君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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拓真は今を、教授は過去を、榛名は未来を-。
自らの想いを吐露する3人。
それぞれの想いが交錯する深夜。


第22話 二人語り

 ―――全てを忘れろ

 

 事もなげに、教授は言い放つ。解体ってなんだよ…まさか、はるなさんを殺すってことか?

 

 

 たかが学生一人、軍を相手に何ができる? そうだよな。夢でも見たと思って、ここから立ち去るのが一番なんだろう。それが現実だ。

 

 

 けど―――。

 

 

 ―艦娘じゃない、『わたし』を一緒に見つけてもらえますか?

 彼女はそう俺に言った。

 

 ―はるなさんといたいから一緒にいるんだ。それはこれからも変わらない。

 俺はそう彼女に言った。

 

 

 天国の父さん、しばらく会ってないけど母さん、バカな息子を許してくれ。

 

 

 「なら、今この場で教授の口を封じる。そしてはるなさんを連れて逃げる。何をしてもどこまでだって逃げる。俺は一緒にいると、これからも変わらないとはるなさんに言った。彼女が艦娘でも人間でも関係ない。俺が傍にいる」

 

 言っちゃったよ。もう、後戻りはできない。だが、これでいい…。

 

 「興味深いな。何故そこまでする? 現在も将来も捨ててまで艦娘に尽くすというのか? お前は艦娘という存在を理解していない…それともそこまで榛名の体に溺れているのか?」

 冷ややかに、俺を観察するような目で見据える教授。

 

 「そ、そういのはまだ…ゴニョゴニョ、傷ついて弱っている子にそんな真似ができるかよっ。…と、とにかく、俺ははるなさんが好きだ。将来なんて今の積み重ねの先にしかこないだろっ。こんなに真っ直ぐに、健気に生きようとしている彼女が、なんで解体されなきゃならないっ!? 惚れた相手を守る、それ以上何の理由がいるっ?」

 

 立ち上がった俺は、はっきりそう言い切った。自分の状況に酔ってるだけだ、そう言いたいなら言え。それでも構わない。もし人生に分岐点があるなら、俺は今そこにいる。

 

 

 俺と教授のにらみ合いが続く最中―――。

 

 

-かぽーん

 

 と気の抜ける音が響き、ばしゃばしゃという水音、そして遠くからはるなさんの鼻歌が聞こえる。うん、お風呂に入ると、つい歌いたくなるよね。というか、はるなさん、楽しそうだね…。

 

 

 張り詰めていた空気が削がれ、俺と教授は同時に苦笑いを浮かべた。

 

 「ふむ………決して投げ出すなよ。穴吹、今後は検査のため定期的に榛名を連れてこい。今回の場合は脱走という事実がある以上、かなり面倒だが榛名の公的身分も可能な限り用意してやろう」

 

 あっけに取られる俺。なにこの急展開。実は教授、いい人でした的な? 怪しいが、今の俺には選択肢がない。

 

 「ぁぁありがとうございますっ。…よろしくお願いします」

 俺はそう言い、頭を下げた。

 

 「…腑に落ちない顔をしているな? こういうケースでの鑑娘のデータ収集はまれだ。軍顧問としてより、研究者としての好奇心を優先したまでだ」

いつも通りの無表情で、けれど何故か視線を合わせず、教授はそう言った。

 

 

 

 拓真が榛名を待ちながらソファで眠っている間に、教授はデスクの上に伏せられた写真立てを表に向ける。写真には、相変わらず無表情だが今より若い教授と、ノースリーブの白いセーラー服様の制服を着た、青いロングヘアの少女が笑顔で腕を組んでいる。教授は、懐かしそうに写真を眺め、語りかける。

 

 

 「…穴吹に『あなたの心は、今も()()()ているのですか?』って聞かれたよ。こんな古い話を持ち出してくるのは、鳳翔以外に思い当たらない。どういう繋がりかは知らないが、この穴吹と言う男、提督でもないのに艦娘と引き合う何かがあるようだ。研究対象としても興味深い」

 

 教授はそこまで言うと立ち上がり、冷蔵庫からラム酒と氷を取り出した。サイドデスクにある300mlのビーカーを引き寄せると、そこに氷を入れラム酒を注ぐと、ぐいっと呷る。

 

 「…あれから20年以上も経っているんだよな。けどな五月雨、人間の心は不思議なもので、君のことだけは今でも変わらずに、鮮やかに思い出せる。これはどういうことなんだろうな…」

 

 教授は淡々と写真に向かい話し続ける。写真の中の、五月雨と呼ばれた少女は笑顔のまま沈黙を守る。

 

 「…もし穴吹が榛名を諦めるようだったら、榛名はここで保護して、彼を艦娘略取の実行犯として憲兵隊に渡すつもりだった。いろいろ揺さぶってみたが、彼は真っすぐなままだったよ…世間知らずとも言えるがな。

 

 なぁ五月雨、あの頃の私は、穴吹のように臆面もなく誰かを好きだということができなかった。そして今は、そうするには年を取りすぎた、何より、君はもういない…。過ぎた日の自分を彼に重ねるのは気恥ずかしいが、手を貸してやってもいいよな、我々の分まで…」

 

 

 教授はそのまま飲み続け、ボトルが空になる頃、机に突っ伏すようにして眠りに落ちた。

 

 

 

 こんなに長時間入渠したのは初めです。はいっ、榛名は本当に大丈夫になりましたっ! 拓真さん、もう心配いらないですからねっ。立ち上がると、濡れた肌をお湯が滑り落ちてゆきます。湯船の中を少し歩き、岩風呂から出ます。脱衣所で濡れた髪を軽く絞り、バスタオルで体を覆います。すりガラスでできた仕切りの衝立から顔をのぞかせると、ソファに腰掛けながら拓真さんが、さらに奥まった所にある机にうつぶせて教授が、それぞれ眠っているのが見えました。

 

 濡れた足音が室内に響くのを気にしながら、拓真さんのいるソファまで行きます。

 

 -よく眠っていますね

 

 「拓真さん…ごめんなさい、教授と言い合いしているの、全部聞こえてました。そこまで榛名のことを想ってくださっていたんですね…榛名、本当に嬉しかったんですよ? 嬉しくてお風呂の中で飛びあがっちゃいました。拓真さん…榛名はあなたのことが好きです。気が付けば榛名の心は、拓真さんで溢れちゃってました…。きっとこれからも迷惑を掛けちゃうと思います。それでも、榛名は、一緒にいてもいいんですよね…?」

 

 体が心のままに動き、頭もそれを止めません。拓真さんの太ももに跨り、頬に手をそっと添えます。榛名の唇が拓真さんの唇に近づいてゆきます。

 

 -う…ん

 

 拓真さんが、少し困ったような顔をしながら体を少し動かしました。

 

 思わず叫びそうになった口を押えます。一撃大破したかと思うほど心臓がばくばくしています。…はぁ、もう恥ずかしくてダメです。よく考えたらバスタオルしか…。すごすごと拓真さんから降りて隣に座ります。思わずため息が漏れてしまいます。

 

 きっと拓真さんは、榛名がどんな思いで拓真さんの名前を呼んでいるか、分かってないんでしょうね…。


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