君の名を呼ぶ時の僕の気持ちを君は知らない   作:坂下郁

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艦娘として生きる以外に、何があるのかと思い詰める榛名。
生き方を選ぶ自由は誰にでもある、と反駁する拓真。
あまりにも違う人(艦)生を送ってきた二人が見るものとは。


第12話 榛名と、生き方とお買いもの

 「…榛名さんは自分の力で深海棲艦と戦いたかった、ということ? それなら脱走なんて危ない橋を渡らず、転勤とかできなかったの?」

 

 間違い無く俺は榛名さんの言うことを言葉でしか理解していない。俺には比喩ではなく命を賭けて戦った経験などない。おそらく現代で生きるほとんどのやつの戦いは、仕事や試合、入試、せいぜいそんなもんだ。何千何万の人の命、さらには国の命運まで背負い艦娘として戦ってきた榛名さんを、俺はどうやって受け止めればいいのだろうか-。

 

 「転勤…転属のことですね。それは提督がお決めになることですが、榛名の提督はそうお考えにはならなかったみたいです」

 

 寂しそうに微笑む榛名さんを見ていると、胸が締め付けられる。だが、話を聞いていて、俺の中に違和感というか、疑問が沸き上がってきた。けれどもうまくまとまらない。俺と彼女の生きてきた環境が違いすぎて、同じ言葉がうまく見つけられない。頑張れ、俺。

 

 「拓真さん、榛名のカチューチャ、どうなっていました?」

 同じことを金剛さんにも聞かれたな。その時と同じ答えを彼女に返す。

 

 「やっぱりそうでしたか…。小口径砲でしたが頭部に直撃しましたし、制服やブーツの様子から予想していましたが…」

 徐々に榛名さんの声が震えだす。

 

 「カチューシャ(あの艤装)は各種制御を司るものです。あれがないと、榛名は艦娘として働くことができません…。拓真さん、榛名はもう…艦娘として存在価値がなくなっちゃいました。せっかく助けてもらいましたが、榛名は何を目指して生きればいいのでしょう…」

 

 肩を震わせながら俯く榛名さん。もう、我慢できなくなり、テーブル越しに身を乗り出し、手を握る。びっくりして顔を上げる榛名さん。

 

 

 「さっき榛名さんの話を聞いていて、正直俺は圧倒されていた。命を賭けて戦ったことなんか、俺にはないから。でも同じくらい、違和感も感じていた。どうして、生き方が生まれた時から決まっていて、その通りじゃなきゃいけないんだ? この時代は、君が、日本と俺たちのご先祖様を守ってくれたおかけで俺達に与えられたものだ。今も深海棲艦との戦いの最中だけど、それでもみんな自由で、自分の道を自分で探しながら生きているんだ。

 

 もし榛名さんがもう艦娘じゃない、って言うなら、それでもいいじゃないか。自分が何なのか、見つければいいだけだ。人間じゃない、って言うけど、俺には大切な女の子なんだ。存在価値がないなんて言うなよ、お願いだから…」

 

 

 最初は彼女の見た目に惹かれただけだった。でも今は違う。こんなに一途で健気な女子、俺は彼女以外知らない。艦娘でも人間でもない? それがどうした、精一杯、自分の中にある思いを伝えたかった。俺が涙声になっているのは結構恥ずかしいが、もう仕方ない。せめてみっともない顔は見せないように俯く。

 

 

 ふいに手が強く握り返された。

 

 

 ハッとして顔を上げると、視線の先には泣きはらした目で、涙でぐちゃぐちゃで、それでもきれいな笑顔があった。

 

 「……拓真さん、優しくしてくれても、榛名、十分なお返しができません…。でも、今はその優しさに、甘えても…いいですか? 艦娘じゃない、『わたし』を一緒に見つけてもらえますか?」

 

 「うん…うん…」

 

 俺がしたのは返事か嗚咽か、自分でもよく分からないが、とにかく頷き続けた。はるなさんは手を離すと席を立ち、俺が泣き止むまで、背中から抱きしめてくれた。

 

 

 

 

 そして俺たちは現実を話し合う。俺は生活用品や服の購入を、はるなさんは憲兵隊の監視の有無を、それぞれ気にしていた。うん、まるでポイントが違うが、どっちも重要だろう。はるなさんは、俺が学校に行かなくていいのか、とも気にしていたが今日はそれどころじゃない。新生活の準備だ。

 

 

 なので俺たちは駅前のショッピングモールへやってきた。

 

 

 とにかく榛名さんは目を引く。変装用のサングラスに、ぶかぶかのTシャツとハーフパンツ、それにサンダル。さすがに気の毒すぎる。なので、とにかく必要なものを、必要なだけ買っていいから、と伝えた。はるなさんはかなり渋っていた。学生の俺にお金を使わせるのが申し訳ない、とか言って。でもそんなことを気にしてる場合じゃない。

 

 「すみません拓真さん…。榛名のお給金は艦娘の専用口座にありますが、鎮守府に行かないと引き出せないので…」

 

 

 恐縮していたはるなさんだったが、気を使うなら大至急俺を解放してもらえないでしょうか、お願いだから。

 

 俺にとって最も入手困難で、他のもので代用が効かないもの。そう、女性用下着売り場から。

 

 

 とにかく身の置き場がない。色とりどりで、様々な形の下着がところ狭しと並んでいる。手に取る訳にもいかず、でも財布は俺だからここを離れるわけにもいかず、他の女性客の刺すような視線に耐えながら、はるなさんを待つ。

 

 「あの、すみません、このサイズだとけっこうきついです」

 試着室からはるなさんの声が聞こえる。

 「あらぁ、Fでも? ならG…かしら。ちょっと待ってくださいね、持ってきますから」

 女性店員が、一瞬こちらを意味深な目で見て、すぐにサイズを交換するため小走りでコーナーへと向かう。

 

 Gとはまた…グレートですな…。

 

 

 「ありがとうございましたー」

 店員たちに見送られ、やっと解放された。とりあえず3週間分として21セット、必要ならまた買えばいい。さあ、次は、服と靴ですね。はい、このモールにはたくさん店があるので、どうぞ気のすむまで…。

 

 

 

 そして俺は、『女性の買い物に付き合うことは、男性が忍耐の限界に挑むことである』という言葉の意味を初めて知った。

 


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