似ていて異なる境遇のその人に、
榛名は自分の思いの丈を吐き出す。
不意に榛名の前に、道を塞ぐようにして小柄な女性が立っています。あれ? どこかで会ったような…?
「スカウトさん、そのお嬢さんは私の知り合いが大切にしている方です。諦めていただけますか?」
にこにこと笑顔を絶やさず優しげな口調ですが、有無を言わせぬ迫力があります。
「なっ、かんけいな「居酒屋『
相手の言葉を遮り畳みかけます。スカウトさんは、お店の名前を聞いた瞬間に、ぱっと榛名から離れ、じゃぁまた今度ね、とウインクをして足早に立ち去りました。最後まで気持ち悪い人です。
「…えっと…ぁぁありがとうございます」
「だめですよ、不用心にあんな人に付いて行こうとしたら。みんながみんな拓真君のように
思い出しました。この女性は、たぶん拓真さんの元バイト先の女将さんです。居酒屋『宝生』-大将と呼ばれる店長さん兼板長さんと女将の二人で営まれているお店です。都内の有名店にも引けを取らないこの街の名店として、そして60代の大将さんと20代前半位の女将の年の差ご夫婦のお店としても有名だそうです。1回だけ拓真さんと一緒に外食でお邪魔したことがありますが、びっくりするくらい美味しかったです。
「ごめんなさい、以前お邪魔した時と髪型が違っていたので、すぐに分かりませんでした」
深々と頭を下げます。以前お会いした時は、長い髪をポニーテールにし、前髪は七三分けにされていましたが、今日は髪を下していたので雰囲気が全然違いました。
…………………………………………はい?
聞き逃しそうになりましたが、今確かに『艦娘』って…。下げていた頭が思わずバネ仕掛けのように起き上がりました。
「どうされました、榛名さん? …ふふっ、よろしければ少し女同士でお話しましょうか」
◇
「…最初に聞いてもいいですか? 女将さんはいったい…」
「私ですか? もう聞かなくても分かりますよね? 航空母艦鳳翔です。これでも一応現役の艦娘ですよ」
榛名、びっくりして声も出ませんが、頭の中が疑問符でいっぱいです。
「お誘いしたのに仕込みをしながらのお話になっちゃいます、ごめんなさいね」
私たちは開店前の居酒屋『宝生』に来ています。白木のカウンターの向こうで、鳳翔さんはいくつものお料理を同時に下拵えし、手際よく調理を進めています。着替えを済ませた鳳翔さんは、長い髪をポニーテールにし薄紅色の和服の袖をタスキで縛り、紺色の袴を履いています。
「拓真君があなたを連れてきたとき、一目で艦娘だって分かりましたよ。けれど、どうして学生さんと艦娘が一緒にいるのか、皆目見当が付きませんでした。ただ、こういう場所でこういうお店をやっていると、いろんな噂が入ってきます。…例えば、
鳳翔さんは淡々と話し続けます。
「拓真さんが1週間ずっと付きっ切りで看病してくれましたので…。こちらのお店にもご迷惑をおかけしてしまいました、ごめんなさい」
「あら…拓真君が休んでいたのはそういうことだったんですね。うちの人、話をロクに聞かないから…。ちょっとごめんなさいね」
鳳翔さんの質問は、榛名が脱走したときの負傷のことだったようです。けれど榛名の答えを聞くと鳳翔さんはいったん仕込みの手を止め、ケータイを取り出し誰かに電話をしながら奥へ引っ込んでしまいました。
ぱたぱたと軽い足音をさせながら、鳳翔さんが戻ってきます。
◇
仕込がひと段落した鳳翔さんと榛名は、小上りに移動しました。お茶うけの間宮羊羹、ずいぶん久しぶりです。そして鳳翔さんは、ご自分のことを榛名に教えてくれました。榛名も、自分に起きた事、拓真さんとの日々を隠さずにお話しました。
鳳翔さんのお話は、すごく素敵で、でも、すごく悲しいお話です。もし同じことが榛名と拓真さんに起きたなら…榛名はどうすればよいでしょう…。
「…だって不自然でしょう? うちの人は年を取ってゆくのに、艦娘の私は10年経っても何も変わらない。人の噂に上る前に、私たちはいつも逃げ出して次の街へ行くんです。おかげでいつまでたっても貧乏で」
肩をすくめて小さく舌を出し、鳳翔さんは明るく笑います。そして榛名の方に向き直ります。
「榛名さんは拓真君のことが、好きなんですよね?」
鳳翔さんが、確かめるように榛名に問いかけます。大きく、1回だけこくんと頷きます。
「榛名さんは、どうしたいのですか?」
「…拓真さんは、榛名のことをまっすぐに榛名として見てくれる、とても優しい人です。一緒にいると安心できて、この人のためなら全力で頑張れる、いつもそういう思いがあふれそうになります。でも、艦娘でも人間でもない榛名が、ほんとに拓真さんのそばに居てもいいのかなって…」
「アルバイト一つできず、体調も不安定で、けれど病院にも行くことができず、憲兵隊の目を気にして、いつも拓真さんに迷惑と心配ばかりかけて…。でも、それでも、榛名は…拓真さんがいないのはイヤです。拓真さんと一緒にいたいです…」
やっと最後に気持ちを言えました。言いながら涙が出そうになります。必死に堪えている榛名を鳳翔さんはそっと抱きしめてくれました。
「今まで誰にも言えず、辛かったですね、榛名さん。いいですよ、思いっきり泣いて」
限界でした。榛名は鳳翔さんの膝に取りすがり、わんわん泣きました。
◇
「女同士の秘密を立ち聞きするのは悪趣味ですよ、あなた」
泣いて泣いて泣き疲れて、そのまま眠った榛名に毛布を掛ける鳳翔はそう言い、にこにこしながら振り返る。視線の先には、カウンターの奥、腕を組みながら板場の入り口に寄りかかる大将が、気まずそうな表情を浮かべている。鳳翔は、優しく榛名の髪をなでている。
大将はふと何かを思い出したように、鳳翔に訊ねる。
「なぁ、
あごを軽く支えるように手を当て、鳳翔が小首を傾げながら答える。
「さぁ…どうでしょうか…?
鳳翔さんのお話、気が向いたら改めて書くかもしれません