うどころか、見つけられない自分が悪いと言わんばかりだ。はるなさんのその言葉を聞いた女の子は、涙混じりに大きな声を出す。
「お…お姉ちゃんっ! ご、ごめんなさいっ ヒグッ 私…うそ…」
両手で高々と掲げられた、変な顔のペンギン。騙されたことに気づき悲しむはるなさんの顔は見たくない、そう思った俺は目を逸らそうとして、できなかった。
一瞬きょとんとした顔をしたはるなさんは、みるみる満面の笑顔になり、女の子に向かい声をかける。
「よかったですっ!! ぬいぐるみは失くしてなかったんですね!」
-あぁ、そうか。俺が惚れたのはこういう人なんだ
砂浜にぺたんと座り込んでいるはるなさんに向かい歩いてゆき、自分も砂浜に膝をつき、そのまま彼女を抱きしめた。
「あ…あの、た、拓真さん?…その…お洋服、砂で汚れちゃいますから…」
突然のことにわたわたしているはるなさんだが、離すもんか。
「はるなさん、ごめん…。君が信じたことなら、俺は君を信じなきゃな…」
正面から抱きしめているから、彼女の顔は見えない。けれどきっと笑っているだろう。俺の頭をなでている手が、とても優しいから。
女の子がとてとてと近寄ってきた。
「ほんとうにごめんなさい。お兄ちゃんは、お姉ちゃんが大事だから怒ったんだよね、お母さんが教えてくれたの。…ねぇ、ふたりはらぶらぶなの?」
思わず顔を見合わせる俺とはるなさん。この流れ、チャンスだ。砂浜に座り込みながら、俺ははるなさんの顔がよく見えるように、少し距離を取る。
「俺は…初めて会った時からはるなさんのことを忘れた日はないです。知れば知るほど、一途でまっすぐな優しさに、どんどん惹かれていきました。きっとこの先もいろいろあるだろうけど、俺がずっとそばにいるから。はるなさん、大好きですっ」
やっと言葉にして伝えられた俺の想いに、はるなさんも応えてくれる。
「拓真さん…榛名は、きっと拓真さんが榛名を好きな以上に拓真さんのことが好きです。榛名はやっと『わたし』を見つけましたよ? 気が付いたら、榛名の心は拓真さんでいっぱいになってました。それが今の、これからの
「ふたりは、おとーさんとおかーさんになるの?」
「「ええっ!? そ…それは、そのためにはそういうことを…その… ゴニョゴニョ」」
夕日に照らされた以上に真っ赤な顔で照れまくる俺達。そこに女の子を迎えに母親がやって来た。はるなさんにも丁重にお詫びをし、残り物で恐縮ですが、と抱えきれないくらいのパンをもらうことになった。
母娘に別れを告げ、俺達は部屋へと戻る。指と指を絡め、決して離さないように、手をつないで歩く夕暮れの歩道。
「疲れてない? 結構長い時間探してたでしょ?」
「はいっ、はるなは大丈夫です!」
◇
夕食の後、夜風に当ろうとルーフバルコニーへ出る。はるなさんも無言のままついてくる。
ベランダの手すりに肘をかけ、夜の海を眺める。遠くに聞こえる波の音が心地いい。はるなさんは少し離れたところに立ち、同じようにして海を眺めている。
ふいに、腕に触れる温もりを感じた。
いつの間にか、すぐ隣にはるなさんがいた。彼女の方を見ると、潤んだ瞳と目が合い、その瞼はすぐに閉じられた。彼女の髪を、頬を、俺の武骨な指が滑り、それが肩までたどり着いたとき、はるなさんを抱きしめ、唇を重ねる。長く深く、お互いの唇を求め合い続ける。
「今日のことは絶対に忘れません…」
俺の胸に頬を埋めながら、うっとりとした表情ではるなさんが言う。
彼女を胸に抱きながら、俺は訳もなく泣きそうになった。
やっと想いを伝えあった二人