とにかく拓真の大学までやってきた榛名。
当然ですが二人はちゃんと合流できます(笑)。
さてお弁当どこで食べましょうか。
「えっと…はるなさん?」
榛名は今、体育座りで膝を抱えて、すっかり顔を伏せています。こんなに落ち込んだのはいつ以来でしょう…。心が弱ってますね、こんな時に都合よく拓真さんの声が聞こえる訳がありません。
-ポンポン
肩を叩かれ、思わず顔をあげると、拓真さんがいました。どうやら本物みたいです。でも…どうして? 電探でも装備しているのでしょうか?
「いや、そんなのは装備してないから。まぁでも似たようなもんかな…。はるなさんから連絡をもらって、
俺は言い訳がましい感じで、なぜ自分がはるなさんを発見できたのかを説明する。事前に話はしてあったとはいえ、行動を丸裸にできるアプリなわけで、考えようによってはストーカーだ。いくら理由があっても、気持ち悪がられたり嫌われたりしても不思議はない。
「ぁぁありがとうございます! おかげで拓真さんと無事会えました。すとーかー…はよく分かりませんが、旗艦が部隊の位置を把握するのは当然のことですっ! なるほど、これがあれば海上での合流も苦も無くできますね…はぁ…
あれ、そういう反応? はるなさんは立ち上がったかと思うと、俺のケータイを興味深そうに覗き込む。はるなさんの言うあの時がいつのことか分からないが、遠い目をしている様子からして、きっと昔のことか。でもこのアプリは、はるなさんの期待するような機能は持っていないのだが…。
「なんでこんな所に…? 構内に入ってくればよかったのに」
「えぇっ!? だって正門に警備兵がいるから、部外者は立ち入り禁止ではないのですか?」
警備兵って…そもそも兵隊じゃないし。大丈夫、あの人たちはよっぽど危ない感じの人じゃなければ基本なんでもスルーしますから。
そんなことよりも。
「はるなさん、『出前』ってなんのこと?」
「はいっ!! 榛名、お弁当を作ってきましたっ!!」
満面の笑みを浮かべ、トートバックをずいっと差し出すはるなさん。
「え…」
そのために、よく知らない街を、バスを乗り継いでここまで来てくれたのか。
生きててよかった…わが生涯に一片の悔いなし、とでも叫びながら天に拳を突き上げたい気分だ。いや、実際はあれもこれもどれもしたいので、悔いなしというのは嘘だ。
「…ご迷惑…だったでしょうか…?」
俺の反応は分かりやすく喜びを表現していない。ヒャッホーッ(歓喜)というよりはジーン(感動)という態だったから、はるなさんには伝わりきらなかったようだ。上目使いで、少し不安そうな表情で俺を見上げる。
俺は精一杯満面の笑みを浮かべる。ぎこちないのは自分でも分かっているが、はるなさんには分かってもらえたようだ。不安そうな表情から一転、輝くような笑顔を俺に返してくれた。
俺は無意識にはるなさんの手を取り歩き出す。
「え、あの? 拓真さん?」
俺はそのまま歩き続ける。身長と歩幅が違うから、榛名さんは少し早歩きになるけど、俺の手を離さずそのまま大学の中へ入り、駐車場へと向かう。正門から真っ直ぐ研究棟へと向かう道を少し進んで右に曲がると学生用の駐車場が広がる。
はるなさんとお弁当といい天気、これだけの条件が揃って、俺を学校に縛り付けることなどできはしない。ダメ学生万歳っ!
「あの…拓真さん、二人で運転するんですか?」
その妙な質問の意味は、俺が手をつないだまま車の運転席側に来たからだ。そして手を握りっぱなしなのに気づく。慌てて手を離し、車の横で真っ赤な顔をして固まる俺とはるなさん。
そんなこんなで、俺は車を走らせて丘の上の公園に向かう。
ジープラングラーのいい所は、わりと簡単に幌が外せるところだ。こんな日はオープンにするに限る。
「風が気持ちいいね」
そう話しかけ、はるなさんに目線を送ると、長い黒髪が風に激しく躍り、髪の毛だけが別の生き物みたいに動いてる。
-あー、オープンカーでドライブデートとか、風で髪型くずれちゃうからあり得ないっしょ。誘われた時点で『コイツ分かってないなー』ってなるし-
TVのバラエティ番組で見たキャバ嬢っぽい女のドヤ顏での語りを思い出した。。あの女の方が正しかったとは…やっちまったよ。
「はい、榛名もそう思いますっ! 海の上は潮風がもっときついので、ほんとに気持ちいいですっ」
暴れる長い髪を押さえながら、はるなさんが、本当に楽しそうな表情で答えてくれる。俺はアクセルを少し緩め、交通の流れを邪魔しない程度に車をのんびり走らせる。彼女の髪の暴れっぷりは少し穏やかになり、風になびく、という程度まで収まった。うん、これならはるなさんのキラキラした表情が見える。というか前見て運転しろ、俺。
公園に着いた。平日の昼間は閑散としている。
海の見えるベンチを一つ占領して、俺とはるなさんはお弁当を広げる。おおぉー、なんかすごい美味しそう。卵焼きと鶏の照り焼き、塩ゆでしたブロッコリーとミニトマト。そりゃほぼ毎日はるなさんの手料理を食べてるけど、弁当はまた違う魅力がある。
「すみません、簡単なものしか用意する時間が無くて」
済まなそうに言うはるなさん。何を言ってるんですか、作ってくれる、それだけで俺はホントに嬉しいです。おかずは言葉で褒めるもんじゃない、食べるもんだ。
「いただきまーす」
お弁当の前で手を合わせ、夢中で食べ始める。いや、冗談抜きで美味しいんだよ、はるなさんの料理。バクバク食べ進む俺を見て、手を顎のあたりによせてクスッと笑うはるなさん。
「ありがとう、拓真さん。榛名も食べますね。いただきまーす」
食後だが、はるなさんが妙に時間を気にしている。学校なら今日は自主休校、はるなさんデーです、とか言ってみる。むぅ…いまいち反応がない。実際、これから一緒にどこに行こうか、俺の頭にはそれしかなかった。はるなさんの表情がみるみる曇ってゆき、うつむいてしまった。
あれ? 俺なんか変なこと言ったかな?
うつむいたままベンチに座るはるなさんは、ひざの上に固く握った手を置いている。その手にぽたぽたと涙が落ちる。
「ごめんなさい、拓真さん…。榛名、来るべきじゃありませんでした」