第01話 出会い
気が付くと、砂浜にいた。目に入るのは眩しい太陽と青い空。
ーー俺は……助かったのか?
あの海域からこの砂浜まで、火事場のクソ力的な何かで無意識に泳ぎ切ったとは到底考えられない。誰かが助けてくれたのは明らかだ。命があるのに文句を言っちゃいけないが、海から救出して砂浜に放置とか、やりっ放しはよくないぞ。
ずぶ濡れだったはずの体は乾いている。それなりに長く気を失っていたのだろう。破れたライフジャケットはすでにない。上体を起こし、体をさぐる。ケガはないが、時計や携帯など、身に着けていたものは無くなっている。携帯はまあいいとして、時計は残念だ。大学の入学祝として、お袋が大切にしていた親父の形見から譲ってくれたものだった。船に始まり時計まで、父親の思い出の品がごっそりなくなってしまった。
周囲を見渡すと、遠くに何かを抱えた女の子が見えた。俺が起きているのに気付くと、全速力で走ってきた。
「だ、大丈夫ですかっ!? 気が付いたんですねっ」
目があった瞬間、
「……死んではいないと思うけど」
と答えながら、目の前にいる女の子を見ると、実はここが大霊界的などこかで、彼女がそのお迎えだと言われても、まぁそんなものか、と納得してしまいそうだ。
「……もしかして、君は、天使とかそういうの?」
「て、天使って……は、榛名がですか?」
さっと頬を赤らめる目の前の女の子。そっか、陽菜、春菜、春奈……字は分からないけど、はるなさんっていうんだ。
「ぁぁあの、とりあえずお水を持ってきましたが、お飲みになりますか?」
二リットルのミネラルウォーターが六本入った箱を抱えている。……そんなの抱えて走ってきたんだ。ありがたいけど、そんなにはいらないよね。一本だけ受け取り、キャップをひねり、口から溢しながらとにかく飲む。余った分は頭からかぶる。犬みたいに頭をぶるぶると振って水気を払う。ふう、すっきりした。
とりあえず腰掛けられる場所を見つけ、はるなさんと一緒に座る。
前後関係を整理しよう。いきなり船が沈んで俺は溺れた。気が付けば助かってる。うん、肝心な所はまったく不明だ。
「み、民間人が、あ、いえ、海に出るのは許可を受けた人しか認められていないのに、しかもえんしゅ……接近禁止海域のすぐ近くに……。どうしてそんな危ないことをしたんですか? たまたま榛名が近くにいたからいいようなものの……」
困ったような顔で、はるなさんが尋ねてくる。そうか、この近所に住んでいるんだ。たまたまこの浜に来たはるなさんが俺を発見したんだろう……何となく自分を納得させた俺は、自分の身分や海にいた理由、そして何が起きたかをはるなさんに話した。
「……という訳なんです。誰か知りませんが、俺を助けてくれた人にはお礼を言いたいです」
「そうだったんですね……。大丈夫ですっ、拓真さんの気持ちは、その人に伝わっているはずですっ」
はるなさんはニコニコと嬉しそうな笑顔で、俺を励ますようにそう言ってくれた。
ん? 今、俺の名前を呼んだ?
「……ねぇ、何で俺の名前を知ってるの?」
どういうことだ…目の前にいる女の子に警戒感が湧いてきた。
「はい、ここに書いてありましたから。
はるなさんが取り出したのは、俺の学生証や船舶免許証やその他各種許可証。あら、あったのね、それ。確かに重要なものだから、防水パックに入れて首から下げていたはずだ。警戒感は青空の彼方へ飛んで行った。疑ってごめんよ、はるなさん。
「はるなさんにも、ほんと感謝してます。どうもありがとうっ」
深々と頭を下げる。見ず知らずの行き倒れの男に親切にしてくれるなんて、ほんとに天使みたいな女の子だ。
「そんな……当然のことをしたまでです。感謝なんて……榛名には、もったいないです」
手を胸の前でもじもじしながら、はるなさんは顔を赤らめる。天然記念物級の奥ゆかしさなんですが。何て言うんだっけ……そう! ヤマトナデシコだ。天使改め大和撫子っ!! まじ可愛いんですけど……。
俺がとりとめのない褒め言葉を頭に浮かべている姿を見て、もう大丈夫だと判断したのだろう。はるなさんがひょいっと立ち上がる。その拍子にミニスカートがひらりと揺れる。ほぉ……大和撫子らしく純白ですか……。今度は俺が顔を赤らめる。
「それでは、榛名は行きますね。拓真さん、もうあの海域には近づかない方がいいですよ」
そう言いながら、ニコッと微笑むはるなさん。くるりと背を向け歩き去ろうとする。
「あのっ」
思わず大きな声で呼び止める。はるなさんは振り返り不思議そうな顔で首を少しかしげている。くぅ~、何をしてもツボだ、ちくしょうーっ!! このままお別れは、ありえないだろ、男として!!
「お、お礼がしたいから、また今度会ってもらえないかな?」
……あれ、
「あの……ごめん……その、気にしないで」
「……榛名、あまり外出とかできなくて……ごめんなさい。でも、この浜辺にはたまに来ています。ご縁があれば、またお会いできると思います」