君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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二人で暮らすということは、色々大変。
だけど一人だと感じられなかったことも分かる。
榛名と拓真の新しい時間の始まり。


第13話 榛名と、引っ越しとカレー

 唐突ですが、俺達引越ししました。

 

 いざ2人で暮らし始めると、1LDKではプライベートスペースがなく、嬉し恥ずかしなことが多発し、はるなさんも落ち着かないだろうし、このままでは俺の身が持たないというのも理由だ。あとは憲兵隊による監視対策。

 

 広さと家賃を考慮して、街から少し離れた海の方にある広めの2DKに引っ越した。条件はオートロック、周囲にあまり店がない、最上階、非常階段が近い、そして風呂が広いこと。つまり勝手に建物に部外者が入れず、監視のため周囲に人がいると目立ち、仮に憲兵隊に強引に突入されても逃げる時間と方法が確保できる、との目算。ちなみに広い風呂は日本人として当然だ。もちろん、いつの日かはるなさんと一緒に…という夢がないわけではない。

 

 1、2ヶ月は元の部屋も借りておき、人に頼んで目立たないように部屋にある物を徐々に捨てる。新しい部屋で使うほとんどの家具類は新しく購入した。つまり引っ越しという作業の痕跡を残さない、ということだ。

 

 結構物入りで、バイトでためた貯金だけではカバーしきれなかった。お金そのものは、大学院に進んだ時、母親が生前分与で死んだ父親の保険金の半分を俺の口座に振り込んできたので結構ある。けど、学費と生活費以外ではほとんど手を付けてなかった、というか、申し訳なくて好き勝手になんか使えない…。でも、今回は別だ。きっと男同士父親なら分かってくれるはずだ。

 

 

 ん? 結局俺とはるなさんはどういう関係なのかって? ……引き続き絶賛片思い中だ、何か文句あるか? (威圧。

 

 実際のところ、はるなさんに嫌われてはいないと思うけど、LikeかLoveかと言えば、前者止まりだろう。それに今の彼女の状況は、他に頼る人もアテもない中で俺との共同生活だ。彼女の弱みに付け込む様な形で関係を強制したくない。カッコつけてる、と思われるかも知れないが、そこはゆずれません。

 

 

 そんな訳で、新しい部屋で新しい生活が今日、この日曜日から始まる。

 

 「わぁ~、広いですね! 榛名、感激です!」

 真っ先にルーフバルコニーに直行し、右に左に行ったり来たりし、時折手すりから身を乗り出して向こうに見える海を眺めるはるなさん。うん、そんな姿を見るだけで引っ越して良かった、そう思う。

 

 部屋に戻ってきた彼女は、次々と部屋の中を探検する。と言っても部屋2つとダイニングキッチンとバスとトイレしかないけど。

 

 「こっちが榛名のお部屋ですか? 素敵です、拓真さんっ」

ウォークインクローゼットを開け、照明を点けたり消したり、ベッドの上で転がって寝心地を確かめたり。その際にスカートがめくれて太ももの裏まで見えたのは俺だけの秘密にしよう。

 

 「こっちが拓真さんのお部屋ですか?」

 「俺の部屋兼リビングルームかな」

 ソファベッドとTV、机や本棚etcが置かれた俺の部屋とはるなさんの部屋は、壁で半分仕切られ、残り半分は襖状の薄い引き戸で仕切られている。興味深げに本棚を覗き込むはるなさん。

 

 「難しそうな本ばかり…さすが未来の博士ですねっ。…榛名も学生に見えますか?」

 言いながらはるなさんは俺の椅子に座り、机の上で本を広げる仕草をして、いたずらっぽく笑う。俺の頭の中では、制服(ブレザー)を着た榛名さんが絶賛上映中だった。学校にこんな可愛い子がいたら、競争率高すぎて死者が出るレベルだ。そしてはるなさんが、何気なく一番下の引き出しをあけようとした瞬間、俺の目が鋭く光る。

 

 「さ、はるなさん、キッチンも見ようか」

 キャスター付の椅子をそのまま押して強引にキッチンへと向かう。

 「引き出しの中……え、拓真さん? ……あの、ひきだ……拓真さん?」

 男の夢とロマンが詰まった宝島(エ○い本)は、永遠に秘密にしておきたい。

 

 

 「拓真さん、お昼にしましょう。榛名が用意しますね」

 キッチンの使い勝手を確かめたはるなさんが提案する。もちろん大賛成です。

 

♪今日のごはんは榛名カレー

玉ねぎじっくり炒めたら

お肉とお野菜 鍋にいれ

水とブイヨン、ルーいれて

最後に愛情かくし味♪

(↑ヨド○シカメ○のCM曲のリズムで)

 

 楽しそうに鼻歌を歌いながらカレーの準備をするエプロン姿のはるなさん。俺はダイニングテーブルに頬杖をつきながら眺める。きっと俺の顔はだらしないくらいニヤけてるだろうな…。超新婚っぽくない、これ? 歌の通り、カレーが手際よく作られてゆく。

 

 「あと20分くらい煮込みますけど、何かつまみながら待ちませんか?」

 はるなさんの手にはパイナポーの入ったガラス皿が二つ。嬉しそうにダイニングテーブルにやってきて席に付く。

 

 時間なりにお腹は空いてるので、フォークを受け取り、パイナポーをつまみ始める。カレー待ちの間の話題は、家事の分担。はるなさんは、それが当然というように、家事は全部自分がやると主張していた。もちろん家事は二人で分け合おう、と俺は主張し、しぶしぶ同意してくれた。けれど、洗濯だけは頑として譲ってくれなかった。

 

 「…恥ずかしいです。その…し、下着とかもあるんですよ? …拓真さん…目がちょっとやらしいです」

 真っ赤な顔でパイナポーをフォークでぶすぶす刺すはるなさん。はい、分かりました。それはお任せします。

 

 

 

 「そろそろいいでしょうか」

 はるなさんは立ち上がり、カレーの様子を見に行く。鍋の蓋を開け、小皿にカレーを少し取り味見をし、こちらを振り返って満面の笑みでサムズアップ。

 

 「「いただきまーす」」

 二人そろって手を合わせ、カレーを食べ始める。マイルドな辛さだけど後からスパイスの味わいが効いてくる。うん、おいしいな、これ。

 

 食べながら、ふとした質問をする。

 「ねぇはるなさん、料理しながら歌ってたのって、何の歌?」

 「ぁああれは…榛名、お料理してるとつい鼻歌しちゃうんです。…聞いてました…よね?」

 照れながらジト目でこちらを見るはるなさん。

 「うん、名曲だと思う」

 

 もう、知りません、と頬を膨らませそっぽを向く彼女の横顔に、ごめんねと軽く詫びる。本気で怒ってる訳じゃないはなるさんも、すぐに笑顔でこちらに向き直る。

 

 

 ままごとみたいな時間かもしれないけど、きっと俺は一生忘れないと思う。


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