君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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UA5000超&お気にいり50超、ありがとうございます!
いわゆる鎮守府ものとは違う地味な物語ですが
榛名と拓真の行く末、引き続き見守っていただけると嬉しいです。


さて今回。

自分の限界を認めざるを得ず、教授を頼る拓真。
行き着いた先に示された教授からの提案とは-。



第21話 二人に突き付ける

 「……榛名は……大丈夫です……」

 

 依然熱が下がらないまま数日が経った。

 

 大丈夫と言いながら、不安そうな表情で俺を見るはるなさんは、少し震える手で俺のシャツの袖を掴んでいる。これで大丈夫なら世の中の医者の半数は失業するぞ。人間の病院が役に立つかも分からないが、行けるものなら連れて行きたい。保険証うんぬんはこの際どうでもいい、お金の問題は必ずなんとかする。だが、そこから足がつけばはるなさんは鎮守府に連れ戻される。

 

 

 気持ちがあるだけで、彼女のために何もできない。俺はあまりにも無力だ…。

 

 

 浅い眠りに入ったはるなさんを起こさないよう、そっとベッドから離れ、ケータイで1件のメールを探す。削除してなければいいんだが…。

 

 

 西松教授から送られてきた電話番号。

 

 

 意を決し、俺はその番号へと連絡する。軍関係の人間にはるなさんの手当を頼めば、はるなさんと引き離されてしまうかもしれない。事実、教授はそれを示唆していた。けれど、今の俺が唯一出来るのは、はるなさんの健康を優先し、彼女の安全の確保は土下座でも何でもして頼み込むしかない。

 

 

(呼び出し音)

 「……」

 「に、西松教授ですかっ!? あの…穴吹です」

 「…決断までに結構時間がかかったな。君の優柔不断さか? それとも双方の意志か? 後者であるなら興味深い。提督でもない君との間にそこまで信頼関係が醸成されてい」

 「教授、はるなさんを助けてくださいっ! ずっと熱が下がらなくて…。お願いです…お願いですから…。俺、はるなさんのために保険証とか作れないし、あっても病院とか行けば彼女が捕まるかも知れないし…」

 

 俺は教授の言葉を遮り、涙声で支離滅裂に叫んでいた。

 

 

 「…穴吹、金剛型3番艦に何が起きている? 経過と状態を簡潔に説明したまえ」

 

 

 

 その夜、教授の指示に従い、俺は大学までやってきた。はるなさんは車の助手席で毛布にくるまり、ぐったりしている。駐車場から目的の場所まで、はるなさんを抱きかかえて歩いてゆく。

 

 地上4階地下2階の窓のないこの建物が実験棟で、西松教授のためだけに用意されたものだ。噂では教授の所有物で、許可なしには誰一人入棟できないらしい。生化学の国際的権威にして、遺伝子工学博士、医学博士、そして軍の技術顧問でもある彼の存在の重みをそのまま示している。

 

 俺は教授に言われた通り、ケータイで連絡する。ややあって軽い電子音とともにゲートが開く。目的地は地下2階。そこでもセキュリティチェックがあり、実験室と思しきだだっ広い部屋にたどり着いた。

 

 

 

 -かぽーん

 

 すりガラスの向こうに立ち上る湯気。はるなさんは浴槽の縁に後頭部を預けすっかり寛いでいるようだ。時折ばしゃばしゃと水音と気持ちよさそうなため息が聞こえる。大小さまざまな形状の自然石で縁取られた岩風呂。その上にあるモニターには、08:30:00と時間が表示され、カウントダウンが続く。

 

 

 ワケガワカラナイヨ。

 

 

 「さて穴吹。金剛型3番艦の修復はあと8時間半ほどかかる。ん? この施設は艦娘の生体機能研究強化のための実験棟だ。私は『天鳥船』プロジェクト生体機能部門の責任者だぞ? これくらいの専用施設はあって当然だ」

 

 実験棟って何? 温泉の開発でもしてるの?

 

 

 「…何か聞きたい事でもあるのか? なければ私から質問するが構わないか?」

 

 「質問はありませんが、3番艦っての、止めてもらえませんか? 彼女ははるなです」

 噛みつきそうな表情の俺を、苦笑いを浮かべながら見ている教授。自分用のキャスター付の椅子に座り、勢いをつけて俺の近くまで椅子を走らせてくる。あれ、意外と砕けた感じの人なのかな?

 

 「直近の状態には対処を済ませた。では、榛名が負った損傷、およびその後の処置について聞かせてくれ」

 

 俺は2度目に出会った際にはるなさんが負っていた傷と状態、その後金剛さんたちが何をしたのかを、思い出しながらできるだけ正確に伝えた。

 

 「さんば…榛名の状態は、表面は修復形成されていたが、深部はボロボロだった。金剛達が施した処置は、何もしないよりはマシだったが、何かしたうちには入らん程度だ。損傷した艦娘は、生体と艤装の修復を行う薬剤に、まさに入浴し修復する。今榛名がしているのがそれだ。本来高速修復剤は、深刻な損傷の際に緊急用の補助剤として用いる。適切な過程を経なかった結果、榛名は自己治癒力だけで深部損傷の修復をしなければならず、そのため線維芽細胞が異常活性を示し発熱した。そういうことだ」

 

 

 あっさりと顛末を説明する教授に驚きを隠せない俺。見えないのは知っているが、思わずはるなさんのいる方を見てしまう。あれ、ふざけているわけじゃないのね。でもなぜ岩風呂?

 

 「それはただの趣味だ。季節によって趣向は変えている」

 

 テレパシーまで博士号ですか? 俺の内なる疑問をあっさり解消した教授は、ウルトラスーパーハイレベルな技術的観点から艦娘について話を滔々と続ける

 

 「―――これ以上は専門的になるから割愛するが、ここまではお前にも分かったと思う。まぁ、そういうことだ」

 

 

 そうですね、ハイレベルすぎてついていけません。それよりも俺の気がかりは――。

 「…教授、あと8時間半経てば、はるなさんは完治するっていうことですか?」

 

 「その質問への答えは、どの程度をもって完治とするかによる。応急処置が適切ではなかったため、両脚の回復は現状維持が精いっぱいだ。ゆえに、艦娘として本来の機能を発揮できるか、と問われたら答えはNoだ。だが、日常生活に必要十分な機能を発揮できるか、というならYesだ」

 

 複雑な心境だが、俺は少しほっとした。はるなさんはもう艦娘を辞めたんだ。日常生活に支障がないならそれで充分じゃないか。安堵した俺を見ていた教授は、冷笑にも見える表情を浮かべながら俺を問いただす。

 

 「お前と榛名には、どうやら引き合う物があるようなのは分かった。だが、お前のしていることは兵器の私的占有及び隠匿、逃亡幇助で、逮捕されれば間違いなく有罪だ。穴吹、お前は艦娘について何を知っている? いったい何がしたい? いや、何ができると思っているんだ?」

 

 

 分かってはいたが知りたくなかったこと、聞かれたくなかったことを、教授は正面から斬り込んでくる。

 

 

 「…それを知って教授はどうするおつもりですか?」

 

 「質問に質問で返すな。姑息な時間稼ぎは止めるんだな。私は『天鳥船』プロジェクトの責任者の一人であり、軍の技術顧問だ、もちろん報告の義務がある。おそらくその榛名は、鎮守府へ返還したら解体されるだろう。最大限の配慮で、お前については善意の通報者としてもいい。それで全てを忘れろ」

 


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